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始まりは日常から

 俺はレイフ。冒険者をしている。


 長いこと荒れたこの稼業に浸かっている俺は最早一般の社会には馴染めない、そんな身だ。

 というのもこの稼業とは命の捨て売りのようなもので、一つの金貨を手に入れるために身を投げ出さねばならない仕事だ。

 それが銅貨だろうが銀貨だろうがこの法則は変わりはしない。

 デカイ報酬にはそれに見合ったデカイ危険がある。

 一般の仕事とは到底かけ離れた切った張ったの世界。それが冒険者だ。


 だからこそ俺はこの仕事を辞めることは出来やしない。

 お行儀のいい仕事なんざ以ての外だし、ただ物を売買する商人なんかにもなれねえだろう。

 この稼業を始めて最早三十年。

 齢五十にもなりそうなおっさんがならず者から卒業出来ねえって笑い話をガキの頃の俺が見たらどう思うだろうな。


 長く冒険者なんぞをやってるのは大体がジャンキーみたいなもんだ。

 肌のひりつく戦いを求めて。どデカい報酬を夢見て。とんでもねえ世界が見たくて。

 夢ってのはドラッグみたいなもんだ。

 人をダメにしちまう。


 そんな俺の日常はある日完全にぶっ壊れた。


 俺の望まない形で。


 だけど俺の夢見てた形で。


 ジャンキーを喜ばせるに足る形で。


 ★


 その日俺は依頼を済ませていつも通りにギルドで酒を飲んでいた。

 安くて酔える酒、そんなのがこの糞溜まりによく似合う。

 このギルドで一番人気のこの蒸留酒は一番謎に包まれている。とんでもない強さのくせに値段は最も低い。かつ旨い。

 冒険者ギルドには必ずあるこの酒だが、逆にそれ以外で見ることはないという代物だ。

 場所が場所だけに何が入ってるのか分かったもんじゃないが、俺を含め冒険者なんて仕事をやってる奴に健康を気遣った摂生を心掛ける人間なんているはずもなく、必然的にギルドの経営を支えるぶっとい柱になってるのだろう。


 激しい戦闘を終えた体に染み渡るアルコールを楽しんでいると、受付で激しく揉める声が聞こえた。


 ...嬢ちゃんの怒鳴り声?


 ギルドの看板娘でもある彼女は滅多に怒らないことで有名だ。

 なにせアホ共が体目当てにアホな行動を起こしても微笑みながら殺すくらいの強さを誇る受付孃である。

 その鬼神の如き強さでも心は菩薩と噂される彼女が怒る...?

 ありえない話だ。


 美しい顔の人間の心に余裕あり。


 俺の故郷の格言だが、その通り。強者には常に余裕が寄り添っている。

 ましてや鬼神とすら称される彼女だ。普通に怒っているだけで身の危険を感じてしまう。

 現に周りに座っていた同業者たちの多くが顔を青くしており、一部の人間は机に勘定を叩きつけて足早に立ち去ってさえいる。


 おや、嘔吐をする人間まで。


 ははぁ、彼は孃ちゃんに玉を潰された男だな。

 “片玉のジョニー”の異名を持つ彼は最早戻らない相棒を想い涙を流しながら嘔吐をしている。

 普段であれば叩き出すところだが、俺を含め彼の二つ名を知る者たちはただ同情の目を向けるばかりだ。


 さて孃ちゃんの方に耳を傾けるとしようか。


「ですからそんな無礼が通るわけがないでしょう!!!」

「貴様こそ無礼であろうッ!王からの勅命であるぞ!」


 俺は関わる気を完全に無くした。

 不穏すぎる。


「良いですか?冒険者ギルドは国家間を越えた組織です。国への干渉をせず、国からの干渉を受けない。そう言った組織であることは子供でも知っている常識ですよ?」

「貴様ッ!ここは王国である!ならば王の命こそ絶対とされ、貴様ら木っ端庶民こそ率先して王へ献身するべきであろう!ましてや貴様ら曲がりなりにも王国国民であろうがッ」


 どちらの理屈も分からんでもない、そんな状態だ。

 つまりどちらの理屈に傾いてもおかしくない。

 そしてどちらに傾こうとも面倒なことになるのは分かり果てている。


 つまり、触れないで立ち去るのが懸命か。


 そう結論付けた俺は勘定を机にそっと置き足早に外へと出ようとした。


 ここで俺の盲点だったことは三点。


 一点目。

 ギルドの構造上外へと通じる扉は受付のカウンターの前にあること。

 二点目。

 勘定の金が足りていなかったこと。

 三点目。

 長く冒険者に身をおいていた俺は自分の思っている以上に孃ちゃんに顔を知られていたこと。


 そのどれかが欠けていたとしても俺は無事に外に出て、これから何処かで果てるまで悠々自適な冒険者ライフを楽しめ、そしてそんな当たり障りのない冒険者としての日常をここに書き殴ることが出来ていたであろう。

 このときの俺はそちらを望んでいた。


 しかし、今まで俺の命と名誉を支えてきた運命の女神はこの時に微笑んじまった。

 気まぐれでアバズレでそれでもずっと味方だと思っていた悪女はニタリとイヤらしい笑みを向けてこう宣告する。


 行ってみよっか。ハート


 給仕の兄ちゃんに声をかけられる。


「おーい!レイフさん、金足りてねえぜ!」


 馬鹿でかい声に反応して皆の目線が一度俺に向いた。

 その中には鬼神の目もあった。

 アバズレの笑顔も見えた。


 しかる後に孃ちゃんに声をかけられる。


「ちょっと、レイフさん!レイフさんも何か言ってくださいよ!」



 ままよ....




 こうして俺の平穏な冒険者ライフは終わりを告げた。

 三十年。三十年がこのたった一日のたった一回のアバズレの気まぐれで終わりを告げたのだ。

 呆気ないものである。

 流石はカミサマ。

思いつき。完全に見切り発進。


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