鎖帷子を脱いだ騎兵
アルメニア・エルグランド共和国歴2073年2月7日。
その日は私にとって・・・・いや「パンツェールニ(鎖帷子の騎兵)」達にとっては運命的な日になった。
「・・・・降伏勧告の使者が、まさか・・・・我が父とは・・・・な」
私は白旗を騎槍に結んだ馬上の男を立て籠もっている農村の然る一角から眺めて呟いた。
「パンツェールニの諸君!諸君達の健闘は虚しいだけだ!いや、今はムガリム帝国の”保護国”となって生まれ変わった”アルメニア・エルグランド大公国”にとって汚点となる!!」
その証拠に・・・・・・・・
「諸君達は大公国では反乱軍とされている!今も地方で抵抗している軍人および民草達も同じだ!!」
反乱はロコシュという名の権利で認められていた。
それなのに・・・・今度の大公国は認めない訳か。
「諸君達は実に勇敢に戦った!そして国を憂いたのも同じ”憂国の士”として痛いほど解る!!」
「ケッ。なぁにが保護国で、大公国だ!何より自分も憂国の士だ?冗談を言うな!!てめぇ等の欲深いせいで今の状況になったんだろうが!!」
そんな奴が憂国の士なんて自称するな!!
「憂国の士同盟」なんて名前も止めろ!!
私がパンツェールニの指揮官になってから今まで付き従っていた団員が口汚く罵ったが・・・・それは他の兵達も同じだった。
その中には嘗て共和国で最高の栄誉を欲しいがままにしていた「深紅の有翼騎兵」も居たし、共和国の領土で雇われた傭兵達も居る。
しかし皆揃って・・・・我が父の言葉を心の底から侮蔑していたが・・・・血を分けた息子である私も同じだ。
「父上・・・・貴方は幼い日に私へ言った言葉を忘れたようですね?」
今も降伏勧告の言葉を吐き続ける父であった男---敵に対して私は呟くように言った。
「我々アルメニア人は古の時代に南北大陸に定住し”チェルニャコヴォ文化”を広めた偉大な先人達の子孫だと」
先祖達は多文化主義の社会でも平和主義を奨励しつつ戦となれば民族や宗教の壁を無くし一団となって事に当たった。
「子孫に当たる我々も平等な社会の下で生きる。それをシュラフタ達は肝に銘じて生きなければならないと・・・・これが、それですか?」
シュラフタ達を始めとした貴族と大商人しか特権は持てず、法の下でも平等なのは特権階級の者のみで農民達は「農奴」と蔑まされている。
おまけに自分達で選んだ王自身の立案を尽く拒否した挙句に廃棄に持ち込み、逆に自分達の案はセイムでは通す。
そして私利私欲を貪った挙句に・・・・・・・・
「とうとう自国すら外国に売り渡す所業・・・・これが、真のシュラフタのする事ですか?」
私は拳を握り締めて敵になった父であった男に問い掛けるが・・・・声は小さいので届かない。
仮に届いても・・・・あの男は聞く耳を持たないだろう。
だが、しかし・・・・それでも私は言いたかった。
何せ黄金の大国と言われたアルメニア・エルグランド共和国の正規軍の一角を担っていた身だから・・・・言わずにはいられなかった。
もっとも部隊の階級で言えば下から数えた方が早い。
何せ我々は騎兵だが、構成員は中小シュラフタの一部を軸に後は徴兵か、口減らしに強制志願させられた農民の小倅だ。
つまり貴族で構成された部隊にして近衛騎士団であるラクタパクシャや国税で賄われていた常備軍の深紅の有翼騎兵より質は低いと見られていたんだ。
もっとも軍事を多少なりとも齧った者なら比較的軽装な装備をした我々の役目は敵に正面から挑む事ではないと直ぐに判るだろう。
ただし、構成員の出自が他の部隊に比べれば見劣りするのは確かだ。
その証拠に我々に与えられた防具は一昔前の「ノルマン・ヘルム」や名前にもある「チェイン・メイル」だ。
しかし・・・・そんな軍を任されたのは大貴族であるマグナートの一人である公爵を父に持つ私だ。
どうして公爵である私が・・・・とは思わなかったと言えば否定は出来ない。
否定は出来ないが・・・・逆に言えば父であった敵の干渉を受けず自分のやりたいように出来ると思い直した。
また構成員達と一緒に寝起きすると彼等の心情や現状も理解できて、その気持ちは一層強くなった。
だから誰にも負けない位の強さを皆で求め今日まで部下と稽古に励み実戦も経験してきた。
もっとも軽装騎兵である私達の役目は逃げる敵を「刈り取る」か、敵を上手く自陣へ引き付ける為の「釣り餌」が専らだったのは否定できない。
それでも・・・・数年前に消えた我が戦友たる大契約者からは太鼓判を押され、遺跡の大会戦でも武功を挙げる事が出来た。
ただ、その栄光も最早・・・・・・・・
「・・・・昔の物だな」
敵の言葉なんて聞く耳すら持ちたくないが・・・・大公国という名で生まれ変わった新国家では、我々が反逆者なのは事実に違いない。
つまり・・・・日頃から言われていた「重石を身に着けた騎兵」と渾名の通り・・・・新国家でも我々は重石となっている。
「皆・・・・今日まで私に付いて来てくれた事・・・・心から礼を言うよ」
私は部下達に身体を向けて礼を述べた。
「だが、外に居る敵の言う通り・・・・我々の行為は、反逆でしかない。我々は・・・・我々は、負けたんだ」
言いたくなかったが・・・・目の前の負けん気が強くて誰よりも勇敢である部下達を納得させる為に私は身を切り裂かれる思いで言った。
「・・・・ふっ・・・・くっ・・・・」
「うぅ・・・・嘘だ・・・・こんな・・・・我々が・・・・祖国が、滅びるなんて・・・・!!」
深紅の有翼騎兵は膝を崩し泣き崩れた。
それとは対照的に傭兵達は「負け戦か」と淡泊ながらも現実を受け入れた様子を見せた。
ただしパンツェールニは違う。
「隊長。確かに、我々は負けましたね。ですが・・・・あいつ等の降伏勧告を素直に受け入れるつもりですか?」
構成員である部下の一人が私に近付いて問いを投げてきた。
「私は受け入れるつもりだ。だが、君達の生命は私が・・・・・・・・」
「敵となった、親父殿と交渉してでも保障するのなら止めて下さい。そんな真似をする位なら・・・・逃げましょう」
「逃げる・・・・・・・・?何処に逃げろと言うのだ」
既に敵は南北両方から攻め込み、古都はおろこあ新都も新々都も既に敵の手に落ちた。
「そればかりか国王も囚われの身になったと聞いている。今さら何処に逃げろと言うんだい?」
「国外に逃げれば良いんです。幸いな事に・・・・隊長が唯一心を許した戦友たる大契約者様は”置き土産”を我々に残してくれました」
「置き土産?まさか・・・・船か?」
私は別れる際に大契約者が乗って行った巨大な船を思い出し、そして部下の言葉にピンときた。
「その通りです。大契約者様はこうなるだろうと予想し・・・・我々の為に船を用意して下さっていたのです」
それに乗り・・・・何処か・・・・ムガリム帝国の魔手が届いていない大陸に逃げるのだ。
「それからは各々の自由にすれば良いでしょう。ですが・・・・我々---パンツェールニは、指揮官たる貴方様に生き延びてもらいたいと願っております」
だから・・・・・・・・
「その重石であるチェイン・メイルを脱いで下さい。それは防具でもありますが、逃げる我々には重石ですかありません」
「・・・・・・・・」
私は部下の言葉に無言となるが、傭兵達は「逃げるなら早くしろ」と催促してきた。
考えてみれば・・・・あの表裏比興の者を派遣した帝国が・・・・我々の生命や財産を保証するなんて在り得るのか?
いいや・・・・恐らく憂国の士同盟と結んだ協定は政治的な方便に過ぎず守る気なんて向こうは最初から無い。
だが・・・・逃げれば今まで生まれ育った土地を捨てる事になる。
そうなれば自分の身は自分で護る他ないし、身分だって無くなってしまうが・・・・・・・・
我が戦友なら・・・・こう言うのでは?
『良かったね?これで君も晴れて自由人になったんだ。おめでとうと言っておこう』
皮肉を交えつつ・・・・心から私を祝福してくれるだろう。
「・・・・皆、これより我々は共和国を出る。2度と祖国の地は踏めないかもしれないが・・・・生憎と私は、死にたくない。だから祖国の地を踏めずとも・・・・生きる事を選択する」
私と共に来る者は今すぐ身軽になれ。
「身軽となったら馬に乗り・・・・偉大なる大契約者が残した置き土産で出る。さぁ、早く準備しろ!!」
私の言葉に部下達と傭兵達は一斉に準備を始めた。
片や深紅の有翼騎兵は戸惑っていたが・・・・私を見てから鎧を脱ぎ始めた。
その間も敵の降伏勧告は続いたが・・・・誰一人として耳を傾ける者は居なかった。
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「・・・・・・・・」
私は戦友たる大契約者が残した置き土産の船の上に立ち・・・・オレンジ色の灯火を至る所で見せる祖国を見ていた。
あの方角からして・・・・略奪者達は今も我が祖国を食い荒らしているのだろう。
しかし・・・・その方角には私の父だった男の領土も入っていた。
「・・・・憐れだな」
恐らく・・・・あの男は逃げ去った我々を見つけられなかった事を咎められたに違いない。
若しくは今も我々を探しているのかもしれないが・・・・自領の荒れ果てた姿を見たら・・・・どうなるか。
いや・・・・考えるだけ無駄だ。
最早・・・・あの男と私は血こそ繋がっているが、それだけの関係でしかないのだからな。
今、考える事は・・・・・・・・
「これから何処に行くべきか・・・・・・・・」
南北大陸は既にムガリム帝国の手に落ちたから他の大陸に行くしかないが食糧などを考えれば・・・・遠くには行けない。
何より陸軍や空軍には力を入れた我が祖国だが・・・・肝心の海軍には力を入れていなかったから海路を如何にして割り出すかなど・・・・殆ど判らない。
そう思ったが背後から現れた傭兵が「心配するな」と言ってきた。
「我等が偉大なる大契約者様は心優しいぜ。あんたの為にちゃんと書類に残していたんだからな」
見てみろと言われて差し出された書類を見ると・・・・確かに、海路を割り出す方法などが細かく書かれていた。
「しかも食い物と水もあんたの部下達が密かに集めていたから何とか出来る」
「・・・・有り難い事だが、目的地を決めなくてはなるまい?」
「あぁ、そうだな。決めてないなら俺等の間で出ている案を聞くか?」
「あぁ、聞かせてくれ」
私が促すと傭兵は「オリエンス大陸」と答えた。
「オリエンス大陸はムガリム帝国と反対に位置する大陸だ。まぁ、距離は割と近いが海を渡らざるを得ないのは他の大陸と変わらない」
何より・・・・・・・・
「俺の聞いた昔話じゃ・・・・俺の祖国---サルバーナ王国の初代国王フォン・ベルトは、ムガリム帝国から大量の民草を連れて逃げたって話だ」
「・・・・そしてサルバーナ王国を築いたのか?」
私は傭兵の話す昔話に些か懐疑的だったが・・・・そんな国に逃げるのも一興と思った。
「まぁサルバーナ王国が嫌ならクリーズ皇国辺りに行けば良い。あそこは遊牧民国家だから割と肌に合うかもしれないぜ?」
「・・・・その案を皆に話してみよう。それで良ければオリエンス大陸に行くし、駄目なら協議して決めよう」
「そいつが良い。とはいえ・・・・遠くから見ても”汚ねぇ花火”だな?」
あんなに汚い花火は見た事が無いと傭兵は言った。
「あぁ・・・・私も同意見だ。それこそ侵略者の片棒を担いだ実父を見たからか?余計に汚く見える」
「ははははは・・・・良い台詞だ。元公爵様の口から出た割には・・・・な」
「そうかもしれないな。しかし・・・・今の私は自由人だ。別に良いだろ?」
傭兵の痛烈な皮肉に肩を落としたが、それでも言い返した私を傭兵は愉快そうに見たのが印象深い。
しかし・・・・それこそ私が初めて・・・・防具でありながらも祖国に縛られる「重石」の面もある鎖帷子を脱いで身軽に・・・・自由になった証と言えるだろう。
目先の利益を狙って、結局は損する政策は愚策と思う。
鎖帷子を脱いだ騎兵 完