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第五話 愛の世界③

灰色の空から雪が花弁のように落ちてくる。掌で触れると、溶けてなくなった。触れても冷たくない。まるで夢の中みたいだ。いや、本当に夢なのか。


家から三つ目の信号を右に曲がると白い建物が見えてきた。病院だ。

この世界が夢なのか。私にとって、それを確かめるのはそんなに重要じゃない。一番大事なことは…

-明。

明は無事なのか。


外来の反対側の入り口から病院に入る。

病院は入ると一面白い壁で明るい印象を受ける。消毒液の匂いが鼻につく。

入ってすぐ、違和感があった。静かだ。人がいない。少し進み、エスカレーターの横にある時計を見ると午前9時を指していた。本来この時間は看護師が行き来していて、見舞客もいて、それなりに人の声がするはずだ。

エスカレーターに乗り込む。明の病室は3階。しん、と静まりかえった病棟には看護師の姿も見舞客の姿も入院患者の姿もない。

小走りで明の病室に向かう。309号室。明の部屋番号を確認して中に入る。明の病室は三人部屋だ。

扉を開けてすぐ、病室の一番手前のベッドが空いていることに気がついた。いつもは閉じているカーテンが開いていて、もぬけの殻だ。手前のベッドには明より一二歳上の女の子がいて、この時間はお母さんが来ているはずだ。その右側のベッドもカーテンが空いていて誰もいなかった。

明のベッドは一番奥だ。ここから見るとカーテンは閉まっていて、いつも通りに見える。

息を深く吸い込む。近づいてカーテンを引いた。

まっすぐな光が白いベットを照らしていた。明はベットに寝ていた。

-よかった。安堵の息を漏らす。

明は安らかに眠っているように見える。本当に眠っているのか。明の頬に触れる。温度がない。え、なんでと凍りつく。いやいや、大丈夫。この世界は温度がないんだから。これは夢の中なんだから。 


-あいちゃん。あいちゃんあいちゃん!


また、頭の中で声がする。なに、この世界は何なの。

頭の中でイメージが浮かんだ。覚えがある。この光景は覚えがある。そうだ、私は、あの日もこうやって病院に来て、明の顔を見て触れて…あの日。あの日っていつのこと。あの時は、あの時は…温度がなかった。その後、どうしたんだっけ。そうだ、私は-逃げたんだ。

-違う!

頭に浮かぶイメージを追い払うように、頭を振った。病室を飛び出して、エレベーターへ向かう。しかしボタンを押しても一階に止まったままで、いつまでたっても上がってこない。

早くこの世界から抜け出さなきゃ。

右を見ると非常扉があった。非常扉を開けると白い階段が続いていた。非常扉から続く階段を駆け下りた。違う、私は逃げたりなんかしてない。

この世界は何。出して欲しい。離して欲しい。許して欲しい。

早く戻って、明の笑顔が見たい。


-あいちゃん!  


この声は誰。明なの。違う。これは女の子の声だ。どこから聞こえてるの。下から聞こえてる気がして、階段を降りていく。しかし、降りても降りても景色が変わらない。ずっと白い空間が続いているだけだ。おかしい。降りても降りても出口につかない。3階から降りてきたはずだから、とっくに1階の出口についてるはずなのに。


-あいちゃん

また同じ声が聞こえる。今度は上から聞こえる気がする。階段を登っていく。しかし今度はいくら登っても、外に出る非常扉が見つからない。ずっと同じ白い階段が続いているだけだ。本来なら1階ごとに外に出られる扉があるはずだ。それにもうとっくに3階に着いているはずだ。なんで、出られないんだ。

-あいちゃん

また女の子の声が聞こえた

「もうここから出してよ!」元気な明に会わせてよ。


この世界から抜け出せたら、笑顔の明が見られるはずなんだ。明はきっと…無事なんだ。


頭にさっきと同じイメージが浮かぶ。ベッドに横たわって、血色が悪い顔をした明。私は明の手に触れた。その手は-冷たかった。


もし、目覚めても明が無事じゃなかったら。

もう私は知ってるんじゃないか。目覚めても明の笑顔を見れないこと。明に触れても-温度がないことを。階段を登る足を止めた。なら、このままこの世界にいても同じじゃないのか。

-あいちゃん!

女の子の声が今までで一番大きく聞こえた。

-開けて!ここから出よう。一緒に行こう


ここから出たら、何か変わるのかな。また明に会えるのかな。会えても、動かない明だったら…

-あいちゃん!行こう!

でも、もし笑顔の明に会えるとしたら?

-あいちゃん、開けて

私は真上に手を伸ばす。何もない空間に手を伸ばして、何かを掴もうとした。ここから出たい。明に会いたい。

真っ白い空間から、扉が現れた。扉のドアノブを回した。

カチャリと音がして開いた。


「あいちゃん!」

扉を開けた向こうに知らない女の子が立っていた。

驚いたように目をまん丸くして、瞬く間に今にも泣きそうな笑顔になった。

「あいちゃん!よかった」

彼女は私の手を握って、安心したのか泣き出してしまった。

あれ、なんで私…ごめんね、急に。プリント渡しに来ただけで…

彼女が色々と話している声がうまく頭に入らずに、ただただ彼女の手の温かさを感じていた。


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