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第二話 愛の世界

あ…ち…、あいちゃ…、あいちゃん

「愛ちゃん、明日も来てね」「明日は旅行に行くから、来れないって言ったでしょ」

「やだ、さみしい、来て」

「もう、たったの一日会えないだけなんだから。合宿終わったらすぐ来るから」

「約束だよ、帰ってきたらすぐ僕のところ来てね」

そう言って涙目になっている弟の姿に後ろ髪を引かれながら、手を振って別れた。病院の白いドアを両手で夜中なので音を立てないように慎重に閉める。弟の明は、小さい頃から病気がちで体調を崩しては入退院を繰り返している。

今回も3月の始め頃、風邪をこじらせて、入院することになってしまった。

こういうのは今までよくあることで、今回もすぐよくなるだろうと思っていた。度々入院で家族と離れることが多く、病院で一人でいる寂しさを知っているのか、お見舞いに来るとすごく甘えてきてなかなか帰してくれない。甘えん坊な性格に育ってしまった。明日から春休みで、一泊二日で友達と旅行に行くことになっているが、一日会えないだけで泣きつかれてしまい、先が思いやられる。





「ただいま」

「遅かったね。今日終業式だから早く終わるんじゃなかったの?」 

「帰りに病院行ってきた。明がなかなか放してくれなくて。一日会えないだけなのに、大げさすぎ」

そこが可愛いんだけど、と心の中で思う。

「明はお姉ちゃん大好きだからね、旅行中大変だろうなぁ。帰ったらすぐに会いに行ってあげてね」

母が口では困ったように、でも表情は嬉しそうに言う。母は弟が大好きだ。

「はいはい」

旅行中、明が泣いている姿や帰ってから病院に着くとすぐ抱きつく姿が思い浮かぶ。

私は「しょうがないなぁ」とか言いながら、抱き返してあげるんだろうな。


手に負えないけど可愛い弟、心配性だけど優しい母、単身赴任でなかなか会えないけどいざとなったら帰ってきてくれて頼もしい父。

優しい家族に囲まれて、友達もいて順調な日々だった。


さて明日の準備をしよう、と自室に行こうとする。


あ…ゃん、ぁ…ちゃん


「あれ、お母さんなんか言った?」

小さい声で私を呼ぶ声が聞こえて、台所で料理を作っている母に声をかけた。今家にいるのは私と母の二人だけだ。

「ううん、何も言ってないけど?」

「えー、そう?」

おかしいな、まぁきっと気のせいだ。

自室に入って電気をつけると、窓から曇った空が見えた。灰色の空間に小さくて丸い、白い粒が混ざっているのが見えた。雪が降り始めている。

私は胸の奥の方にもやっと何か違和感を感じた気がした。






「行ってきます」

旅行に行くその日の朝、雪が降っていた。道路の端に少しだけ雪が積もり、凍った水たまりがひび割れている。私はこの光景を前にも見た気がしていた。デジャヴというやつか。夢で見た事でもあるのだろうか。

「大丈夫?暖かくしていきなさいよ」

「大丈夫だよ、行ってきます」

言って歩きながら、お母さんの言葉にどこか違和感を覚えた。


なんで今日こんなにもやもやするんだろう、何か忘れ物でもしたかな。いや、ちゃんと確認した。もう一度鞄を見てみるが、必要なものはちゃんと入っている。

もやもやを抱えながら、でもきっと気のせいだと自分を自分で誤魔化す。違和感から自分の意識を遠ざけようとしていた。


あいちゃん


声が聞こえる。振り返ってみても、母はもう家の中に入っているし、近くに誰もいない。おかしいな、昨日も聞こえた声だ。女性の声。それに母より若い、私と同じくらいの年の女の子の声に聞こえる。

いや、でもきっと気のせいだ。周りには誰もいないんだ。呼ばれているはずない。

さっきまでの違和感を全部頭の端っこに追いやる。何にも気付かないふりをして、私はまた歩き出した。



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