第一話 神薙結
「おはよう、結ちゃん、遅刻とか珍しいね」
どうしたの、と言う声に顔を上げると、見慣れた顔があった。
「椎奈ちゃん、おはよう」
結はうなだれてた姿勢を正して言う。
「ほんとに。寝坊とかめったにしないのに…皆見てたし、恥ずかしかった」
遅れて教室に入ってきた結を一斉に見る皆の視線を思い出すと、今でも顔が赤くなりそうだ。
「昨日寝るの遅かったとか?」
「そうでもないんだけど…変な夢見たからかな…」
変な夢?と聞く声に、今日見た白い部屋の夢を思い出そうとする。あの空間に見覚えがあるような気がして、よく思い出そうとすると急に頭の中にもやがかかる。それに嫌な感じがしてなんとなく思い出したくなくて、しばらく無言になる。
「結ちゃん、それは?」
椎奈は微妙な空気を察したのか話題を変えてきた。結の机に置いてあるプリントの束を指さしている。
「先生に仕事頼まれちゃった。私今日日直だったんだ…朝の仕事サボっちゃったから」
隣の席を見る。誰も座っていない。今日だけじゃなくずっとそうだ。
「住田さんにお届けもの。頼まれた」
隣の席の住田愛さんは、二年生になった春から学校に来なくなった。もう、二週間が経つ。去年までは何も問題なく学校に来ていたから、先生も住田さんの友達も驚いていた。今日結が預かったようなプリント類はいつもは先生や友達が住田さんの家に届けていた。結はなんで私に頼むのだろうと疑問に思っていた。住田さんと仲良かったわけではないし、引っ込み思案な結は友達も少なく、クラスでも大人しめの何人かとくっついているタイプだ。住田さん達のような派手なグループの子達と接点はない。
「日直サボった罰なのは分かるし、家もちょっと近いみたいなんだけど…、吉原さん達に悪いような」
「今日先生たち会議だからじゃない。それに」
急に椎奈が小声になる。
「先生が行っても友達が行っても、誰も出てこないんだって。だから前まではね、るぅちゃん達が毎日行ってたみたいなんだけど最近では行ったり行かなかったりみたい」
椎奈は友達が多い。陸上のエースで、運動部の子と仲が良いのはもちろん、いつも笑顔で気さくで明るくて、誰ともでも仲が良い。クラスの中に勝手に出来ている目に見えないグループのどれにも所属しておらず、グループの壁をすり抜けて、色んな人と話しに行く。だからか、色んなことを知っている。噂したり、情報を言いふらすわけではないから目立たないが、クラス一の情報通だと、結は勝手に思っている。
「そうなんだ、大丈夫なのかな」つられて小声になる。
「確かに、先生にもポストに入れておくだけでいいって言われたけど…
まぁ、私が行っても何も変わらないよね」
「そんなことないと思うよ」椎奈がいつもの笑顔で言う。
「いつも一緒にいる友達じゃないからこそ話せることもあるし、それに
私、結ちゃんなら大丈夫だと思う」
椎奈の笑顔に根拠のない自信をもらいながら、
夢の中の黒髪の少女を思い出していた。