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第十五話 帰り道

黒髪で眼鏡をかけた少女が

祐希に向かって手を伸ばした。

その手が祐希の頬を覆って涙を拭った。

「祐希ちゃん、また泣いてる」

「芹果ぁ、ごめんね」

祐希は更に涙をあふれさせた。

「私…っ芹果のこと、前も、今も、ずっと、嫌いなんかじゃ…ないよ」


 


「幸田さん、甘すぎ」

愛が不機嫌な顔で芹果に向けてぼやく。

「縁切ってもいいレベルよ。なんで許しちゃうの。自分の悪口言ってた人をなんで、今こうして送ったりできるの」

芹果は苦笑いをした。

愛が不満を続ける。

「私のいないところで、人の悪口言ってたのも、私は気にくわないんだけど」

「住田さん、私はもう大丈夫だから。住田さんも、もう…ね。それに暗いし女の子ばかりだから、皆で帰った方が安全じゃない?」

薄暗い道を留希、優樹菜、愛、芹果、結の五人で歩いていた。

芹果の家から近い祐希は、既に家に送り届けられている。


陰口や隠しごとが嫌いらしい愛は、さっきからずっと不機嫌だ。芹果に陰口を言っていた留希、優樹菜の二人は決まりが悪そうに下を向いて歩いている。

愛の言葉を芹果は苦笑いで受けつつ、二人に気にしなくて良いよと言いたげな目線を向けている。


芹果が起きたあと、途中できた優樹菜と、祐希と留希の三人が謝った。

芹果は「いいよ」と、全く気にしてない様子で、あっさりと許してしまった。

それから、大泣きして目も当てられない様子の祐希を抱きしめてしばらくずっと頭を撫でていた。祐希が落ち着いた頃、帰ろうとすると辺りが暗くなり始めていたので、芹果が送ると言ってくれたのだ。

愛じゃないが、私も芹果は優しすぎると思う。

「ねぇ、幸田さんと橘さんって、幼なじみなの?」

愛は怒っているし、いつも教室で目立っている人たちが落ち込んでいて居づらそうにしているし。この異様な空気を少しでも変えたくて、芹果に話を振った。

「うん、そうだよ。家が近所でね。幼稚園からずっと一緒なの」

「へぇー、すごい長い付き合いなんだね!」 

「うん、高校入ってからあんまり話せてなかったんだけど」

寂しそうに笑う。

それを聞いて、私も神妙な顔付きになってしまう。

「あ、そういえば住田さんと吉原さんと永沢さんの三人って中学同じ?」

しんみりした空気にしたくなかったのか、愛に話を振る。

「そう。北中。なんで分かったの?」

愛が返す。

「三人とも住所聞いたときにね。丘越えたところの住宅街だと、ちょうど北中の校区かなって」

「なるほどね」

芹果はクラスにいたときとは考えられないほどよく喋る。彼女もこの気まずい空気をどうにかしたいのかもしれない。

「そういえば、神薙さんは何中?」

「私、西中だよ」

「わっ!」

突然後ろから声がして、振り向くと笑顔の椎奈がいた。

「びっくりしたー」

「ふふ、結ちゃん、びくってなってたよ」

「神崎さん、部活帰り?」

愛が聞く。

「そうそう」

「こんな時間まで大変ね。お疲れ様」

「どもどもー」

「あ、そういえば椎奈ちゃんも西中なんだよ」

さっきの話を思い出して、私は言った。

「ん?なになに?なんの話してたの?」

「何中だった?って話になって…」

芹果が答える。

椎奈は何故か一瞬真顔になって、

しかしまたすぐいつもの笑顔に戻った。

「そっかー」

「あ、私と椎奈ちゃん、こっちなんだ」

「じゃあ、ここで皆解散にしない?幸田さんもこれ以上家から離れると、暗い中帰るの危ないでしょ。

私たち、それぞれ同じ方面一緒に帰る人いるし」

愛が提案して、そこで解散となった。

「分かった。じゃあ皆気を付けてね」 

「送ってくれてありがとう」

「バイバイ、また明日」


皆と別れて、椎奈と二人になって歩いた。

椎奈は、珍しいメンバーだね、仲良くなったの?と聞いて、私が、仲直りして仲良くなろうとしてるところ?と曖昧な返事をしたら、

それはよかったといつもの笑顔で頷いてくれた。

それから、今日会った部活での出来事を話してくれた。椎奈は陸上部のエースで、走るのが速いのはもちろん、とても楽しそうに走る。体育のスポーツテストの50メートル走で、綺麗なフォームで楽しそうに駆け抜ける椎奈の姿を、私はとてもいいなと思っていた。  

部活の話をするときもいつも楽しそうで、走ることや部活が好きな気持ちが伝わってくる。


私の家が見えてきた頃、椎奈は真剣な顔で聞いた。

「結ちゃん、中学三年の三月のこと覚えてる?」

「え」

私は急に頭の端に痛みを感じた気がした。

中学三年…二年前。なんでそんなこと急に聞くんだろう。中学三年の三月は、受験も終わった頃だ。その時私は…何をしていたんだろう。頭の中にもやがかかったようで思い出せない。

数秒の沈黙の後、椎奈が明るい声を出した。

「ごめんね!急に変なこと聞いて。前のこと覚えてないよね。きっと受験も終わってのんびりしてた頃だと思うし。私もその頃特に何もしてなかったような!」

いつもの笑顔で言った。

「結ちゃんの家着いたね、じゃあまた明日!」 

笑顔で手を振る椎奈に手を振り返し、椎奈が背を向けてから、しばらく考えていた。

私、中学三年の三月のこと、なんで思いだせないんだろう。それに何故か嫌な感じがする。頭が痛い。

空はもう暗くなっている。とりあえず家に入ろう。

家に入ろうとしたとき、チェックのズボンが目に入った。近くの私立高校の制服だ。ふと顔を上げると、男の子の顔があった。

彼の顔を見た瞬間、息をのんだ。厳重に鍵をかけていた記憶の箱の鍵が壊れる音がする。蓋が開いてしまった記憶の箱から「あの時」の記憶が流れ出してくる。私がしてしまった行為の数々。傷つけてしまった彼の顔。「あの日」の罪悪感、嫌悪感、劣等感、恥ずかしさ、悔しさ…傷つけてしまった、もう戻れないという想い、様々な感情が溢れ出してくる。その後の暗闇も、そこにいた自分の姿も全て、思いだした。


私は勢いよく家の中に入り、鍵を閉めた。ドアに背中を向けたまま、その場にしゃがみ込んで動けなくなった。

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