第十一話 美実の世界③
「あかん、このまま終わりになんかせぇへん」
美実が雪の腕を掴んだ。
「うちはあんたを一人にはさせへんし、お姉さんが戻ってきても…うちがおった事実は変わらん」
雪は真剣な表情の美実を、これまた真剣な表情で見つめ返した。
「これからも近くにおらせて欲しい。好きです」
「ごめん」
雪の答えに、周りが凍り付いた。そこだけ時間が止まったような気さえした。
「でも、」
「あの人だけでなく、君もいてくれたよね。そのことは心に留めておくよ。これからもきっと」
雪の笑顔に、美実もつられて笑って、強く頷いた。ずっと周りに張っていた氷が溶けていくようだった。
学校の帰り道、愛と二人で歩いていた。
「今日学校ぎりぎり間に合ってよかったね」
「ほんと、危なかったわよ」
空はどこまでも遠く青くて、二人の間に温かな春の風が吹いた。
「結局あの二人、何だったのかしら」
さぁ。愛が黒くざらついた甘いお菓子を一つ、口に入れた。結局よく分からなかったね、と。
「このお菓子が鍵だったのかな」
「みたいね、よく分からないけど。多田さん、黒棒って言ってた?黒砂糖で出来てるって」
私が持っている、朝美実からもらったお菓子の袋に手を伸ばして、愛は黒いお菓子を口に運んだ。
甘い、と顔をしかめる。
確かに甘みが強いし、独特な甘さだけれど、私にはちょうどいい。おいしい。
「それにしても結、意外と行動力ものすごいわよね。いきなり雪さん連れて来た時はびっくりしたわよ」
びっくりしたのは私も同じだ。自分でも何故そうしたのか、わけが分からなかった。
数時間前、椎奈に美実の部屋まで連れてきてもらい、部屋で横たわりぴくりともしない美実の姿を見て、なんとかしなきゃっていう思いが込み上げてきた。
「椎奈ちゃん、雪さんの所へ連れてって」
「このままだと私絶対後悔する」
『後悔する』だなんて、誰のための言葉なんだ。
「あの二人に何があったか全然わからなかったけど、二人が笑顔でよかったわね。最後の方、完全に二人の世界だったし」
ね、と頷いた。
「最初からこれは僕たちの問題だったんだ。無関係なのに干渉するのが悪いんだよ。あの人のために、僕のために巻き込まれてくれたのは分かっているし、感謝もしてる」
「でも、これでもう終わりにするんだ」
感情のない声で話す雪の言葉に、美実が急に起き上がって、
「このまま終わりになんかしない」と言った。
その後、好きです、と美実が雪に告白をした。みんな驚いて固まったのが分かった。
私はその言葉を聞いて、なぜか胸が苦しくなった。なんでだろう。
最近はおかしなことばっかり起きるし、私もどうかしてる。最近の私は一体どうしちゃったんだろう。
「結、残り食べて。甘すぎて無理」
愛が私にお菓子の袋を渡す。中身はほとんど減っていない。
もう、しょうがないなぁ、と袋を受け取って、またお菓子を口に入れた。
友達が増えたし、周りが笑顔なのはいいな。そう思うと、どうでもいいような気がした。
「あ、留希だ」
私たちが歩いている先に、愛の友達の吉原留希さんを見つけた。隣には、同じく友達の橘祐希さんがいて、二人とも足取りが重く見える。
愛が歩を速めて後ろから、留希の肩を叩いた。
「今帰り?どうしたの」
振り向いた二人は、泣きそうな顔をしていた。
「どうしよう、…どうしよう。私のせいで芹果が学校来なくなっちゃった」
祐希が今にも消えそうな声で言った。