プロローグ 少女が見た夢
そこは白い部屋だった。
床も壁も一面が白い空間にベッドが一つと傍に小さな椅子が一つだけあった。
長い黒髪を持つ少女が椅子に座ってうなだれていた。
時折漏れる嗚咽から泣いていることがわかった。
何かを呟いているが小さすぎて聞こえない。波長がだんだん合っていくように、言葉が聞き取れるようになっていく。
「…ねがい、おねがい。お願い、助けて。私を見つけて。ここから連れ出して」
その少女の眼に見つめられる。深い黒に吸い込まれそうになる。ピ、ピ、ピ…遠くで音が聞こえる。ピピピピピ。近づいてくる。ピピピピピピピピピピ…!
はっと、飛び起きて辺りを見回した。さっきの白い部屋じゃない。いつもの自分の部屋にいた。騒音の源である目覚まし時計を見つけ、慌てて止める。ほっと安堵の息を吐く。前髪をかきあげると、おでこに汗をかいていた。パジャマの内側がうっすら濡れている。夢だったのか。自分を吸い込んでしまいそうな深い黒の眼が頭の中に浮かんでくる。実際に見つめられていたみたいに、まだ感覚が残っていた。
胸がざわざわして、布団をすぐ出る気になれない。もう一度布団の中にもぐってしまいたい衝動にかられながら、とりあえず手元にあった時計を手に取る。時刻は八時。いつも家を出る時間だった。嘘。間に合わない。ばっと飛び起きて、高校に行く支度を始めた。