表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪鬼戦乱のヴェスティード  作者: 語説囃子
【第1章:悪童の野望】
8/18

第8話【日向守―ヒナタカミ―】

【2016/10/3】

 ┗一部重要な文章がいくつか抜けていたので加筆修正しました。

【2016/10/9】

 ┗一部加筆修正しました。

【2016/10/16】

 ┗一部加筆修正し、いくつか台詞を変えました。展開に影響はありません。

 尾張国・宿舎。

 夜が明け、ミツコはベッドから起き上がる。

 結局、答えが出る事は無く、そのまま朝を迎えてしまった。

 重たい体を引き摺るようにして立ち上がって自室を出る。

 宿舎の廊下を歩く間も考え続けていた。自分はこれからどうするべきなのだろうか。

 皆と共にここに残るべきか、それとも1人だけ平穏な世界に戻るべきか。


「……あれ?」


 ふと、辺りを見回す。今日はやけに宿舎が静かだ。いつもならノブガ直轄の部下である兵士達の他愛ない声で満ち溢れているというのに、その気配が全くしない。

 時刻は7時、このぐらいの時間なら兵士達は全員起きて馬鹿騒ぎを起こしていてもおかしくない。

 まるで世界に1人取り残されたかのような錯覚に陥ってしまう。


「一体、皆どこに行ったのかしら」


 廊下を歩きながら回りを見渡す。人影が無いかどうか探す。

 開いた窓から風が吹き込み、鳥達の囀りが聞こえてくる。

 その状況にミツコの視界で2つの情景が重なる。

 目の前に広がる光景と学院時代の光景。

 2つの廊下の情景が重なると、とてつもない孤独感が襲ってきた。

 自分だけが戻った日常、隣には誰も居らず世界には自分だけ。


「あれー? ミツコちゃん?」


 すると、背後からカイが声をかけてくる。

 ミツコは慌てて振り向いてカイの方を見る。カイは首を傾げていた。


「今日は随分と早いね」


「柴田さん、あの……他の皆はどこに?」


「ん? 皆なら三河国討伐に向かったけど」


「え、三河国討伐……?」


 初めて聞いたその言葉に思わず顔を驚愕に染める。ミツコの様子にカイは少し思案する。


「もしかして、姐さんから聞いてない?」


「え、ええ。あの、ノブガは……」


「今朝、シッコクに乗って三河国討伐の先陣を切って行ったよ」


「なっ!?」


 ミツコはカイの言葉が信じられなかった。


「ノブガは昨日怪我を負ったのよ! それなのに討伐に向かうだなんて」


「うーん、姐さんなら心配いらないと思うけどな、俺は。姐さんはああ見えてかなり頑丈だから」


「ノブガは確かに粗暴だけど、女の子なんですよ?! 頑丈なわけが!!」


「え、あ、うん。そ、そうだよね、確かに。ごめん、今のは失言だった」


 必死に訴えるミツコの勢いに呑まれてカイはすぐに謝罪する。そして小声で「そういえば、ミツコちゃんはあの事知らないんだっけか」と呟いた。

 その一言が聞こえたのか、ミツコは思わず聞いてしまう。


「あの事って何です?」


「いや、何でもないよ。こっちの話だから気にしないで」


「……」


 カイの話も気になるが、今はノブガの方が心配だ。

 自分もすぐに追いかけなければ、怪我を負ったままではもしかしたらまた負傷するかもしれない。

 シンクに搭乗するために駆け出そうとすると、カイが呼び止める。


「ミツコちゃん、シンクなら出せないよ」


「な!?」


 カイの言葉にミツコは固まる。


「シンクは今改装中でね、出撃する事は出来ない筈だよ」


「そんな……」


 肩を落として落ち込むミツコの姿を見て、カイはある提案をする。


「ミツコちゃん、ちょっと息抜きに俺とデートしようか」


「……は?」


 突拍子もないその提案にミツコはカイを睨み付ける。こちらはそんな気分ではないのだ。

 カイは慌てて弁明する。


「そ、そんなに睨まないでよ、デートって言い方が気に入らなかったのなら謝るからさ! ちょっとお出掛けするだけだから安心して。どっちにしろ、改装が終わらない以上は暇だろうし」


「……分かりました」


 ミツコは溜め息を漏らす。

 一方のカイは「どこに行こうかなぁ」と色々と思案する。その結果、尾張国港町の繁華街に向かうことにした。



「ミツコちゃん、あそこの茶屋でお茶しようか」


 そう言って、繁華街で営業している茶屋に入る。

 店員に案内されてテーブルに座る。


「ここ、姐さんの行きつけの店なんだよねぇ」


「……」


 お品書きを見ながら「何か頼む?」とミツコに話を振るが、ミツコは黙って首を横に振る。

 何も頼まないのも店側に失礼なのでカイは団子と抹茶を頼む。

 注文の品が来るまでミツコの話を伺う。


「もしかして、ミツコちゃんさ、姐さんと何かあった?」


「……別に、何もありません。どうしてそんな事を聞くんですか」


「ほら、姐さんってミツコちゃんの事気に入ってるじゃん? その姐さんがミツコちゃんに声をかける事無く三河国に向かうだなんて、何かあったのかと思うわけですよ」


「……」


 意外と鋭い所を突いてくるカイの言葉に沈黙してしまう。その様子を見て、カイは軽く笑う。


「やっぱり、何かあったんだね?」


「何もありません」


「素直じゃないなぁ」


 ノブガとの事は話す気は無い。これは自分の問題なのだから。

 カイは仕方ないので一方的に独り言のように話し始める。


「これ、結構尾張国じゃ有名な話だし、姐さんも別に隠してないから言っちゃうんだけどね。姐さんの生まれは少々特殊なんだ」


 突然何の脈絡も無く始まったカイの話にミツコは首を傾げつつも大人しく聞く。


「姐さんの母君――ハナヤ御前様は昔話に登場する8人の鬼の1人である根井ユキカの末裔なんだ」


「っ!!」


 ノブガの母親が鬼の末裔、その言葉にミツコは 思わず心臓が大きく跳ねた。

 自分もまた鬼の血を引く者であるため、意外な共通点に戸惑う。

 カイはそれに構うこと無く話を続ける。


「ただ、そのユキカっていう鬼は少し特殊だったみたいでね、妖士を倒すためとは言え、妖士の因子を自分の体内に取り込んだみたいなんだ。つまり、鬼と妖士の2つの血を持っていたという事になる」


「……」


「人の血以外に2つの不純物があるためか、根井の家系は中々子供に恵まれなかったらしい。まあ、周りが妖士の血が混ざった一族と関わりを持つのを躊躇ってたのもあるんだろうけど。そのため、一族の名前を根井から土田に変えて拠点を信濃国から尾張国に移した、一族の名簿から根井ユキカの存在を消してまで。それ以降は鬼と妖士の血が薄まる事に努め、そのおかげか鬼と妖士の特徴を持った子は産まれなくなったらしい。ハナヤ御前様が誕生する頃には、土田一族が根井ユキカの末裔である事を知る者はほとんど居なくなった」


 そこでカイは一旦区切り「でもね」と言う。


「ハナヤ御前様は中々子供を身籠らなかったんだよ。周りからも『早く後継者を』と言われ続けていた。現当主である織田ヒデユキ様は気にする必要は無いと言ったけど、ハナヤ御前様にとってはただのプレッシャーでしか無かった。お飾りの妃だなんて、呼ばれたくなかっただろうからね。そんな中、織田一族に嫁いでから4年後にやっと姐さんを身籠ったんだ。ハナヤ御前様はとても嬉しかっただろうね、これでやっと妃としての役目を果たせるんだから」


 ミツコは段々嫌な予感がしてきた。そんな時だ、店員が注文していた団子と抹茶を持ってきた。


「餡蜜団子と抹茶味濃いめになりまーす」


「お、ありがとね! 話し続けてたから丁度抹茶が欲しかったんだよ」


 店員から団子と抹茶を受け取ると、カイは話の続きをせずに店員から連絡先を聞き始めてしまった。


「ねえねえ、キミ彼氏いる? よかったら連絡先交換しない?」


「お客様、営業妨害で追い出しますよ?」


「あ、はい」


 速攻で振られているカイの姿にミツコはジト目で見つめる。

 カイは軽く「コホン」と咳をしてから仕切り直しとばかりに話の続きを始める。


「ええと、確かハナヤ御前様が姐さんを身籠ったところまで話してたね。ハナヤ御前様が懐妊した事で周りも流石に五月蝿く言う事は無くなった。あとは元気な子を産めばいいだけだからね。さて、そうやってついに姐さんがお産まれになる日、ハナヤ御前様は酷い悪阻に襲われてそれこそ死ぬような思いで産んだんだ。その後、城は騒然となった。産まれてきた我が子を見たハナヤ御前様は発狂し、姐さんを殺そうとしたんだ」


「ど、どうして……?」


「姐さんは、鬼と妖士、両方の特徴を引き継いで誕生したんだ。俗に言う先祖返りってやつかな。鬼の証である小角と妖士の証である背中に刻まれた牙の痣。鬼の証はそれぞれ異なっていて、根井一族の場合は生まれながらにして生える角。ミツコちゃんのところは赤い髪、だよね?」


「っ?!」


 自分の素性を知っているカイにミツコは思わず警戒の表情を浮かべる。

 カイは一言「ごめんね」とミツコに謝る。


「悪いとは思ったし姐さんが連れてきたご友人だから大丈夫とも思ってたんだけど、姐さんの周りに素性の知れない人を置いておくわけにはいかなかったから念のためにミツコちゃん達の事を少々調べさせてもらったよ。ミツコちゃんは、明智一族の生まれだね」


「……」


 ミツコは黙って頷く。カイはミツコを安心させるように優しく諭すように言う。


「別に責めてるわけじゃないよ。ただ、どうして姐さんがミツコちゃんに拘るのか納得したし安心した」


「一体、何がですか?」


 ミツコからの問いにフフと微笑み、すぐにその表情を暗くする。


「鬼の血を受け継いだミツコちゃんなら、分かるでしょ。周りから向けられる珍獣を見るかのような視線、しかも鬼だけでなく妖士の血まで入ってるんだからその視線には当然悪意も含まれる。そしてその悪意の一端は、母君であるハナヤ御前様にも向くわけで」


 カイは言った。ノブガを産んだ事で周りはハナヤ御前の事を『鬼母』と呼んだらしい。

 織田一族にとんだ汚れた血を運んできたと、中には生き残った妖士からの回し者と言う者まで現れる始末。


「男子ならば、まだ戦争の道具として使い道があったかもしれないけど、姐さんは女。鬼と妖士の血を色濃く受け継いだ姐さんを娶ろうなんて思う者は居らず、姐さんは皆から邪険に扱われていたんだ」


 抹茶を少しずつ飲みながら「ま、姐さんは特に気にしてなかったみたいだけどね」と言って幼い頃のノブガの姿を思い出して小さく笑う。


「姐さんがウツケと呼ばれるようになったのは、全部ハナヤ御前様に喜んでもらいたかったからなんだ。小さい頃の姐さんは自分が母君に嫌われているのは自分が女だからと勘違いしていた。女としての自分を嫌うのなら男のように振る舞えば喜んでもらえると思ったみたいでね。それが逆にハナヤ御前様の立場を悪くするなんて皮肉としか言い様が無いけど」


 団子を食べてしっかりと咬んで飲み込んで抹茶を啜る。


「厄介者の姫君は男勝りのじゃじゃ馬姫、自分を男と勘違いしている大馬鹿者(ウツケ)ってね」


 団子を完食し、串を皿の上に静かに置く。


「年を重ねる毎に何故皆が自分を奇異の目で見るのかを理解した姐さんは、きっと孤独の中に居たはずだ。姐さんの性格からして別に傷を舐め合いたいわけじゃないけど、それでも、自分と同じルーツを持つ誰かと会いたかったんじゃないかな」


「自分と同じ、ルーツ……」


 ミツコの中で再び女学院の屋上でノブガと会話した時の情景が浮かぶ。


――オレはお前が羨ましい――


 その言葉がふと頭の中に響いた。あの時ノブガが浮かべていた複雑な表情。

 同じルーツを持つのに、どうして彼女はミツコにあのような事を言ったのか。その言葉の真意はノブガがこの場に居ない以上は分からない。

 カイは伝票を手に取って値段を見ながら言う。


「俺はね、出来る事ならミツコちゃんには姐さんの理解ある友人になってもらいたいんだ。俺とトシキは部下としてあの人の元に来たから今更友人なんていう関係は築けないけど」


「友人……私が」


 ミツコの言葉に大きく頷く。


「そう。姐さんはね、鬼と妖士の血を持ったが故に自分の存在意義は戦場にのみと思い込んでるんだ。“化け物の自分に平穏な世界は似合わない、戦場でこそオレは輝く”ってね」


――愚問だな、オレの日常は最初からここ(・・)だ。あの箱庭は、オレには少々狭すぎる――


 あの時自分に言い放ったあの言葉。

 その隠された意味は自分が思ったものと全然違った。ノブガと自分は住む世界が違うんじゃない、自分の望む世界が彼女を拒絶しているのだ。

 ミツコはその事に愕然とした。

 カイは伝票を強く握り締めてミツコに頭を下げる。


「だから、どうか姐さんのそんな馬鹿な妄執を取り去ってほしい。これは多分、同じ鬼の血を受け継いだミツコちゃんにしか出来ない事だと思うから」


「私は、そんな、彼女を守れる程強くないわ……」


 そう、自分はノブガを守れなかった。これは揺るぎ無い事実。

 しかし、カイは首を横に振る。


「姐さんは誰かに守ってもらう程、弱くないよ。それにね、誰かを守るなんて軽々しく言わない方が良い」


「え、どうして……」


 ミツコは驚いてカイを見つめる。カイは神妙な表情で言う。


「誰かを守るって事はそれ以外の誰かを傷つける事と同義だからね。その覚悟が無いのなら、最初から誰かを守る資格は無い」


「守るためには、誰かを傷つける必要がある……」


 予想だにしなかった言葉と考え方、それによってミツコの意思は揺れる。


「戦場に限った話じゃないけどね、この世界はそういう表裏一体の関係に満ちているんだ」


 仲間と友人を守るためには、それ以外の敵を傷つけなければならない。

 それはとても残酷な事で、しかし同時に納得した。

 自分はその覚悟が足りなかった。その中途半端さに自分は苛まれている。


「それに今回の件は完全に姐さん側に責任があるから、ミツコちゃんが気にする事は無いし、姐さんだってそう思ってる」


 確かに、昨晩にノブガと話した時、本人は気にする必要は無いと言っていた。

 だが、それでも、という感情が沸き上がる。


「もっと早く、遠江国から戻っていれば……」


「姐さんの戦術ミスが原因でしょ、それは。むしろミツコちゃんは作戦通りに行動してたんだから責められる謂れは無い」


「彼女に怪我をさせたわ……」


「戦場なのに無警戒に戦車から身を晒した姐さんが悪いよね、それ。自業自得ってやつだ」


 尽くミツコの言葉を否定していくカイは腕を組んでふんぞり返る。さあ、どんどんかかってこい、そう言いたげだ。


「どんな事言っても、ミツコちゃんのせいじゃないって論破できるよ俺」


「……」


 言葉を発せばすぐさま返される。カイの意思の強い瞳にミツコは目が泳ぐ。

 カイは畳み掛けるように言う。


「余計な建前じゃなく、ミツコちゃんの本心が俺は聞きたい」


 ミツコは俯き、振り絞るように言葉を口から溢す。


「……私は、失うのが怖いの。今まで当たり前のようにあったものが、まるで砂粒のように呆気なく消えてしまうのが、堪らなく怖いの」


「それが普通だよ、誰だって進んで平穏を壊したくはないからね」


 カイは「でもね」と呟いて真剣な表情でミツコに言う。


「そうやって目を背けて見ないフリをして、もし自分の預かり知らぬ所で知人がいなくなったら、そっちの方が一番怖いと俺は思う。もしかしたら、自分が居れば何か出来たんじゃないか、ってね」


「いなくなるだなんて、そんな……」


「ありえない話では無いよ。姐さんの生きる世界は、いつだってそんな理不尽さに満ち溢れてるんだから」


 少しだけ悲しそうな表情を浮かべてからすぐに笑顔を浮かべた。


「俺は別に姐さんの傍に居ろなんて身勝手な事を言うつもりは無いよ。離れたっていい、遠くからでも友人として姐さんの幸せを願ってくれるのならそれだけでも十分だからね。ただ、ミツコちゃんには後悔の無い選択をしてほしい」


「後悔の無い、選択……」


「そう。あとから嘆くのだけは……俺は許さない」


「え……」


 カイの厳しい言葉にミツコは目を剥いた。先程までの笑顔は無くなり、カイは無表情でミツコを見つめる。


「嘆くくらいなら、最初から逃げるなって事。この意味、分かるでしょ?」


 自らの選択を間違いだなんて思うな、最後まで突き通せ。そんな中途半端な気持ちでノブガの事もミツコ自身の事も決めるなと、そう言われた気がした。

 口元をギュッと強く結ぶと、カイは「フッ」と笑いを溢す。


「ま、そうは言ったけど、中々そんな単純に行かないのは知ってるよ。ここを去っても、また戻りたくなったらいつでも戻っておいで。ここにはいつだって、ミツコちゃんの帰る居場所があるんだから」


「―――っ」


 ミツコは目を見開いた。皆と同じように自分の存在を許容してくれる言葉。


――鬼に人の居場所なんて無いのに――


 心の奥底でずっとそう思って今まで生きてきた。それでも心のどこかで求めていた言葉。

 その言葉で思わずミツコは「うっ…うっ…」と嬉しさのあまり泣き出してしまった。

 カイは目を剥いて慌て出す。


「ええ?! ちょっと、もしかして俺、ウザかった? 何か余計な事言っちゃった?」


 ミツコは黙って首を横に振った。今この瞬間、確かに彼女はカイの言葉で救われたのだ。





「ふぅ、やっぱり女の子の涙は心臓に悪いなぁ」


 茶屋から出たミツコ達は宿舎に向かっていた。

 カイはなんとかミツコの中の憂いを取り除けた事にホッと胸を撫で下ろしていた。

 ミツコの表情は明るく、これからの自分の方針は固まっていた。

 今度こそ、この力で皆を守る。そのために自分はここに残ろう。

 皆が平穏に日常を送れるように、その日々を守るために。たとえそれが原因で他の誰かを傷つける事になろうとも。

 すると、カイの懐のスマホが震える。取り出して見てみると、メールが2通入っていた。

 その両方の内容に思わず口角を上げる。


「ねえ、ミツコちゃん。確かミツコちゃんの家紋って桔梗紋だよね?」


 桔梗紋とは、読んで字の如く、桔梗の形をした紋様の事である。

 突然振られた話題にミツコは戸惑いつつも「え、ええ」と頷く。


「よし。なら、ミツコちゃん。ちょっとばかりうちの姫様の救援に向かってくれないかな」


「救援って……ノブガに何かあったの!?」


「ヨシノちゃんからの情報から、ちょっとばかり雲行きが怪しいみたい。そして……」


 カイはスマホのメールに添付された画像をミツコに見せる。


「トシキから、戦闘用ヴェスティード第1号が完成したってさ」






 三河国・安祥城。

 上空を燕の群れが呑気に飛び回っている。しかし、同時に戦争の存在を色濃く伝える爆発音が響き渡っていた。

 その周辺ではノブガの戦車隊並びにシッコクと三河国の自衛用の総戦力との激しい攻防が繰り広げられている。

 シッコクの持つ機動性で戦車隊を殲滅していくものの、上空からの戦闘ヘリによる援護射撃で苦戦していた。ハンドガンで戦闘ヘリを狙うもののハンドガンからの多少の反動とヘリの機動性で中々狙いが定まらない。

 量より質で攻めるノブガと質より量で防ぐ三河国。戦況は若干ノブガ側が不利であった。

 徐々にノブガの戦車隊が三河国の圧倒的物量で倒されていき、ほとんどの敵をシッコクが対処していく事になる。


〈クソッ……タレ!!!〉


 既にノブガの息は荒く、少し視界も朦朧としていた。無理もない交戦開始から3時間。空と地、両方の攻撃を捌いて三河国の相手をしているのだ。

 よくここまで集中力が保っているのが不思議なぐらいだ。

 ノブガは揺れる意識の中、ミツコを尾張国に残してきた事を思い返していた。

 正直に言えば、ミツコからの返事を聞くのが恐かったから置いてきたというのが本音だ。

 同じモノを持つ彼女が自分の元から去るのは果てしない程の喪失感があるに違いない。


〈ったく、我ながら何やってんだろうな〉


 戦車の砲台を掴んで上空を旋回する戦闘ヘリに向かって投げ飛ばす。

 戦車は見事命中し、空中で爆発音が響き渡る。


〈最初からオレの世界には、オレ1人だけが居ればいい。これまでも、これからもだ!!〉


 その場からジャンプして腕に内蔵された無数の小型粘着榴弾を発射して多くの戦車の装甲に接着させて距離を取る。

 10秒程で接着した小型粘着榴弾が一斉に爆発する。


〈そうだよな、やっぱ鬼には戦場が一番お似合いだよなぁ!!〉


 右足に内蔵されたナイフを取り出して戦闘ヘリに向かって投げ飛ばす。ハンドガンと違って反動が無い分、いくらか狙いやすい。

 ナイフはプロペラに被弾し、戦闘ヘリはコントロールを失ってそのまま安祥城の城壁にへと墜落していく。

 戦闘ヘリが爆発し、安祥城に火の手が生じる。

 爆煙を背に立つシッコクの姿は正しく邪悪な魔王そのもののようなオーラを出し、三河兵の戦意を瞬く間に喪失させていく。

 シッコクがここまでのパフォーマンスを行えるのは、ヒヒイロカネによる高い耐久性に限らず、ヤスナが開発した戦闘用OSによるアシストが大きい。

 ハンドガン等による遠距離攻撃や剣等による近接戦闘、いずれもOSが瞬時に敵との距離やタイミングを算出してノブガの操縦を修正してより最適な形で機動させている。


〈この分なら、三河の制圧はオレ1人で十分だな!〉


〈悪いが、そういうわけにはいかねえな〉


〈っ?!〉


 突然の無線通信が繋がる。声の主は、駿河国の女学院を占拠した特殊部隊の隊長である。

 ヤスナ救出作戦においても、今川館に向かうミツコとノブガの前に立ちはだかり、最早因縁の相手になりつつある。


〈玩具が戦場を闊歩するのはそこまでだ〉


〈ハッ! たかが戦車如きに!!〉


〈そうとも限らんさ〉


〈なんだと?!〉


 三河国特殊戦車部隊の砲撃の雨がシッコクを襲う。シッコクは一旦体制を立て直すために横に移動しようとする。

 その瞬間、シッコクの足元が爆発した。


〈ぐっ! 地雷か!!〉


 ヒヒイロカネの耐久性のおかげで、なんとかまだシッコクの足は機能している。

 その光景に特殊部隊の隊長は「ヒュー!」と口笛を吹く。


〈驚いた、まさかあの地雷の一撃を喰らって無傷とはな。その装甲、中々の逸品と見た〉


〈てめえ、一体何者だ!!〉


 今回を含めて三度の戦闘、ノブガが隊長の名前を尋ねると隊長は意気揚々と答える。


〈冥土の土産に教えてやろう。俺の名は“服部ハンジ”、三河国特殊部隊“伊賀隊”の隊長だ!!〉


 隊長――ハンジはそう言うと、怯んでいるシッコクに一斉射撃を試みる。

 予想外の展開に反応が遅れ、再度砲撃の雨に晒される。両手を交差させて身を守るようにその場に佇む。

 すると、砲弾を数多く被弾した事によってシッコクの右手のパーツが吹っ飛んだ。


〈チッ、手が潰されたか!!〉


 これではハンドガンと剣の双方が使用出来ない。

 これ以上の被害を抑えるために砲撃の雨を避けようと移動したいが激しい一斉射撃でそれも叶わない。

 それに、仮に動けたとしてもその時は大量の地雷の餌食となる。

 いくらヒヒイロカネと言えど、こうも絶え間なく攻撃を撃ち込まれれば耐えられるのはあと十数秒か。


〈まだだ、まだ終われねえ……!!〉


 段々と走馬灯にも似た光景が目の前に広がる。


――貴女なんて、産まれてこなければ!!!――


――見ろ、忌み子だ……――


――やーい、ばけものー! ばけものノブガー!!――


――忌み子な上にウツケとは、救いようが無いな……――


 頭の中で広がる過去に受けた罵詈雑言の数々。ノブガは忌々しそうに顔を歪める。

 だが、その中で一筋の光が見える。


――ノブガ――


 ミツコの声だ。


(そうだ、オレは、お前が羨ましかった。同じ鬼の血を持ってるのに周りに受け入られているお前が……どうしようもなく、羨ましかったんだ)



〈ノブガ!!〉


〈っ?!〉


 無線通信にミツコの声が流れた瞬間、伊賀隊の戦車が数台爆発四散した。

 突然の事態にハンジは「何事だ?!」と状況を確認しようとすると、数台の戦車にワイヤー付きのナイフが10本刺さっており、さらには赤いヴェスティードの姿がそこにあった。

 ワイヤーが収縮して計10本のナイフはそれぞれ5本ずつヴェスティードの指としてその手中に戻った。


〈あの顔の紋様は!!〉


 ハンジは目を剥いた。その赤いヴェスティードの顔には桔梗紋が刻まれていた。

 代々鬼の家系として美濃国に仕える明智一族の家紋――桔梗紋。

 銃撃の雨から解放されたシッコクは片膝を着いて赤いヴェスティードを見つめ、やがて手を伸ばす。闇の中の光を掴もうとするかのように。


〈ミツ…コ〉


 ノブガからの無線通信が機体内に流れ、彼女が無事である事にミツコはひとまずホッと息を吐く。


――いいかい、ミツコちゃん――


 ここに来る前に交わしたカイとの会話を思い出していた。




「この機体はヒナタカミって言うんだ」


「ヒナタカミ?」


 カイの言葉にミツコは首を傾げて整備工場に佇む機体を見上げる。

 カイは1枚のメモ用紙を取り出してミツコに見せる。そのメモ用紙には『日向守』と記されていた。


「そう、漢字にすると『日向守』、皆の日の当たる場所を守る戦神って意味で名付けてみたんだ」


「皆の日の当たる場所を守る戦神……」


「ミツコちゃんの機体としてこれ以上に相応しい名前は無いと思うよ」


「ありがとう、カイ(・・)


「どういたしまして……って、え?」


 ミツコからの礼を受けて笑っていたカイは目を見開いてミツコを見つめる。今確かにミツコは自分の名前を呼んだ。

 ミツコはクスクスと笑うとカイに背を向ける。


「それじゃあ、行ってくるわ」


「……行ってらっしゃい」


 カイからの見送りの言葉を受けてミツコは手を強く握り締める。

 今度こそ、この機体で皆の日常を守ってみせる。そう誓って、ミツコは頭にゴーグルをセットした。

 もしかしたらこれから先、また同じ悩みにぶち当たるかもしれない。それでもこの瞬間だけは、ノブガを守るためには三河国を傷つける。

 その覚悟を固めた。



 意識を現在に戻して周囲を見渡す。こちらに手を伸ばすシッコクの姿を確認してその手を掴む。


〈助けに来たよ、ノブガ〉


 ノブガは信じられないようなモノを見たかのように声が震える。


〈そんな……どうして…?〉


〈……〉


 ミツコは暫く沈黙すると、少し息を吐いてから言う。


〈私、一度した約束は絶対に果たす主義なの。というか、貴女って放っておいたらどこまでも生き急ぐタイプでしょ、だから最後まで付き合うつもりよ〉


 素直に言えば、ノブガを放っておけない。どこまでも豪傑でどこまでも自分勝手な彼女は、どこまでも刹那的な生き方しかできない。

 だから、最後まで彼女に寄り添おう。いつか、彼女が武器を手に取る必要もなく、心の底から笑えるようになるまで。

 その時まで。


〈私と貴女は、運命共同体よ〉


〈……ああ、そうか〉


 ノブガは心の底から沸き上がる嬉しさを悟られないように思わず声が震えてしまう。

 シッコクはそのままゆっくり立ち上がると、ヒナタカミから手を放してハンドガンをしっかりと握る。


〈それじゃあ、最後の一仕事と行くか。尾張の戦車隊は全滅、全員退避させた。ここに居るのはオレとお前だけだ〉


 その言葉を聞いてミツコは思わず笑い飛ばす。それがどうした、ノブガと自分が居るのならそれだけで十分ではないか。


〈上等だわ。明智ミツコ並びにヒナタカミ、これより三河国を制圧する!!〉

【次回予告】


 戦場に煌めく赤と黒の光。

 赤は己が意思でみちを切り開き。

 黒は己が野望でみちを焼き尽くす。

 その先に、見えるものとは――。


 次回、【渦巻く混戦】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ