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悪鬼戦乱のヴェスティード  作者: 語説囃子
【第1章:悪童の野望】
7/18

第7話【選択】

【2016/10/2】

 ┗一部加筆修正しました。

【2016/10/8】

 ┗第7話のタイトルを変更しました。

 尾張国・宿舎。

 ノブガの計らいでミツコ達が滞在している町外れの宿舎。

 辺りはとても暗く、時刻は夜である事が伺える。


「……」


 ミツコはその一室のベッドで横になっていた。外の雨粒が窓に当たる音だけが薄暗い部屋に広がる。

 思い出すのは、昼間に繰り広げた戦闘。

 ノブガを守る事は出来た。だがその代わりに、多くの命を殺めた。

 戦闘が終わって冷静になった事でふと頭に言葉が流れた。


――次は誰を殺す?――


 自分のようでいて自分よりも冷たい声が背後で自分に囁く。

 あの時の自分は一体、どうしようとしていたのか。

 自身の右手を見つめる。


(私は、一体、何を―――)





〈明智さん、3時の方角から熱源反応です!!〉


「なっ――!!」


 トシキからの通信が来た時には既に砲弾は発射されていた。


「ノブガ!!!」


 ノブガがこちらに伸ばしてくる手、それを掴むために自らを盾にした。

 伸ばされた手を掴むために、自分もまたノブガに手を伸ばしたのだ。


〈無茶だよパイロットの人! いくらヒヒイロカネでも、その装甲に用いた厚さじゃラーテの一撃は完全には防げないよ!!〉


 確かに無茶だ。でもノブガも言っていた、無茶でも何でもやるしかないと。

 ミツコの中でおかしくなったのは、恐らくシンクが落雷を受けた時だろうか。

 黒い雲を突き破って落下してきた雷はまっすぐにシンクを突き刺した。

 その瞬間、全身を激痛が襲う。


「があ…ああああああああ!!!」


 焼けるような痛みに、逃げられない苦しみに苛まれた。

 そのまま砲弾はシンクに直撃した。

 だが、不思議と予想していた衝撃は来なかった。

 シンクの装甲はラーテの一撃を完全に防いでいた。


 しかし、ノブガが力無く倒れている姿を見て、頭の中の糸がプツンと切れる音が響き渡る。


 その時、声が聞こえた。


――今授けたのは守る力だ。殺す力は我が面と共に獲るがいい――


 濁った老婆のような声だった。

 気付けば周りは暗く、目の前には赤い般若の面を被って白装束で身を包んだ人物が1人。その姿だけは視認できた。

 般若がボソッと呟いた言葉を聞いた瞬間、自分は無意識にその人物に獣のように襲いかかって殴り蹴り、赤い般若の面を力付くで奪った。

 これを被らなければ、排除できない。その考えが自分の全てを包み込む。


――守らないと、守るために、殺さないと――


 それを被った事で完全に“理性”が吹っ飛んだ。


 そこから先の記憶は無い。ただ、意識を取り戻した時、三河国の兵士が泣きながら逃げ去った時、自分は何をしようとしていたのか。

 その事に涙を流した。

 脳裏に流れたのは逃げる三河国兵の体を掴んで握り潰すシンクの姿。

 ありもしない光景なのに、とても鮮明なイメージだった。

 途端に自分が怖くなる。あの情景こそが、自分が求めた未来だったのか。

 どちらにしろ、自己嫌悪に陥って部屋に籠っている。

 ノブガはあの後すぐに病院に担ぎ込まれた。落雷のせいで多少感電しているとの事だ。

 結局、自分はノブガを完全に守れなかった。

 この手は守る事無く、また他者を傷つける。


――こ、来ないで!!――


 不意に妹の泣き叫ぶ声が頭に響いた。

 自分が伸ばした手を拒み怯え、彼女が呟く言葉を思い出す度に頭が痛くなる。

 ただ、守りたかっただけなのに。その結果得られたのは、敵の死体のみ。

 自分の手を見つめる。この手は一体、何のためにあるのだと。

 そこまで考えていると、不意に扉から「ドンドン!」という激しく叩く音が聞こえた。


「おーい、ミツコ! いるかー?」


 ノブガの声だった。ミツコは思わず駆けつけようとするが、咄嗟にそれを制して顔を背ける。

 結局、ノブガが所有していた戦車隊は壊滅、迎撃戦の援護には間に合わなかったのだ。

 一体どの面を出してノブガに会えばいいのか。

 しかしノブガはそんなミツコの葛藤なんぞお構い無しに扉を叩き続けてミツコを呼ぶ。


「おーい、返事しろミツコー。早く開けねえと蹴破るぞー」


「……はぁ」


 さりげなく恐ろしい事を言うノブガにミツコは溜め息を漏らし、扉の鍵を開ける。

 蹴破られて弁償代を請求されては堪ったもんじゃない。

 扉を開けると、案の定蹴破るために構えてるノブガと目が合う。

 ノブガはニヤリと微笑むと構えを解くとミツコの顔を指差して「あっはっはっ!」と笑い声をあげる。

 やつれて目の下に濃いクマのあるミツコの顔は、ノブガにとって笑いのツボにハマったらしい。


「お前、ひっでえ顔だな!」


「……貴女に言われたくないわよ。それより貴女、病院に居るはずじゃ」


「おう、抜け出してきた!」


「……」


 笑顔で言い放つノブガにミツコは最早癖になりつつある溜め息を漏らす。

 そして失念していた。この目の前の少女は入院したからと言って大人しくしている程素直ではなかった、と。

 チラッとノブガの姿を見る。

 ノブガの顔は腫れ上がっており湿布と包帯に包まれている。服で隠れているが、恐らく体の方にも傷跡があるのだろう。

 ミツコはポツリと「ごめんなさい」と溢す。

 ノブガはそれに首を傾げる。


「何がだ?」


 その様子にミツコは罰が悪そうに言う。


「結局私、ノブガを守れなかったし」


 ノブガはミツコの言葉対して心底理解できないような表情を浮かべる。


「は? お前は十分守ってくれただろ。ほら、この通りオレは生きてるぞ」


「でも、怪我を――!」


「むしろこの程度で済んだのなら上出来だろ。戦場なんだ、本来なら骨の1本や2本は折れててもおかしくないぜ」


 ミツコは手を強く握り締める。たとえノブガが気にしていなくても、自分は決して納得できない。


「私がもっと早く戻ってれば、戦車隊が全滅しなかったかもしれない……」


「それこそお前のせいじゃないだろ。むしろオレの責任だ、三河が自衛用の戦力を投入してくる事を考慮していれば被害はもっと抑えられた筈だ」


「だけど、私は!!」


 ノブガはミツコの頭に手をポンと置いた。


「お前はよくやってくれたよ……フフ、そろそろ潮時か」


 自嘲気味に笑うとミツコの涙を人差し指で拭う。

 静かに微笑んで「ゆっくり休め」と言う。

 ミツコはノブガの行動が読めずに怪訝そうな表情を浮かべる。


「潮時って、どういう事?」


「ヤスナがあともう少しで戦闘用OSを作成できるらしい。そうなれば、いよいよ戦闘用ヴェスティードの完成だ、あとは量産化のための設備を整えるだけだ」


「私はもう、お役御免って事? 貴女との取り引きがまだ済んでないのに」


「……お前の表情を見ていたら分かる。もう、戦いたくだろ?」


「それは……」


 ノブガに図星を指されて思わず言葉に詰まる。

 これ以上、自分の手で誰かを傷つけたくない。そう思ったのは事実だ。

 ノブガは素直に「悪かった」と謝罪する。


「戦闘用ヴェスティード開発のために仕方なかったとは言え、一般人のお前を巻き込んだ事は反省している。だから戦闘用ヴェスティード完成の目処が立った以上は、お前を戦場に立たせるつもりはない」


「それでも、まだ量産化の目処は立ってないんでしょ? 1人で3国を相手にする気?」


 またノブガを1人で戦場に向かわせたくない。もしかしたら、今度こそ死んでしまうかもしれない。

 そんなミツコの不安を感じ取ったのか、ノブガは諭すように言う。


「これはオレが仕掛けたオレの戦争だ、お前が首を突っ込む必要は無い。それに、オレにはオレの手足になる部下も居る」


「だけど――」


「いいか、よく聞けミツコ。お前は兵士でもなければ、オレの部下でもない。お前は――いや、お前達は自分の日常に戻れ。尾張国での生活の保障ぐらいはしてやるさ」


 日常、女学院で学生として過ごしていたあの頃。

 確かに、早くあの頃に戻りたいとは思っていた。そのためにノブガの指示に従っていた。

 “だけど”と、その言葉が自然と口から溢れ落ちる。


「貴女は、戻らないの……?」


「愚問だな、オレの日常は最初からここ(・・)だ。あの箱庭は、オレには少々狭すぎる」


 自分達は互いに住む世界が違うと、そう告げられた。

 その言葉は予想以上にミツコの心を抉る。

 このまま彼女だけを戦場に残して自分達は安全な温室に籠る、それは本当に正しい選択なのだろうか。

 しかし一方で、それこそが最善なのではと考えてしまう。ノブガの野望のために協力する等、本来なら自分達には関係の無い話なのだから。

 ノブガは溜め息を吐いてミツコに背を向ける。


「ま、返事は急がねえよ。ヨシノとヤスナと話し合って決めな。明日また聞きに来る」


 そう言って去ろうとするノブガを引き止めるように「ノブガ!」とミツコは叫ぶ。

 ノブガは歩みを止めてゆっくりと振り返る。


「悪い事は言わねえけどよ。戦う理由も意思も無い奴は、戦場に立ってもすぐに逝くだけだ」


 そこで一旦区切ると、ふと懐かしそうにミツコに言う。


「あの屋上で話してた時、オレ言ったよな。“同情はいらねえよ”って」


 ミツコは目を見開いてノブガを見つめる。また、自分の考えを見透かされた気がした。


「オレは自分で選んでここに立っている。自分で決めた選択を同情されるのは、殺したい程に忌々しい侮辱だ」


 それは、生半可な気持ちでここに残る事を選択するなというノブガなりの忠告だった。

 ミツコはもう何も言えなくなり、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

 バタンという扉が閉まる音を聞いてやっと体が動き始める。ただ、ノブガを追おう等という思いはすっかり鳴りを潜めていた。

 懐からスマホを取り出す。

 ノブガはミツコにヨシノ達と話し合って決めろと言った。確かに2人の意見も聞きたい。

 2人はどうするのか、残るのかそれとも戻るのか。

 静かにアドレス帳を開いてメールの一斉送信機能を用いてヨシノとヤスナにミツコの部屋に来てほしい旨を伝える。

 2人が来るまでミツコは再びベッドの上で横になった。



「痛ぅ~~」


 外に出た所でノブガはあまりの背中と肩の激痛に片膝を着いて顔を歪める。

 ミツコには悟られないようにしていたが、落雷が落ちたシンクの近くに居た影響で肩から背中にかけての皮が焼き爛れており、鎮痛剤の投与で痛みを和らげている。

 それでもノブガからすればラーテの直撃を受けるより数倍マシだと考えていた。


「生きてるだけでも儲けもんだろうが」


 なんとか身を引き摺って病院に戻ろうと足を動かす。少しずつだが傷も修復し始めている。

 それに抜け出した事が発覚すれば看護師や担当女医だけでなくトシキとカイからも小言を喰らう事になる。

 それは面倒な上に時間の無駄だ、そう思いながら痛む右肩を押さえて歩き始める。



 開発工場にて、ヤスナは戦闘用OS作成の最後の仕上げに入っていた。

 しかし完成のためにはあと一歩及ばない。最後のピースの候補は存在するが、確信が持てない。

 やはり、カイを通じて得たミツコの感想ではなく、自分がミツコ自身に直接尋ねるしかないとヤスナは思った。

 すると、美濃国の偵察から帰還したヨシノがヤスナの元を訪れた。


「やっほー、ヤスナ」


「ヨシノ、何か用です?」


 ヤスナの言葉にヨシノは首を傾げる。

 懐からスマホを取り出して見せる。


「ほら、ミツコからメール来てるでしょ? だから一緒に行こうと思ったんだけど」


「メールです?」


 ヨシノに言われてスマホを取り出してメールを確認すると確かにミツコからのメールが入っていた。


「OS開発で忙しくて全然知らなかったです」


 しかし、ヤスナにとってもミツコに尋ねたかった事があったので丁度良い。

 ヨシノは「それにしても大変だよね」と呟く。


「まさかノブガさんが病院に入院するなんて」


「……は?」


 ヤスナは目を見開いてヨシノに詰め寄る。その瞳は酷く濁っている。


「それ、どういう事です、どうしてノブガ様が?!」


 ヤスナの変貌にヨシノは「え? え?」と驚いて困惑する。不思議と、ヤスナの姿にサンゴの姿が重なる。

 それに圧倒されて思わずポロっとノブガが病院に搬送された原因を漏らしてしまう。


「み、三河国との迎撃戦で大怪我したみたい、だけど……」


「それはミツコが守る手筈だったです! ミツコはノブガ様を見殺しにしたですか?!」


「違うよ! それだけは違う、ていうかヤスナちょっと落ち着いて!!」


 ヨシノはヤスナの両肩を掴んで怒りと不安で興奮するヤスナを抑えて落ち着かせようとする。

 それでもヤスナは落ち着きを取り戻す事は無かった。


「だったら何故ノブガ様は怪我をしているですか! ミツコがちゃんと守ってればそんな事には!」


「それは不測の事態が起きたからだよ、ヤスナだって分かるでしょ。人間のやる事に“絶対”は無いって」


「人間のやる事に、絶対は無い……」


 ヤスナはヨシノの言葉に呆然とした表情を浮かべて虚空を見つめる。

 それに気づいていないのかヨシノは捲し立てる。


「ミツコはよくやってくれた。ミツコが守ってなかったら、本当ならノブガさんは死んでたかもしれないし!」


「っ!!」


 ミツコは出来る範囲内で最善の手を取った、それを知っているヨシノはヤスナの言葉を力強く否定する。

 ヤスナはノブガが死んでいたかもしれないと知り、顔が青くなった。下手すれば死んでいたかもしれない状況で負った怪我なのだ、きっと酷いに違いない。

 ミツコがノブガの死の窮地を救った事も分かった。それでも「でも、でも!」と一種のパニック状態に陥って涙目になる。


「ヤスナ、とにかく今はミツコの所に行こう? ね?」


「わ、分かったです」


 ヨシノが決して声を荒げずに言い聞かせるような声音でヤスナに声をかけ続けたおかげか、ヤスナはやっと落ち着いて物事を冷静に捉え始める。

 まずはミツコの話を聞きに行き、OSの件についても話を聞き、それからノブガのお見舞いに行こう。

 そう決めてヨシノと共にミツコの居る宿舎まで足を歩めた。




 ミツコはベッドに横になりながら小さい頃の事を思い出していた。

 ミツコがまだ美濃国に家族と共に住んでいた頃、常に周りから向けられる視線に怯えていた記憶がある。

 まるで品定めでもするかのような大人達の瞳。


――見ろ、あの燃えるような赤髪。“鬼”の血を色濃く受け継いでいる証拠だ――


――ああ、何度見ても恐ろしい。しかし、明智の頭目も残念でならないだろうな。まさか初代に引けを取らない程に“鬼”の血を持った御子が女御なのだから――


 自身の赤髪を見られてヒソヒソと話されるのはとても居心地が悪かった。

 大人達の間で語られる“鬼”。

 その昔、帝界・日本には妖士(あやかし)と呼ばれる化け物が蔓延っており、その退治を軽々と行っていた8人の超人を人々は“鬼”と呼んだ。

 一説によれば、彼らは日本を守る戦神からその力の一端を貰い受けたと言う。

 血で血を洗う激戦は約50年間にまで及び、その結果、見事妖士を絶滅させた。後にこの出来事は『大禍の怪新』と呼ばれ、彼等はその好戦的な性質からその後も人間同士の戦争にまで猛威を奮った。

 初代明智一族の頭目はその鬼の1人であり、卓越した身体能力を活かして戦場を敵兵の血で染め上げ自身の髪もまた血のように深紅であったという逸話がある。

 そのためか、明智一族では赤髪の濃い男子に代々頭目が受け継がれている。

 赤が濃ければ濃い程、その身体能力は常人離れしていく。ミツコも例に漏れず、それは如実だった。

 体が女であるため体力や腕力等は男に若干劣るが、動体視力と反射神経と運動神経の3つだけは何者にも負けない。ミツコが剣闘部のエースとして不動の地位を確立していたのも鬼の血による恩恵が強い。

 ミツコは自身の髪の一房を手に取って見つめる。禍々しい程に赤い髪。

 どうして自分がこれを受け継いだのだろう。


――どうして、お前のような女に――


 今は亡き父の顔が脳裏を過った。


――お前なんて、生まれなければ!!――



――コンコン。

 すると、扉を叩く音が聞こえる。ノブガのように粗暴でなく、まるでこちらを気遣うような音だった。

 鍵が掛かっていないため、扉が開く。


「ミツコー?」


 暗い部屋の中でヨシノの声が響く。ヨシノはミツコの部屋に恐る恐る入りながら部屋の明かりを点けるために電源が入れる。

 パチッという音の後、明かりによって部屋全体の様子が露になり、やつれた表情のミツコがベッドにいた。

 その姿があまりに不気味だったため、ヤスナは思わずヨシノの背中に隠れる。

 ミツコはゆらりとベッドからゆっくりと起き上がると視線だけをヨシノ達に向ける。


「こんな夜に呼んじゃってごめん……」


 掠れた声で謝罪するとその場から立ってヨシノ達の元に歩く。

 ヨシノは戸惑いながらもミツコに声をかける。


「ミツコ、その……大丈夫?」


「どうかしらね」


 ヨシノからの気遣いの言葉に思わず自嘲気味な笑みを溢してしまう。

 ヤスナはヨシノの背中からちょこんと顔だけ覗かすと小さな声で「話って、何です?」と呟く。

 ヤスナに言われ、ミツコは少しだけ黙ると静かに伝える。


「2人はもし、前の日常に戻れるとしたら……今からでも戻る? 私達でまた、あの頃みたいに楽しい生活に戻れたら」


「それ、どういう意味?」


 ヨシノはミツコの言葉を理解出来ずに困惑するが、ヤスナは違った。

 見る見る内に顔を歪めてミツコを睨み付ける。


「ノブガ様を見捨てるですか?」


 ヤスナの言葉にミツコは黙る。ヨシノは「え? え?」と戸惑いながらミツコとヤスナの顔を交互に見つめる。

 ミツコは意を決してヨシノ達に言う。


「……私達は元々一般人、戦争に参加している事は本来ならありえない事だわ」


「だとしても、ボクは戻らないです。このままここに残るです」


「私達は兵士じゃないのよ。ここに残る意味なんて」


「ミツコの言い方だとノブガ様を残してボク達は平和を謳歌しろと、そう言いたいように聞こえるですが」


「そうだと言ったら? ノブガと私達は住んでる世界がそもそも違いすぎるのよ」


「そんなのミツコの勝手です!」


「このまま行けば、この町だって女学院の時みたいに戦場になるかもしれないわ!」


「そうならないためにボクはOS開発を急いでるです! 自分の持てる力の範囲内で少しでも早く戦闘用のヴェスティードが完成するために!!」


「貴女には分からないのよ、他人の命を預かる事の重さが! 溢れ落ちないように全力を尽くして、その結果、後に残った惨状に愕然とする事の恐怖が!!」


 言い合っているミツコとヤスナの間にヨシノは「ストーップ!」と言って割って入る。


「ちょっと2人とも落ち着いてよ。ミツコも、どうして突然そんな事を言うの?」


「……」


 ノブガが病院を抜け出した事は2人には伏せる。ノブガに言われたから自分は2人を呼んだわけではない。

 自分の意思で2人を呼んだのだ、ノブガを言い訳に使いたくない。それだけは出来ない。


「目の前で人が死んで、人を殺して、守れなかった。それが、怖くなっただけ」


「だから、ここから離れて逃げるですか」


 ヤスナの非難する声にヨシノは「ヤスナ!」と叱咤する。


「ミツコは最前線で戦ってるんだもん。怖くなって当たり前だよ」


「だったら、わざわざ逃げる必要は無いです。ボク達みたいに後方支援だけでもいいはずです。ボクは、ミツコがノブガ様から逃げようとしてるのが気に食わないです」


「っ!?」


 その言葉にミツコは目を見開いた。ヤスナはミツコに構うこと無く言い続ける。


「ボクはインドアなので戦場の恐怖は分からないです。自分が分からない事でミツコを責める気も無いです。ミツコが怖くなったのならもう戦わなくてもいい、休みたいのなら好きなだけ休めばいい」


 そこまで言い切ると「でも!」と一際大きな声で強調する。


「ボク達がここから逃げたら、誰がノブガ様を守るですか? ヨシノは言ってたです、ミツコが居なかったらノブガ様は死んでたって」


「それは……」


 ヤスナが吐露する言葉にミツコはもう何も言えなくなってしまった。

 ポツリポツリとヤスナは泣きそうな声で呟く。


「自分の知らない所で大切な人が死ぬのは、ボクは嫌です。それはノブガ様だけでなく、ヨシノも、ミツコもです」


「ねえ、ミツコ。本当は何か理由があるんだよね?」


 ヨシノの言葉にミツコは項垂れる。その様子を見かねてヨシノは優しく言葉を重ねていく。


「ミツコは自分の役割を途中で放棄して逃げるような奴じゃないってあたしは知ってるよ。だからお願い、なんでそんな事をわざわざあたし達を呼び出してまで言ったのか話してもらえないかな?」


「……」


 それでも尚も黙り続けるミツコに何かを感じたのか、ヨシノはそれ以上は何も言及せずに「ま、いっか」と言って仕切り直す。


「そういえば、まだあたしがどうしたいか言ってなかったね。あたしは……そうだな、うん。ヤスナと同じで残ろうと思うよ」


「それは、どうして?」


 ミツコは力無く項垂れたまま問う。

 ヨシノは「んーとね」と少し考える。


「別にそんな具体的な理由は無いんだけどさ。ジャーナリストとしての勘ていうのかな、ノブガさんについて行けば特ダネに困らない気がするんだなぁこれが」


「そんな理由で――」


「そんな理由でも、あたしには十分なんだよ。どんな思惑であれ、ノブガさんの元に残ろうとする理由が1つでもあれば、それで良いんじゃないかな」


 ここに残りたい理由が1つでもあればいい。その言葉もまたミツコの中で重くのし掛かる。

 そこで初めて、自分にはここに残るための理由が無い事に気づいた。

 唯一の理由だったかもしれないものは、自分の中の得たいの知れないものによって無惨に壊された。

 後に残ったのは、戦いから逃げようとする弱い自分。

 きっとノブガもミツコのそういうところを見透かしていたのだと痛感した。だからこそ、ノブガはミツコに選択を与えたのだ。

 残る気が無いのなら、去ればいい。平穏に暮らせばいい。

 思わず強く拳を握り締める。


 すると、不意にヤスナが「ミツコ」と呼ぶ。


「ボクもミツコに話したい事があったです」


「……何?」


「柴田から伺ったミツコからの感想の中に“意識を保つ”とあったですが、あれは何ですか?」


「意識を保つ……」


 ミツコは深呼吸をして、落ち込んでいた気持ちをなんとか浮上させて答える。


「ヴェスティードを操縦する時は、とにかく強い意思が必要なの。どのような方法を用いて相手を倒すか、どのような戦略を取るか、それだけを頭の中でイメージして映像化する。それ以外の事を考えてたりすると意識が拡散して脳内に思い浮かべた映像が歪んでヴェスティードの動きがもぎこちなくなる。だから“相手を倒す”“試合に勝つ”と言った一点になるべく意識を向ける事でより精密な操縦が可能になるわ」


「なるほど、ありがとです」


 それを聞いてヤスナの中で戦闘用OS作成のための最後のピースが上手く嵌まる音がした。


(道理でおかしいはずです。XX(ダブルクロス)システムには動作プログラムが一切積まれていなかった。どのようにして操縦者の要求する動きを反映させているのかと思ったですが、なるほど、両手両足を接続する際に恐らく操縦者の脳から発せられる電気信号をキャッチして解析する事でイメージ通りに動かす事が可能という事ですか)


 ヤスナは早速今の結論から戦闘用OS作成の最終段階に入るためにミツコに対して背を向ける。

 ヤスナとしても、ミツコの問いに対する解答は既に出ている。


「ミツコ、ボクはこのままラボに戻るです。……ただ、これだけは言っとくです」


 背を向けたまま横目でミツコに視線を送る。


「ボクにとってラボは戦場です。そこに立つための覚悟だって持ってるです。ミツコは他人の命を預かる事の重さが分かるかと言ったですが、ボクにだって分かってるつもりです。だって、ボクの作ったOSが機能しなかったら、皆死んでしまうですから」


「……」


 それだけ言うと走り去ってしまった。

 後に残されたミツコとヨシノは少し気まずい雰囲気になるが、ヨシノもミツコに一言だけ伝える。


「ミツコがあたし達のために頑張ってくれてる事は痛い程分かるよ。女学院から脱出する時も、ヤスナを救出してくれた時も、そして今日の事も。ミツコは守れなかったって言うけどさ、皆は十分過ぎる程に守ってもらってると思ってるはずだから。それを忘れないでね」


 ヤスナに続くように去って行くヨシノの背中を無言で見つめ、ミツコは再度考える。

 果たして、どうするべきが最善なのか。

 いや、自分はどうしたいのか、どうすべきなのか。


――どんな時だって、状況を変えるのはあくまで自分なんだから――


 ミツコの運命が大きく変化したあの日の屋上でノブガが言った言葉。

 そうだ、いつだってノブガの言葉は正しい。

 ヤスナとヨシノはそれぞれの道を選んだ。あとはミツコだけが決めるだけ。


「結局、私はただ逃げたいだけなのね。過去からも血統からも、ノブガからも……」





 尾張国・整備工場。



「だーかーらー、知らないって言ってるじゃないですかー!」


 シンクを整備中の整備工場内にチャマの声が鳴り響いた。

 トシキは溜め息を吐きながらチャマを問いただしていた。


「だったら、あの耐久性能はどう説明するおつもりですか。貴女、あの時言ってましたよね、いくらヒヒイロカネでもラーテの一撃を完全に防ぐ事は不可能だと。だが現にシンクはあの一撃に耐えてみせましたよね」


「知らないものは知らないですぅ!」


 涙目になって訴えるチャマの言葉に嘘は見受けられない。こうして数時間程問い詰めているが、一向に根をあげない事からあれはヒヒイロカネの販売員兼製造者であるチャマでさえ知らないヒヒイロカネの特性という事になる。

 トシキは「ふーむ」と言いながら考える。

 考えられるとすれば、雷だ。


「もしかするとヒヒイロカネは、かけた電圧に応じてその強度が変化するのでしょうか」


 トシキはこのヒヒイロカネという金属に大変興味を抱いていた。金より軽い比重でありながらその硬度はダイヤモンドにも勝り錆びる事も無い。また、スラスター部に用いられたパーツも一切溶解してないため、耐熱性も抜群と来た。

 是非とも製造方法が知りたいものだが、肝心のチャマは「企業秘密ですぅ、今後ともご贔屓にー!」と口を割らない。

 とりあえず、電圧に応じて本当に強度が変化するのか確かめるための作業に入る。

 小さく切り出したヒヒイロカネに電極をセットして電圧をかける。

 最初は変化が見受けられなかったが電圧が800Vを超えるとどうだろうか、電圧をかけている部分のみであるが見る見る内にヒヒイロカネの色が緋色から紫色に変化し始めたのだ。

 この現象にトシキは目を剥き、チャマは興味深そうに見つめる。


「これは、一体……」


「ほー、これは中々面白いですねぇ。いやぁ、まさかヒヒイロカネにこんな特性があるとは」


 トシキは感電しないようにゴム手袋を装着すると、恐る恐るヒヒイロカネを掴んで持ち上げる。


「軽い、ですね……」


 電圧をかける前に比べて幾分か軽くなったような気がする。


「どうやら強度だけでなく重さも変化するようですね」


 この何とも言えない不可思議な現象にトシキは苦虫を噛み締めたような表情を浮かべる。

 摂津国産の特殊合金ヒヒイロカネ、調べれば調べる程に胡散臭い金属としか言い様が無い。



「おーい」


 すると、カイの声が聞こえてきた。


「トシキ居るか――ってうお?! あの堅物のトシキが女連れ込んでる!!」


「違いますよ、話を伺ってたんです」


 チャマの姿を見て盛大に勘違いするカイの言葉を即座に否定する。

 カイは戸惑いながらも「だ、だよな!」と言いながら横目でチャマの姿を盗み見る。

 白髪で健康的な褐色肌にグラマラスなボディ、顔は妖艶で服装もまるで踊り子のような露出大のものだった。

 近年稀に見る美女にカイは思わずドキドキしてしまう。

 一方でチャマはカイの姿を見ると目をハートマークにしながら「新たなイケメンキター!!」と叫んでいた。

 カイに抱き着こうとするチャマの頭を片手で掴み、トシキは用件を伺う。


「ところで、カイ。俺に何か用ですか?」


「え、ああうん。姐さんから俺達仲良く呼び出しだよ、明日の作戦についてだってさ」


「ノブガ様から?」


「ああ。夜も遅いからあまり待たせるわけにもいかないし、早く行った方が良いかもと思って呼びに来たんだけど」


 カイとしてはどうしてもチャマの存在が気になる。最初は綺麗な美女という事でドキドキしていたが、チャマから向けられる狩人のような鋭い眼光によって今は先程とは違う意味でドキドキする。命を危機を感じているかのようだった。

 トシキは軽く頷くと、懐から小判を2枚取り出してチャマにヒヒイロカネの料金として渡す。

 カイに向けていた視線をチャマは即座に小判に切り替えると2枚の小判を手に取って「こばーん!!」と絶叫した。


「こんなに貰ってええんですかー?!」


「これからもご贔屓にするので、少しは割引して下さいね」


「了解でーす! 出来上がったヒヒイロカネは優先的に前田トシキ様に販売させていただきまーす! それでは毎度あり~!!」


 チャマは「あははは! 今日は皆で牛鍋だー!」と言いながら外に飛び出して駐車していた自身のヒヒイロカネ運送用のトラックに乗り込むとまるで光の速さで整備工場を後にした。

 その手際の良さにカイは思わず「何だったの、あれ」とトシキに確認を取るが、トシキは極めて冷静に「取引相手です」と答えた。


「さて、余計な荷物も無くなりましたしさっさとノブガ様の元に向かいましょう」


「う、うん、そうだな」




 尾張国・開発工場。

 開発工場のラボにて、ヤスナはPCに最後のコードを入力すると手を止めた。

 画面には【completed】の文字が表示されている。


「出来たです……」


 そう、ヤスナはついに戦闘用OSの開発に成功したのだ。

 あとは実際に運用してみてきちんと正常に作動するかが問題だ。

 とにかく、やっと一仕事が終わり改めてXXシステムにという厄介極まりないシステムついて考察する。

 まず、このXX(ダブルクロス)システムは男性と接続しても全く起動しない。

 どうやら女性に接続した際に操縦者の遺伝子情報を読み取り、その中に含まれているXX染色体を起動のためのキーとしているようだ。

 そうして接続が完了して起動すると、操縦者の脳から送られてくる電気信号を受け取ってそれをヴェスティードの動きに反映させる。


「こんなシステムを作り出すなんて、やっぱり南蛮の技術力は凄まじいの一言に尽きるです」


 そこまで考えて、ふととある思惑が頭に浮かび上がる。


(もしこのXX(ダブルクロス)システムに人工知能を入れられれば、誰も戦わなくて済むですか……?)


 その思惑とは、機械による戦争である。戦場に人間は一切出ず、機械に行わせれば誰も死ななくて済む。

 ノブガもミツコも傷つかずに済むのではないだろうか。そう考えてしまう。

 その思考は一旦そこで止めて、まずはカイとトシキのスマホにそれぞれ戦闘用OSが完成した事をメールに記載して送信する。

 本当はノブガにも送りたかったが、病院内でのスマホの使用は厳禁であるため、ノブガの迷惑にならないように渋々諦める。

 だが、ノブガが退院した暁にはいっぱい誉めてもらうのだ。


 頭の片隅に置かれた思惑。もしこれを実現できればもっと誉めてもらえるかもしれない。

 もしかしたら、皆が笑顔になるかもしれない。


「ミツコも、喜ぶですか……」


 なんやかんやで自分の事を気にかけてくれる友人にとっても手助けになってほしい。そう思った瞬間、ヤスナは机の引き出しから紙を1枚取り出すと計画書を書き始めた。

 今のままではデータが足りない、完成した戦闘用OSを使用してもらいそのデータを収集し、さらに具体的なプランを練るつもりだ。

 スカートのポケットからUSBメモリを取り出す。この中にはヤスナが電脳部で秘密裏に製作していた電子頭脳の断片が入っている。

 これを元に人工知能を完成させるつもりだ。





――――――――――――――――――――――――――――。



「「ん?」」


 マナーモードにしていたトシキとカイのそれぞれのスマホのバイブレーションが作動して震える。

 ここは尾張国港町の病院。2人はノブガが横たわるベッドの傍らに並んでいた。

 一瞬スマホを確認しようとするが、病院内なので手を止めるとノブガは「構わない」と言う。

 2人はノブガに軽く頭を下げてからスマホを手に取るとヤスナからのメールが1通入っていた。

 内容は念願の戦闘用OSの開発に成功したというもの。その事に2人は顔を見合わせる。

 その様子にノブガは眉をひそめて「どうした?」と2人に尋ねた。

 ノブガの問いにトシキが答える。


「ノブガ様、先程徳川さんから連絡が入りまして、どうやら戦闘用ヴェスティードのOSの作成に成功したようです」


「ほう」


 ノブガは口角を上げる。これであとは量産化の目処が立てばいいだけだ。

 タイムリミットまで明日を含めて残り2日、なんとかギリギリ間に合いそうだ。


「トシキ、それにカイ。明日、三河を落とす」


「明日、ですかぁ」


 カイは顔を歪める。ノブガの体はまだ本調子ではない。出来ればこのまま安静にしておいてもらえるとこちらの精神衛生上、大変助かるのだが、このじゃじゃ馬姫がそう易々と大人しくしてくれるとは思えない。


「既に遠江の当主には手紙を送った」


「手紙、とは?」


 ノブガの言う手紙の内容に、トシキは気になる。


「“我々尾張国は卑劣な三河国の手から当方の領土を取り戻した。当方の地は我々に任せて当方は中立国として駿河国を襲撃している三河国の相手に専念せよ”ってな」


 この内容に対する遠江国当主からの返答は「是」。ノブガは事が思惑通りに運んでいる事に笑いを禁じ得ない。

 トシキとカイは思わず口元を引き釣らせる。これではまるで尾張国が遠江国の味方であるかのようだが、手紙には明確に我々が『味方』であるとも書いていない。なので内容に嘘偽りは無い、無いのだが。


「これで駿河に仕向けられた三河の兵力はオレ達が手を出す事無く遠江と駿河が処理してくれる。3国の兵力はこれにより消耗し、オレ達は安心して三河に攻め込んで一気に落とす。その後は残りも一気に攻める。遠江と駿河がそれぞれ三河と美濃に兵力を分散している今が絶好の機会だ」


 ノブガの戦略はトシキとカイは思わず肝を冷やす。このような大胆且つ半分騙し討ちに近いやり方は現当主では絶対にできない。

 ノブガだからこそ可能にできるのだと。

 この戦乱の世、生き抜くために必要なのは如何に少ない労力で最大限の結果を得られるかに懸かっている。

 ノブガの脳内には既に王手までの道筋が見えていた。

【次回予告】


 ついに始まる決戦の日。

 少女はやがて決意する。

 届かない想いを届かすために。

 果たして少女は日向(ひなた)を守る者なり得るか。


 次回、【日向守―ヒナタカミ―】

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