第4話【革命の集結】
「うああああん!! 無事で良かったよヤスナぁぁぁぁ!!!」
遠江国への調査を終えてミツコ達の元に向かったヨシノは、着いて早々ヤスナに抱き着いて涙を流していた。
ヤスナは抱き着いてきたヨシノを優しく受け止め、ヨシノの頭を撫でた。
一方、ノブガはヨシノが乗ってきた尾張国のヘリのパイロットに燃料切れを起こしたヴェスティードの補給物資の運搬を依頼する。
「輸送機の手配を頼む。あと、ついでにトシキも連れて来てくれ。時間はそうだな……明日の朝8時頃に着いてくれればそれでいい」
「了解しました」
そのままヘリを見送り、木にを背を預けて休息を取っているミツコの元に歩く。
ノブガが近づいてくるのを感じ、ミツコはプイッとそっぽを向く。
その様子にノブガはまるで可愛いものでも見るかのように微笑んで声をかける。
「なあ、ミツコ」
「……」
「おーい」
「……」
「ミ、ツ、コー」
顔を背けてもその都度ノブガはミツコと顔を合わせようとする。
それが何度も続き、流石に鬱陶しくなったのか低い声で「なによ……」と答える。
反応を示してくれたミツコにノブガは笑顔になる。
「そう拗ねんなって、お前の身の安全はオレが保障してやるからよ」
「そんな事を心配してるわけじゃないわよ……」
「じゃあなんでそんなに暗いんだよ」
「それはアンタが――いや、やめとく。貴女を怒ったら、ますますヤスナに嫌われるもの」
ミツコは大きな溜め息を溢して横目でヤスナを見つめる。
ヤスナはヨシノの頭を撫でながらも目をキラーンと光らせてミツコを監視している。
その様子に再度溜め息を溢す。
一方でノブガは「なー構えよーミツコー!」と抱き着いてこようとするので片手で頭を掴んで防ぐ。
現在、ミツコ達が居るのは駿河国の隣国の1つである甲斐国の領地内である。
森林の中で薪に火を点けて4人で囲うように座る。
ヨシノは落ち着いたのか、一旦ヤスナから離れて遠江国で行った調査の報告をする。
「織田さんの言った通り――」
「お前もノブガと呼べ」
「――ああ、はい。ノブガさんの言った通り、確かに遠江国には面白い情報がたくさんあったよ」
即座に訂正を入れたノブガを流しつつ、調査結果が記されたメモ帳を見ながら話す。
「まずおかしいと思ったのは、遠江国に入国するためには駿河国の住民証明書が必要って事。あたしは駿河国の女学院に通う際に住民登録をこっちに移してたからなんとか入国は出来た。そして、通常2国間における物品のやり取りの際には関税が設けられる筈なのに駿河国に対してだけは一切の関税が設けられておらず、また本来なら駿河国でのみ製造されている特産物を製造して駿河産と偽って販売もしてた。あとは、遠江国の住民の半数が駿河国出身の移住者ってところかな」
そこまで一気に話し、ヨシノは自分なりの見解をノブガに述べる。
「あたしの結論としては、恐らく遠江国は相当前から駿河国による植民地的支配を受けていると思う。あと今回の調査目的とは関係ないけど、遠江国でもいくつかの町が三河国に占拠されてたよ」
「……なるほど」
ノブガはヨシノからの報告を聞いて暫く考える。
父親のヒデユキが言っていた複雑な内情というのはこういう事か、と。
『ニュース』という国内の情報メディアが発達したのはこの数年の話だ。故に他国の情報は現在においても諜報員を潜入させなければ中々知る事はできない。
三河国は駿河国が中立国を秘密裏に征服した事を知り、その矛先が自分達に向く前に侵攻を開始したわけだ。
ヨシノが言ったように遠江国が駿河国の属国に成り果てたのなら、駿河国を討ち取っただけでは確かに完全な勝利とは言えない。遠江国という隠れ蓑が存在する以上、すぐに反撃を喰らうのがオチだ。
恐らく三河国もそれを見越して駿河国と遠江国の両国に同時に攻め入ったのだ。確実に今川一族の逃げ道を封じるために。
ずっと沈黙して考えているノブガに対して、ヨシノは恐る恐る声をかける。
「ど、どうだったかな、ノブガさん。やっぱり素人の調査じゃ不十分かな?」
「……ん? いや、十分に上出来だぜ」
ノブガは一旦思考を止めて「よくやった」と笑ってヨシノの頭を撫でた。
頭をワシャワシャとまるでペット感覚で撫でるノブガだが、ヨシノは唐突に頭を撫でられたので少し顔を赤らめる。
その様子を見て、ミツコは思わず呆れる。ノブガはとんだスケコマシだ。
とりあえず、この中における司令塔はノブガなのでミツコは意見を仰ぐ。
「それで、私達はこれからどうするの? 尾張国に行くとしても、どうやって反乱を成功させるのよ?」
「そこは抜かりないぜ。とりあえず、最初に制圧すべきなのは三河国だな」
ノブガが三河国の名前を出した瞬間、ヤスナはビクッと肩を震わせた。
それを見てノブガは「心配すんな」と言ってヤスナの不安を和らげる。
「三河国の制圧はオレとミツコ、そしてオレ直属の部隊で行う。お前とヨシノは尾張で待ってればいい」
「ってちょっと。なんで私までさりげなく頭数に入れられてるのよ」
「そりゃあ、お前はオレの懐刀だからな」
「誰がいつ貴女の懐刀になったのよ……」
ミツコが頭を抱えているとノブガは肩に手を回して身を寄せる。
「そうツレない事を言うなよ、一緒にヤスナ救出作戦を成し遂げたんだ。相棒みたいなもんだろ」
「私は相棒なんてごめんなのだけれど……」
「あーはっはっは! そう照れるな照れるな!」
ミツコは肩を叩かれて憂鬱になる。ヤスナのジト目が彼女を見つめているのもあるが、何よりも再び戦場に駆り出されるのが嫌になる。自分は兵士ではないのだから。
もう1つ心残りなのは、今回の件で少なからず美濃国に自分の名が伝わる事だろう。ただし、駿河国に反乱を宣言した反逆者として。
この事で妹のヤスヒの立場が悪くなるのは必至。唇を噛んで手が白くなるまで強く握り締める。
「……ホントに貴女は、余計な事をしてくれたわよ」
「妹の身を憂いでいるのか?」
「悪いかしら」
「いーや、別に。そうだな、確かに美濃の事情も気になる。あそこは良質な武器の宝庫だというからな」
ノブガの不穏な言葉にミツコは顔を歪める。
「貴女、まさか美濃にまで手をかけるつもり?」
「まあな、オレが当主になった暁にはそうするつもりだ」
「っ!!」
ミツコは立ち上がってノブガの胸ぐらを掴む。その表情には軽蔑の色が色濃く出ている。
ノブガは無表情のまま「なんだこの手は」とミツコに問う。
ミツコは歯を食い縛りながら呪詛のように呟く。
「これ以上、妹を戦争に巻き込ませたりはしないわ」
「これを最後にすればいい。妹を斎藤ザンドの手から取り戻したくはないのか?」
「出来る筈がないわ」
「いや、出来る。オレ達にはそれだけの力がある」
「ヴェスティードの事を言ってるのなら的外れだわ。たかだか1時間程度しか機動しない兵器じゃ駿河国の軍には到底太刀打ちなんて出来ないわ!」
「いいや、太刀打ち出来る! 三河・駿河・遠江の3国を討ち取った頃には、オレの予想では機動兵器としてのヴェスティードは既に完成している」
あくまで可能であると言い切るノブガにミツコは頭痛にも似た痛みに苛まれる。
一体、どこからそんな自信が湧き上がってくるのか、ミツコには不思議でならなかった。
そのふてぶてしい顔を見ているだけで苛立ちが治まらない。
ミツコは掴んだ手を放して早々に立ち去る。
「おい、ミツコ。どこに行く、今ここを離れたら反逆者として捕まるだけだ。そうなれば、死ぬまで投獄か最悪死刑か。まあどちらにしろ、二度と妹と会う事は叶わなくなるぞ」
「……少し、頭を冷やしてくるだけよ」
このまま一緒に居たら怒りで頭がどうにかなりそうだ、そう思って少し距離を取る。
大丈夫、落ち着いた時にまた戻ればいい。
「ざっざっ」と音を立てて草むらを歩く。空を見れば黒い夜空に黄色い満月が1つ浮かんでいる。
冷たい風が吹き、髪が靡いてふと肌寒さを感じた。
そこでやっと熱くなった頭が冷えたのか、ミツコはやっと冷静さを取り戻した。
あそこまで取り乱すなんてどうかしていたと後悔する。
一際大きな溜め息を漏らすと、何者かの気配を察知した。
慌ててそちらの方を向くと、月明かりに照らされた白銀に彩られた髪を持つ不思議な雰囲気の少女が立っていた。
少女は首を傾げてミツコを見つめる。
「あら、こんな所に人が居るだなんて珍しい事もあるのね」
その何とも心地の良い声音にミツコはついついボーっとしてしまうが、心を保ってあくまで冷静に少女に問う。
「あの、貴女は一体……」
「私ですか? 私は――あ、ごめんなさい」
「え?」
少女は申し訳なさそうな表情を浮かべてミツコに言う。
「知らない人に名前を聞かれても決して答えるなと、コユキに言われてるものですから。あ、コユキというのは私の付き人の名前です」
自分の名前は言わず、付き人の名前はバラす少女にミツコは思わず苦笑する。
ミツコは自分の名前を名乗る。
「私の名前はミツコです。ほら、これで知らない人じゃないですよね?」
「あら、確かにそうですね。ならば、私も名乗りましょう」
少女はコホンと咳をしてから自らの名前をミツコに伝える。
「私の名前はシゲミです。以後お見知りおきを、ミツコさん」
フフと静かに微笑むその姿はやはり気品があり、シゲミがどこかの良家の令嬢である事が伺える。
2人は近くにあった大岩に一緒に腰掛け、互いの話を聞き合う。
再び軽く咳をすると、シゲミは自分を取り巻く家庭環境について話し始めた。
「私は小さい頃から病弱で、このように髪も退色して気味の悪い色になってしまいました。今は体質改善の治療の一環としてこちらにある別館に滞在してるのです。まあ、父上からすれば体の良い厄介払いなのでしょうが」
体の良い厄介払い、それを聞いてミツコは何とも言えない気持ちになる。
再び夜風が吹き、その冷たさにブルッと震えるとミツコはシゲミの体調が気になった。
「…………体の具合の方は大丈夫なのですか? 私が言うのも何ですが、こんな夜道を散歩していては風邪を引きますよ」
「そうですね、確かにコユキにも黙って出て来てしまいましたが、それでもどうしても見たかったのです。夜空に輝く星々はとても美しいと聞きましたし、確か、流れ星に願いを籠めると叶うのですよね!」
シゲミが目を輝かせてミツコに熱弁する。
「コユキが買ってきてくれた本に書いてありました! どんな願いも星が神様に届けてくれると、どんな願いも叶えてくれると!」
少々興奮気味にそう言うシゲミにミツコは圧倒される。
「し、シゲミさんの叶えたい願いって何ですか? やっぱり病弱体質の改善でしょうか」
「確かにそれもありますが、それよりも叶えたい願いがあるのです」
「と、言いますと?」
ミツコが尋ねるとシゲミはもじもじして顔を赤らめながらも意を決して言う。
「私、1人でいいですから友達が欲しいのです!」
「と、友達ですか。その、先程から言っているコユキさんは……」
「コユキは付き人であって友達ではありません。私がどんなにお願いしても敬語をやめてくれませんし」
「そうですか。なら、私と友達になりませんか?」
「え……?」
ミツコの言葉にシゲミは唖然とする。
まさか、自分のような存在の友達になりたいと言ってくれる人物が居なかったため、シゲミは赤面してあたふたする。
「そ、そんな! どちらかと言うと私の方からお願いしたいぐらいです! ほ、ホントに私のような者の友達になって下さるのですか?!」
「勿論ですよ。私の方こそ、こんな美しい方と友達になれるだなんてとても誇らしいです」
「う、美しいですか……?」
言われ慣れてない言葉のため、シゲミは自身の銀髪を手に取る。一族一同におぞましいと蔑まれた容姿を目の前の少女は「美しい」と言ったのだ。
もしかしたら社交辞令かもしれないが、それでもシゲミには胸に込み上げてくるものがあった。
「う、嬉しい……。今まで、そんな風に言ってくれた人は貴女が初めてです。あの、もし宜しければ“ミツコ”と呼んでもいいでしょうか? 友達を呼び捨てで呼ぶのが憧れだったんです」
「ええ、勿論良いですよ。だったら私は“シゲミ”と呼びますね」
互いに呼び捨てで呼び合える事にシゲミは非常に感激していた。
嬉しさのあまり、思わず「えへへ」と微笑むその姿は月光を浴びてる姿も相まってまるで月の女神のようだ。
「それにしてもこんな美人さんを放っておくだなんて、皆さん見る目が無いのね」
「そ、それはミツコが変わってるだけかと」
「そんな事ないわ! いいですか、シゲミ。可愛いものと美しいものは正義、これは真理なんです!」
「し、真理ですか」
「そうです、いいですか。そもそも――」
急に宗教染みた話になり、先程までの胸の高鳴りは一気に治まってしまった。
ミツコはスイッチが入ったのか、少し暴走状態になりつつある。
どれだけシゲミの容姿が優れて且つ魅力的なのかを延々と話し続け、流石にこうも自分の容姿に対して熱弁されて逆にシゲミは先程とは異なる羞恥心でいっぱいになった。
話題転換のためにミツコの事を尋ねる。
「わ、私の話はもういいですから! 今度はミツコの事を教えて下さい。ミツコは私の友達第1号ですから、ミツコの話も聞きたいです」
自分の話を振られてやっとミツコは落ち着く。
「私の話ですか? そうですね……私の出身は美濃国で、そこで両親と妹と共に暮らしていました。でも、色々あって今はバラバラになってしまいまして」
「そうなのですか。家族が一緒に居られない悲しさは私にも分かります」
「ありがとうございます。その後、私は叔父に引き取られて駿河国の女学院に通う事になり、そこでかけがえのない友人を得られました……ただ、その中にノブガっていう規格外な女が居まして」
「……ノブガ?」
勝手にノブガの名前を出してしまったが、向こうも勝手に自分の名前を使ったのだ。これぐらいの意趣返しは許されるだろう。
そしてノブガの名前を出した瞬間、再び腹の底から沸々と怒りが這い上がってきた。
「ホントにノブガって型破りですし人の命を軽視しまくりですし、きっと私の事、都合の良い道具だと思ってるんですよ!」
「道具、ですか」
「都合の良い道具」その言葉にシゲミの顔に陰が差す。
「ミツコは、そのノブガさんと居て本当にいいのですか?」
「え?」
「私が知る限り、自分の事を道具のように扱う人は決して友人とは――近しい人とは言いません」
自分もまた父親から、道具のように扱われている人間の内の1人である。
もしそのノブガという人物がミツコをただ利用しているのなら、なんとしても引き離さなくては。シゲミは強くそう思った。
一方で、シゲミの問いにミツコは目を見開いて思案する。
自分にとって織田ノブガという少女はどんな存在か。
ガサツにして不遜、偉そう、出来れば一生関わりたくない。
ただ、それでも。
「それなら、ミツコ。私の元に来ませんか?」
「……」
予想だにしなかった提案にミツコは目を見開いてシゲミを見つめる。
シゲミはミツコに掌を差し出す。
「私なら、ミツコにそんな思いはさせません。だって私達は、本当の友達でしょう?」
シゲミの瞳は真っ直ぐにミツコを捉えていて、その純粋さに思わず目を背けたくなる。
自分はシゲミが思う程、綺麗な人間ではない。
その白く綺麗な手に触れていい人間ではない。なぜなら、この手は既に――。
「おい、勝手にオレの物に手を出すな」
すると、ノブガがミツコの首に両腕を回してシゲミから引き離す。
ノブガの姿を見てシゲミは能面のような無表情を浮かべる。
「まだミツコから返事を頂いてません、邪魔しないで下さい」
「返事は不要だ。コイツはオレと一緒に来るんだ」
「貴女の言葉こそ不要です。私はミツコに尋ねてるんです」
ノブガとシゲミの間で火花が散る。突然の事にミツコは混乱してると、突然ノブガによって横抱きの状態にされた。
「ちょ、ちょっと、ノブガ!」
「いいから黙ってろ」
ノブガはシゲミを睨み付けながら言い放つ。
「コイツはこう見えてもお尋ね者でな、オレが守らなきゃ一生牢獄の身だ」
「なら、私が守ってみせます! ―――っ!」
頭に血が昇ってしまったためかシゲミは「コホコホ」と咳き込んでしまう。その様子を見て「それ見た事か」とノブガは嘲笑する。
「何が“私が守ってみせます”だ。自分の身1つすらろくに守れないお嬢様が、ミツコを守れるわけが無えだろうが」
「そんな、事!」
再びシゲミは「ゴホゴホ」と咳をし、先程に比べて悪化しているのが伺える。
「これ以上は時間の無駄だ。ミツコ、帰るぞ。もう十分頭も冷えたろ」
「で、でもシゲミが!」
咳き込んで苦しそうなシゲミの姿にミツコはノブガと共に行くのを拒む。
一方のノブガは不愉快そうに目を細める。
「“シゲミ”だと?」
自分の事は中々名前で呼ばなかったのに会って少ししか過ごしていないシゲミの事は名前で呼ぶのがとても気に入らない。
咳き込んで苦しんでいるシゲミの姿に「ざまあみろ」と思いつつ、嗜めるようにミツコに言う。
「心配しなくても、ソイツの付き人が迎えに来るだろう。それに、その付き人からしたらこのシゲミとかいう女が誰かと接触するのは色々と不都合だろうからな。ほら、行くぞ。ヨシノとヤスナも心配している」
「……分かったわよ」
ヨシノとヤスナが心配していると言うのなら、これ以上心配をかけるわけにはいかない。
遠くで「シゲミ様ー!」という声が聞こえた。恐らく、シゲミの付き人であるコユキという人物だろう。
ミツコはノブガに横抱きにされたまま、シゲミの元を去るのだった。
「待、って! ミツ…コ! ゴホッゴホッ!!」
「シゲミ様! こんな所に!!」
シゲミの付き人であるコユキという少女はシゲミを抱き起こすとスプレータイプの薬を取り出してシゲミの口に含ませて2回程吸わせる。
深呼吸をして落ち着いたのか、シゲミは呟くようにコユキには聞こえないように言った。
「ミツコ……。私が絶対、助けてみせるから…」
――――――――――――――――――――――――――――。
翌日、朝8時。
あれからヨシノ達の元に戻ったミツコはシゲミの事が気になりつつも一夜を明かした。
ノブガが頼んだ通り、尾張国の輸送機がやってきた。
上空から静かにノブガ達の元に降り立つとハッチが開いて中から2人の青年が出てきた。
「前田トシキ、定刻通りに参上致しました」
「どーも、柴田カイでーす!」
ノブガは2人を出迎える。
「来てくれたか、トシキ。……カイは呼んだつもりは無いんだが」
「いやぁ、なんか可愛い女の子達が居るって伺ったもんで、トシキだけに独り占めさせないために来ましたー」
「トシキはお前と違って女漁りするような奴じゃない」
ノブガが珍しく呆れてる事から3人はそれなりに仲が良い事が分かる。
ノブガは2人をミツコ達に紹介する。
「この真面目なのが前田トシキ、ヴェスティードの整備士――確か仕立て屋と言うんだったな、それを受け持っている」
ノブガに紹介され、トシキは一礼する。
「紹介に与りました、前田トシキです。スペインで遊学した経験を活かしてヴェスティードの仕立て屋をしてます。どうぞお見知りおきを」
トシキの紹介が終わるとカイが待ちきれないように「次、俺の番! 俺の番!」とはしゃぐ。
ノブガは鬱陶しそうにカイの紹介をする。
「この軟派な奴は柴田カイ、ヴェスティードの武装開発をしている。大の女好きだから近づきすぎないようにな」
「紹介に与りました――って、姐さん! 俺の紹介酷すぎじゃないっすか?!」
「そうだな、訂正しよう。大の女好きじゃなくて歩くベビーメイカーだな」
「むしろ悪化してね?!」
カイは「もういいですよ、自分でしますから」と言って仕切り直しとばかりにキリッとした表情で自己紹介を再開する。
「不本意な紹介を与りました、柴田カイです。ヴェスティードの主な開発はトシキがやってるから今はちょっと影が薄いけど武装開発を受け持っているよ。因みに絶賛彼女募集中だから遠慮なく話しかけてね!」
ミツコ達はカイの自己紹介に乾いた笑い声をあげる。特にヤスナはカイのような雰囲気の異性が苦手なのかヤスナとミツコの影に隠れる。
ノブガはカイの頭を叩く。
「コイツらに手を出したら即去勢だからな」
「えぇ?!」
ノブガとカイが漫才のようなやり取りをやっている間に、トシキは2機のヴェスティードを輸送機の貨物部への搬送を終えた。
あとはノブガ達が輸送機に搭乗して尾張国に戻るだけである。
「ノブガ様、いつでも尾張国に戻れます」
「流石、トシキだ。仕事が早い、皆さっさと乗るぞ」
ノブガを先頭に全員が輸送機に搭乗する。
そのままゆっくり上昇すると尾張国まで向かう。
進行ルートは甲斐国から信濃国を通り美濃国を通過して尾張国にへと到達する予定。
ミツコは美濃国を通過する際に複雑そうな表情を浮かべて美濃国の様子を輸送機の窓から見下ろしていた。
ノブガはミツコに声をかける。
「これは持論だが、力を持つ者はそれに値する振る舞いをすべきだとオレは思う。お前が妹を救う力が自分に無いと判断したのなら、静観するのは妥当な振る舞いだ。だが、もし力が欲しいのなら、オレがお前にいくらでも与えてやる。それだけは忘れるな」
ミツコは目を丸くした後、首を傾げる。ノブガは一体自分に何を伝えたいのか。
そう考えていると、ふとこれはノブガなりの励ましの言葉なのではないのかと思い、そう思ったら何故か可笑しくなってしまった。
あの唯我独尊なノブガがミツコの身を案じているのだ、これ程可笑しい事は早々無いだろう。
「ありがとう、ノブガ」
「……おう」
少し照れ臭そうにそっぽを向くノブガにミツコは思わず笑ってしまった。
そうだ、この織田ノブガという少女は何だかんだでとても面倒見が良い部類の人間なのだ。
じゃなければ、そもそも自分が持ちかけたヤスナ救出の取り引きに応じてくれなかっただろう。
そうこうしている内に、あっという間に尾張国にへと到着したのか、「ガコン!」という地面に着地する衝撃が体に伝わった。
ノブガは立ち上がってハッチを開く。ハッチから入ってくる光にミツコ達は目を押さえる。
ノブガはまるでエスコートするかのように右手の掌をミツコ達に向ける。
「ようこそ、尾張国へ。歓迎するぜ」
ノブガに誘われるような形で輸送機から降りると、鴨の鳴き声が聞こえる。
どうやら着陸した場所は尾張国の港町のようだ。
トシキとカイは早速2機のヴェスティードを開発工場に運ぶ行動に移る。
その際、カイはミツコに声をかける。
「ねえねえ、キミが“シンク”に乗った明智ミツコちゃんだよね?」
「え? あ、はい。確かに明智ミツコは私ですけど」
突然話しかけられたので戸惑い気味に返答するが、相手がカイと知ると少し警戒する。
ミツコが自身に警戒してるのを察知したのかカイは肩を落とす。
「別に口説きに来たわけじゃないから。シンクに乗った感想を聞こうと思ったんだよ」
「シンク?」
「シンク」という聞き慣れない言葉にミツコは首を傾げる。
「あれ、姐さんから聞いてないかな。あの赤いヴェスティード、一応“シンク”って名前なんだよ」
「シンク……ですか。良い名前ですね」
ミツコの言葉にカイは頬を緩ます。
「あ、やっぱり? 名付け親は俺なんだぁ。いやぁ、やっぱ俺ってセンスあるのかなぁ!」
「……やっぱりそれ程でもない名前ですね」
「あれぇ?!」
ミツコとカイが会話に花を咲かせていると、ヤスナは何か思う事があるのか、トシキの方をへと向かった。
トシキは赤いヴェスティードであるシンクの搬送を終えて黒いヴェスティードである“シッコク”の搬送を始めようとしていた。
ヤスナに裾を引っ張られてトシキはそちらに意識が向く。
「ん? 何か用ですか……ええと」
「ボクの名前は徳川ヤスナです」
「ああ、すみません。それで何の用でしょうか、徳川さん」
「ボクは女学院で電子頭脳の研究をしていたです。何か、役に立てないですか。ボクもミツコみたいにノブガ様の役に立ちたいです」
「電子頭脳ですか……なら、戦闘用ヴェスティードのOS開発を任せてもいいでしょうか?」
「OS」とはオペレーティング・システムの略であり、簡単に言えば使用者が快適に使用できるように補助するシステムの事である。
トシキはヤスナに戦闘用OSの重要性を説明する。
「この尾張国の国民である女性は皆、実はヴェスティードというものを知らない人が多数です。それは尾張国現当主である織田ヒデユキ様が“女性は貞淑であるべき”という理念を掲げているためです。なので、そのような方達でも短時間で気軽に操縦が可能になるようなOSが必要なわけです。俺は電子頭脳系の知識はあんまりなので、徳川さんが引き受けてくれるのならこれ程頼もしい事はありません」
それを聞いてヤスナは無言でコクリと頷く。
自分にもやれる事がある。愛しいノブガの役に立てる事が自分にもあるのだ。
ヤスナはトシキとOS開発のために開発工場にへと向かった。
一方のノブガは久々の故郷の空気を吸って炎が体の奥底から燃え盛るのを感じた。
「ここからだ、オレの野望はここから始まるんだ」
革命の駒は、着実に集結しつつある。
【次回予告】
雨は恵みの象徴。
風は嵐の前兆。
男は何を思い、女は何を想うのか。
今、少女の野望が問われる。
次回、【暗雲】