第3話【救う意義】
【2016/9/21】
┗サブタイトルを変更しました。
【2016/9/22】
┗一部加筆修正しました。
「私は断じて三河国を許さない! それはここに居る者全員が抱いている事と思う、我々の心は同じだ! 駿河の民よ、今こそ一致団結し立ち上がる時である!」
時刻は朝9時半。駿河国捕虜の処刑執行まで残り30分と差し迫った時、駿河国当主である『今川チカゲ』が今川館の最上階に設置された玉座に座り声高々に演説を述べる。
その内容はテレビカメラを通じて駿河国全域に放映されている。
その様子を、チカゲの娘である『今川トモヨ』が心底どうでも良さそうに見つめている。
「三河国を許さない、ですか。攻撃される理由なんて知ってるくせに。ホント、我が父ながらやる事が汚くて笑えますわ」
扇子を広げて口元を隠しているが、「フフフ」という声から笑っている事は簡単に想像できる。
暇潰しのために父の演説を覗きに来たが、やはり大して面白くは無く、真実を隠して事実のみを誇張しそれを免罪符に戦争を嬉々として始めようとする父親の姿に感心はするものの尊敬の念は一切抱かない。
トモヨは身を翻してその場を去る。ここよりももっと面白いものがある場所に向かおうとしていた。
一方その頃、今川館に向かっているミツコとノブガはと言うと。
〈撃て! 撃てぇい! 今度こそあのカラクリを逃がすなぁ!!〉
三河国の戦車隊に遭遇し、その追撃を撒こうとしていた。
ミツコ達を追撃しているのは、女学院を襲った特殊部隊の隊長率いる戦車隊だ。
ノブガの機体が今川館がある方向を向いて前進しているの対し、ミツコの機体は戦車隊の居る方向である後ろを向いたままノブガ同様に今川館に向かって前進していた。それぞれ前と後ろを向く2機が背中合わせの状態で前進することで互いの死角をカバーしている。
前に広がる木々等をノブガが薙ぎ倒すことで進路を確保し、後ろに迫っている戦車隊をミツコがヴェスティード用のハンドガンで威嚇射撃をする事で追撃の手を緩めている。
〈織田さん! 今川館まであとどれぐらいなの?!〉
〈あと15分ぐらいだが! このままじゃ駿河の戦車隊と鉢合わせになる! そうなったら三河と駿河でサンドイッチになっちまうなぁ!!〉
〈冗談言ってる場合!?〉
〈冗談も言いたくなるさ! こちとら時速80キロの速度で進んでるんだ、足が吊りそうだぜ!〉
このままでは今川館に到着する前に全滅してしまうかもしれない。
作戦の成功率を上げるためにも、1人でも欠けたらアウトだ。
ミツコは学院の地理の授業で習った今川館周辺の地理情報を思い出す。
そして閃いた。これなら三河国を撒きつつ駿河国との衝突も避けられる、と。
〈だったら、水路を活用できないかしら?!〉
〈水路だと?〉
ミツコの言葉にノブガは暫し沈黙する。そして、今川館を囲うように流れている水路の存在が確かにある事を思い出すと、ミツコの意図を読み取った。
〈それだ! そうと決まれば、西に曲がるぜ!〉
〈了解!〉
ノブガの機体は西の方角に急転回しミツコもそれに続く。因みに何故方角で指示を出したのかと言うと、互いに背中合わせで移動している以上、左右の指示では紛らわしいからである。
彼女達の動きに三河国の隊長は何かを察する。
(急な方向転換、一体何が目的だ? 考えろ、この先には何がある? この先には一体――)
ノブガが薙ぎ倒した木々を目印にしつつ追撃する。その最中も、隊長はこの辺り一帯の地形を思い出そうとする。
そこで「ハッ!」と声をあげて各部隊に伝える。
〈各機、追撃を中止しろ!〉
〈で、ですが!〉
〈いいから中止しろ、このままじゃ沈む事になるぞ!!〉
〈それは一体どういう――うあっ?!〉
部下からの通信で「遅かったか!」と顔を歪ませる。隊長機は直前で停止した事で難を逃れたが、それ以外の大半がミツコ達の仕掛けた策略に嵌まっていた。
隊長は戦車から降りて惨状を確認する。
見事に部下の戦車が水路に嵌まって沈んでいた。
ミツコ達の機体ならば水路を飛び越える事など造作もない事だが、戦車はそうはいかない。
まんまとしてやられたと隊長は溜め息を漏らした。
やがて、戦車の駆動音が聞こえてくる。三河国の援軍ではない。
ここは駿河国当主が居城としている今川館のお膝元。ならば、こちらに向かって来るのは当然駿河国の戦車隊だ。先程の騒ぎを聞き付けてやって来たのだろう。
三河国の追撃を振り切りつつ、三河国の戦車隊を囮にする事で今川館に蓄えられた駿河国の戦力を分散する事にミツコ達は成功した。
彼女達の策に舌を巻きつつ、隊長は頭を掻きつつ再び戦車に乗り込む。乗務員に戦闘開始の指示を出して駿河国からの砲撃に備える。
「……こりゃあ、始末書もんだな」
対して、水路を越えて三河国の追撃を回避した2人は今川館の裏手に向かっていた。
今、駿河国の戦車隊は領土に侵攻してきたのは三河国の戦車隊のみと思い込んでいる。
その隙に今川館にへと潜り込む魂胆である。まず優先すべきはヤスナの救出、時間に余裕があればそれ以外の捕虜も救出する。
少しでも多くの命を救うためにミツコ達は急ぐ。
上空を巡回している駿河国のヘリに見つからないように雑木林を通って迂回しているためか、目的地到着時刻をかなりオーバーしている。
処刑執行まで、残り15分。
〈本当なら、今頃到着しているのに!〉
〈文句を言っても始まらねえ! 最悪、処刑場に乱入するのも視野に入れとけ!〉
〈……分かったわ!〉
とにかく今は今川館に無事に着くことだけに専念する。
焦っては事を仕損じる、その事を肝に命じて雑木林を駆け抜けて行く。
そして所変わって今川館の地下に造られた牢獄。そこへ「コツンコツン」と足音を立てながらトモヨはやって来た。
ここの空気は陰鬱であるが、痛みに苦しむ捕虜達の呻き声は最高に彼女の心を高揚させる。
真っ直ぐに他の捕虜達も目を向けず、目的の人物に会うために歩みを進める。
牢獄の奥の奥、最奥部にある牢屋。
そこで囚われているのはヤスナだった。
「ごきげんよう、ヤスナさん。どうかしら、ここでの生活は?」
「……」
ヤスナは答えない。猿轡を噛まされてるのもあるが、そもそもヤスナにとってトモヨの存在はどうでもいいものだからだ。
目は虚ろに虚空を見つめる。
こちらに関心を向ける事の無いヤスナの存在に、トモヨは段々と苛立ちを感じる。
そのまま牢屋の鉄格子を蹴り、声を張り上げる。
「私、初めて会った時から貴女が気に入りませんでしたの! 三河から送られてきた――親に見捨てられた人質の分際で! その白髪赤眼、三河国当主には同情しか抱けませんわ、そのような異端の証、ああ嫌だ嫌だ! 穢らわしいですわ!!」
「……」
外で何やら雑音が聞こえる、とても耳障りだ。ヤスナはその程度の感想しか抱けず、そもそもトモヨが目の前に居る事すら認識していない。
一体、いつ頃、ノブガは助けに来てくれるのか。その事だけを考えている。
ここまで無反応を貫かれると、段々とトモヨの口角がニンマリと弧を描き始める。
ああ、早くこの女が泣き叫ぶ姿を見たい。この澄ました顔が死の直前に崩れて顔をグシャグシャに腫らして必死に生を懇願する姿をこの目に焼き付けたい。
そしてそれを目の前で堪能する権利が自分にはあると陶酔する。
プライドも何もかも捨て、自分にすがりついて許しを乞うヤスナの姿が脳裏に宿る。そうしてその手を無惨にも突き放してやるのだ。
きっとその際に見られる彼女の絶望の顔を見るだけで、自分はもしかしたら絶頂してしまうかもしれない。
いつも退屈な毎日を過ごしているのだ、これぐらいのイベントが無ければやってられない。
やがて、トモヨの背後に人が立つ気配がし、そちらの方を向いた。
〈着いたぞ、ミツコ!〉
処刑執行の10分前、ようやくミツコ達は今川館の裏門の手前にへと到着した。
ここからなら牢獄に侵入し、捕虜達を秘密裏に助け出す事ができる。
ヴェスティードの機体を林の中で起動停止する事で隠し、そのまま降りる。
草むらから様子を伺うと、裏門には見張りの人間が2人程立っている。
ノブガは小声でミツコに尋ねる。
「ミツコ、お前は何か武術とか習ってるか?」
「え、いや特に何も習ってないけど」
「そうか……」
ならば、自分が2人を相手取るしかない。見張り2人の手元にはライフルが握られている。
下手に外に出れば即刻蜂の巣にされてしまう。
ノブガは懐から拳銃を取り出すとミツコに「耳塞いどけ」と言って安全装置を外してから遠方の草むらにへと思いっきり投げた。
「ドオオオン!」という拳銃が暴発した音が聞こえ、草むらが燃え始める。
「な、なんだ今の銃声は!」
「見に行ってみようぜ!」
見張りの者達は何事かと思い音のした方向へと走り去ってしまった。
ノブガとミツコはその隙に草むらを出て裏門を潜る。
入ってすぐの階段を降りて牢獄にへと侵入する。
しかし、牢屋には捕虜の姿が1人も見当たらない。
「どうして……」
「とにかく、徳川ヤスナをまず探そう」
「え、ええ」
ミツコは頷き、牢屋の1つ1つにヤスナが居ないかどうか目を通す。
牢獄の通路を歩きながら、ふと疑問に思った事をノブガに尋ねる。
「織田さんは、どうしてヤスナが投獄されたのか、知ってる?」
ミツコにはどうしてもそれが理解できなかった。何故駿河国当主の分家の娘であるヤスナが投獄され、更には三河国の捕虜として処刑されなければならないのか。
ノブガは何の事も無いようにミツコの質問に返答する。
「そんなの、ヤスナが三河国から送られてきた人質だからに決まってるだろうが」
「ひ、人質……?」
ミツコは目を大きく見開く。
ノブガはそれに構わずにヤスナの素性を語る。
「お前だって知ってるだろ。10年前に三河国を襲った飢饉、その援助を買って出た駿河国は三河国に人質を要求した、それで送られてきたのが、ヤスナだよ」
「そ、そんな……」
信じられない事実にミツコは呆然とする。そんなミツコの姿に何かを感じたのか、今度はノブガがミツコに質問をぶつける。
「んじゃあこっちからも質問させてもらうぜ、ミツコ。ヨシノから聞いたが、お前とヤスナはあまり仲の良い友人ではないそうだな」
「……何よ、いきなり。人が気にしている事を」
突然質問をぶつけられた上に傷を抉られ、ミツコはノブガを睨む。ノブガはそれを気にせずに尋ねる。
「なんでそんなに一生懸命になれるんだ? わざわざこんな危険を冒してまで徳川ヤスナを救う理由は何だ?」
「……それは、友達だからよ」
そう言いつつ、ミツコの中でとある人物とヤスナの姿が重なる。
それをノブガに察せられないようにミツコは平然を装って隠す。
「大して仲も良くもないのに?」
「これから仲良くなるのよ!」
「だとしてもだ、下手したら死ぬかもしれないんだぞ」
「……」
少し沈黙した後、観念するように「似ているのよ」と呟いた。
このままはぐらかしていても、ノブガはずっと言及し続けるだろうと思ったからだ。
「ヤスナは似ているの。私の、妹に」
「妹だと?」
首を傾げるノブガに対して「うん」と頷く。
ミツコも焦る気持ちを抑えるために少し身の上話を語り出す。
「名前はヤスヒって言うの。ほら、ヤスナと名前が似てるでしょ? あの娘もヤスナみたいに口数があまり多くなくて、だから余計に重ねちゃうのよね」
「お前は学生寮に住んでいるみたいだが、一緒には暮らさないのか?」
「……」
そこで黙ってしまい、何とも言えない空気が流れ出す。流石のノブガも地雷を踏んだと察した。
沈黙が続き、ミツコは意を決して話し始めた。
「私ね、元々は美濃国出身なの。父はそこの前当主に仕えていた。でも、父の同僚である斎藤ザンドが反乱を起こして、当主の座を奪った。斎藤は前当主の側近だった私達一族に服従の証としてヤスヒを人質として要求したの」
そこで一旦区切り、近くの鉄格子を掴む。
「それっきり、ヤスヒとは会ってないわ。私は叔父に引き取られて、駿河国にやって来た」
「……そうか」
話はそれで終わりのようで、それ以降ミツコは黙々とヤスナを探している。
やがて最奥部にへと到達し、一際冷たい印象を与える牢屋に行き当たるが、そこにもヤスナの姿は無かった。
まさに裳抜けの殻であり、これで全ての牢屋にヤスナの姿は無く、また他の捕虜達も居ない事になる。
ノブガは「クソ」と呟いて壁を蹴り上げる。
「既に連れて行かれたか。ミツコ、外に戻るぞ」
「分かったわ」
ノブガは腕時計を見て時刻を確認する。処刑執行まであと5分。ギリギリ間に合うか否かか。
2人は裏門に戻るために走る。
そこでふと、ミツコは疑問に思った事をノブガに問う。
「そういえば、ヤスナから貴女とヤスナが知り合いだって聞いたのだけれど、どういう経緯で知り合ったの?」
「ああ? 別に何でもないさ。昔、うちの実家で一時的にアイツを引き取ってただけだ。小さい頃だったし、オレはよく覚えていない」
「ヤスナが織田さんに助けてもらった事があるとか言ってたけど?」
「何じゃそりゃ。全く身に覚えがないんだが……ていうか、それより」
ノブガは頬を膨らませてミツコを睨む。
「その『織田さん』って言うのいい加減やめろ! 名前で呼べ!」
「な、なによいきなり……」
「お前、ヨシノとヤスナには呼び捨てじゃねえか。オレの事も呼び捨てにしろ!」
「わ、分かったわよ! 分かったから怒らないで!」
「よーし、約束だぜ!」
そのまま裏門を通って外に出ると、ミツコ達は足を止めた。
目の前には見張りの男2人がミツコ達を待ち構えていたのだ。
「貴様ら、何者だ!?」
「賊ならば、女と言えども直ちに処すぞ!」
ノブガとミツコはどのようにしてこの場を切り抜けるか考える。
急がなければ取り返しの着かない事になる。
ノブガの懐にはもう拳銃は無く、先程の陽動で使った一丁のみである。
一か八か、ノブガは賭けに出る。
「オレ――あ、いや、私達はトモヨ様にご招待されてこちらに伺いましたの」
「なに、トモヨ様に?」
ノブガの言葉にミツコは目を剥く。ノブガはアイコンタクトで「任せろ」とミツコに伝える。ミツコとしては任せる任せない以前にノブガの口調に唖然としているのだが。
ノブガは今まで見た事ないような満面の営業スマイルを浮かべ、見張り2人組に説明する。
「そうなんですのよ、“面白いものを見せて差し上げますからどうぞ裏門へお越し下さい”と言われまして。ねえ、ミツコ様?」
「え…ええ、そ、そうですの、お、オホホホ」
急に話を振られて咄嗟にノブガを真似てお嬢様口調で言うが、棒読みである。
見張り組2人は訝しげにミツコ達を見つめる。
「この先にあるのは捕虜を収監するための牢獄だけだ。何も面白いものなんて無いぞ」
「まあ、牢獄だなんて、トモヨ様の言う面白いものというのは、牢獄でしたのね!」
「どういう事だ?」
首を傾げる見張りにノブガは声高々に言う。
「あら、ご存知ありませんの? トモヨ様は一見虫も殺さぬご令嬢に見えますが、その実、残虐非道の一言に尽きます。貴方、何故三河国が駿河国に侵攻を開始したのか、知っていらして?」
「そ、それは知らん! 卑怯者の三河の考える事など――」
「報復ですわ」
「――ほ、報復だと?! ふざけるな、こっちは三河の危機を救ってやったんだぞ!!」
「ええ、救って頂いた代わりに、当主のお子をそちらに譲りましたわ。ですが、自分のお子が不当な扱いを受けて、お怒りにならない親など居るかしら?」
「な……に?」
ノブガの言葉に見張りの者達は固まる。三河国が報復する程の不当な扱いとは一体何か、それが気になってしまう。
「トモヨ様はヤスナ様を陰で虐げていたのですよ。男の方はご存知ないでしょうが、女の世界とは華やかでいて極めて陰湿ですの」
「それは……」
「駿河国当主の娘であるトモヨ様が虐げるのなら、自分達もそれに倣わなければならない。そうやってヤスナ様は1人孤立していきましたわ、愛しき母国に助けを求める程に」
「それで、三河国が攻めて来たというのか? 自分の娘を助けるために」
「ええ。因みにヤスナ様ですが、どうやら最近までこちらの牢屋に投獄されてたようですの、投獄を指示したのは、トモヨ様ですわ。そして、ご当主もそれを黙認致しました」
ニヤリと笑って言い放ったノブガの言葉に、見張りの2人組はその場にガクッと崩れ落ちる。
自分達が主と信じた者の人とは思えぬ所業、そして自分達も少なからずそれに加担していた事。
全てが衝撃的すぎて彼らはその場から動けなくなってしまった。
ノブガはこれ幸いとミツコの腕を掴んでその場から走り去る。
ヴェスティードの元へ走る途中、ミツコはノブガに尋ねる。
「ねえ、織田さん。今の話って……」
「全部デタラメだぜ。あと、織田さんって呼ぶな」
涼しい顔で先程の話はガセであると言い切ったノブガに思わず「はあ?!」と声を出す。
「ぜ、全部デタラメって!」
「そもそも娘からのSOSを聞き付けて報復に来るぐらい溺愛してるんなら、人質として差し出すわけ無えだろうが」
「そ、それは……」
ミツコは少しだけ期待していた。きっとヤスナの父親はヤスナをやむを得ない事情で仕方なく人質として送ったのではないかと。
だが、それはあり得ないとノブガは容赦なく切り捨てた。それがどういうわけかとても悔しい。
ミツコは「結局、どこの父親も本質は同じなのか」と失望する。
ノブガはそんなミツコの心中を察してないのか、「ガハハハ!」と品の無い笑い声をあげる。
「まあ、今川トモヨが陰険なご令嬢っていうのは本当だがな!」
そこで一旦走るのを止め、ノブガは立ち止まる。ヴェスティードの前に到着したからだ。
ミツコも走るのを止めてヴェスティードに搭乗しようとすると、ノブガが「待て」と声をかけた。
「ヤスナを救出しに行く前にこれだけ確認させてくれ。お前が救いたいのは誰だ?」
これだけは譲れない。ノブガは今一度、ミツコの本質を見極めるために問答を投げつけた。
「え……」
一方のミツコは何故このタイミングでノブガがこのような発言をするのか分からなかった。三河国捕虜の処刑執行まで時間が無いのだ。
ノブガはミツコを追い詰めるように問いを重ねていく。
「なあ、誰を救いたいんだ。徳川ヤスナか? それとも、思い出の中の妹か?」
「今はそんな事を聞いてる場合じゃ……」
「いいから答えろ。お前がヤスナを気に病むのは、名前と性格が似ているだけが理由じゃない。両者が親に捨てられ人質として他国に送られた共通点を持つからだ。お前は、ヤスナを通じて妹を見ているんじゃないのか?」
「違う! 私はそんな事――!」
「してないって言い切れるか? オレは確かに昔の事はそんなに覚えてないが、ヤスナが理由もなく他人を警戒するのは有り得ないって事は覚えてる。アイツはとても聡明だ、その瞳を見ただけで、自分を見ているか否かを見極められる程にな。アイツがお前に懐かないのは、お前がアイツを見てないからだ」
ノブガとしても良い気はしない。一応ヤスナとは昔馴染みであるので、出来る事なら救いだしたいと思う。
そして共に助けに行く人物は、自分と同じように「徳川ヤスナ」を救いだしたいと思う人物であって欲しい。
ノブガは基本的に二心を抱く事は好まない。
「……」
「悪い事は言わない。ヤスナ自身を助けに行く気が無いならここで大人しく待ってろ。オレだけで助けに行く」
「それは、無茶よ!!」
「無茶でも何でもやるしかないんだよ。なあ、ミツコ」
ノブガは少し悲しそうに言う。
「もしヤスナが妹に似てなかったら、お前はそれでもヤスナを助けに行ってたか? 見殺しにしてたんじゃないか?」
「っ!?」
その言葉にミツコは言葉が詰まる。まさかノブガにそう思われていた事に驚きが隠せない。
確かに、妹と重ねていたのは本当だ。だが、決して彼女自身を見ていなかったわけじゃない。
自分が親睦を深めたいのは徳川ヤスナというかけがえのない少女である。
そこまで考えているとノブガがもう一度念入りに、まるで語りかけるように「ミツコ」と名前を呼んで決定的な言葉を紡ぐ。
「ヤスナを救っても、記憶の中の妹は決して救えないんだ」
夢の中で伸ばされた手は、決して掴めない。そう言われた気がした。
「……分かってる、そんなの……私が一番よく分かってるわよ!!」
あの手はもう掴めないからこそ、今度こそ掴むのだ。
それはあの手の代わりなどでは決して無くて、徳川ヤスナという1人の友人なのである。
「ヤスヒに似てる似てないとか関係ない、私は私の意志でヤスナを助けたいの!!」
「ん、そうか」
ミツコの叫び声を聞いたノブガは屈伸しながら何事もなくヴェスティードに乗ろうとしていた。
その行動にミツコは目を丸くし、「ちょっと織田さん?!」とつい呼び止めてしまう。
また「織田さん」と呼んだミツコに、ノブガは眉間に皺を寄せる。
「こら、ノブガって呼べよな」
「いや、そうじゃなくて! もっと何か言う事ないの?!」
「別に無ぇけど? お前はちゃんと想いの分別が出来てるんだろ、ならオレから言える事はもう無ぇよ」
ノブガにとって重要なのはミツコの中にヤスナを助ける強い想いがあるかどうか。それを確認出来たので、ノブガからすれば先程の話題はもうどうでもいいのだ。
「……」
「ほら、早く救い出そうぜ。日常を取り戻すんだろ」
「……ええ、そうね」
ミツコとノブガは共にそれぞれのヴェスティードに乗り込む。システムを起動して、処刑場を目指して突き進む。
このノブガという少女は本当に気まぐれだ。真面目に受け取る自分が時々馬鹿らしく思えてくる。
それでも、初めて会った時程の嫌悪感は、もうミツコの中には無かった。
〈行こう、ノブガ!〉
〈……ああ、派手に暴れようぜ!!〉
赤と黒、2つの機体がヤスナの元へと向かった。
同時刻、駿河国処刑場。
久方ぶりの日光を浴び、ヤスナは力無く空を見上げた。
雲1つ無い、青色1色の空。
一歩、また一歩と足を運ぶ。他の捕虜と共に向かう先は、処刑場。
そこでは既にライフル銃を装備した者達が控えており、処刑場の周りには警備用の戦車隊も配置されている。
あのライフルの銃口から放たれる弾丸が、自分の体を貫くのだなと、ヤスナはまるで他人事のように思った。
牢屋で待っていても結局、救いの手は来なかった。
ヤスナの中で生きようとする希望は、限りなく消えようとしていた。
「それではこれより、卑劣なる三河国の捕虜の処刑を開始する。銃撃隊、構え!!」
捕虜全員が銃撃隊に背を向けて立たされる。
ヤスナは静かに目を閉じた。
(――ああ、やっと終わるです)
黒い世界に真っ先に浮かぶのは、ノブガ。
それに続く形で、かけがえのない幼馴染みであるヨシノと、少し苦手だけど一応友人であるミツコの姿が浮かんでくる。
3人の姿を思い浮かべて、目尻に涙が通った。
(皆に、会いたかったです……)
〈その処刑!!〉
〈ちょっと待ったあああ!!!〉
ヴェスティードのスピーカーを通じて発せられるミツコとノブガの声に、辺りは騒然とする。
ヤスナの耳に「何事だ!」「賊を追い払え!」「銃撃隊、退避しろ!」等の声と銃声と爆発音とが入り交じって聞こえる。
恐る恐る目を開けて見上げると、そこには黒いヴェスティードが佇んでいた。
コックピットハッチが開き、中から現れた人物を見てヤスナは目を見開いた。
ああ、この光景をどれ程待ちわびただろうか。
やはり彼女は自分の王子様だと、自分の危機に駆けつけてくれる救世主だと。
驚きから一気に涙が溢れ出る。
いつも無表情な顔が、その時ばかりは嬉しさのあまり破顔した。
「ノブガ…様!!!」
ヴェスティードから飛び降り、ノブガはヤスナに駆け寄る。
「よお、ヤスナ。あれから10年ぶりか、随分と待たせちまったな」
こちらに差し伸ばすノブガの手をヤスナは両手で強く握り締めた。
ノブガはヤスナを横抱きにして両腕でしっかり支える。
そのまま2人でヴェスティードに乗り込んでから再度起動する。
一方のミツコは捕虜の人々が逃げやすいように退路を確保できるように戦車隊をハンドガンと剣で足止めする。
戦車隊の砲台を折り、いくつかの戦車を蹴り飛ばす。
ブースターを効かせて機動力で戦車隊を圧倒する。
そんな中、銃撃隊の何人かが逃げようとしている捕虜に銃口を向けているのが視界に映り、ミツコはそちらに向かう。
自らを盾とし、銃弾を弾く。
ヤスナを保護したノブガの機体がミツコの機体に歩み寄る。
〈ミツコ、ヤスナを無事に救出できた〉
〈こっちも、捕虜を守りきったわ〉
互いの役割を果たし、もう用は無いとばかりに立ち去ろうとすると、駿河国当主であるチカゲの声が処刑場に設置されたスピーカーを通じて響き渡る。
〈何者だ、貴様ら!! よくも我々の邪魔をしてくれたな、これは反逆罪に値するぞ!!〉
ノブガはその言い分を鼻で笑う。
〈上等だ、オレはそもそも反乱しに来たんだからよ〉
〈は、反乱だと?! おのれ……貴様、名を名乗れ!!〉
〈オレか? オレの名は……明智ミツコだ!!〉
ノブガが名乗った名前に、ミツコは「はあああ?!!」と声をあげる。
一方のチカゲは明智ミツコという名前に戸惑う。
〈あ、明智だと? まさか貴様ら、あの斎藤ザンドの回し者か! おのれ、あの蝮風情めっ!!〉
〈じゃあ、そういう事で!〉
ノブガはブースターを最大解放すると颯爽とその場を去った。
自分の名前を勝手に使われた事で放心していたミツコは慌ててノブガを追いかけたのだった。
「……何ですの、アレ。中々に興味深いですわ」
そんな中、捕虜の処刑執行を観に来ていたトモヨはヴェスティードの存在にとても関心を向けていた。
あれはもしかしたら、自分にとって最高の玩具になるかもしれない、と。
ヤスナを救った道中、暫くしてヴェスティードは駿河国の隣国である甲斐国の領土に入った所で唐突に動きを止めた。
どうやら燃料が尽きたらしい。ここまでで機動時間は約1時間20分程。
やはり長期戦の運用はまだまだ不十分であると言える。
仕方ないのでノブガ達はヴェスティードから降りる。
すると、ミツコは怒りの表情を浮かべてノブガに詰め寄る。
「アンタねぇ! 勝手に他人の名前を使わないでよ! これじゃあ私が反乱の首謀者みたいじゃない!!」
「あそこで織田の名前を出すわけにはいかなかったんだ。出したら父上がこの件に関わってると思われるからな」
「だったら適当に偽名を言いなさいよ!」
「作戦を立て直すための時間が欲しかったんだよ。これで駿河は暫くの間、美濃に目が行くだろう。オレ達はその間にヨシノから得られるであろう情報を整理して一気に奴らを討ち取る新たな作戦を練るんだ」
ノブガは「それにな」と続けてミツコに耳打ちする。
「ヤスナを助けて『はい、さよなら』と言われたら困るからな。こうすれば、お前は駿河に指名手配されたお尋ね者だ。捕まりたくなかったら、大人しくオレの国に来るんだな」
「こ……の!!」
ミツコがノブガを殴ろうとすると、ヤスナがノブガを守るかのように立ち塞がる。
「助けてくれた事は感謝してるです。でも、ノブガ様を傷付けるようならたとえミツコでも許さないです」
「え、ちょ、ヤスナ?!」
猫のように威嚇するヤスナにミツコは涙目だった。
折角苦労して助け出したのに、ヤスナからさらに嫌われた。
ノブガを殴ろうとしていた拳を震えながらも収め、代わりに恨めしそうにノブガを睨む。
決してヤスナがノブガの腕に抱き着いて密着しているのが羨ましいわけではない。そう決して。
(織田ノブガ、やっぱりアンタは私の天敵だ!!)
ニヤニヤしながらこちらを見つめるノブガに、ミツコは軽い殺意を湧かせつつ少しでも彼女を認めた事を後悔していた。
【次回予告】
大団円では終わらない。
彼らが向かうは尾張の国。
1つの終わりは1つの始まり。
出会いは別れの序章と知れ。
次回、【革命の集結】