第2話【反乱の狼煙】
【2016/9/22】
┗一部加筆修正しました。
「なあ、ミツコ。オレとお前で反乱を起こさねえか?」
ノブガが言った突拍子の無い提案にミツコは目を丸くして呆然とする。
発言の意図が読めず、思わず「は?」と声に出してしまう。
「反乱って、どういうこと?」
「そのままの意味さ。駿河と三河をこの混乱に乗じて討ち取るんだ」
ノブガは自信満々に言うが、ミツコはただただ呆れる。
そして、沸々とノブガに対する怒りが沸き上がってくる。
ヤスナの安否が確認できず、今も危機に晒されてるかもしれないのにノブガの発言はあまりにも不謹慎だった。
「馬鹿じゃないの?」
冷たくそう言い捨ててしまうほどに、ミツコはノブガを非難する。
一方のノブガは「まあまあ」と言って宥めようとする。
「そうカッカすんなって。確かにオレは故郷じゃウツケ者って言われてるけどよ、根拠無くこんなふざけた話は流石にしねえさ」
ノブガの声には確信の色が強く感じられる。彼女が言う2国に対する反乱を可能にする根拠とは何なのか。
ノブガは学生寮の外で機動停止しているヴェスティードを指差す。
「あの、べすてえど……だったか? あれがあればオレの思い浮かべる反乱計画が可能だ」
「ヴェスティードが?」
「そうそう、ヴェスティード」
ミツコは首を傾げる。ヴェスティードは剣闘というスポーツ用の機体だ。それが一体反乱の何の役に立つというのか。
ノブガは説明を続ける。
「お前は、あの三河国の戦車隊の包囲網をあれ1機だけで見事に突破してみせた。それも、突破する際に戦車数機を破壊してな」
「……見ていたの?」
「ああ。実に見応えのある攻防だったぜ」
ミツコはノブガがヴェスティードをどう利用しているのか勘づいてしまった。
「まさか貴女、ヴェスティードを兵器として利用するつもり?」
「そのまさかだ。お前の操縦技術とヴェスティードの機動性を見た瞬間、オレの中でビビッと来たんだ」
「……」
ミツコは暫く思案するが、首を横に振る。
どう考えてもそれは不可能なことだった。
「ヴェスティードの軍事利用なんて無理よ。積載量が少ないから重火器なんて装備できないし、貴女の言う機動性に関してもあの速度を維持できるのはたかだか30分程度、装甲も薄すぎて一度被弾すれば即撃沈。長期戦が当たり前の戦争じゃ何の役にも立たないわ」
「なら、戦争用の機体を造り上げればいい」
「え……?」
ノブガが意図も容易く言い放った言葉にミツコは唖然とする。
ノブガは「実はな」と言ってミツコに告げる。
「オレの出身は尾張国でな、あそこは独自の南蛮との交流、さらには武器の流通ルートが確立されてる。だから向こうの商人ともそれなりに仲が良いから定期的に連絡を取り合ってるんだ。それで調べてみたら南蛮では既にヴェスティードの軍事利用計画が一部で進められてるらしい。オレは自分の勘は正しかったと歓喜したぜ」
恍惚とした表情を浮かべ、まるで演説する政治家のように両手を広げて自らの野望を晒け出す。
「これからの時代、戦争の鍵を握るのは戦車でも戦艦でも……ましてや戦闘機ですらねえ! ヴェスティードという女にしか操縦できない機動着衣だ。分かるか、ミツコ。これは女でも天下を取れるという事を意味するんだ。女は男の政略的道具、これはそんな常識を破壊する画期的な革命なんだよ!」
女は男の政略的道具、その言葉にミツコは少しズキリとした痛みが胸に走るのを感じた。
政略的な理由から引き離された妹の事を思い出してしまった。
ミツコは自身が抱いた戸惑いを悟られないように平静を装う。
「で、でも、技術が日本に比べて遥かに発展してる南蛮でさえ、戦闘用のヴェスティードの開発計画が進んでるだけで成功はしていないんでしょ? 今から開発を始めても完成は駿河国と三河国の戦争が終わった後になるかもしれないじゃない」
「そこは抜かりないぜ」
ミツコからの質問も想定済みだったのか、胸を張って答える。
「今日の夕方6時に知り合いに連絡を入れて速攻で造らせている。恐らく、明日の朝には試作品が2機ほど出来上がるだろう」
「なっ…!」
ミツコは目を見開いて驚愕の声をあげる。
試作品とはいえ、1日足らずで2機を製造するとノブガは言ってのけたのだ。
「いくらなんでも完成が早すぎるわ! 一体どうやって」
「なーに、基本構造は輸入したヴェスティードの骨格と電子頭脳をそのまま流用して装甲と動力部を入れ換えるだけの作業だからな。試験期間等の工程も全て省いたらまあこんなもんだろ」
「試験期間の工程を省いたってことは……」
「おう、機体の安全性は保障できねえな。明日がぶっつけ本番だ」
「そ、そんな……無茶苦茶よ! 人の命を何だと思ってるのよ貴女は!!」
「2国を相手に反乱を起こすんだ、無茶でも何でもやるしかねえんだよ」
「わ、私は! 貴女の計画に賛同してないわ!!」
「あーそうかい」
ノブガは怒りの感情を露にするミツコをニヤニヤと笑いながらスルーして立ち上がる。
「まあ、今すぐ返事は急かさねえよ。そうだな、明日の朝6時のニュースを見てからでも返事は遅くないと思うぜ」
「明日の、ニュース? 一体何があるっていうの?」
「さあな。それは明日になってからのお楽しみだ……ま、あんまりウジウジ考えすぎてっと手遅れになるかもしれないがな。即決な返事を期待してるぜ」
そう言うと、「邪魔したな」と告げてそのままミツコとヨシノの部屋を去ろうとする。
「あ、そうそう」
去り際、ノブガは意地の悪そうな表情を浮かべてまるでミツコに忠告するように言う。
「屋上に居た時にも言ったが、状況を変えられるのはあくまで自分自身だけだぜ。誰かがやってくれるなんて甘い幻想は早々に捨てるんだな」
そう言い捨てて、意気揚々と背を向けて行ってしまった。
後に残されたミツコは自分の手をギュッと強く握り締める。
ノブガの言葉と思想はめちゃくちゃで極めて破滅的だ。耳を貸す必要なんてない。
しかしどうしてだろうか。彼女が言い放ったあの言葉。
明日のニュース、それがミツコの中でどうも引っ掛かる。反乱なんていう大それた計画に参加せざるを得ないようなビッグニュースが舞い込んでくるのか。
出来るだけ平穏に日常を過ごしたいミツコにはどうしても想像できない。たった1つのニュースで自分の心が容易く変わるなんて。
きっとノブガの世迷い言に過ぎない。この一抹の不安も、ノブガの意味深な言い回しによる気の迷いに過ぎないのだ。
そう結論付けてベッドに潜り込み、ノブガの言葉を振り払うように目を閉じて静かに眠りに着いた。
――――――――――――――――――――――――――――。
ミツコ達の部屋を去ってから、ノブガはスマホを取り出すととある人物に連絡を取った。
「やあ、父上。オレだ」
相手はノブガの父にして尾張国当主である『織田ヒデユキ』。ヒデユキは心底うんざりしたような声音でノブガに言う。
〈……こんな夜中に誰が連絡を入れてくるのかと思えば、よりにもよってお前かノブガ。それに何だその汚い言葉遣いは。女子ならばもっと貞淑な言葉をだな――〉
開口一番に始まった父親からの小言に今度はノブガの方がうんざりして肩を竦める。
「あーはいはい。説教は結構だぜ、今は少しでも時間が欲しいんでね」
確かにわざわざこんな時間に用もなく連絡をしてくるような礼儀知らずの娘ではない事はヒデユキも知っているので気持ちを切り替えて応じる。
〈ふむ、そうか。ならば、説教は後回しにして先に要件を伺おうか〉
「流石、話が早い。なら率直に言うぜ、オレを次期尾張国当主に指名しろ」
〈……何を戯けた事を、全くこのウツケ娘は。女に当主の座は務まらん〉
「織田家は実力至上主義。実績と才覚さえあれば男女なんて関係ないはずだ。父上だって、あんな“男”ってだけで次期当主第一候補になってる愚弟を後釜に据えたい程ボケてはないだろ?」
〈なら、お前は“女”の身でどのような大義を成すつもりだ? 女が当主の座に着くなんぞ前代未聞だ。余程の実績でなければ無理だぞ〉
ノブガはその言葉を待ってましたと言わんばかりに一言で畳み掛ける。
「1週間だ。それだけの期間で三河と駿河を落としてやるよ」
〈なんだと?〉
ノブガの予想外な言葉にヒデユキは少しの間、沈黙する。
見識を深めさせるつもりと女性らしさを学ばすために駿河国の女学院に転入させたのに、数日でこの発言だ。何か悪いモノでも食べたのか、それとも本気で言っているのか。
詳しく事情を聞くと、三河国の特殊部隊が駿河国に侵攻し女学院の周囲を占拠した事を伝えた。
その報告にヒデユキは「なるほどな」と呟く。
〈それで、お前はこの混乱に便乗して2国を手に取るつもりか〉
「ああ、そのつもりだ。それだけあれば、当主の座に着くには相応しくないか?」
〈確かに、それを成した暁にはお前の未来は安泰だろうな。だがなノブガ、こちらからは一切の援護はできないぞ〉
「お構い無く、逆に父上には一切手を出してもらわない方が助かる」
〈そうか、なら助言だけに留めておこう。ノブガ、お前は1つ大きな勘違いをしているぞ〉
「勘違いだと?」
ヒデユキの言葉にノブガは首を大きく傾げる。一体、自分は何を勘違いしているというのか。
ノブガには皆目見当もつかない。
〈ああ。今回の国盗り、お前は駿河と三河だけでなく遠江も相手をすることになる〉
「なっ、遠江だと?!」
遠江国は駿河国と三河国に対して中立的な立場を取る国だ。
それが何故、ノブガが引き起こす反乱に介入してくるのか。
〈遠江は確かに中立国だ、表向きはな。だがその実態はかなり複雑なものになっている、一度探りを入れてもいいかもしれんな。そして何故三河はこのタイミングで駿河に侵攻を開始したのか、その意味をよく考える事だ。ノブガ、国盗りは慎重に且つ大胆にしろ、じゃないと喰われるのはお前の方だ〉
「……」
計画の根底を揺るがす程のまさかのイレギュラーな事態。ノブガは開いた口が塞がらない。
ノブガの動揺を感じ取ったヒデユキは叱咤するようにノブガに言う。
〈ノブガ、尾張国当主の座を狙う以上、たとえ女の身なれどお前の魂は一端の武士だ。武士に二言はあるまい?〉
それだけ言って、ノブガの返答を待たずに通話を切った。
ノブガは自身のスマホを見つめて、唇を噛む。現当主に対しての次期当主の打診は即ち、“お前の時代は終わった”という一種の果たし状のようなものだ。
武士に二言は無い、発言してしまった以上、もう取り消しは効かない。
もし失敗したのなら、只では済まないだろう。良くて出家という名の一族からの除名、最悪の場合は女としての矜持すら取り上げられるかもしれない。
力を入れすぎたのか、噛んだ唇から血が流れる。
それをペロッと舐めると、「ククク」と引き笑いを浮かべる。
「ああ、やってやるよ。オレは勝って、全てを手に入れてみせる。どっちみち、後戻りはできねえんだから」
――――――――――――――――――――――――――――。
――助けて、お姉ちゃん!――
大人達に連れて行かれる最愛の妹。こちらに助けを求めて必死に手を伸ばしている。
私はそれを掴むために妹と同様に手を伸ばす。だが、それが届く事は決して無い。それらが繋がる事は、決して無いのだから。
私の体は大人達に押さえつけられ、動く事は叶わない。
――助けて、お姉ちゃんと離れたくないよ!!――
お姉ちゃんもだよ、お姉ちゃんだって離れたくない。たった1人の血の繋がった家族なのだから、こんな別れ方はあんまりだ。
2人で平和に暮らせる未来だってきっとあったはずなんだ。ただ、私に力が無かっただけで。
ああ、力が欲しい。
誰かを救える力が。
誰かを守れる力が。
愛しい者の手を掴める、そんな強い強い力が――。
「――コ! ―きて、ミ――! ―――ったら!」
「ん……」
ヨシノの焦るような声がしたかと思うと、肩を掴まれて揺さぶられる感覚が全身に広がった。
気付けば悪夢は消えていた。
目を微かに開けると、鬼気迫る表情を浮かべたヨシノが必死にミツコを起こそうとしていた。
目覚まし時計を横目で見ると、時刻は6時5分。それだけでミツコは察してしまった。
ああ、ノブガの言ってたビッグニュースが来たのだと。だが、ビッグニュースとは何なのだろう。
ミツコは起き上がると、ヨシノに「これを見て!」と言われてテレビのニュースに目を通す。
「なに、これ……どうして――」
ニュースを見た瞬間、眠気が一瞬で吹き飛んだ。それ程までにニュースの内容が衝撃的だったのだ。
そして理解する。ノブガの言うとおり、即決な返事をしなければ取り返しの着かない事になるかもしれない。
だが、それでも……とミツコは心の中で嘆く。
〈本日10時より、突如我が国を襲撃した非道なる三河国に対する宣戦布告として、駿河国当主による三河国の捕虜の処刑を行う事が決定しました〉
テレビの画面に映される捕虜の内、その中に、ヤスナの姿が確かにあったのだ。
「――どうして、ヤスナが処刑されるのよ!!」
脳が理解するのを拒みながらも非情な現実に立ち尽くすミツコ。ヨシノは項垂れて涙を流しながら言う。
「なんで、なんでこうなっちゃったの……?」
なんでこうなってしまったのか、それはミツコも感じている事だ。
昨日までは確かに皆で楽しく学院生活を謳歌していたのだ。確かに各国間における戦争は絶えなかったが、それでもまさか自分達が戦争に巻き込まれる事など考えてもみなかった。
ノブガの言っていたビッグニュースとは、この事だったのか。
――状況を変えられるのはあくまで自分自身だけだぜ――
ノブガの言葉が脳裏に木霊して全身に広がる。ヤスナを助けられるかどうかは、私自身。その想いがミツコを襲う。
――誰かがやってくれるなんて甘い幻想は早々に捨てるんだな――
誰もやってくれない、誰も救ってはくれない。誰かがやらないのなら、私が――。
そこでノブガがミツコに提案してきた反乱計画を思い出す。
三河国と駿河国に対する国盗り合戦には興味が無い。
囚われたヤスナの姿に、ミツコは自分の妹の影を重ねていた。
こちらに手を伸ばして助けを求める妹の姿がどうしても脳裏に過るのだ。
「絶対に、助けてみせる……」
地の底から響くような冷たい声で呟いたミツコの一言に対し、ヨシノは涙を拭きながらミツコに問う。
「助けるって、どうやって……?」
「決まってるわ」
ミツコが立ち上がった瞬間、学生寮の外で「ドスン!」という地響きが鳴った後、ヘリのプロペラの回転音が聞こえる。
まるで、“何か”をヘリから地面に落としたかのように。
その音にミツコは確信を持って自室の玄関に向かって扉を握る。
一拍の後、意を決して扉を開いた。
「よお。約束通り、返事を聞きに来たぜ」
案の定、したり顔のノブガが立っておりミツコは取り引きを持ち掛ける。
「ヤスナを助ける手伝いをしてほしいの。それさえ手伝ってくれたのなら、貴女の計画に協力するわ」
「上等だ」
ノブガはミツコの腕を掴むと自身に寄せるように引っ張って抱き締めて耳元で呟く。
「お前がオレの物になるんなら、なんだってしてやるよ」
「なっ!!」
ミツコは赤面して思わずノブガを突き飛ばす。ノブガは「おっと」と言って倒れること無く平然としている。
信じられないものを見るかのように、そして声を震わせながらノブガに抗議する。
「な、なななななななななんて事言ってるのよ、バカ!!」
「バカとは何だバカとは。まあ、確かに尾張一の大ウツケだが、オレはただ本心を伝えただけだぞ」
「他に言い方ってものがあるでしょうが!!」
「まどろっこしいのは好きじゃない」
ノブガとミツコが言い争っていると、ヨシノが遠巻きに2人の様子を見ていた。
そして先程の地響きの正体を知りたいのか、恐る恐るカーテンを開けて学生寮の外を伺う。
すると、どうした事だろうか。思わず「うわああ!!」と声をあげてしまった。
それもそのはず、学生寮の外にはそれぞれのカラーが赤と黒である2機のヴェスティードが佇んでいたからだ。
ヨシノの姿に気づいたのか、ノブガはズカズカと部屋の中に入るとヨシノを背後から羽交い締めにする。
「丁度良い、お前も来い」
「え、ええ?! ちょ、あたしまで!?」
「徳川ヤスナを助けたいだろう?」
「そ、それは勿論ですけれども!!」
「じゃあ、決まりだ」
ミツコは慌てて止めに入る。
「ちょ、ちょっと! ヨシノまで巻き込む気?!」
「人手は多いに越したことは無いからな。それに、オレ達2人では徳川ヤスナを助けるのには中々に難しい」
「だとしても!」
「それに豊臣ヨシノは確か新聞部部長だったはずだ。取材を通じて得た広い人脈関係はとても魅力的だ」
ヨシノは頭で理解が追い付かず、とにかくノブガにストップをかける。
「ストップストップ! ストーップ!!」
「……なんだ?」
羽交い締めされていたヨシノは暴れてやっとの思いでノブガからの拘束を抜け出して両手をクロスさせて×を作る。
その俊敏な動きにノブガは猿を連想した。
ヨシノはノブガに詰め寄って質問攻めにする。
「転校生の織田ノブガさんだよね、初めまして! あたし、豊臣ヨシノです。突然だけど一体何の用事でここに来たの?! そもそも外のヴェスティードは何?! というかなんでそんなにミツコと仲良いの?! あと2人で何を企んでるの?! そしてあたしを巻き込んでどうするつもり?!」
ノブガは思わず耳を両手で塞ぐ。
「キーキー五月蝿いな、この猿は。……まあいい、説明してやるよ」
うんざりしながらもノブガにしては比較的丁寧に事の顛末を教えた。
反乱計画の詳細、外のヴェスティードは反乱用に試作した戦闘用の機体である事、ミツコはヤスナを助ける手伝いをしてもらう代わりに一時的に計画に参加する事。
全てを聞き、ヨシノはとりあえず納得した。その上で疑問が湧く。
「なんであたしまで勧誘? あたし、ヴェスティードの操縦なんてできないよ?」
「操縦なら訓練すればいい。それよりも、お前には遠江国の動向を調べてもらいたい。新聞部で手に入れた遠江国出身者の人脈を辿ってほしいんだ」
「遠江国の? 別に良いけど、そんなので良いの?」
「ああ、きっと面白い事が分かるはずだ」
反乱に必要な駒は着実に集まっている。そう感じながらノブガは内心でほくそ笑む。
そこでミツコはノブガに話し掛ける。
「試作品が2機あるけれど、1つは私が乗るとしてもう1つは貴女が乗るの?」
「勿論だ。因みに黒いのがオレのだ」
「……貴女、操縦できるの?」
ミツコの問いに愚問だとでも言いたげに「フッ」と鼻で笑うと、ノブガは胸を張って堂々と答える。
「そんなのできるわけが無いだろう!」
とても良い笑顔で誇らしげに言い切った。その清々しいまでの開き直りっぷりにミツコは目を剥き硬直する。
暫くして硬直が解けた瞬間、「ちょっとどういうつもりよ!」と怒鳴る。
「初心者がいきなりヴェスティードを扱えるわけないでしょ?! ましてや試験工程を省いたピーキー品なのに!!」
「だから、オレの練習に付き合え。徳川ヤスナの処刑は10時決行で少々時間に余裕がある、3時間ほどあればオレなら修得できるはすだ」
「……貴女って、ホント規格外ね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「皮肉ってるのよ!!」
ミツコの小言をノブガは相変わらずスルーし、ミツコとヨシノの腕を掴んで部屋の外に連れ出す。
「まあ細かい事はいい。ほら、ミツコ、オレに乗り方を教えてくれ!」
ノブガの行動にミツコとヨシノはそれぞれ「ちょ、ちょっと!」と「うあお?!」と素っ頓狂な声をあげる。
ノブガはそれに「なんだその変な声は!」と大笑いし、とても楽しそうだった。
山の合間から差し込む日の光によって、暗かった風景が徐々に明るくなっていった。
「じゃあ、練習を始めるわよ」
「おう!」
ミツコとノブガは黒のヴェスティードに一緒に搭乗する。
ノブガがメインで操縦し、背後でミツコがアドバイスをするといった感じだ。
直立不動の状態から、まずは一歩前進してみる。
しかし
「うおっ?!」
バランスが崩れて倒れそうになってしまう。ミツコは咄嗟にノブガの肩を掴んで倒れる方向と反対側に傾ける。
それによってバランスを辛うじて保てたのか、再び直立の状態に戻った。
装着したグローブとブーツをそれぞれの端末に接続していることによって、自身の手と足の動きが直接ヴェスティードに伝わり、またゴーグルから送られてくる映像によって視覚共有もされているが、ヴェスティードと自身のサイズ差による感覚のズレのためか何度か酔ってしまってノブガは激しい嘔吐感に苛まれる。
息を荒くしながらなんとか操縦に慣れようとする。
悪戦苦闘していると、既に1時間半が経過していた。
「クソッ! なんだよ、これ! 難しいじゃねえか!!」
悔しそうな言葉とは裏腹に、ノブガはとても楽しそうにヴェスティードの操縦をこなしていた。
まだまだぎこちないが、それでも常人からすれば驚異のスピードでヴェスティードの操縦に順応していった。
ミツコはノブガの持つ天性の順応能力に目を見張る。
これが部活の場ではないのが悔やまれる。もし部活であれば、きっと彼女は剣闘部でミツコと渡り歩くライバルになれただろう。
そう考えていると、学院時代の思い出が浮かんでは消える。
「もし……」
「あ?」
ミツコが思わず溢した呟きにノブガは首を傾げる。
「何か言ったか?」
「……もしもヤスナを助け出せたら、また元の生活に戻れるのかな、って」
「そりゃあ、無理だろ」
ミツコの小さな望みに、ノブガは無情に切り捨てる。
その言葉にミツコの表情が曇る。
「なんでそんな事を言うのよ……」
「お前の言う“元の生活に戻る”ってのがどの程度のものか分からねえけど、もしそれが“三河に襲撃される前の生活”を意味してるんなら、どう考えても無理だ」
「だから、なんでっ!!」
「三河の奴らによって女学院周辺の町民はほとんど虐殺されたからな。ここが無事なのも遠江との丁度境目辺りだからだろうし」
ノブガは一旦操縦の手を止めてミツコに向き直る。
「まあそれだけじゃなく、駿河の当主の指示で駿河在住の三河出身者も捕虜としてまとめて捕縛された。今朝のニュースじゃ報道されなかったが、一部の捕虜は拷問に耐えきれず死亡してるらしい。果たして今、女学院の生徒がどれだけ生き残ってるのか、もしくはどれだけ死んだのか、考えただけでもゾッとするぜ」
「そんなわけで」と続けてミツコの肩を叩く。
「後ろを振り向くだけの余裕があるなら、徳川ヤスナを助けるついでに他の捕虜も一緒に助ければいい。前向きに考えていこうぜ」
「……そうかもしれないわね」
今は、少しでも助けられる命を助けよう。元の日常に戻れなくても、それに近くなるように取り戻そう。
そうして、気付けばあっという間に3時間が経過した。
ヨシノはノブガが手配したヘリに向かう。その直前、ミツコとノブガに振り返る。
「ミツコ、織田さん。絶対に、ヤスナを助けてね!」
「勿論よ」
「ああ、約束する」
ヨシノの言葉に2人は頷く。ヨシノは安堵の表情を浮かべてヘリに乗り込んだ。
ヨシノはこれから遠江国に向かい、ノブガに依頼された通りに遠江国の動向を調べるつもりだ。
ミツコとノブガがヤスナを救出するために尽力する以上、自分も自分にしか出来ない務めを果たそう。
その想いでヨシノは遠江国に旅立った。
「よし、ミツコ。オレ達も行こうぜ」
「ええ。私達もヘリで向かうの?」
「いいや、オレ達はヴェスティードで行く。ヘリだと駿河の戦闘機に撃ち落とされるかもしれないし、車だと道中に三河の戦車隊に見つかると厄介だ」
「そう、でも燃料は……」
「動力部は装甲車に用いられてるターボチャージャード・ディーゼルを採用している。走行可能距離は約700km、ここから駿河国当主の城まで行ったとしても燃料にはまだ余裕があるぜ」
「分かったわ。じゃあ、行きましょうか」
「おう、そうこなくっちゃな!」
ノブガとミツコは互いに拳を合わせた後、各々の機体に搭乗する。
コックピットハッチを閉じてグローブとブーツそしてゴーグルを身に纏い、端末に接続してシステムを起動する。
「明智ミツコ」
「織田ノブガ」
「「ヴェスティード、起動!」」
《XXシステム、起動を確認。ヴェスティード、機動します》
両者の機体のメインアイが発光し、「ウィィィン!」というホイールの回転音とエンジン音をあげながら、立ち上がった。
そのままブースターを最大解放し、最大速度で2人は駿河国当主の居城『今川館』にへと向かうのだった。
大切な仲間を救うために。
〈ところで、貴女一体何者なの?〉
意気揚々と出発したミツコであったが、どうしても腑に落ちない点があった。
〈試作品とは言え、戦闘用のヴェスティードを2機用意するし、移送用のヘリを簡単に呼ぶし……ただの貴族のお嬢様じゃないわよね?〉
〈ああ? んなの、決まってんだろうが〉
ノブガはさも当然のように答える。
〈オレは尾張国当主の大ウツケ娘にして次期当主、織田ノブガだからな!〉
〈……え?〉
その言葉にミツコは驚愕の声をあげる。
〈ええええええええええ?!〉
今川館・牢獄にて。
ヤスナは暗い牢屋の中で拘束され猿轡を噛まされて、濁った目で天井を見つめていた。
そこは冷たく、錆びた鉄のような臭いが鼻を襲い、思考力を徐々に奪っていく。
それでも自我を放棄しないのは希望があるからだ。
心の中に思い浮かぶ人物はただ1人。
過去に自分を救い出してくれた王子様にして自分が唯一崇拝する存在。
決して色褪せぬ思い出の中の想い人。
(――――ノブガ、たすけて……)
【次回予告】
急げ急げと焦る想い。
その都度襲う追っ手の影。
囚われ姫を救うため、彼らが向かうは今川館。
救う理由はただ1つ。
拭えぬ影を掬うため。
次回、【救う意義】