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悪鬼戦乱のヴェスティード  作者: 語説囃子
【第1章:悪童の野望】
1/18

第1話【――ハジマリ――】

 初のロボット物です。なるべく上手く描けるように頑張りたいと思います。


【2016/9/17】

 ┗友人にもう少し日常パートを増やすべきという助言を頂いたので、少し日常パートを増やしました。


【2016/9/28】

 ┗一部加筆修正しました。

 帝暦2020年。

 帝界・日本は68の令制国に分かれ、戦争による対立または統合を繰り返していた。

 そんな中、各国が長きに渡る外界との接触禁止の令を解き、南蛮諸国の文化を積極的に取り入れて文明レベルの底上げに尽力し始めたのだ。

 それは何故か。彼らが特に力を入れたのは南蛮の進んだ科学力で生み出された機動兵器を投入することによる優位性の確立。少しでも戦局を有利に進めるためだった。

 戦車・戦艦・戦闘機、これらの登場によってこの僅か10年の間に戦争の規模は増すばかりだった。

 戦争を終わらすために手に入れた強大な力は、決して抑止力になることはなく新たな戦いを引き起こす。

 どちらが始めた戦争なのか、それを知る者は誰もいない。

 あくまで自衛のために、そう言っていた国が真っ先に殺戮を始めた。これもまた自衛行為だと高らかに宣言して。

 そして、その火種が今まで決して向けられることのなかった一般国民達にまで飛び火するのだった。



「さあ、皆! ここからなら逃げられるわ!」


「早く! こっちだよ!」


「さっさと逃げるです!」


 場所は駿河国にある女学院。そこで3人の少女達は懸命に逃げ遅れた他の女子生徒達の避難誘導を行っていた。

 遠江国を間に挟んで隣接する三河国が、突如何の前触れもなく駿河国の領土へと攻め入ってきたのだ。

 瞬く間に女学院は戦車の砲撃によって火の海に囲まれた。隣接する山にまで火が移り、まさに状況は四面楚歌だ。

 生徒を守る立場にあるはずの教師は既に保身のために我先にと逃げていた。それでも脱出を諦めずに3人の少女達は体育館にある女学院の地下に設けられた緊急避難通路に生徒達を誘導した。

 だが。


「そこまでだ!」


 3人の避難誘導によって最後の女子生徒が地下通路に入っていくのを確認し、自分達もそれに続こうとしたところで銃を持った三河国の特殊部隊に見つかってしまった。

 手を上げろと指示する特殊部隊の隊長に従い、3人は大人しく手を上げる。


「まさか、こんな抜け道があるとはな。おい、この地下通路はどこに通じている?」


 隊長の問いに少女の1人である『豊臣ヨシノ』が仏頂面で答える。


「山の裏手にある町だけど」


「ほう」


 女学院に隣接された広大な山、その先にある町は城下町。それを聞いた隊長はニヤリと笑う。


「聞いたか、皆。この先は城下町に通じているらしい。ここを使えば良い奇襲になる」


 特殊部隊全員にそう言った後、「毒ガスの準備を」と近くの兵士に指示する。

 その一言にヨシノとは別の少女である『明智ミツコ』が目を見開く。


「毒ガスって、まさか……」


「ああ」


 特殊部隊の隊長は残酷に告げる。


「ここで毒ガスを噴射すれば逃げた奴も殺せて、ついでに城下町の連中も一網打尽にできる。戦争ってのは効率的にやるべきなんだよ」


 その言葉にミツコは項垂れる。一体、なぜこうなってしまったのか。

 ミツコはただただ己の無力さを噛み締める。

 自分1人の力では誰も助けられないのか。いや、それでもせめて避難活動の手伝いをしてくれた級友の2人だけでも逃がさなければ。

 そう考えれば考えるほど、ふと今日1日の出来事がまるで走馬灯のように脳内を駆け抜けた。



 ―――――――――――――――――――――――――――。




「え? 転校生?」


 早朝、女学院の廊下にて、ミツコは首を傾げてヨシノを見つめた。

 日の光によって反射し、ミツコのトレードマークである赤髪が色濃く映ってそのロングヘアーがゆっくりと靡く。


「そうそう。あたしの情報網によりますと、なんと今日、ミツコのクラスに転校生がやってくるらしいんだよ!」


「毎度毎度思うのだけれど、一体どうやってそういう情報を仕入れてくるのよ、貴女は」


「そりゃあまあ、新聞部部長ですから! あ、因みにね、転校生の名前は『織田ノブガ』って言うらしいよ!」


「いや、別に興味無いし」


 得意気に言うヨシノに対して呆れた表情を浮かべる。すると、ヨシノの背中からニョキっと顔を出す少女が現れ、ミツコは思わず「へぁ?!」と奇声をあげる。

 少女は不満そうな表情でミツコを睨む。


「人の顔を見て叫ぶなんて失礼です……」


「い、いや、いきなり現れたからつい。ごめんなさい」


「まあ、別にいいです。それよりもヨシノ」


 突如現れた少女の名前は『徳川ヤスナ』。ヨシノの幼馴染みでミツコとも友人だ。

 ヤスナに声をかけられたヨシノは「ん?」と返事をしてヤスナと向き合う。

 ヤスナはヨシノに尋ねる。


「その転校生の名前が織田ノブガというのは本当なのですか?」


「もっちろん! このあたしの情報に誤り無しだよ!」


「そうですか……ノブガ…」


 そう言うと、ヤスナはブツブツ呟きながら去って行ってしまった。

 ミツコは声をかけようとするが、自分の世界に入ってしまったヤスナが他者に意識が向くことはほぼありえないので渋々諦める。

 その様子にヨシノは「ぷぷぷ」と笑う。


「ミツコ、今日も振られてやんの~」


「茶化さないでよ、ヨシノ」


「いやぁ、こうも距離を詰められないのを見てると面白くてね。しかも肝心のヤスナは転校生に興味津々みたいだし」


 ヨシノのその言葉を聞いてミツコはズーンと気持ちが暗くなる。


「あはは……私、ヤスナに嫌われてるのかしら」


 本格的に落ち込み始めたミツコを見て、ヨシノは慌ててフォローを入れる。


「ちょ、そんな落ち込まないでよミツコ! 大丈夫だって、ヤスナは人見知りなだけでミツコの事もちゃんと友人として好きだよ!」


「果たしてそうかしら……」


「もう、ミツコったら、少しは自分に自信を持とうよ。ミツコは知らないかもだけど、ミツコの事を好きな女の子はこの学院にはいっぱい居るんだよ」


「顔も知らない非公認ファンクラブの子に好かれてもねぇ……」


 ミツコは大きな溜め息を吐いた後、気合いを入れ直すために自分の頬を二、三度叩く。


「よし、とりあえず少しずつ仲良くなってみせるわ」


「ミツコは可愛いものがホント好きだよね」


「悪いかしら?」


 ジトーッと睨んでくるミツコにヨシノは両手を振る。


「いやいや、そういうのもギャップ萌えなんだなぁと思いましてね」


 ミツコは大の可愛いもの好き。見た目は三白眼で冷たい印象を与えるが、部屋に50を超えるぬいぐるみを配置するぐらい可愛いものが大好きなのである。

 そしてヤスナの見た目はアルビノカラーのツインテール。髪を結う左右の大きなリボンがまるで耳のように映り、それがウサギを連想させるため、ミツコにとってヤスナは超ドストライクな見た目を持つ女の子だったのだ。

 それだけに、ヤスナとクラスが違うのが口惜しい。ヤスナとヨシノが同じクラスなのに対し、ミツコは彼女達の2つ隣のクラスである。


「可愛いは正義、これは真理よ」


「あーはいはい。じゃあまあ、転校生に関する情報をこっちにリークしてくれたら2人が仲良くなれるように上手いことセッティングするからさ」


「……その言葉、忘れたりしないでよ」


「分かってるって」


 ミツコはグッと拳を握り締めて自分のクラスに大股で戻っていった。

 転校生の情報、それだけでヤスナと仲良くなれるチャンスが舞い込んでくるのなら、安いものだとミツコは考えていた。

 しかし、それは間違いだったとミツコはすぐに痛感することになる。




「オレの名は『織田ノブガ』だ。不本意だが、この学び舎に通う事になった。精々、オレにとって利用価値があるような振る舞いをするように心掛けとけよ」


 朝のHR。綺麗な漆黒の髪を1つに纏めたポニーテールを揺らしながら、腕を組んでそう宣言した件の転校生にミツコのクラスの面々は目を見開いた。

 「ククク」と不敵に笑いつつ、胸元で銀色に輝く四つ葉のクローバーの形を模したネックレスが教室の窓から差し込む朝陽によって爛々と輝いている。

 しかしミツコは思わず心の中で「じゃあ帰れ」と呟いてしまった。

 それだけ織田ノブガという存在はミツコにとって好ましくない存在だった。

 とにかく全身から放たれるオレ様オーラ、可愛いげの無い表情と態度。どれを取ってもミツコの好みに合致しない。

 そう思っていると、ノブガはミツコを見るとニヤッと笑った。

 その笑顔にゾクッと悪寒が走ると、ノブガは勝手にミツコの方へと歩く。

 そしてミツコの隣の空席にいきなり座ったのだ。


「気に入った、オレの席はここだ」


 明らかにミツコの方を向いて宣言され、ミツコは顔を歪ませた。

 コイツが隣とか嫌すぎる、と。



「本当に、無理」


 昼休み、ミツコは食堂でヨシノに愚痴を溢していた。

 すっかりやつれた様子のミツコに、思わず乾いた笑い声を出すとヨシノは「まあまあ」と声をかける。


「まだ転校初日だし、ちょっとは大目に見てあげたら?」


「目に余るのよ、行動の1つ1つが! しかもクラスメイトも早々に私を彼女の世話係に任命して逃げるし!!」


「あはは……」


 鬼気迫る表情でこちらに訴えかけくるミツコに同情していると、ヨシノの表情が固まった。

 ミツコの背後にノブガが立っていたのだ。


「おい、ミツコ。学院内の施設を案内しろ」


「え……はあ?!」


 いきなりやってきたノブガにミツコは「なんで私が!!」と叫ぶ。


「オレが頼んだんだ。なら、お前は嬉々としてオレをエスコートするべきだろ」


「意味が分からないわ!」


「ほら、さっさと行くぞ」


「だからこっちの話を聞きなさいったら!!」


 そのまま引き摺られていくように連行されていく友人を見送り、ヨシノの中で「ドナドナ」というメロディが流れた。

 そしてミツコの胃はさらにストレスで蓄積されていくのであった。




〈ミツコ! 今回は私が勝たせてもらうよ!〉


〈ッ!!〉


 それからさらに時間が過ぎて放課後。ミツコは校舎裏のグラウンドを舞台に機動着衣『ヴェスティード』に乗ってフェンシングのような競技をしていた。

 ヴェスティードとは、スペインの宣教師によって日本に伝わってきた人の姿を模した着衣だった。その大きさは約15メートルほど。

 スペインでは女性が『剣闘』と呼ばれるスポーツをする際に用いられるものであるという。

 女性が操縦することを前提にしているため、男性では起動できないように設計されている。

 専用のゴーグルとグローブとブーツを身に着けてコックピットに搭乗する。そして手足をホールドする4つの端末にそれぞれグローブとブーツを通じて接続することでゴーグルにヴェスティードのメインカメラに移る外の視覚情報が共有され、ホールドされた状態で手足を動かすことでヴェスティードの操縦が可能となる。

 現在、2機のヴェスティードによる激しい打ち合いが繰り広げられていた。

 ミツコは相手の懐に入ったが、それは相手も想定済み。

 ミツコが懐に入ったタイミングを見計らって腹部に蹴りを入れる。


〈もらった!〉


〈……まだまだ!!〉


 間一髪、手に持っていた剣で相手の足を弾き、ブースターを噴かせて急速に距離を取る。

 相手は「あと少しだったのに!」と悔しそうな声を漏らす。

 ミツコは相手の動きを再度確認する。互いに得物は剣のみ。

 剣闘で重要なのは如何に互いの間合いで相手の動きを読めるかだ。

 ミツコが戦略を脳内で思い浮かべていると、今度は相手がブースターを噴かせて一気に距離を詰めてくる。


〈そっちが来ないんなら、こっちから行かせてもらうよ!〉


〈っ!?〉


 ミツコは咄嗟に剣を構えて相手の剣撃に備える。しかし、それを見越していたのか相手は持っていた剣を槍投げの要領でミツコのヴェスティードに向けて投げ飛ばした。


〈何っ!!〉


〈今度こそもらった!!〉


 こちらに飛んでくる剣を己の剣で難なく弾くが、同時に相手に向けていた意識が逸れてしまい次の相手の動きを予測できない。

 視線を動かし相手を再度捕捉する。


〈遅い!!〉


 相手は既に弾かれた剣をキャッチしてガラ空きのこちらの頭目掛けて剣を振り下ろそうとしていた。

 ミツコは持ち前の反射神経の良さを活かし、機体を回転させることで一撃を回避しつつ相手の背後に回り込んで首筋に剣先を添える。

 その瞬間、「ピピーッ!」という試合終了を伝えるホイッスルがグラウンドに鳴り響く。


〈……あーあ、また私の負けかぁ〉


〈いや、こっちも正直言ってギリギリだったわ。また腕を上げたわね〉


 互いのヴェスティードは剣を納め、そのまま機動を停止する。コックピットハッチが開き、中からミツコと剣闘部部員の女子が出てきて地面に着地する。

 ミツコはゴーグルを取り外し、自分が操縦していたヴェスティードを見上げた。

 今日の自分の動き、明らかに鈍っていた。原因は言わずもがなであるが。

 イライラする気持ちを抑えて部員に八つ当たりしないように心掛けた結果、ヴェスティードの操縦に支障をきたしてまった。

 これでは自分はまだまだだと反省する。

 ミツコの視線の先には全長15メートルの人型の機体が夕陽を背に佇んでいる。その時、ミツコは思わず声を漏らした。


「あれは……」


 ヴェスティードを見上げた先に視界に映る女学院の屋上。その柵にもたれ掛かるようにこちらを見ている人物を視線が合い、思わず走り出した。

 突然走り出したミツコに、周りの部員達は目を見開いて彼女に声をかける。


「な、どうしたのミツコ?!」


「ちょっと休憩してくるわ!」


 そのままグラウンドから昇降口に移動し校舎内に入る。


「あ、ミツコ!」


 すると、途中で呼び止められる。足を止めて自分を呼び止めた人物に目を向けると、そこにはデジタルカメラを手に持ったヨシノがいた。

 ヨシノは女学院の新聞部の部長であり、デジタルカメラを持っていることから取材中であることが伺える。


「どうしたの、ヨシノ?」


「それはこっちの台詞だよ。今、剣闘部の部活じゃないの?」


「休憩中なの」


「あ、そうなの? だったら色々と取材してもいいかな、剣闘部次期主将の明智ミツコさん?」


「そういう発言はやめてよ。主将を目指して頑張ってる子達に失礼でしょ」


 特に今日のミツコの操縦はとてもお粗末だった。到底主将を名乗れるようなレベルではない。

 ふと、またイライラが腹の底から沸き上がってくるが、ここはグッと我慢する。


「おー、これは失敬失敬。軽はずみだったね」


 「てへへ」と笑うヨシノに対して、ミツコは溜め息を漏らす。決して悪い子ではないのだが、反省の色が見受けられない。

 本当はもっと注意すべきなのだが、ミツコにも用事があるし、何よりも休憩中とは言え長い間部活を空けておくのはまずい。

 早々に用事を済まさなければならない。


「カメラを持ってるってことは取材中でしょ? 私にかまけてていいの?」


「あ、そうだった。じゃあ、ミツコへの取材はまた別の機会にしようかな」


「取材は別に構わないけれど、次期主将の話はNGよ」


「了解でありまーす!」


「……そういえば、これから何の取材に行くの?」


「ヤスナの居る電脳部の取材だよ」


「……そう、ヤスナの」


 電脳部とは平たく言うとコンピューター部のことである。正式名は「電子頭脳部」、主にAIの構築と運用を行っている女学院の数ある部活の中でもかなり奇抜な部の一角だ。

 その名前を耳にしたミツコは少し苦い表情を浮かべる。

 その様子にヨシノは首を傾げる。


「どうしたの、ミツコ?」


「……ううん、別に。なんでもないわ」


「そう? じゃあ、あたしはもう行くね」


「うん、取材頑張ってね」


 ミツコがそう言うと、ヨシノは大きく頷いて電脳部の部室にへと向かった。

 ヨシノの後ろ姿を見ながらミツコは屋上へ再度足を運ぶ。そんな中、ヤスナのことについて考える。

 ヤスナとはヨシノを通じて知り合った。あまり口数が多くなく、人見知りなのか警戒されているようにも思える。歩み寄ろうとしてもその分だけ距離を取られてしまうこともしばしばある。

 ヨシノが居ればまだマシだが、居なければ会話が成立した試しは一度として無い。

 一体、自分の何が悪いのか。確かに周りから相貌がキツイ印象を受けると指摘されることもある。しかし、それだけが理由ではないのかもしれない。

 そしてミツコが苦い表情を浮かべるのには理由がある。

 昼休み中、ヨシノと強制的に別れさせたミツコがノブガを案内している時に遠目でヤスナと目が合ったのだ。

 その時のヤスナはノブガを見て笑顔を浮かべたと思ったらミツコの方を見た際、まるで能面のように冷たい表情でこちらを見ていたのだ。

 その表情が、とても怖かった。自分はまた何か失敗したんだなと自己嫌悪に陥りそうになる程に。

 ミツコはそこまで考えて足を止めた。目の前には屋上への扉。

 一度深呼吸をして気持ちを整え、意を決して扉を開けた。

 屋上は夕陽によってオレンジ色に染まっている。

 そして、そんな中に黒い影が1つ。ミツコは声をかける。


「こんな所で何をしているの、織田さん?」


「……わざわざ来たのか」


 黒く澄んだ長いポニーテールを靡かせて、ミツコに背を向けていたノブガがゆっくりと振り返る。

 夕陽を背にこちらを見る彼女の姿は優雅の一言に尽きる。

 ミツコは今日1日を通して改めて目の前の織田ノブガという少女について考察する。

 彼女の存在を一言で説明するならば、ただただ「不遜」それに尽きる。

 転校初日で早速教科書を忘れ、隣の席のミツコに対して「貸せ」ならまだともかく「よこせ」ときたものだ。体育の授業でで2人1組で組む際もミツコに一方的に突っかかってきて「組むぞ」と言っていたのだ。

 そう、毎回毎回なぜかミツコだけに、だ。おかげでクラスメイトから早々にノブガのお世話係として任命されていた。

 ミツコからしたら迷惑この上ない。先程「わざわざ来たのか」と言ったが、ノブガの表情はとても愉快そうに笑っていた。

 なぜミツコはわざわざ屋上に来たのか、それはグラウンドで目が合った際にアイコンタクトで言われたのだ、「ここへ来い」と。

 ミツコとしては別に無視しても構わなかったのだが、なぜか彼女の言葉には逆らえない不思議な拘束力を感じる。

 ミツコは肩を竦めてノブガに言う。


「呼ばれたような気がしたのだけれど」


「オレは一度も『来い』なんて言ってないぞ」


「そう。なら、私の勘違いだったみたいだからもう部活に戻るわね」


 ミツコがこれ幸いにとノブガに背を向けようとすると、ノブガは「まあ、待てよ」と言ってミツコを呼び止める。


「丁度良い。暇なんだ、話し相手になってくれよ」


「私は暇じゃない」


「オレが暇だって言ったんだ。なら、お前はここでオレの話し相手になるべきだろ」


「……貴方は相変わらず――」


「なあ、ミツコ。あれは一体何なんだ?」


 ノブガはミツコの言葉など特に気にせずにグラウンドで剣闘をしているヴェスティードを指を差す。

 他人の話を一切聞かずに自分の質問をぶつけてくるノブガに溜め息が出そうになるも、冷静に答える。


「あれはヴェスティード。南蛮から伝来した機動着衣で、女性が行う剣闘っていうスポーツに使われるものよ」


「……剣闘ってそんなに面白いのか?」


「まあ、感じ方は人それぞれだから断言はできないけれど、少なくとも私は楽しんでるわ。なに、興味でもあるの?」


「まあ、興味が無いかと言われれば嘘になる。だからこそ、オレはお前が羨ましい」


「え?」


 ノブガは悲しそうでいて少し悔しそうな複雑な表情を浮かべる。

 ミツコはただただ戸惑う。自分の一体何がそんなに羨ましいと言えるのか。

 自分で言って悲しくなるが、ミツコは卓越した反射神経を抜きにすれば割りとどこにでもいる普通の少女だ。そんな自分に、ノブガは何を羨むことがあるのか。


「うちの家は中々に厳しくてな、そういうことをやらせてはくれないんだ。別に跡取りでも何でもないのに、周りの目を気にして、女はお淑やかであるべきだとか自分の価値観を勝手に押し付けてきやがって――」


「……」


「――おっと、悪い。なんか愚痴っちまったな」


 ミツコは無言になり、自嘲気味に笑うノブガに何か声をかけようと思うが上手く言葉が見つからない。

 確かにノブガは言動がかなり粗暴だが、所作の1つ1つに気品さが宿っている。その事から、ノブガが恐らくは上流階級の出であることはミツコも薄々感じていた。

 上流階級の教育はかなり厳しいと聞く。またその人間関係の複雑さも。異母もしくは異父兄弟による権力争いも幼少時から既に始まっているのだとか。噂なので定かではないが、血を分けた兄弟に毒を盛られるのも日常茶飯事なのだとも。

 ノブガの言葉に宿る拘束力は、そういった環境で生き残るために身につけた処世術なのかもしれない。

 普段から傲慢な態度を見せてくる人物が自分にのみ見せた弱さにミツコは戸惑い、なんとか励まそうと思った。

 そんなミツコの気遣いを察知したのか、ノブガは手を横に振る。


「同情はいらねえよ。そんなんじゃ、状況は変わらないからな。どんな時だって、状況を変えるのはあくまで自分なんだから」


 そうニコッと笑って言うと、ミツコの肩をポンと叩いて屋上の扉の方にへと歩む。

 扉を開け、ミツコの方を向かずに言う。


「話し相手になってくれて助かった。もう部活に戻っていいぞ」


「話し相手ぐらいなら、またなってあげてもいいわよ」


「ほう、そりゃあ助かる。なら、これからは遠慮なく話しかけさせてもらうぜ」


「……貴女が遠慮してるところなんて今まで見たことないのだけれど」


「そうだったか?」


 互いにプッと笑い、そのまま2人は分かれた。

 ガシャンと冷たく扉が閉まる音が屋上に響き渡り、ミツコは改めて夕陽色に彩られた空を見上げる。


――オレはお前が羨ましい――


 ノブガがミツコに漏らした本音。だけど解せない。なぜ自分なのか、なぜ彼女はそんなに自分に突っかかってくるのか。

 結局、彼女を取り巻く環境が自分と違いすぎていること以外何も分からないままだ。

 あの感情が入り雑じって苦しそうな彼女の表情が、忘れられない。

 やせ我慢して自分を強く見せているその姿に、なぜか心が乱れる。


「何考えてるのよ、私。迷惑してるのはこっちじゃない」


 答えの出ない問いに辟易して溜め息を漏らすと、ミツコも扉の方へ向かう。

 そろそろ部活に戻ろうと歩みを始めたその瞬間だった。


「っ?!」


 ドオオオオンという地を揺らすような轟音が鳴り響き、ツーンとした火薬の匂いが鼻を刺す。

 思わずその場に崩れ、何が起こったのかと思考が少し停止する。

 やがて聞こえてくる悲鳴に、止まっていた思考が再び動き出す。

 慌てて屋上から見下ろして下の様子を確認すると、三河国当主の家紋が刻まれた戦車隊がこちらに向かってやってくるのが見えた。


「そんな、どうして三河国が……」


 昔から三河国と駿河国は対立しており遠江国は中立の立場として両国の動きを静観していた。だが10年ほど前に三河国が飢饉に襲われた際に駿河国がそれの援助をした。その見返りなのか、駿河国は三河国当主の子供を養子兼人質として引き取る事を要求し、それからと言うもの2国は戦争をすることは無くなり比較的良好な関係を築きつつあった。

 なのに、この事態である。

 それからの事はあまり覚えていない。

 断片的に覚えているのは、あの後すぐにヨシノとヤスナの2人と合流し、3人で手分けして必死に避難誘導をしたこと、逃げ遅れた女子生徒を捜索するためにそのまま女学院に残ったこと。



 ―――――――――――――――――――――――――――。



 三河国の特殊部隊に銃口を突き付けられ、ミツコは意識を現在に戻す。

 自分達を囲っているのは5人。その内、3人は周りを警戒しつつ毒ガス散布のための準備をしつつ、残り2人はこちらに意識を向けている。

 人数的にも、そして男女の体格の差的にも、ミツコ達に太刀打ちできる要素は皆無だった。

 そんな時、ミツコの中でノブガの言葉が響く。


――どんな時だって、状況を変えるのはあくまで自分なんだから――


 この状況を変えられるのは自分のみ、その言葉を信じてミツコは思考を巡らせる。

 1つだけ策を思い付いたのか、ヨシノの方に身を寄せて小声で耳打ちする。


「ねえ、ヨシノ。確か貴女、デジカメ持ってたわよね?」


「う、うん。でも、避難誘導してる時にどこかに落としたみたいで、今は持ってない」


「……っ」


 思わず眉間に皺が寄ってしまう。数少ない選択肢がさらに減ったからだ。

 デジカメのフラッシュを目眩ましとして用いり、体育館倉庫に残された最後の1機であるヴェスティードに3人で搭乗すれば脱出できると考えたのだ。

 どちらにしろ、脱出するためにヴェスティードは必要不可欠だ。

 ヴェスティードの機動性ならば、戦車ですら追撃することは難しい、装甲の薄さが唯一の問題だがミツコは銃撃を全て避けきる自信があった。

 倉庫までは目と鼻の先、一瞬でもいいから彼らの意識がミツコ達から逸れれば一気にこの状況を打破できる。

 すると、ヤスナは声を震わせながら口を開いた。


「どうして、なのですか……?」


「ああ?」


 特殊部隊の隊長はミツコに向けていた銃口をヤスナに変える。

 ヤスナは震えながらも、隊長をキッと睨みながら言う。


「どうして、こんなことをするのですか!!」


「さあな。……おい」


 隊長はヤスナに近づき、ヤスナの顎を掴んでクイッと顔を上げてよく見つめる。

 目を細めて数秒、大きく目を見開く。


「お前…いや、貴女様は――」



「おい、こっちを見ろー」


 隊長が何かを言いかけた瞬間、ノブガの声が体育館に響き渡った。

 特殊部隊全員が声の方向に視線を移すと数回のフラッシュがチカチカ光る。


『うあっ!!』


 特殊部隊5人がフラッシュに狼狽えていると、ノブガはヨシノにデジカメを投げ渡してそのまま走り去る。


「お前らもさっさと逃げろよ!」


「ちょ、織田さん?!」


 ミツコは慌ててノブガを呼ぶ。呼ばれたノブガはミツコに振り返ると「フッ」と笑って体育館倉庫を顎で差す。

 その行動にハッとし、ミツコは呆然としているヨシノとヤスナに声をかける。


「ヨシノ、ヤスナ、私達も今の内に逃げるわよ! 織田さん、貴女も……あれ?」


 既にノブガの姿は無く、仕方ないので2人の腕を掴むとそのまま体育館倉庫に引きずるようにして連れていく。

 狼狽えていた特殊部隊の内、隊長が真っ先に調子を取り戻して他の隊員に指示を出す。


「おい、お前達はさっきのガキを追え! 俺は体育館倉庫の方に行く!」


『りょ、了解!』


 4人はノブガを追い、隊長は1人でミツコ達を追って体育館倉庫に向かう。

 改めて銃を構え、隊長は情報を整理する。


(どういうことだ? 彼女がここに通っているだなんて情報は無かったはずだ。情報伝達のミスか……いや、これはお館様自らによる直接の指示、その線はありえない。ならば、意図的に……? 我々に彼女を始末させるために……)


 銃を握る手に力を籠め、体育館倉庫の扉に触れる。


「それにしても、なんでアイツらはわざわざこんな閉鎖空間に逃げ込んだんだ?」




「ヨシノ、ヤスナ、早く乗って!」


 ミツコは専用のグローブとブーツを装着し、ゴーグルを巻いて視界を合わせる。

 2人は戸惑いながらもミツコの指示に従う。

 少し狭いが、それは多少なりとも我慢していただきたい。


「ミツコ……あの、ノブガは…?」


 コックピットハッチを閉じてシステムを起動しようとすると、ヤスナはミツコに遠慮しながら話しかけてきた。

 ヤスナの方から話しかけてくる事が今まで無かったので、ミツコは驚きながらも答える。


「分からない、気づいた時にはもう居なくなってたわ。ヤスナは、織田さんと知り合いなの?」


「……昔、助けてもらった事があるです」


「そうなの。でも、きっと彼女なら大丈夫よ。それに、脱出する際に見つけたらついでに拾うつもりだし」


「……うん、分かったです」


 ミツコとヤスナは互いに頷く。ミツコは手と足を所定の位置に固定し、音声認識を行う。


「明智ミツコ、ヴェスティード……起動!」


XX(ダブルクロス)システム、起動を確認。ヴェスティード、機動します》


 ヴェスティードのX字状の瞳に光が宿り、ギシンという重い音と共に立ち上がる。


「ヨシノ、ヤスナ、飛ばすからどっかに掴まってて!」


『っ?!』


 ミツコがそう警告すると、ヴェスティードは身を屈めた後にブーストを効かせて急加速する。

 体育館倉庫に置かれていたボール等の用具を吹っ飛ばしながら倉庫の扉を破壊する。


「うおっ?!」


 突如、体育館倉庫から飛び出してきたヴェスティードに隊長は驚愕の声を出して目を丸くする。

 ヴェスティードはそのままブースターによる加速を止めることなく昇降口を目指してホバー走行で去ってしまった。


「な、なんだあれは。……って、呆けてる場合じゃない!!」


 慌てて通信機の電源を点けて校舎外に控えている隊員に命令する。


「そっちに奇妙なカラクリが向かってる! 外に出たところを一斉射撃だ!」


 苛立たし気に通信を切ると、イライラが治まらないのか「クソ!」と叫んで通信機を床に叩きつける。


「悉く、こっちをコケにしやがって!!」


 そこで、地下通路の入り口に目を向ける。先程の騒動のために毒ガス散布がまだ行われていなかった。

 隊長は手榴弾型の毒ガス散布兵器を手に取ると栓を抜いて地下通路に投げ入れた。

 床に叩きつけた通信機を拾って再度通信を入れる。今度はノブガを追っている4人に対して指示を送る。


「おい、お前らもう戻れ。毒ガス散布を開始しろ。……ああ、あの女は放っておけ、どのみちこの学院は完全に包囲しているんだ」


 通信を切ると、毒ガスが広がりつつある地下通路を見つめる。懐からタバコを取り出し、ライターで火を点けてスゥと吸いハァーと一息吐く。


「作戦は完遂する、どんな手を使ってもだ」




 ヴェスティードの瞳を介して伝わる外の様子はゴーグルにのみ映るのでヨシノとヤスナは外の様子が分からず徐々に不安になってくる。

 ヨシノが恐る恐る操縦しているミツコに声をかける。


「ね、ねえ、ミツコ。今、どんな感じ? 外はどうなってるの?」


「……」


 ミツコはヨシノの問いに答えない。時速70キロを超える急加速で校舎内を進んでいるため余所見をしては操縦ミスを引き起こす可能性がある。

 頬を汗が伝う。あっという間に昇降口が見えてきた。

 だが恐らく、外には無数の戦車が控えているはず、砲撃は1発たりとも被弾してはいけない。自分は2人の命を預かっているのだ。


「ごめん、今ちょっと話せない」


「それって……」


 話せないほど外の様子はよっぽど酷いのか、ヨシノは不安な気持ちでいっぱいになる。

 ミツコはそんなヨシノの不安を余所にどのようにして戦車の包囲網を突破するのか考える。

 どうする、一体どうすればいい。

 あくまで視界は真っ直ぐに固定して周りに何か役立つ物が無いか確認する。

 最初に目に入ったのは昇降口に備えられた下駄箱の巨大ロッカー。

 ミツコはすぐにヴェスティードの右足に収納された剣を取り出すと加速の勢いを利用してそのままロッカーを一刀両断して昇降口の外に蹴り飛ばす。

 案の定、ロッカーは砲撃の雨に晒され爆発する。

 その爆発を目眩ましとし、一気に駆け抜ける。

 土地勘のある自分の方が有利だ。

 校舎外に飛び出しすぐにグラウンドへと移動。グラウンドには剣闘部の部活動をしている際に用いたヴェスティードが戦車によって破壊され残骸として転がっており、これ幸いと片っ端から戦車隊の方へと蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされたヴェスティードの残骸に反応して砲撃を放つ音が地面を揺らす。

 そちらに気を取られている内に山にへと潜り込む。

 しかし、既に森に潜んでいた戦車隊に見つかりヴェスティードに狙いを定めて砲撃を開始する。

 砲撃によって木が吹っ飛び、燃え始める。

 徐々に山が火に覆われる。

 ヴェスティードの中も周りの熱によって暑くなっており、ヨシノとヤスナはぐったりしていた。


「うぅ~……暑いです」


 ヤスナが漏らす言葉にミツコは焦る。早く脱出しなければ。

 だが、火の移りが予想以上に速く進路が倒れた木々によって遮られてしまい、中々脱出できない。

 戦車からただ逃げているだけでは囲まれてしまう。ブースターによる加速を維持したままだったせいか、燃料の残量も少ない。

 急カーブによって追撃してくる戦車の方を向くと、まっすぐに突っ込む。


(このまま逃げ続けてもジリ貧になるだけなら、一か八か、やるしかないわ!)


 砲撃してくるタイミングを見計らって持っていた剣を下から振り上げて戦車の砲台を曲げ、正面を向いたまま急速に後退する。

 砲台が曲がったことで発射できず、戦車は暴発した。

 後退したことで暴発に巻き込まれるのを回避しつつ、再び戦車の方にへと前進する。

 走行不能になった戦車を踏み台にし、新たな脱出ルートに切り替える。

 そのままこちらに向かってくる戦車を先程と同様の要領で破壊していく。

 三河国の特殊部隊達は慌てて隊長に通信を入れる。


「隊長、あのカラクリを捕捉できません!」


〈なんだと?! 相手はたかが1機だろうが、何を手間取っている!!〉


「し、しかし機動性が段違いでして、砲撃が当たるどころか砲台を破壊されてしまう始末です!」


〈……クソッ! 見逃すのは癪だが、仕方ない。カラクリは放っておき、お前らは山の裏手にある町と城を占拠しろ!〉


「りょ、了解しました!」


 隊長の命令を受けて、戦車隊はヴェスティードの追撃を中止して山の裏手の城下町にへと向かう。

 追撃が無くなったことを感じつつ、油断せずにそのままの速度で山を下った。



「やった……なんとか、脱出できた……」


 それから気が抜けたのか、女学院からかなり離れた場所にある学生寮の敷地内に到着した所で、ミツコは気絶してしまった。

 目が覚めたのは、それから数時間後の事。

 自室の2段ベッドの下の方に横になっており、ヨシノが甲斐甲斐しく看病していた。


「ん、ヨシノ……?」


「あ、良かったぁ! ミツコ、やっと目を覚ましたよ」


「ここは……」


「学生寮だよ。もう、ミツコったらいきなり倒れちゃうんだもん。あたしとヤスナでここまで運んだんだよ」


「そう、ありがとう……ヤスナは?」


 周りをキョロキョロと確認するが、ヤスナの姿が見当たらない。


「ヤスナなら実家に戻ったよ。ほら、ヤスナの親って駿河国当主の分家でしょ? 今回の三河国の暴挙を報告しに行くんだってさ」


「そう…なの」


 ミツコはとりあえずホッと息を吐く。

 自分は2人を守れたんだ、その安堵で肩の荷が一気に無くなったのが分かる。

 ミツコが穏やかな表情を浮かべていると、ヨシノは少し気まずそうな声で「でもさ」と呟く。


「さっきテレビ点けたんだけど、女学院の辺り、三河国の連中に占拠されたらしいよ。立ち入り禁止だって」


「ッ?!」


 ヨシノの言葉にミツコは驚いて目を見開く。


「ここは女学院から山2つを挟んでるから立ち入り禁止区域からギリギリ外れてるけど、相当危ないよね」


 テレビが点けたままだったらしく、ミツコの耳にもニュースキャスターの声が届く。


〈現在、三河国による被害は安部郡の一部にまで広がっており――〉


「安部郡って……ヤスナの実家がある…」


 ミツコはサァーッと顔が青くなる。果たしてヤスナは無事なのか。

 一部地域に被害が出ていると言うが、どれ程の規模の被害が出ているのか。

 折角落ち着いた心が再び波打つ。

 ヨシノは憔悴した様子のミツコを励ますように声をあげる。


「大丈夫だよ、ミツコ。ヤスナはあれで危機回避能力が高いんだから!」


「でも……」


「ミツコは今日頑張ったんだから、ゆっくり休んで。ね?」


「……」


 布団を掛けられ、横になるようにヤスナに体を押される。それに逆らうことなくベッドに寝て、天井を見つめる。

 時刻が夜10時を廻り、ヨシノが就寝準備を整えて寝入るまで待つ。

 2段ベッドの上の方に登り、やがて「すぴー」という寝息が聞こえてきたのを確認し、ミツコは静かに起き上がる。

 ヨシノを起こさないようにベッドから抜け出し、風に当たろうと扉を開けた。


「よっ!」


 すると、ノブガが扉の前に居た。

 ミツコは目を丸くし、ノブガに詰め寄る。


「お、織田さん! 無事だったのね!」


「おう、お前らが撹乱してくれたおかげで案外楽に逃げられたよ」


「でも、どうしてここに」


「まあ、話は中でしようぜ」


 そう言うと、ノブガはミツコの承諾の言葉を聞かずに部屋にあがった。

 その暴挙にミツコは咄嗟に咎めようとするが、ノブガはミツコの唇に人差し指を当て、「しーっ」と言って寝入ってるヨシノを指差す。

 ヨシノを起こすわけにもいかず、ミツコは渋々ノブガの入室を許す。大変不本意ではあるが。


「それで、何の用?」


 最初に口を開いたのはミツコ。ミツコとしては、早く話を終わらせてノブガを追い出したい。

 ノブガは肩を竦める。


「おいおい、今日約束してくれたじゃねえか。また話し相手になってくれるって」


「時と場合ってものがあるでしょ?! よりにもよって今は三河国が攻めてきてるっていうのに!」


「そうだ、今は三河が駿河に攻め入ってる一大事だ。だからこそ、オレはお前の元を訪れたんだ」


「それって、どういう――」


 ミツコの言葉を待たずに、ノブガはニヤリと口角を上げてミツコに耳打ちをする。



「なあ、ミツコ。オレとお前で反乱を起こさねえか?」

【次回予告】


 一難去ってまた一難。

 突きつけられるは友の命。

 迫る時間はあと僅か。

 行くも行かざるも自分の心。

 進む道は、鬼の道か、蛇の道か――。


 次回、【反乱の狼煙】

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