二、面談
「では、始める」
「は、はい」
妙な緊張感に、思わず背筋が伸びる。
レスティオールは鉛筆を片手に、そんな俺の様子を見て小さく笑った。
「おいおい、そんなに緊張するな。まるで俺がいじめているみたいじゃあないか」
「え、いやいや、そんなつもりは」
「リラックス、リラックス! とりあえず深呼吸でもしてみようか」
「は、はい」
「はい、吸ってー、吐いてー」
レスティオールに言われるまま、何度か深呼吸。落ち着いた頃、レスティオールは満足げに頷き、手元のバインダーに視線を落とした。
「では改めて」
それから、レスティオールによる面談が始まった。
***
「まず、名前を教えてくれるかな」
「白崎吏生です」
「シロサキ・リショウ。ファーストネームはどちらかな」
「あ、吏生の方です」
「リショウ。歳は?」
「十六です」
そう答えた時に、レスティオールがちらりと俺の顔を見た。視線が突き刺さるような感覚がして、もう一度口を開いた。
「あ、えっと……もうすぐ、十七に」
「ああ、誕生日の関係か。ちなみに誕生日は?」
「七月二十日、です」
「そういう感じね。出身国は?」
「日本です」
「ニッポンね、なるほど。職業は」
「学生……ああいや、高校生です」
「家族構成は?」
「父と母と俺、三人家族です」
「ご両親の名前は?」
「父さんが白崎一生、母さんは白崎唯吏」
「……イツキと、ユイリ」
一瞬、レスティオールがわずかに怪訝そうな顔をした。
「あの、何か?」
「ん? ……いや、何でもないさ。続けよう」
再び笑顔を戻し、レスティオールは続ける。
「戦闘の経験は?」
急に質問の毛色が変わった。
「せ、戦闘?」
「ああ。小さな規模のものでも構わないが」
「えっと、……学校の不良とのケンカ程度なら、何度か」
「ケンカ程度なら何度か、ね。武器を使用した経験は?」
「な、ないです」
「……」
「ち、小さい頃にプラスチックのバットを使ったくらい、です」
「なるほど。じゃあ、兵器を使用した経験は?」
「もっとないです!」
なんて物騒な質問をしてくるんだろう。
そんなことを思いながらレスティオールの顔を見たら、少し意外そうな顔をしていた。
「そうか。……では、国を滅ぼした経験は?」
「な、ないです!」
「では、集落を滅ぼした経験は?」
「ないです!」
「規模の大小は問わない、組織を壊滅させた経験は?」
「ありま……あ、えっと、小さい不良グループを一つ……活動停止にしたことは、ある」
「ある、と」
「って言っても、本当に少人数の、それこそ十人くらいの……」
「十人程度ね」
本当に、すべて見透かされているような感じがする。腹が減っているのに、食欲が削られていく感覚だ。
レスティオールから目を逸らしながら腹をさすったら、少しだけ笑われた。
「腹が減ったか?」
「え、あ、はい」
「なら、速めに終わらせて夕食にしよう。俺も少し腹が減った」
へらり、気が抜けるような笑顔でそう言って、レスティオールはまた質問を続ける。
「『世界樹』という言葉に聞き覚えは?」
「えっと、はい」
「どこで聞いた?」
こちらの様子を窺うレスティオールの視線を感じながら、記憶を辿る。
どこかで聞いた覚えはあるが、それはゲームの中だったか、漫画の中だったか。
そうやって何とか記憶を手繰り寄せて、辿り着いた回答は。
「神話だ、神話」
「神話」
「ユグドラシルって名前で、確か北欧神話か何か……アースガルドとか、ミッドガルドとか、いくつかの世界をつないでいるような役割で」
「ふんふん」
「結構、ゲームとか漫画にも出てくるから、先に聞いたのはそっちだと思うけど、元を辿るとそこだ。……あ、です」
「なるほど」
俺の話を聞いたレスティオールは、少し考え込むような仕草をしてから、もう一度俺の顔を見た。
「それだけか?」
「え」
「それ以外に、『世界樹』という言葉を聞いた記憶はないか?」
じっと、心の中を見透かすような視線。もう一度考えてみるけれど、どうしたってそれ以外の記憶がない。
「……わかりません」
知らないかもしれないし、覚えていないだけかもしれない。
そう思いながら小さく首を振ると、レスティオールは再び何かしら考え込んだ後で、納得したように頷いた。
「なるほどな」
そう言って、レスティオールは軽く伸びをした。
「どうやらただの『迷子』だな」
「迷子?」
「こちらに害をなすような危険性もなさそうだし、大人しいし」
ソファから立ち上がって、レスティオールはバインダーを執務机に戻す。それから俺の方を振り向いて、へにゃりと笑って見せた。
「ま、大人しくここまで来る時点で、危険性は皆無に等しいがな」
それから、レスティオールは俺の後ろを通って、ドアの方へ向かう。
「さて、リショウ」
「は、はい」
「今、何が食いたい?」
「へ」
「飯を持ってくるから、ここで一緒に食おう」
「え、一緒に!?」
まさかの、支部長と一緒に夕食。
驚いて目をしばたいていたら、レスティオールは楽しそうにからからと笑って見せた。
「お前も、俺に聞きたいことがあるんだろう」
「あ、」
そこまで見透かされていたのか。支部長、恐るべし。
そんなことを思っていたら、レスティオールは楽しそうな笑顔のまま、続ける。
「食いながら話そう。何が食いたい?」
レスティオールの笑顔に、ぐきゅるるる、盛大に腹が鳴る。
思わず腹を押さえると、レスティオールが長い髪を揺らしながらくつくつと笑った。
「…………は、」
「は?」
「……ハンバーグ、が、食いたいです」
恥ずかしさのあまり、目を逸らしながらそう言うと、レスティオールは小さく噴き出してから、言った。
「ああ、俺もそんな気分だった!」
***
現在地は、依然として支部長室。
「ほら、たくさん食べていいからな」
「あ、ありがとうございます! いただきます!」
にこにこと笑うレスティオールに一度頭を下げてから、ハンバーグに向かって両手を合わせる。さっそくハンバーグを一口。肉の旨味が口の中に広がって、無意識のうちに顔がゆるんだ。
「美味い……幸せ……」
「はっはっは、いやいや、美味そうに食うなぁ」
目の前でからからと笑ってから、レスティオールもハンバーグを口に入れた。そして顔が緩む。レスティオールも美味そうに食う人だ。
「ああ、聞きたいことがあるんだったな」
「ん、ああ、はい」
「何でも聞いていいぞ。答えられることは答えよう」
それは暗に、答えられないことは答えないぞというスタンス。それはなんとなく理解した。
「じゃあまず、ここはいったい何なんですか?」
「……ふむ」
答え方を思案しているのか、レスティオールはハンバーグを一口食って、もぐもぐとしばらく咀嚼したのち、ごくんと飲み込んでから口を開いた。
「ここは『世界の外側』だ」
「世界の、外側?」
「そう。例えて言うと、つまりこういうことだ」
そう言いながら、レスティオールは白飯が入った茶碗を取り上げた。
「この米粒一つ一つに、それぞれ『世界』というものが宿っている。この森は、いわゆるこの茶碗だ」
「……」
「あれ、なおさらわかりにくかった感じか?」
「えっと、つまり……」
レスティオールの例え方と、森という言葉と、自分が見た風景を合わせて、考察する。
「あの樹が、今の説明で言う米粒」
「そうそう」
「森が茶碗」
「そう」
「つまり、あの樹の中に、世界がある……?」
自分で辿り着いた答えを、自信が持てないまま口に出す。
レスティオールはにっこりと笑って、ぐっと親指を立てて見せた。
「そう! つまりそれ!」
「米粒のくだりいらなかったんじゃ」
「でもわかりやすいだろ?」
そう言いながら、レスティオールはなおも茶碗を持ち上げている。
「つまりリショウは、何らかの原因でこの米粒の中からはみ出してしまったデンプンの一粒、みたいなことだな」
「人をデンプンに例えないでください」
だがしかし、つまるところ。
俺はあの森の、おそらく俺が倒れていた場所から一番近くにあったあの樹からはみ出して、この森に落ちてきた存在ということか。
あの樹の内側には、俺が今日まで慣れ親しんできたあの世界があって、そこから見るとこの森は『外側』であるという話。
「あの樹を、俺たちは『世界樹』と呼んでいる」
世界樹。
その言葉に、先ほどの質問を思い出す。
「ここは『世界樹』が群生する場所。――世界の外側、『世界樹の森』」
その真剣な瞳に、思わず息を飲んだ。例え片手に茶碗を持っていたとしても、レスティオールの表情には確かに威厳があった。
「世界樹の、森」
「ああ。そしてこの森を、ひいては世界を管理するために、俺たちがいる」
そう言うと、レスティオールは真剣な顔のまま茶碗を置き、続ける。
「世界樹の森『次元管理委員会』。ここはその西方支部だ」
途方もない話が続いて、呆然としてしまった。
そんな俺の様子を見たレスティオールは、途端に破顔して、楽しそうに笑った。
「まあ、言ってしまえば、森の世話係だよ」
いや、そんな言葉で片付けていいスケールじゃないと思う。