じゃがいもの話
お爺さんがいた。
お爺さんと言っても座して死を待つほど悟ってはいない。
しかし歳月は確実にお爺さんの身体を蝕み、シワの数もいよいよ両の手では間に合わない程度に老いを実感できるような、齢。
お爺さんはクワを持って広大な――その小さな背中で担うにはあまりに広い――ジャガイモ畑に立っていた。
畑のところどころに目印のような棒が突き刺さっていて、お爺さんはのそのそと、それはそれはのん気に、目印の場所を掘り起こしていった。
ごろごろとジャガイモが出てくる。
ごろごろと、決して大きくはないけれど、まるで家族かはたまた友達みたいに仲良くひとところから、ごろごろと。
お爺さんが頑強だったのはもう随分と昔のことだった。
腰にぶら下げたカゴが半分も埋まれば、お爺さんはまたのそのそと、近くの小屋に掘ったジャガイモを置きに行く。
そうやって、数えるほどしかなかった目印の棒が、一本、また一本、そしてようやく最後の一本になった頃には、夕焼けが空を真っ赤に染めて、北の一番星がいよいよ輝き始めようとしていた。
大きくは振りかぶらずに手元で小刻みにクワを動かすお爺さん。
小さなシルエットがあかねの景色に、まるで影絵のように浮かび上がる。
その姿は宝石を探す子供のよう。
夕暮れに気付かず、帰ることも忘れて遊ぶ子供のよう。
お爺さんにはもう、叱ってくれる人も、待っていてくれる人も、いない。
ふいにお爺さんの手が止まった。
クワを手放し、腰を落としてかがみ込んだ。
起伏の多い小さな手のひらで優しく大地を撫でる。
それから両手を伸ばし、大事そうに何かを持ちあげた。
人の頭ほどもありそうな、1つの大きなジャガイモだった。
腰のカゴはまるっきり役には立たず、お爺さんはふらふらとその大きなジャガイモを持って小屋へ向かう。
暮れていく空のもと、畑にぽつんと置かれたクワが寂しく光った。
ボッ、ボッ、ボッ……
お爺さんよりも幾分“がた”のきているトラックが黒い煙を吐きながら小屋を後にした。
ボッ、ボッ、ボッ、ボフン、ボッ、ボフン……
どこか楽しげにガタガタと揺れている。
お爺さんは明日もきっと来るだろう。
今日が終わる。
最後の陽がまっすぐと横にのびて小さな小屋に差し込む。
小さなジャガイモがごろごろと。
ごろごろと、身を寄せ合い支え合い、団欒の輪。
その輪の真ん中に、ひときわ大きいジャガイモがいた。
彼は、独りではない。
一番星が煌々と輝いている。