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1-(3)

 『魔族』と『魔物』では、厳密には意味が異なる。

 『魔族』とは人間に非常によく似た生物種で、人間と異なるのは魔法が使えるということ。『魔物』とは、『魔族』以外で体内に魔力を有しているとされる生物群の総称である。古来より、魔族は魔物達を使役し、生活や戦争などに利用してきたと伝えられている。それらの魔物達の生態系は、現在でも謎につつまれた部分が多い。

 しかし、魔族とは異なり、一般的に魔物は魔法が使えない。かつて存在したとされる、ドラゴン種は魔法を使うばかりか、人間の言葉も理解できたと伝えられているが、そのドラゴン達も現在では化石でしか存在しない。魔法という明確な証拠がないため、魔物という種の学識的な区分は非常に曖昧なものである。

 したがって、魔物という種は、一般的に定着している愛称のようなものである。だが、一方で魔物という種には、他の生物とは違う明らかな特徴があった。

 魔物は、魔族同様に、魔力に染められた真っ赤な瞳を持つ。

 その深い真紅の瞳に睨まれ、キララは身を震わせた。

〝うわぁ……〟

「うわぁ……」

 間近で見る魔物の迫力に、ミルも感嘆の声を上げている。

 青灰色の大きな体躯と赤い眼、鋭い牙と角を持つ姿は、誰にでもドラゴンと遭遇したような印象を与える。目の前に佇む魔物は、成人男性をひとまわりほど大きくしたようなサイズであり、化石・伝承から見るドラゴンとは、ふたまわりも縮小したサイズなのだが、博物館の化石や絵画とは違い本物の『魔物』を思わせる迫力がそこにはあった。

「これだけ近くで見るのは初めてじゃな」

 リッターも感心したように呟いた。

「ドラゴンなのですか?」

 アカネの質問に対して、クレイグは首を横に振って答えた。

「いや、ドラゴンではない。学識名は【泥頁竜(でいけつりゅう)】通称『セラドン』と呼ばれる種で、こいつらはエリュクフィル地方にのみ生育するスレイトセラドンだ。唯一のドラゴンの子孫だと言われているが、セラドンは哺乳類だよ」

「ドラゴンは爬虫類?」

 ミルの質問にもクレイグは順に答えていく。

「恐竜は大型爬虫類に分類されているから、おそらくドラゴンもそうだろうと考えられている。化石の研究からも、ドラゴンはとても恐竜に近い生き物だと考えられているが、このセラドンの研究をしていると、ドラゴンはドラゴンという別の類に分けるべきだと私は思う。ドラゴンは、なんと言っても魔物の祖だからね」

 今から二億年前、世界中で栄えたというドラゴン種。このドラゴンこそが最古の魔物であり、全ての魔物の始祖と認知されている。しかし、現存する魔物は、セラドンのような哺乳類もいれば、ドラゴンとは全く姿が異なる魚類の中にも存在する。全てがドラゴンから進化したとは考えられない。

「祖とは言われているが、魔物達の存在は進化生態学からすれば極めて異常な生き物だよ」

 ミッシングリンクの先に、突如姿を現す魔物達。ただ単に、まだ中間型化石が発見されていないだけという可能性もあるが、それだけでは説明できない進化連鎖間の空白期間が存在する。

「魔族も、ドラゴンなのですか?」

「いや、一部のいかれた連中は、魔族を竜人などと呼んでいるが。魔族は間違いなく人類だよ。我々と同じだ」

 数百年前に姿を消したと言われる魔族達。しかし、彼らは人間であり、大きな力と知恵を持つ魔物達の王である。絶滅したとは考えられていない。

「人の世に紛れて生活していると言われているが……」

「魔族がおるなら、是非会ってみたいのぉ。私の余生の夢は、彼らに会うことじゃ」

「リッター博士、余生というにはまだまだお早いですよ。研究の第一線で功績を残していらっしゃるというのに」

 リッターの言葉に、クレイグは尊敬の念を込めて話す。アカネ達からすれば、リッターはまるで手の届かない神のような存在である。

 そんな偉大な人物が、自分の研究に興味を示してくれている。そのことにアカネは誇らしくなるとともに、少しだけおもはゆい気持ちがして顔を伏せた。

「このセラドン達は、何を食べるんですか?」

「基本は肉食ですね。しかし、気位が高いのか、野生の成熟したセラドンは我々の与える食事には全く手を出さない。むしろ、こちらが食べられそうになるほど」

 クレイグがそこまで話したところで、ミルは檻の隙間からセラドンに伸ばそうとしていた手を慌てて引っ込めた。

「ほほう、ヒトも食べるのか?」

「食べますね。好んで襲うことはしませんが。ただ、このセラドン達は、生まれた時からここにいるので、ヒトを襲うことはありませんよ」

 リッターとクレイグが話をしている間に、ミルがアカネに小声で話しかけてきた。

「ねぇ、キララのこと、聞いてみるの?」

「うん、そのつもりなんだけど」

 近くにいた学生の男性研究員をつかまえて、聞いてみることにした。

「すみません、少しお聞きしたいことがあるのですが」

「これって何?」

 ミルは両手で掴んでキララを差し出した。

〝よぉ!〟

 白い生き物は、ピンと耳を動かした。

「森で見つけたのですが、何という種の生き物なのかわからなくて」

 男性研究員は不思議そうな顔でキララの赤い目を覗きこむ。美しい白銀の毛並みにセラドンと同様に濃い深紅の瞳。しばらくして、研究員は驚きの声をあげた。

「ま、まさか!」

 慌ててクレイグを呼ぶ。

「せ、先生! こ、これを見てください!」

 何事だと、リッターと一緒に話していたクレイグがこちらを振り返る。

 リッターとの会話を中断され顰め面をするクレイグ。だが、キララを目に捉えて、その瞬間、彼は目の色を変えた。

「こ、これは! もはや絶滅したものだと思っていたが……」

 食い入る様にキララを見つめる。女の子達の視線や、ミルのお金の絡んだ恐い視線とも違う、研究者による好奇の視線に見つめられ、キララは身震いした。

「クレイグ先生、知ってるんですか?」

「あ、ああ、こいつは【白鴒獣(はくれいじゅう)】という生き物だ。私も絵でしか見たことがないぞ」

「ほっほぅ! これが白鴒獣なのか!」

 リッターも名前を聞いて驚きの声をあげる。

「博士、ご存じなのですか?」

「いや、わしは名前くらいしか知らんよ。かつて『蘇芳の魔王』に仕えた魔物であり、過去に絶滅したと」

「どういう生き物なのですか? 図書館の本で調べても、何も分からなかったのですが」

 アカネの言葉に、クレイグは頷いて話し始めた。

「普通の本では、調べても載っていないかもしれない。すでに絶滅したとされているし、なによりこの白鴒獣は、教会のブラックリストに載っているからな。宗教関連の研究資料の方が、よっぽど詳しいかもしれない」

「宗教関連の資料ですか」

 さすがにそこまではアカネも調べていない。

「ブラックリストって……なんでコレが邪悪なんだろ?」

 ミルがキララを見ながら言う。大人しいこの生き物を見て、アカネも不思議に思った。なぜ、この美しい白鴒獣に悪魔の烙印が押されているのか。

「おそらく、この赤い目が原因なのだろう。この国の人間は、赤目の生き物に対して、あまりいい感情を抱いていないからな」

 そう言って、クレイグは気の毒だという表情で顔を伏せた。

 それはイシュチェル教会の神話に由来する。神の使者であるイシュチェルは人間達を率いて、赤目の魔族とその眷属であるセラドン達を一掃したといわれている。赤目は神に反する者達の一つの特徴なのだ。

 アカネの方を少しだけ伺うようにしてクレイグは話す。

「大陸の南では珍しくないとはいえ、アカネさんには辛いことかもしれないが、この国の人間達には赤目の者を嫌う習慣が根強く残っている」

 それはキララも気づいていた。

 アカネのことをあまり快く思っていない生徒は多い。そんなアカネに少しでも好印象を与えられるならと、アカネのペットとしてキララは大いに愛想をふりまいてきた。

 しかし、生徒達はアカネをただ毛嫌いしているだけではないような気がした。

 キララはアカネの優しい赤の瞳が少しだけ悲しみに歪んでいるのを感じた。

 嫌われているのはアカネのような大陸南の出身者だけでなく、泥頁竜セラドンやこの白鴒獣までもが迫害を受けているということが、アカネには何より悲しかった。

「まぁ、それだけの理由で白鴒獣が絶滅に追い込まれたわけではない。一番の問題は、密猟にある」

「密猟?」

「これだけ美しい毛並みを持つ生き物だからな。毛皮は高く売れるし、ペットとしての愛玩性もある。見るに見かねた教会が猟の禁止をしても、狩りを行う者は一向に減らなかった。こうして白鴒獣は絶滅に追いやられ、歴史からはその姿を消した」

「が、絶滅したと思われた白鴒獣はこうして生き延びていたと」

「そう! うわ~、これは感動だなぁ~」

 年甲斐もなくはしゃぐクレイグを前に、ミルの腕の中で、キララはエヘンと胸を張る。

「おまえさん達、白鴒獣をどこで見つけてきたのじゃ?」

 リッターがアカネ達に尋ねる。ミルはアカネに視線を促し、彼女は迷ったように、恐る恐る答えを告げる。

「裏の森で、他の動物に襲われているところを保護したのですが……」

「ふむ……」

 どちらかというと深刻な顔でリッターは頷いた。

「二人は、他の人にこの白鴒獣のことを話したかい?」

 クレイグの言葉には首を横に振る。

「いいえ。ペットを連れていることが知られればあまり良い顔はされないので、先生方にはもちろん、寮も同じ階の子達以外には……」

 と話しつつ、アカネはミルをジロリと睨む。冷や汗を隠して、ミルは慌てて首を横に振る。ミルも寮生以外にはまだ口外していない。調べようにも種類が分からなかったので、種別が判明したこの後に実家へ連絡して相場を調べようとしていたことは秘密である。

「そうか」

 クレイグも難しそうに頷いた。

 同じく困ったような顔をするアカネに対して、ミルは首を傾げる。

「どういうこと?」

 意味を理解していないキララも、キョトンとアカネを見つめている。

「ミル。今、いくらで売れるかなって考えたでしょ?」

「ぎくっ」

 ビクッとキララは体を震わせる。

「つまり、そういうことだよ」

 絶滅したとされる生物種が生存していたのだから、その価値は計り知れない。

「コレクターでなくても、それの専門じゃない僕でさえ喉から手が出るくらいおしい研究素材だよ」

 白鴒獣の存在が世に知られれば、再び密漁などが横行することになるだろう。

 事態の深刻さに気付いたキララは、サーっと顔色を変えた。

「ク、クレイグ先生は!」

 慌てるミルに、クレイグは落ち着いたように話す。

「僕達の方は心配ないよ。ここはあくまで、動物の保護を考える研究部門だからね。絶滅の危機を招くようなことは絶対にしない」

 そういうこともあり、先生方の中でもペットを飼うことに比較的寛容なクレイグだからこそ、アカネはキララのことを相談することができたのだ。

「ほっほっ、わしは最近、ちと忘れっぽくなっておってのぉ」

 リッターも口外する気はないようだ。

 ひとまずアカネ達はホッと胸を撫で下ろす。

「しかし、おしいな。学会で発表すれば、一躍有名になれるというのに」

 ポロリと洩れるクレイグの本音にアカネ達もギョッとするが、「先生、ダメです!」と他の研究員にも窘められる。

「白鴒獣は何を食べるんだ?」

「雑食で、何でも食べる。生魚は食べたけど、生肉はあんまり食べなかった。焼いて焼肉のたれつけたら、喜んで食べてた」

 そんなのやってたの? という、アカネの視線は無視してミルは話す。白鴒獣はなかなかにグルメな生き物のようだ。

「ほう、セラドンとは生態がまた異なるようだな。セラドンは基本的に肉食で、野菜や果物はほとんど食べない。そういえば、セラドンの健康食として開発されたクッキーのような食べ物があるが、食べさせてみるか」

 クレイグはとり出したセラドン用の餌をキララに近づけた。

 しかし、予想に反して、キララは見向きもしなかった。

「……あれ?」

 疑問の声をあげたのはミル。食べ物と聞けば飛びついてくるキララが何も反応を示さないのが不思議だった。

 キララは、何かをジッと見つめていた。

 違和感に気づき、ミルはアカネの方を見ると、彼女もまたキララと同じ方向を見つめていた。

「ア、アカネ……?」

 アカネは牢屋の奥の、セラドンの一匹を見つめていた。先ほどまで、他のセラドン達と同じように大人しくしていた一匹は、呻くように首を振っている。

 どこか様子がおかしかった。

 彼女達の視線を追い、事態に気付いたクレイグは小さく舌打ちをした。

「くそっ、またか!」

 他の部屋からも研究員を呼び出し、最初からいた男性研究員が牢屋の中へと入りセラドンを取り押さえようと試みる。他のセラドン達は、その様子がおかしくなった一匹をまるで威嚇するように距離を取り睨みつけている。

「これはどうしたのじゃ?」

 一人冷静な声を発したリッターに気づき、慌ててクライグが弁解する。

「発作……みたいなものでしょうか。我々もよくわかっていないのですが、ここ最近、このように体調を崩す個体がいるのです」

「何かの病気なのか?」

「いえ、病気の類とも考えられませんし、何より数十年飼育を続けてきて、これまでに全く記録にない症状なのです。体調不良もなく、突然あのように苦しみ始めるのです」

「多くの個体が同じ症状を示すならば、感染症などが疑わしいが……」

「この研究室で飼育している他の生物では発作がないことから、セラドン特有の病気ということも考えられますが」

 研究員達は暴れるセラドンを取り押さえようとするが、なかなか落ち着かない。むしろ、呻くような声は徐々に大きくなり、やがて悲鳴のような鳴き声をあげ始める。

「これは……」

 鳴き後に比例して、暴れ狂う力も強くなり、ついには研究員達が大きく吹き飛ばされた。

 大きく広げた翼は天井や壁にぶつかるが、それさえも気づいていないように呻き続ける。

「まずい! これほど激しい発作は初めてだぞ!」

 発作を引き起こしていない他のセラドン達も逃げるように慌て始めた。幸い、同じ牢屋に入っていた他のセラドン達は皆先に他の牢屋へと引き離されている。地下の階層はあちこちから聞こえるセラドン達の鳴き声によって、より一層の騒がしくなる。

「いつもなら、すぐに大人しくなるのだが……」

「何か落ち着かせる方法は?」

 アカネが聞くが、クレイグは首を横に振る。

「原因も分からないのに、有効な手もないですよ。せいぜい取り押さえて鎮静剤を打つぐらいしか」

 人より二まわりも大きな巨体をどのようにして押さえれば良いのか。

「くそ! おい、緊急時用の装備を持ってこい!」

 クレイグが若い研究員に指示を出す。

 周囲には、セラドン達の鳴き声を聞いて駆けつけてきた他の研究室の先生方や、野次馬が増えてきている。

 その時、突然キララが走り出し、鉄格子の中へと飛び込んだ。

 驚いたミル達だったが、その後に続くように駆け込んだアカネを見て、慌てて声をあげた。

「アカネ!」

 他の研究員達の静止の声もふり切って、アカネはセラドンと対峙するキララのもとへ駆けつける。

 キララを抱き上げると、キララはアカネの腕を伝って肩へとまわり、セラドンへ威嚇を始めた。

 セラドンは大きく翼を広げ、アカネ達へ向けて威嚇をするが、その赤い瞳にはアカネ達の姿を捉えきれていないようだった。頭痛に顔をしかめるように、セラドンは表情を歪ませ頭を振る。

 研究員達も近づくことができず、遠巻きに様子を伺う。

「アカネさん、戻るんじゃ!」

 リッターが叫ぶ。クレイグはアカネの元へ駆け寄ろうとした。しかし、彼がアカネの手を引く直前、セラドンの一際大きな鳴き声によって歩みは阻まれる。他の生き物ではありえない、目には見えない魔族の大きな威圧感を感じて思わず足が竦む。

 ひとしきり叫んだ後、セラドンは大きく息を吐いた。

 深い深い溜息、腹の底から轟くような唸り声と共に、口の端からは僅かな炎が漏れた。

「なん、だと……!」

 吐き出されたのは、微かな火炎。それだけでは焚き火の種火にもならないような、僅かに瞬いた小さな炎。それを見てクレイグ達研究員は驚きの声をあげる。

「そんな馬鹿な!」

「セラドンが火を吹くだって!?」

「これまで、セラドンが炎を吹いたことはないのか?」

「ありませんよ! そんなことがもし起こっていれば、この学校は数十回は大火事になってます」

 リッターの問いに興奮した様子で答えたクレイグは、アカネを呼び戻すことも忘れて、他の研究員達に再び指示を出す。

「おい、消火器を持って来い! 消防局にも連絡だ! それから、その個体を絶対に傷つけるな!」

 牢屋の外にいた研究員達は慌てて動き出す。中でセラドンを取り押さえようとしていた研究員達は、ただただ目前に存在する魔物の恐怖に顔を引きつらせている。指示がなくても、身を挺して取り押さえる気力はないようだった。

 叫ぶのを止め、やや落ち着いた様子を見せるセラドンだったが、その深く赤い瞳にはより強い眼光が宿っている。その強い眼差しに睨まれ、クレイグ達は身を引くが、アカネは一歩も動かなかった。

〝アカネ、逃げろ!〟

 しかし、アカネは引こうともしない。

 キララはただただセラドン以上の眼光をもって、小さな赤い瞳で睨みつけた。

 アカネは、そのセラドンの瞳に恐怖を感じなかった。

 一歩、また一歩とセラドンへと近づく。

 セラドンはまた息を吸い、呻くように頭を振った。

「いけない!」

 気付いた瞬間、アカネはセラドンの胸元へ飛び込んだ。

 誰かがあっと声を上げる間もなく、アカネはセラドンの大きな頭を腕で抱え込んだ。

 そして……。

 研究員の僅か横を、セラドンの大きな火炎が襲った。先ほどとは比べ物にならないほど大きな、人一人を軽々と焼いてしまいそうな激しい炎。灼熱の輝きを放ちながらも、吐息のようにとても静かな火。

 一瞬で熱が過ぎると、そこは原型も残さず真っ黒になった炭と石壁が現われた。

 遅れて悲鳴が上がった。

 すぐ横で難を逃れた研究員の男性は、悲鳴を上げることも忘れてズルズルと牢屋の床にへたり込んだ。

 檻の外は混乱する。

 しかし、セラドンは落ち着き始めていた。アカネに頭を押さえつけられながらも、暴れることなく静かに息を整えている。

「大丈夫、だから。落ち着いて……」

 アカネは、セラドンの瞳に敵意が無いことを感じていた。瞳に映るのは、腕から伝わる僅かな鼓動は、怯え、戸惑いを見せる森の小動物達と何も変わらない。抱きしめていると、少しずつ落ち着いていくのを感じる。肩の上で威嚇を続けていたキララには、何も心配ないよと頬を傾ける。

 徐々に、あたりは静まり返っていった。

 他のセラドン達は落ち着き、アカネに抱かれる一匹も元の瞳の色を取り戻し始めていた。

 そして、大人しくなったセラドンを見つめながら、頭ではなくその個体のお腹の方に手を当てながら、アカネは静かに告げた。

「クレイグ先生。この子は……このセラドンは、妊娠しています」

「……なんだって?!」

 クレイグの驚いた声に、地下の階層は一気にざわざわとした人のざわめきが戻ってきた。

 周囲のセラドン達も落ち着きを取り戻し、発作を起こしたセラドンもアカネに頬を擦り寄せた後、身じろぎするように羽を動かす。

 しかし、そのセラドンがアカネの手を離れた後も、檻の中には誰も近寄ろうとはしなかった。クレイグも驚いた様子のまま固まっている。

 アカネ達に近づく者はいなかった。

 ミルでさえ、声をかけることができなかった。

 囁き合うのは、発作を起こしたセラドンのことではない。

 魔物を宥める赤い目をした彼女のこと。

「あの子は、いったい……」

「魔物を手懐ける……」

「赤い髪と瞳の……」

 キララは気がついた。

 アカネを取り巻くのは、田舎者に対するいじめでも、お金のない弱者に対するいびりでもない。腫れ物にでもさわるような、未知のものに対する恐怖だった。

 遠巻きに見つめるミルの目にも、セラドンを手懐け、キララを肩に乗せた赤い髪の彼女の姿は、魔族そのものに見えた。




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