恋の弊害
夜の8時過ぎの海は、暗くて、波の音だけが静かに響いている。都会から車で1時間くらいする海に、美加は憂さ晴らしのようにやってきた。波音が虚しく心に突き刺してくる。むしゃくしゃしている気分が落ち着かせることできない。涙も一滴も出ることはなかった。
1週間前、「もう、別れたい。」と健二に別れを告げられた。健二を問い詰めたとしても、もう関係性が修復できないのだろう。素直に別れを受け入れてしまうのも美加の悪い癖だった。
どうしても納得できないし。悔しさと虚しさが混合していく。
電話がなり出ると、親友の亜沙美からだった。
『健二と別れたんだって?まあ、あんたが重いからでしょうけど」
「どこが重いの?」
『何も気づけない。そういうところじゃないの』
亜沙美は具体的には教えてくれなかった。ため息をついて、亜沙美から電話が切った。
どこが重いのだろう。食事も健二のために栄養が偏らないように、ビタミンやミネラルを豊富にした。タンパク質が不足しないように、魚やお肉にもこだわった。洗濯物も掃除も毎日して、健二が快適に過ごせるように努力した。健二が友達と出かけることも許した。それのどこが重いのだろう。この気持ちをどうやったら、解消できるのだろう。今まで恋愛でも、いつも、突然、別れを告げられる。なぜ別れたいなど、理由もはっきり言ってもらえず、「別れたい」の一言で、関係性が終わってしまう。
車内で突然涙が溢れるように出てきた。スマホが鳴って、メッセージが届いてと画面に表示され、『近くに来てるなら、お店においで』と、お母さんの妹である叔母の成海からだった。
そういえば、この海の近くに成海さんが経営する小料理屋『カノン』があった。美加は誰かと話したい気持ちもあったので、エンジンをかけて、店へと向かった。
静かな店構えの『カノン』の扉を行くと、暖簾が出ていないかった。店のドアが開いて、「いらっしゃい。入って」と割烹着姿の成海が笑顔で迎えれた。8人くらいが座れるカウンター席のみの店内に、奥に男性1人が座っていた。暖簾が片づているので、店を閉めたのだと思っていたので、客がいることに驚いた。
「どこでもいいから、座って」
「うん」といって、男性の近くはちょっと気が引けたので、カウンター席の中央らへんに座った。
いつも賑わっている店だったが、今日は静かな店内で、これもこれで心地がいい。
「ビールでいい?」
「車で来たからお酒は飲めない」
「じゃあ、ウーロン茶にする?」
「うん。お願い」
店を閉めたはずなのに、男性がいることに美加は不思議でソワソワしてしまっていた。
「どうぞ」
成海がウーロン茶を置いた。
「そういえば、なんで、私が海にいると思ったの?」
「えっ、男と別れたって亜沙美ちゃんから聞いて、別れて1週間したから、海にいるのかなと思って、適当に連絡してみた」
「なんで?」
「美加って、いつも男と別れて、1週間したら、海に行く傾向があったから」
「そうかな」
成海さんは笑って、スーツを着た男性に、料理を出している。
「ああ、美加。こちら、黒木くん。で、この子は姪の美加ね」と紹介されて、美加と黒木は2席離れた距離で、お互いに会釈であいさつした。
「黒木くん、美加はどう?」
「どうしたの?成海さん」
美加が慌てて、2人を交互に見る。成海は平然としているし、黒木も驚いてはいなかった。
「重そうですね」
なんで、見ず知らずの男にこんなことを言われないといけないんだ。
「そうですかね」怒りを押し殺すように、低い声で言った。
「黒木くんは美加と同じ25歳で、エンジニアの仕事をしているの」
成海は話をそらすように、言っているが、不穏な空気が流れた。
「仕事も恋愛も充実していますってかんじですね」
「そうですかね。まあ、どちらも大切にはしていますが」
人のことを何も知らないくせに、怒りを買うことを平然と言ってくる男に、美加はイライラしてくる。
「いつも、成海さんから聞いているので、ちょっと気になって」畳みかけるように、黒木は美加に言葉を放っていく。
美加はムカつて、ウーロン茶をがぶ飲みして「ごめん、成海ちゃん帰るわ」というと、「そういうところですよね。自分は今不機嫌ですとあからさまに態度で出して、ご機嫌取りをさせようとするとことが、面倒くさいですよね」
「あなたって、何なんですか」
今日、初めて会った人間に言われる筋合いはない。
「黒木くん、言い過ぎ。」
「こういう勘違い女を見ていると腹がたってくるんで」
「飲みすぎだよ。黒木くん、それ食べたら、もう帰ってくれない」
「えっ、何でですか?その女が悪いでしょう」
「かわいい姪に、そんなこと言い方されたくないのよ。早く帰ってくれない」
「でも、いつも、恋愛が下手だって、成海さんも言ってるんじゃないですか」
「ほんと、ごめん帰って。」
黒木は料理を思いっきり口に含んで食べて、不満げ支払いを済ませて、美加を軽く睨んで帰っていった。
「ごめんね。美加。あんな言い方するとは思っていなくて」
「別に、いいけど…」
「黒木くんが、理屈っぽい人だと思わなかったわ。いつも言葉数が少なくて、誠実そうにみえたのに…」
成海は、少しやつれた表情をしていた。
「どうぞ、豚の角煮」と美加の好物を出してくれた。
「次は、健二よりいい男と付き合いなさい」と成海さんは、気持ちを切り替えるように言った。
亜沙美から、黒木はどうだったとメッセージが来た。「最悪だった」と返した。「あんたは、選びすぎだから」と返事が来た。
もしかして、成海さんは、美加と黒木を付き合わせるために、店に呼んだのかもしれない。黒木の弊害には気付かなかったみたいだった。




