無自覚聖人の俺、助けた元詐欺師と元ヤンに依存されているのに気づかない
「あ、すいません! 落としましたよ!」
駅前のロータリー。俺――湊は、全力疾走で前を歩く男の肩を叩いた。
振り返ったのは、顔に立派な傷があり、どう見ても「その筋」の職業に就いていそうな強面の男だった。彼は鋭い眼光で俺を睨みつける。普通なら目を逸らして逃げ出す場面だが、俺は笑顔で彼の手に分厚い長財布を押し付けた。
「これ、そこのベンチに落ちてました。間に合ってよかったです」
「……おい、 お前、これ中身見たのか?」
「いえ、開けてません。でも、大切なものですよね。見つかってよかったですね! じゃ、俺は学校があるので!」
ペコリと頭を下げて、再び駅へ向かって走り出す。
背後で、強面の男が「……マジかよ。今時、こんな真っ白なガキがいんのか……」と震える声で呟き、なぜか俺に向かって深々と一礼したような気がしたが、遅刻しそうだったので振り返らなかった。
昔からそうだ。
俺にとって「人に親切にする」というのは、息を吸って吐くのと同じくらい自然なことだ。
困っている人がいれば助ける。騙されそうになっている人がいれば割って入る。悪意を向けられても、「この人も何か辛いことがあったんだな」と勝手に同情して、温かいお茶を差し出してしまう。
その結果、俺の周りには「なぜか急に足を洗って真面目に働き始めた元・不良」や、「田舎に帰って農業を始めた元・詐欺師」が続出しているらしい。
よくわからないが、みんなが幸せになるならそれが一番だ。
ただ、一つだけ問題がある。
最近、俺の平穏な日常に、二人の「自称・彼女」が居座るようになってしまったのだ。
☆☆☆☆☆
「湊くん。今日の放課後ですが、駅前の募金活動に参加しようとしていませんか?」
昼休みの教室。
俺の机の前にスッと現れたのは、クラスメイトの香奈だった。
艶やかな黒髪に、透き通るような白い肌。おしとやかで成績優秀な彼女は、学園でも高嶺の花として有名だ。
「あれ、なんで知ってるの? うん、ちょっと人手が足りないってSNSで見てさ」
「駄目です。あれはダミー団体が運営している詐欺行為です。裏口で資金が洗浄される仕組みになっています」
「えっ、そうなの!?」
「はい。ですから、放課後は私と一緒に過ごしてください。……私たち、付き合っているんですから」
香奈は、周囲の男子に聞こえよがしにそう言いながら、俺のスケジュール帳を没収した。
彼女は最近、こうやって俺の行動を徹底的に管理してくる。変な団体や怪しい人物が俺に近づかないよう、事前にすべてブロックしてくれるのだ。
付き合っている、というのは彼女が周りの人間を牽制するためについた嘘だ(と俺は思っている)。
なにせ、俺のようなモブ同然の男と、学園一の美少女が釣り合うわけがない。きっと彼女も俺と同じように「困っている人(=俺)を放っておけないお人好し」なのだろう。
(香奈は本当に優しいなぁ……)
俺は能天気に感動していた。
しかし、俺は知らない。
彼女・香奈の正体が、かつて裏社会で「天才」と恐れられた超一流の結婚詐欺師であることを。
そして、数ヶ月前に俺をターゲットにして全財産を巻き上げようとした際、俺が「君の抱えている借金、俺も一緒に返すから! 辛かったね!」と本気で涙を流して抱きしめた結果、彼女の情緒が完全に破壊されてしまったことを。
今や彼女は、その詐欺師としての類まれなる情報網と手腕をすべて「湊を他の悪意から守る(そして独占する)」ためにフル稼働させているのだ。
「いいですか、湊くん。あなたは無防備すぎます。私がいないと、すぐに臓器まで寄付しかねないんですから」
「ははは、いくらなんでもそこまではしないよ。香奈、いつもありがとうね」
「……っ! そうやって、すぐ無自覚に人を丸め込もうとする……!」
香奈はなぜか顔を真っ赤にして、口元を両手で覆った。
やっぱり彼女は、少し照れ屋で可愛い普通の女の子だ。
☆☆☆☆☆
「ちょっと待ったぁああああ!!」
教室のドアを蹴破るような勢いで入ってきたのは、金髪に派手なアクセサリーをじゃらじゃらとつけたギャル、凛花だった。
彼女は一直線に俺の席までやってくると、雫と俺の間に割って入った。
「香奈! テメェまたアタシの湊に手ぇ出そうとしてんな!?」
「手など出していません。湊くんの危機管理をしているだけです。野蛮なあなたとは違いますので」
「あン!? 危機管理ならアタシの拳一つで十分だっつーの!」
バチバチと火花を散らす二人。
凛花は別のクラスの生徒だが、こうして頻繁に俺の教室にやってくる。
「湊! 今日は駅前に、他校のヤバい連中がたむろしてるって情報が入った。だから帰りはアタシが護衛してやる。文句ねーな!」
「凛花、護衛って……大げさだよ。それに、他校の人たちだって、話せばきっとわかってくれるさ」
「お前はそういう思考回路だから危なっかしいんだよ! いいからアタシの後ろ歩いてろ!」
凛花はドンと胸を叩く。
彼女は昔、ちょっとだけ素行が悪かったらしい。でも、ある日雨の中でずぶ濡れになっていた彼女に、俺が傘と肉まんを押し付けた日から、すっかり「気のいい世話焼きギャル」になってくれた。
だが、当然俺は知らない。
凛花が単なる「素行の悪いギャル」ではなく、近隣の不良チームを束ねていた伝説の女ヘッドであったことを。
そして、俺が差し出した肉まん一つで「こんなアタシに、見返りも求めず優しくしてくれる男がいたなんて……!」と完全に絆されてしまい、今では俺を傷つけようとする連中を片っ端から物理的に沈めている「最凶の番犬」であることを。
「とにかく、今日の放課後はアタシが湊をもらうから! クレープ奢ってやる!」
「却下です。湊くんの健康を考えれば、放課後は私が手作りのオーガニック弁当を食べさせます」
「はぁ!? クレープのが美味いに決まってんだろ!」
二人の美少女が、俺の席を挟んで睨み合う。
クラスの男子たちからは「また湊のハーレム(自称)が始まったよ……」と呆れ半分、殺意半分の視線が向けられている。
「二人とも、喧嘩はやめよう? ……あ、そうだ!」
俺は名案を思いつき、ポンと手を打った。
「ねえ、放課後、三人で河川敷のゴミ拾いに行かない? 最近カラスが散らかしてて、近所のおばあちゃんが困ってたんだ。二人も手伝ってくれるとすごく嬉しいんだけど……ダメかな?」
俺が首を傾げて頼み込むと、ピタリと二人の動きが止まった。
「「………………」」
数秒の沈黙の後。
香奈はふふっと笑い、冷徹な詐欺師の目で言った。
「……分かりました。私が完璧なゴミの分別ルートと、効率的な回収マニュアルを作成します。湊くんは休んでいてください」
凛花は拳をボキボキと鳴らし、狂犬の笑みを浮かべた。
「アタシは舎弟……じゃなくて、友達を50人集めてくるわ。河川敷のゴミ、チリ一つ残さず殲滅してやんよ!!」
「えっ、二人ともすごい気合いだね! ありがとう、やっぱり二人とも、すっごくいい人だなぁ!」
俺が満面の笑みを向けると、二人は顔を逸らし、「……湊くん(湊)が、そういう顔するから……」と同時に呟いた。
彼女たちがなぜここまでゴミ拾いに命を懸けようとしているのか、俺にはさっぱりわからない。
でも、みんなでボランティアをするのは素晴らしいことだ。
こうして、俺の「平和すぎる(裏では抗争が起きている)」学園生活は、今日も賑やかに過ぎていくのだった。




