8話
「うん。合格だよ、レレリス。明後日にはこの街を出発するからさ。その時までに旅の支度を整えてくれよ」
柔らかい茶髪をフワフワと揺らしながら、勇者アットン様はそう言って目を細めた。
30歳を目前としたお歳なのに少年のような可愛らしいお顔立ち。スラリと伸びた手足とスレンダーな体躯ながら10キロ近い豪剣をいとも簡単に操る。その美しい姿に見惚れる女性は数え切れない程いるらしい。
でも結局ビーフシチューは見ようともしてくれなかった。何のために私に料理を作らせたのだろう。
料理……あれは今から丁度1ヶ月前のことだった。
「お願いします! 勇者アットン様!! 私を勇者パーティに入れてください!」
地下の市場で勇者様を見つけた私はその場に大勢の冒険者がいることも忘れて頭を下げた。
海と山に囲まれたこのフォーリオという街は地下に巨大なダンジョンがあることで有名だ。
地上よりも地下の方が5度も気温が低く、市場やレストランなど食材を扱う店は全て地下1階にズラリと並んでいる。
実家を出て勇者様を追いかけること約半年。ようやく出会えた喜びで、気が付いた時には身体を折り曲げ、深く頭を下げていた。
行き交う人の波が私のせいかピタリと止まる。
「やあ、レレリスじゃないか。お父上は元気かな?」
昨日ぶりくらいのテンションで勇者様はゆっくり私に近づいてきた。
「なんだ。面白いものが見れると思ったのに。ただの知り合いか」
人の波は勇者様の普段通りの様子にまた動き始めた。
「武器も防具も優秀だよ。傷ひとつ無い。レレリスに修理してもらうような箇所は無いよ」
私の願いは聞こえていなかったのだろうか。私は深く息を吐くと、もう1度心を込め、今度は音量をなるべく下げて申し込んだ。
「勇者アットン様。私を仲間にしてください。お願いします」
気持ちを込めて頭を下げると、勇者様は私の肩をポンと叩いた。
「少し場所を変えようか、レレリス」
閑散とした地下2階の広場で、勇者様は困ったように首をかいた。
「僕はね、見ただけで相手の能力がわかるんだ。レレリス、キミは僕の仲間になれるような力を持っていないと思う。悪いことは言わない。諦めたほうがキミのためだ」
勇者様の真っ直ぐな青い瞳。私はギュッと拳を握り締めた。
「でも……」
「仲間の戦闘力を数字で表してみようか。格闘家のウメモモは10万くらい。魔法使いのコココは8万くらい。ちなみに僕は20万ね。でも……キミの戦闘力はね……」
言っては悪い思っているのか、勇者様は眉間にシワを寄せた。
「大丈夫です! 教えてください! 知りたいです!」
「うん……レレリスの戦闘力はね……1000にも満たないように思う」
気遣うように目を合わせずに言われた。1000にも満たない。そんなに弱いのか、私は。
「普通の女の子よりは強いと思うよ。普通の子は100だからね。レレリスがたくさん鍛えてきたことはわかる。でも仲間にするのはちょっと……」
申し訳なさそうに下がる眉。
でもきっと勇者様は知らない。私の戦い方を。私には錬金術がある。
「勇者様。私にはとっておきの弓と矢があります。錬金術で作りました。これがあれば魔王を倒せます!」
私はリュックを下ろし、中から金属のスティックを1本取り出した。折り畳んでいたスティックの留め金を外す。するとカシャンと開いたそれは私の背丈ほどの大きさの弓に変化した。
金色に光る弓を見て、勇者様はあんぐりと口を開けた。
「さすがはフォゼルの娘だな」
「ありがとうございます。次は矢をお見せしますね」
私は腰に下げたポシェットの留め金を外した。小さく折り畳まれていたポシェットは瞬時に色とりどりの矢を中に入れた矢筒へと変化した。
「今は街中なので実際には打ちませんが、この青い矢は打つと矢の雨を降らせることができます。こちらの赤い矢は打った後に炎が出て、刺さった相手を燃やします」
これまでずっと勇者様に会えたらお伝えしようと、考えてきた説明をたたみかけた。
「こちらの黄色い矢は目くらましの……」
「ちょっ、ちょっと待てレレリス」
突如勇者様は両手を広げ、私を制止した。
「矢の性能はわかったよ。でもどうだろう……弓も矢も魔物に取られたらどうするの? 壊れたら? そもそも弓矢という武器は矢を装填して打つまでに時間がかかる。その間のキミは弱いままだろう?」
「……それは……」
「キミの兄上もそうだったじゃないか。僕はね、弓使いを仲間にする気はないんだ」
勇者様は申し訳なさそうに太い眉を下げた。
「あの……でも……」
ひるみそうになる心を奮い立たせ、私は言葉を続けた。
「強化した防具もあるんです!」
ドン! と足を1歩前へ出す。
「このブーツは一見するとただの革靴に見えますが、実は中に金属が入っていて1トンの重さでも潰れません」
次に羽織っている緑色のポンチョを私は摘んだ。
「このポンチョもそうです。一見するとただのベロア素材ですが、剣で刺しても破れません。金属を細く長く糸にして織ったポンチョなので。このベレー帽もそうで……」
「待った、待った」
勇者様は困ったようにまた両手を広げて私を止めた。
「顔は出てるじゃないか」
「え?」
「顔を真っ二つに切られたら?」
勇者様が私の顔めがけて横へと切る素振りを見せたので、思わずゾッと悪寒が走った。
「レレリスの武器や防具には隙が多すぎる。生身のキミは弱いままなことが、きっと我々の弱点になる。今の説明を聞いても仲間として認めるのは難しいよ」
そうなんだ……。生身の自分をもっと強くしたら合格できるのだろうか。筋トレかな。走り込みかな。どれもやってきたけど、まだ足りないんだ。
「ねーねー、じゃあさ、じゃあさ。レレリスちゃんを食事係として迎えてあげようよ」
突然、柱の影からクマ耳のようなお団子頭のウメモモさんが顔を出した。ずっと影から話を聞いていたらしい。
格闘家のウメモモさんはピョンと横へ飛び、その姿を現した。このヒンヤリする地下で寒くないんだろうか。上半身は胸にサラシを巻いただけだし、下半身は極限まで丈を短くした短パンにサンダルだ。
「いつからここにいたんだ? ウメモモ」
勇者様が呆れたように聞くと、ウメモモさんはあっけらかんと答えた。
「場所を変えてすぐだよん」
「はあ……盗み聞きとは趣味が悪い……」
額を抑える勇者様の背中をバシバシ叩きながら、ウメモモさんはケラケラ笑った。
「いいじゃん、アットン。それよりさ、レレリスちゃんを仲間に入れようよ。やっぱ厳しいなーと思ったら、途中でクビにしちゃえばいいんだし」
「しかし……それで命を落としたらどうするんだ?」
勇者様が私の命を心配をしてくれている。それはとても嬉しいことだし、有難い。でも私はウメモモさんの援護に期待した。
「レレリスちゃんは遠距離攻撃だから大丈夫だよ。私は近距離だけどね」
シュッ、シュッ、とウメモモさんは素早く拳を前後させた。
「ねー? レレリスちゃん。弓矢だから、大丈夫だよねー?」
ウメモモさんに肩を組まれ、私は慌ててウンウンと頷いた。勇者様は眉間にシワを寄せている。
「このパーティーさー、ロクに食事作れる人がいなくて。レレリスちゃんはお料理できる?」
「はい!」
「やったー! じゃあ決まり! レレリスちゃんを食事係に任命します!!」
「はい!!」
2人で向き合って敬礼していると、勇者様が割って入った。
「待て待て、勝手に決めんな。本当に作れるとは限らないだろ?」
「え? レレリスちゃんが嘘をついてるってこと?」
「ああ」
「そうなの?」
「い、いいえ!」
私はブンブンと首を横に振った。
「作れますよ、本当に。母と一緒に小さい頃から色々なお食事を作ってきました」
「ほらー」
「じゃあ確認させてくれ、レレリス。1週間後、作ってきた料理を食してから判断したい」
勇者様は厳しい表情で私を見下ろした。
「食事作りも体作りの大切な役割だ。キミが本当に体に良くて美味しい料理が作れると判断できたら仲間として認めよう」
「はいっ! ありがとうございますっ!!」
頭を下げると、じわっと目が潤んできた。
(良かった。来週料理を作ってくれば、仲間になれるかもしれないんだ)
胸が一杯で顔を上げると、ウメモモさんがニカッと笑って親指を立てた。
「やったね、レレリスちゃん!」
「はいっ! ありがとうございます、ウメモモさん」
「あ、そだ。これから魔石採取のクエストに行くからさ。ご飯はガル洞窟まで持って来てくれる?」
「はいっ!」
「私の得意料理ってなんだろう……」
宿に帰った私はベッドへ倒れこみ、天井を見上げた。
「強いて言えばロールパンかなぁ」
小さい頃から何度も作ってきたロールパン。あれなら失敗する心配はないし、味にも自信がある。ウキウキした足取りで私は材料を買うため、市場へと向かった。
1週間後。私はガル洞窟から出ると、当てもなく歩いた。
「悪いけど、これじゃあキミを仲間には出来ないよ」
勇者様は私のロールパンをひとくちかじると、「不合格だ」とあっさり言った。
パーティの人たちも食べてくれると思って多めに作ったのに。甘い物を欲しがる可能性も考慮してクロワッサンも作ったのに。出すタイミングすらなかった。
「どうしてもと言うならまた出直して来て欲しい。当分この洞窟にいるつもりだからさ」
勇者様がそう言ってくれたからまた来週、別の料理を持って行くしかない。
「はあー、こんなに余っちゃって……どうしよう……ひとりじゃ食べきれないよ……」
カゴを見下ろしたら大きなため息がでた。でも、こんなことぐらいで落ち込んでちゃ魔王討伐なんて夢のまた夢だ。私は思考を切り替えようと思い、頭を振って前を向いた。すると。
「え!?」
目の前の男性が突然バタンと道端に倒れた。




