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6話

「ふぉんな美味いものふぉ、勇者はふぁたふぉ合格にしたのか?」

 口の中に熱いポトフが入ったまま話してしまった。でも聞かずにはいられない。不合格にする勇者の舌はどうなっているのだろう。

「勇者ふぁ何が気に入らないって?」

「疲れているから熱い物は食べたくないと仰っていました」

 笑うレレリスの眉尻が下がる。どうやら勇者はひと口も食べていないらしい。

「ダンジョンに潜られた後だと伺っていたので、身体に良いお食事を、と思ったんですが……」

 うなだれてシュンとレレリスは小さくなった。


「もしかしたら……まさかとは思うが……」

「何でしょう?」

「勇者はただ断りたいだけなのかもな」

「ええ!?」

 思ったことをそのまま口にし過ぎただろうか。レレリスは思っても見なかったようで、ガバッと顔を上げた。

「どうしてそう思われるのですか!? 料理は悪くないんですか?」

「ああ。だって美味いからな」

「それではどうしたら合格できるのでしょう?」

「えーと……そうだな……」

 俺様は空になった銅鍋に視線を落とした。まさにこの銅鍋色をしたフォーリオのレンガ街で、俺様は勇者の噂を耳にしていたのだ。


「仲間にするのはいつもグラマラスな女なんだぜ。知ってるか?」

 いかにも雑魚そうな冒険者たちが昼間だというのに酒を飲みながら広場で語り合っていた。

「知ってるよ。この前見たんだ。露出が激しくて目のやり場に困ったよな?」

「ああ、困った困った」

「その割にはジロジロ見てただろう? イヒヒッ」

「旅の途中でも目に留まった女は部屋へ呼び寄せるらしいぜ?」

「勇者様ともなればそういうことが可能なのか?」

「羨ましい限りだぜ」


 ただの妬みかそれとも真実か。

 俺様は隣に座るレレリスを一瞥した。いい身体をしていると思うのだが、見るからにグラマラスという訳ではない。分厚いポンチョと長いスカートのせいだろう。パッと見だけでは身体のラインが分かりにくい。顔は整っていて可愛いと思うのだが、勇者は顔より身体で判断する男なのかもしれない。

「もしかしたら……」

 俺様が呟くとレレリスがガバッと肩にしがみついてきた。

「何でしょう! 良いアドバイスがおありですか?」

「いや……まさかとは思うが……」

「何でしょう!」

「脚を出してみてはどうだろう」

「脚!? 脚を出す!? 私が?」

「ああ」

「ミニスカート、もしくは短パンにしろと?」

「それで合格するなら勇者はロクな奴ではないが、どうしても仲間になりたいのなら、やってみる価値はある」

「……」

 レレリスは眉間にシワを寄せ、考え込んだ。

 嫌なのだろう。顔が曇っている。しかしこれくらいで引き下がるなら、勇者パーティに入りたいという願いはそれまでだったと言わざるを得ない。

 しばらく悩んでいたレレリスは静かにコクンと頷いた。

「やってみます」


 勇者はただ断りたいだけ。何気なく呟いたセリフだったが、的を得ていたのかもしれない。勇者はレレリスが武器を作ってくれた恩人の娘だから、無下にできないのだろう。だから難癖を付けて彼女があきらめるのを待っているに違いない。来週、脚を出しても不合格だったらレレリスはどうするだろう。あきらめて実家へ帰る可能性もあるな……。

 そうなったら今後の食事は誰にお願いしようか。余ってもない食事までせがみに行ったら、流石に嫌がられるかもな。




 人間界から魔王城へと戻ってくると、自室の前になぜかネビロウスが立っていた。いつもならピンと伸びた背中が丸みを帯びている。どうやら俺様を待っているらしい。

「ネビロウス? どうした」

 声をかけると驚いたように振り返り、ネビロウスは作ったように微笑んだ。

「おかえりなさいませ、魔王様。観察はいかがでしたか?」

「んー……特に問題は無かったぞ?」

「左様で御座いますか」

 それではと頭を下げ、ネビロウスは去って行った。

 あの疑う様な眼差しはなんだ。俺様の行き先を追っていたのではあるまいな……。人間嫌いのネビロウスが人間界まで付いてくるとは思えんし、そんな気配は感じ取れなかったが……。

 嫌な胸騒ぎでタラリと冷や汗が流れた。念の為、次回は透明化してから人間界へ向おう。


 それから1週間の食事もマズかった。

 アテリナは相変わらず闇コウモリを蒸したり、刻んだりして持って来るし、カブコスはワイバーンやらグリフォンやら、自分が倒した魔物を何でも煮込んで持って来た。

 ネビロウスはというと毒キノコのソテー、タランチュラの網焼きなど森に生息する毒物をヘルシーに調理してテーブルに置いた。

 どれも食感が気持ち悪く、味もマズかった。

 無理やり口に入れながら何度も脳内でレレリスの手料理を思い出した。

 フワフワのロールパン。歯触りの良いシャキシャキレタス。内臓に染み渡るスープ。

(ああ、早く明日にならないかな。次は何が食べられるんだろう……)


 待ちに待った翌朝。書類の山を急ピッチで片付け、俺様はススーの元へ向かった。

「今日は1日中書類仕事がしたいんだ。集中したいから開けるなよ? アテリナにもそう伝えてくれ」

 脅すような目で釘を差し、俺様は透明化して人間界へ向かった。


 いつもの建物裏で透明化を解除し、いつもの人間に化ける。するとポツポツと雨が降ってきた。15年ぶりの雨だ。

 魔界では毎日のように雷が落ちる。だがこの15年間、一度も雨は降らなかった。空はいつだって暗い雲に覆われ、どんよりとするばかりだ。

 懐かしい雨の感覚に浸りたくて、俺様は雨に打たれながら草原へと歩いた。


 レレリスは雨の中、傘を差して俺様を待っていた。

 アドバイス通り膝下まであったスカートを膝上20センチくらいまで短くしている。太ももは想像以上にむっちりだ。ハイソックスに締め付けられた白肌が窮屈そうにしている。

 俺様に気付くと慌ててこちらへ駆け寄り、傘の中へ入れてくれた。

「ラディさん、傘をお持ちじゃないんですか?」

「(近いな……)雨に打たれたかったんだ」

「雨に? 嫌なことでもあったんですか?」

 レレリスは心配そうに顔を覗き込んできた。

「いや、ただ雨があまりにも久しぶりだったから、思う存分受け止めたかったんだ」

「久しぶり……? そうなんですね……」

 レレリスは不思議そうに首を傾げたが、すぐに街の方を振り返った。

「どこか室内に入りましょう。雨の中で食事するわけにもいかないので」

「そうだな」

 肩がトン、とぶつかりながら2人で歩き出した。

(狭い……)

 ひとつの傘を2人で使うのがこんなにも狭くて歩きずらいとは知らなかった。それにレレリスが近い。スッと横に出て、俺様は歩いた。

「濡れますよっ」

 レレリスが傘を掲げて隣に並ぶ。

「もう濡れている。構わない」

「でも、風邪引きますよっ!」

「これくらいでは引かない……たぶん」

「でもっ……やっぱり入ってくださいっ!」

 そうやって言い合っていたら、あっという間に広場に着いた。先ほどまで冒険者で賑わっていたのに、雨のせいか今では閑散としている。

 俺様とレレリスは広場の奥にある、テーブルと椅子が置かれただけの小さな休憩所に入った。


「ここなら雨が凌げますね」

 そう言ってレレリスは窓際の席に腰を据えた。俺様はその向かいの席に座った。

 テーブルの上にドンとカゴを置き、レレリスは中から白いタオルを取り出した。

「どうぞ、使ってください」

 別に要らないと思ったが、受け取るまでは引かないという意志を緑色の瞳から感じ取り、仕方なく受け取った。タオルは掴んだだけでフワフワと柔らかいのが分かった。ビショ濡れの頭に被り、両端で顔を拭く。タオルは石鹸の優しい香りがした。

(タオルってこんなに気持ちが良いものだったのか……)

 頭や顔を拭く俺様を、レレリスは安心した様に見守ると、カゴからまた銅鍋を取り出した。

「今日こそ自信作なんですよ」

 蓋を開ける前から美味そうな香りがしてくる。

(この香りは何の香りだろう? 嗅いだことがない)

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