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5話

 ボン、キュッ、ボン。

 見た目だけを簡単にいえばレレリスの身体はまさしくそれに当たる。身体に魔力を含有しているようだが、初歩的な魔法が出来る程度の微量だ。

 筋肉量も多くはない。その辺にいる若い女とさほど変わらないと思う。殴る蹴るなどの格闘はしていないんだろう。強いて言うなら両腕が発達、そして足腰が2〜3倍は強そうなので、走るのは割と速いのかもしれない。

 以前レレリスは俺様が街に現れた時、私がその場に居たら討伐できたと言っていた。だが、やはりそんなことができるとは到底思えない。所詮は弱者の強がりだと思ったのだが、錬金術での戦闘なら自身が強くなくとも討伐が可能なのだろうか。


「ラディさん、だからお料理代は気になさらないでくださいね?」

 俯いていたレレリスは突然顔を上げて微笑んだ。

「だからって何だ?」

「それも知らないんですね。錬金術って物凄く儲かるんです。私は生まれてから今までお金に困ったことがありません。何と言ってもフォゼルの娘なので」

 エッヘンというように、レレリスは胸を張った。

(お金に困ったことがない……?)

 レレリスの発言に胸にモヤっとした影が落ちた。俺様はずっと金に苦しめられてきた。お金があったら……と思うことが死ぬまで何度もあった。もう転生前のことだが、今でも忘れられない。父も自分も金さえあったらもっと長く生きられた。幸せに暮らせることができた。


「本当のところ、お料理の材料費は結構な額です。でもそれを依頼したのはラディさんではありません。だから今後も……返されたらですが、食べてもらえたら嬉しいです」

 レレリスの笑顔にどんな表情をしていいかわからない。悔しさ、虚しさ、嫉妬。それと感謝の気持ち。

 しばしの沈黙を破り、俺様は立ち上がった。

「じゃあ、来週に」

 顔を見ることもなく俺様はレレリスに別れを告げた。




 魔界へ帰っても今度は腹を下さなかった。若干の腹痛くらいだった。人間界の喰い物が悪さをしたわけでは無いようだ。

 密かに恐れていた体調不良が起きなくて、俺様は心底胸を撫で下ろした。昨日はサンドイッチを腹いっぱい食べたのだ。きっと体重が増えているだろう。ホクホクした気持ちで素っ裸になり体重計に乗った。

「に、280キロ……!?」

 減っている。先週、腹を下しすぎたせいだろうか……。

 呆然とその場に立ち尽くしていると、戸をコン、コン、コンとノックする音が聞こえてきた。

(このリズムを刻むような音はアテリナだな。またか……勘弁してくれよ)

 急いでガウンを着たら、案の定アテリナが顔を出した。


「魔王様。朝食をお持ちしました。今日はお部屋で頂きませんか?」

 また襲われると警戒していたが、本当に銀のトレイを持っている。その上にグラスに入った赤ワインとグラタン皿が見えた。

(どんな食材のグラタンだろう。今日こそマシな食事ができるかもしれない)

 僅かに期待して俺様はソファーに腰掛けた。だが、テーブルに置かれた皿の中身を見て固まった。

 グラタン皿には闇コウモリがギュッと犇めき合っていたのだ。

「……どんだけ精力つけさせたいんだよっ!」

 うなだれて吠えると、アテリナは右腕にすがりついてきた。

「カリッと香ばしく揚げたんですよ、魔王様。アテリナの自信作です」

 手に持たされた闇コウモリと目が合って、思わず吐きそうになった。食べたくない。無駄にカリカリ。臭いがキツイ。

 頭の中で繰り返す感想を、口に出す時には変換させた。

「美味しそうだな。カリカリじゃん、それにいい匂いがする!」

 すると不思議なことに本当に美味しそうに思えてきて、思わずがっついた。苦い。固い。酸っぱい。

「美味い! 美味い! 美味い!」

 歪んだ顔でかぶりつく俺様を見て、アテリナは叫んだ。

「ああんっ、魔王様カッコイイですわっ♡」

 今にも昇天する勢いだ。




 人間界へ行くまでの期間、俺様はトレーニングをすることを決めた。

 理由は「思ってたより弱そうだ」「そんなにデカくない」などど冒険者の奴に言われたことがずっと頭にこびりついて離れないからだ。

 体づくりは何も食事だけが大事なんじゃない。運動も大事だ。

 しかし、転生前はおろか、転生後だって1度もトレーニングをしてこなかった。

 転生前は日々を生きることだけで精一杯だった。転生後はすでに屈強な肉体美があったし、溢れる体力や魔力のおかげで必要ないと思っていた。

(もっといい身体になりたい……何をしたらいいのだろう……)

 ふと俺様の頭にネビロウスの裸体が浮かんだ。以前一緒に風呂に入った時、均整の取れた美しい身体だと思ったのだ。ダークエルフは基本痩せ型だ。あの筋肉は生まれ持ったものではないはずだ。

 パチンと指を鳴らして透明化し、俺様はネビロウスの跡をつけた。


 三幹部の茶会を終えたネビロウスは、厨房を掃除していたグミスライムを食堂の中へ招いた。

(まさか食べるのか?)

 精神が乱れて気付かれないように、気配を消してジーッと見守る。

 ジャケットを脱ぎ、ボタンを外し、遂にネビロウスはパンツ一丁になった。

(いったい何をするんだ?)

 ネビロウスの頭の上に、グミスライムがポヨンと乗っかる。すると、グミスライムを両手で掴んだネビロウスは胸をぐっと張り、腕の力でそれを伸ばしたり縮ませたりし始めた。

(! これだ! これこそがトレーニングだ!)

 滴る汗、ブルブルと揺れる筋肉。なんとカッコイイのだろう。

 グミスライムを伸ばし終えると、次はそれをブチンと分裂させ、両肩に乗せた。

 そして膝を曲げたり、伸ばしたりし始めた。これで両脚を鍛えているのだろう。

 膝を曲げる度に太ももやふくらはぎが見事に盛り上がり、固くなっているのが分かる。

(いいなぁ、俺様もああなりたい……)

 その日から、俺様はグミスライムを自室に呼び寄せ、ネビロウスと同じことをやった。二度と人間に「弱そうだ」などと言われないように。




 1週間が経った。この1週間はとてつもなく長く感じた。出された料理のすべてがマズかったが、レレリスの料理を想像し、気を散らしながら喰った。

 廊下へ出ると、意地悪な姑のようにネビロウスがススーを叱っていた。

「まだ窓枠に埃が付いてますよ?」

「ひっ……す、すいません」

「それにあの角をご覧なさい。汚い手垢が……」

「ひえっ……」

「それくらいにしてやれ」

 俺様はネビロウスの肩をポンと叩いた。ネビロウスは自分を潔癖おばけと呼ぶほどの潔癖症なのだ。

「あ、魔王様お出かけですか?」

 正装で気付いたのか、上から下へ目線を送ったネビロウスに尋ねられる。

「ああ。空から魔界を観察してくる」

「そうですか。いってらっしゃいませ」

 ネビロウスとススーに見送られ、俺様は空を飛んだ。そして城が見えなくなったところで急旋回し、人間界へと下りて行った。




 いつもの草原にレレリスは既に居た。赤い敷布を草の上に広げ、その上にちょこんと座っている。

「レレリス」

 声をかけるとレレリスはパッと立ち上がり、空いている所をすすめてきた。

「ラディさん!! こんにちは。ささ、どうぞどうぞ。ゆっくりして欲しくて今日は敷物を敷いちゃいました」

(魔王がピクニックかよっ!)

 思わず心の中で叫ぶ。違和感を拭えないが、仕方なく胡座をかいて座ってみた。

 すると、ドンっ! と俺様の前にレレリスが蓋付の銅鍋を置いた。アツアツなのか、熱気がすねにも伝わってくる。熱い。蓋を開けると、湯気がモワッと立ち上った。

「ジャーン! 今日はポトフです!」

 湯気がおさまり鍋を覗くと、大家族にも振る舞えそうな量が並々と入っていた。黄金に輝くスープにウインナーや人参、ジャガイモがゴロゴロ入っている。如何にも体に良さそうだ。


 魔王軍の三幹部、特にアテリナなどは何かというと俺様に精力をつけさせようとする。スタミナが出ますよ、アッチに良いですよ、と。

 しかし、次代の心配をするより今まさに活動しているこの身体に俺様は栄養が欲しいのだ。俺様が欲していたのはまさにこれだ。温かいおかずスープだ。


 青空の下、レレリスが白い深皿にポトフを注ぎ、フォークと一緒に手渡してくれた。

「熱いので気をつけてください」

 顔の前まで持ってくると、煮込まれた野菜の優しい香りがふわっと漂ってきた。皿に口を付けてまずはスープをゴクンと飲み込んだ。

「うわあ……うまあ〜」

 野菜とウインナーの旨味が存分にしみ出た味がする。温かいスープが喉を通り、腹の中へじんわりと流れて行く。栄養がジワーッと五臓六腑に染み込んでいくのが分かった。

 次はウインナーを。カブコスの指くらいに極太のウインナーは、ポクっと弾ける様に噛み切れた。噛むたびにジュワッと肉の脂とスープの旨味が口の中へ溢れてくる。

「うん、ウインナーも美味い!」

 俺様が唸ると、レレリスはニッコリ笑った。

「このウインナーは自分で手作りしたんですよ。ひとりで作るのは初めてだったので結構苦戦しました。でも美味しく作れたと思います」

(手作りだと!? ひとりで作れる物なのか?)

 鍋を覗くと、極太のウインナーがまだゴロゴロ入っていた。

(こんなに美味いものがまだあんなに!)

 座っているのに思わず飛び跳ねたくなった。

「たくさん入ってるのでどんどんおかわりしてくださいね」

 レレリスの優しい声を聞きながら次はジャガイモを口に入れた。スープをこれでもかと吸い込んだジャガイモは、初めはホクホクしていたが、数回噛むだけでトロけるように無くなった。

「ああー、沁みるー」

 そよ風が吹く草原の真ん中でこんな風に温かい食事が喰えると思わなかった。

「おかわり」

「はい」

 鍋いっぱいに入っていたポトフを次々におかわりすると、あっという間に最後のおかわりになった。

 せわしなく皿に注ぎなら食べている様子を見ているレレリスに、俺様は気になっていたことを問いかけた。

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