45話
ガルーゴラの玉座を出て、それぞれが家路につこうかというタイミングで俺様はレレリスに引き留められた。
「少しお話ししませんか」
レレリスからそう言われ俺様は後を追った。3幹部やウメモモからどんどん離れて行く。
2人きりになると切なさがどんどん込み上げてくる。嬉しいのは勿論なのだが、今まで魔王だったことをずっと黙って騙してきたから、なんて言ったらいいのかうまく言葉が出てこない。
(まずは「すまない」と言って頭を下げよう……それからその後は……)
ああ、振り返ったレレリスがひどく冷たい目をしていたらどうしよう。「私を騙しましてましたね」と言って睨まれたら、心が持たないかもしれない。
ただでさえ体力や魔力を使い過ぎて満身創痍なのに。
ネビロウスとアテリナはもう体力の限界がきているらしく、これから俺様は3幹部を背中に乗せて魔界に帰らなければならない。「あなたこそ正真正銘のクズ魔王ですね」などと言われたらもう飛べないかもしれない。
王城の長い廊下を突き進み曲がり道でピタリと止まったレレリスはゆっくりとこちらを振り返った。
潤んだ瞳が俺様を見上げる。上目遣いのレレリス。
(なんて可愛いのだろう。良かった……見た所怒ってはいないようだ)
「ラディさん……いえ、魔王ディブールさん」
「あ、ああ」
「クズ魔王……」
「!?」
「だなんて言ってしまってすみませんでした」
レレリスは折り曲がるようにして頭を下げた。ドキッとした胸がドクドクと音を立てる。
罵倒されたわけではなかったのか。良かった。ビックリした。
「兄がどんな風に亡くなったのか、勇者アットンの嘘を疑いもせず、またしっかり調べもせずにあんなことを言ってしまって……憎む矛先を間違えていました。本当にすみません」
「……」
「でも冒険者になったことは後悔していません。こうしてディブールさんに会えたのですから」
レレリスはそう言ってにっこりと笑った。
もう絶対に嫌われた、もしくは避けられる、あるいは他人行儀になると思っていたのに、レレリスは「会えて良かった」と言い、笑顔まで向けてくれた。胸に深い感動がこみ上げてくる。それにラディと呼ばれるのも嬉しかったが、本当の名を呼ばれると感慨深くてくすぐったい。
「俺様もレレリスに会えて良かったよ。今まで美味しい食べ物をたくさん食べさせてくれてありがとう。楽しかった」
俺様は深々と頭を下げた。やっと本当の姿で心から礼を言うことができた。
顔を上げると、レレリスの唇が尖り、眉が下がっていた。なんとなく不満そうだ。どうしたのだろう。
「あの、私。前から言おう言おうと思っていたことがあるんです」
レレリスはそう言うとリュックの中から白いタオルを大切そうに取り出した。なんだろう。
「あの、実はこれ……えっと……き、気持ち悪いと思われるかも、しれませんが……」
急に顔が真っ赤になった。額に汗も滲んでいる。様子がおかしいままレレリスはタオルを本のように広げ、中から透けるように細い糸を摘まみ上げた。
「なんだ? この糸は」
「ビーフシチューを食べた日、雨が降ってましたよね」
「ん? ……ああ」
「あの時タオルに付いたディブールさんの髪の毛です」
「……ほう?」
(あんなのはだいぶ前の話だ。1ヶ月以上も前だ。その時に付いた髪の毛を大事そうに取ってあるとはどういうことだろう)
「あの、お願いがあるのです」
「なんだ」
「こ、この髪の毛で……居場所カードを作ってもいいでしょうか?」
レレリスはまるでとんでもない秘密を暴露するかのように目を瞑り、震える拳を握りしめながら言葉を振り絞った。
居場所カード。ああ、レレリスから貰ったあの銅板のことか。何故作りたいのだろう。
俺様は懐からレレリスの居場所カードを取り出した。
「これのことだよな?」
「はい! それのディブールさんバージョンを作りたいんです!」
「ほう」
「ディブールさんはもうさよならみたいな言い方してますけど。私はできればこれからもディブールさんに会いたいと思っています。まだまだ食べてもらいたいメニューもありますし、お話ししたいこともありますし……」
「!!」
「カードがあればお互いがどこに居るのかわかるので、これから会う時に便利だと思うんです」
なんということだ。これからも会いたいだと。そんな未来は絶対に来ないと思っていたのに。
騙されたと思わないのだろうか。食べるだけ食べてロクにお礼も言わずに帰ったり、約束をすっぽかしたりしたのに。
戦いでは上空から落としたり、重圧をかけて口から血まで吐かせたりしたのに。
頬を赤く染め、恥ずかしそうにモジモジしているレレリス。いじらしい。今すぐ抱きしめたい。ああ、でもそんなことをしては驚かれるし、攻撃されるかもと怖がらせてしまう。
「あの……どうでしょうか?」
「え、あ、ああ。居場所カードなら作ってもらって全然構わない。つまらないものになると思うが」
「わっ! やった! 良かった」
レレリスはにっこり微笑むとその場にしゃがみこみ、リュックから道具を取り出した。まさか今、ここで作るとは思わなかった。こんなに画期的なものが靴ひもを直すような感じで簡単に作れるのか。
「よし、出来た」
レレリスは釜から丸い銅板を取り出すと、ジーッと見つめてから胸に抱え、愛おしそうに抱きしめた。何故だか俺様の体温が上昇する。
「ちょっといつまで話してんの?」
アテリナが音もなくやって来てレレリスを見下ろした。
「魔王様はお忙しいのよ? アンタみたいな小娘が独り占めして良いお方じゃないんだから!」
強い口調でそう言うと、俺様の腕に腕を絡ませた。
「さ、行きますよ。魔王様」
強い力で腕を引っ張られ、レレリスと引き離される。レレリスは慌てて道具をリュックに詰めて追いかけてきた。
「カブコス、どうしてダメなの? また闘おうよ」
ネビロウスたちの近くまで来ると、ウメモモとカブコスが何やらもめていた。
「オイラ1人では人間界に来れないんだ。だから無理なんだよ」
「なんで?」
「オイラ飛べないんだ」
カブコスは大きな肩をしょんぼりと落としている。
「俺様が連れてこよう」
アテリナが足を止めるより前にカブコスに向かって言った。
「また人間界に来るからな」
今度は駆け寄るレレリスに向かって言った。
「ああ、良かった!! 戻って来られたっ!!」
我々が魔王城のベランダへ降り立つと、待っていたススーは大声をあげた。
当初の予定では勇者パーティーを1時間程度で退散させ、魔界へ戻って来るつもりだったので、ススーには「ちょっと出かけて来る」としか言ってなかったのだ。
もう日付をまたぐくらいの時間になったので、相当心配したんだろう。次第にススーの目が潤んでいく。
「ぐすっ、アテリナさんやカブコスさんも追いかけていくし……こんな時に人間が攻めて来たらどうしようかと……ぐすっ、魔界は崩壊してしまうのではないかと……ぐすっ……でも誰かに言って大騒ぎになるのもよくないかと……ぐすぐすっ、思って……」
小さな身体が、鼻水をすすりながら懸命に話す。
心細かっただろう。申し訳なかった。
俺様はススーを抱き上げ、その震える背中をさすった。
「ススー、心配かけて悪かった。ありがとう」
3幹部も俺様と同じようにススーの頭や手や肩をさすった。
「ススー。もう大丈夫だぞ、その心配はない。魔王様が人間の大国と友好関係を結んでくれたんだ。人間が魔界を襲って来る頻度はこれから格段に減っていくだろう」
珍しく優しい目をしてネビロウスは語りかけた。
「うわーん、良かったー。良かったー」




