42話
ラディさんがアテリナさんの顔の前でパチンと指を鳴らすと、アテリナさんは飲み屋で働いてそうな色っぽいお姉さんに変身した。私が貸したポンチョは魔法のように(というか魔法だけど)その姿を消し、赤いワンピース姿になった。
カブコスさんはひと回り小さくなり、ふくよかで優しそうな商人の姿になった。感嘆の声を上げたウメモモさんがすぐに駆け寄る。
最後まで渋っていたネビロウスさんは「魔王様に何かあってはいけないので」と、最終的に目を瞑って人間化を受け入れた。変わった瞬間に私を含め、女性陣があっと息を飲む。ネビロウスさんは国内外でも話題になりそうなほどの美形執事になった。
3人とも変身した自分にまんざらでもないようだ。しきりに1つしかない水溜りを覗き込んでは自分の姿に見惚れている。
ふう、と息を吐いたラディさんがコココさんを振り返る。コクリと頷いたコココさんはゆっくりと王城に向かって歩き始めた。
コココさんを先頭にして私とウメモモさんがその後ろに、そのまた後ろに人間化した魔王たちが続く。
「王城って入ろうとして入れるもんなの?」
ウメモモさんが私に近づいて聞いた。
「魔王を討伐したならまだしも。無理だと思いますよ?」
「だよね」
王城の門番はやって来た我々を見て、怪訝そうな顔をした。
「見て、見て。門番たちの胸板。相当鍛えてないとああならないよね?」
ウメモモさんの声は相変わらず大きい。門番たちの顔が薄っすらと赤くなった。自然と私の頬も熱くなる。
門番はコココさんと数回言葉を交わしただけでサッと門を開けてくれた。ウメモモさんの言葉の効果だろうか。そんなわけ無いと思うけど。
その後も庭師、衛兵、使用人。我々が進む道を王城内の人々は快く通してくれた。一様に丁寧に頭まで下げてくれる。自分が偉い人になったみたいで気分がいいけど、これは一体どうなっているのだろう。
「かなり歩いたけどまだ着かないの?」
アテリナさんが横を歩くラディさんにダラリと寄りかかった。私はまた悔しくて唇を噛みしめる。確かにとっても広くて疲れたけど、ラディさんだってきっと疲れてるのに。
「もう少しです」
振り向きもせずコココさんはそう言うと、1つの大きな扉の前で足を止めた。
装飾が際立つ重そうな扉だ。見上げただけで足がすくんでしまいそうな威厳と迫力がある。
(ま……まさかこの部屋は……)
噂には聞いたことがある。一般人は絶対に入れない場所。錬金術師としてかなりの功績をあげた父でさえ入ったことがない場所だ。
扉が開き、その先にあったのは推理通りの玉座だった。でも予想よりも遥か上をいく豪華絢爛さだ。赤くて長い絨毯には金糸の飾りがこれでもかと付いている。その先にある壇上は大理石で出来ているし、その真ん中に輝く椅子は座面も脚も全てが黄金で出来ている。
コココさんが止まって立膝をついたので、私もそれに準ずる。変身している魔王たちも我々と同じポーズをとった。
コココさん以外、田舎者丸出しで立膝をつきながら室内を見回す。
「天井が高えー」
「あの柱を見てよ、葡萄の彫刻だよ?」
それぞれに気になるポイントがあるようだ。
奥の扉が開き、美しい2番目の王妃様とその娘、第3王女のコーデリア様がいらっしゃった。少し遅れて国王様も入って来た。
こんなに近くで国王様や王族の方を見るのは初めてだ。3人とも思ったよりも背が低い。宝石が散りばめられたまばゆい衣装を見に纏っている。ご本人よりも衣装の方が何だか目立つ。
国王様の王冠は玉座と同様に黄金でできていて、国王様が顔を動かす度にキラキラと煌いた。
(重そうだな……あれ程の金があれば何が作れるだろう……)
錬金術師としての性が思わず疼いてしまう。
王族の方が椅子に腰掛け、衛兵がゾロゾロとその脇に立った。
第1王女のカルロッタ様は公爵家に嫁いだから居ないのは当たり前として、第2王女であるクレア様はご不在なのだろうか。表に出ないことで有名だが、聞くところによると聡明で美人で非の打ち所がないという。
コココさんが頭を下げ、お辞儀したので私もそれに続く。
「ただいま戻りました。お父様」
(!?)
すぐ目の前から聞こえた声。コココさんの声。
(お父様!? ……国王様がお父様ということは……)
流石のウメモモさんも今回ばかりは大声を出さなかったけど、目がこれ以上ないほどに開いていて驚いているのが良くわかる。
「なぜ戻って来たのだ、クレア。魔王討伐はどうした?」
国王様は不服を丸出しにして眉間にグッとシワを寄せた。
(ク……クレア……今クレアって言ったよね? コココさんは第2王女のクレア様なの!?)
この玉座に来るまでの態度や振る舞いを見て、庶民ではないんだろう思っていたが、まさか王族だったとは。
そうならどうして言ってくれなかったのだろう。これまで旅の中で散々文句を言ったり、睨んだり、時には調理のお手伝いなんかもお願いしてしまった。やってはいけない態度ばかりだったことを思い出してサーッと血の気が引いていく。
ふと横にいるウメモモさんを見ると顔が真っ青になっていた。
(ウメモモさんは体によじ登ったり、無理やり指で変顔作ったりしてたからな……)
そんな私たちの動揺なんて当たり前のように気づかれもせず、国王様は自身の顎ヒゲを弄びながら我々のことをジロジロ見回した。
「皆知らぬ顔だな。誰なのだ?」
「旅で出会った方々です」
コココさんの声を聞き、王妃様はコーデリア様に近寄った。
「みすぼらしい身なりの方ばかりね……こんな庶民が王城に入ることをどうしてクレアは許したのでしょう」
我々に聞かせたいのかと思うほどの声量だ。いや、聞かせたいのはコココさんに、かもしれない。先程から王妃様はコココさんをよく睨んでいる。家族関係はあまりうまくいってなさそうだ。
「でも見てよ、お母様。あの執事さんは素敵だわ。私に仕えて欲しいくらい」
コーデリア様は小さな手を丸め、気を引くように目をパチパチと瞬いた。
「あら! 本当ね」
「ウオッホン!!」
あからさまに国王様がたしなめるような咳払いをした。2人が静かになったことを確認すると、またキョロキョロと我々を見る。
「勇者がいないな。アットンはどうした?」
「……死にました」
「ええっ!!」
王妃様やコーデリア様が両手を口に当て、ショックを露わにした。王妃様は次第にうるうると目を潤ませた。
「そんな……アットン様が……」
「お父様、結果だけを先に申し上げます。魔王討伐は失敗いたしました。勇者アットンはベガズア近くの砂漠にて虹色の粒を自分で飲み、爆死いたしました」
「な……なんと……」
淡々と話すコココさんに対して王族の方々は顔や髪を触ったり、立ったり座ったりと動揺を隠し切れない。
「争った末の出来事です。魔王とその部下3体が人間界を訪れたのです」
「そ……そんな……。魔王自ら人間界にやって来たのか……ったく何てことだ……」
額に手を当て、目を瞑る国王様。
「お父様」
「何だ」
「戻って来た理由を申し上げます。その魔王がお父様にお話があると言うので連れて参りました」
「は? ……今なんと」
王族の方々の口がポッカリと開く。
「どうぞ、魔王ディブール」
コココさんが後ろを振り向くと、玉座にいる全員がコココさんの視線の先を追った。
1番後ろに居たラディさんがスッと立ち上がり、前へ歩いていく。
みすぼらしい青年、見るからに一般庶民である風貌のラディさんは堂々とした歩き方でコココさんの隣まで進み出て立ち止まった。
(ラディさん……なんて凛々しいのでしょう)
ラディさんを上から下に見て、国王は眉間にシワを寄せた。
「何だ貴様は……おい、クレア。我輩を侮辱する気か?」
ブワッ。
身の毛がよだつような悪寒が全身に走った。一気に城内が暗くなる。みんなは何が起こったのかとキョロキョロと辺りを見回した。
瞬間、ラディさんは魔王ディブールの姿になった。
抑えていた魔力を解放している。ビリビリとした覇気のせいか、城の窓ガラスがガタガタと音を立てる。
まだ事態を把握できてない国王様や王妃様、コーデリア様は口をパクパクさせた。




