4話
「先週、初めてお会いしたあの日ですが……」
「ああ」
「すぐそこの広場に魔王が現れたそうなんです。知っていますか?」
「え……ぇ!?」
予想外の質問に動揺し、声が裏返った。
「そこに魔王が? さあ……知らないなー?」
どこを見たらいいのかわからず、ゆらゆらと目が泳いだまま答えた。
「そうですか。私と一緒ですね……ああ、なんて卑怯者なんでしょう。すぐに逃げるだなんて」
普段の可愛らしい声ではなく、レレリスは低い声で吐き捨てるように言った。
「信じられませんよね……魔王が中盤の街に出るなんて。幸い死傷者は出ませんでしたが、対峙した方の中には精神的に深いダメージを負った方もいらっしゃるそうです」
(精神的に深いダメージを負った方……)
俺様の脳内に泡を吹いたジジイの顔が浮かんだ。
「ああ、どうして私はその時その場にいなかったのでしょう。千載一遇のチャンスだったのに……私がその場に居たら、魔王討伐という人類の夢を成し遂げられたのに!!」
頭を抱えてその場にしゃがみ込むレレリス。
「そうなったらこんな風に料理を作らされるような回りくどい事もしなくて済んだんです! ああ、悔しい! 悔しすぎて丸2日間、私は眠れませんでした!」
レレリスは地面に拳を叩きつけた。その姿を見下ろしながら、つまり3日目は眠れたんだな……ということを俺様は考えていた。
「だからですね、ディブールさん!」
「は、はい」
レレリスはすくっと立ち上がると、俺様に顔をぐっと近づけた。
「あなた様をそのお名前でお呼びするのにどうしても抵抗がありましてっ!」
「は……い」
「アダ名を付けてもよろしいでしょうか?」
「あ、アダ名?」
思ってもみなかった話題の切り替えに、口が開いた。レレリスは神に祈るかのように自身の両手を組み、実際は魔王である俺様に祈った。
「口に出したくないんです。お願いです。アダ名で呼ばせてください!!」
「別に……構わないが」
「本当ですか!? では、ラディさんというアダ名はどうでしょう?」
「ラ、ラディ!?」
パアッと花が咲いたように笑うレレリスから信じがたい提案が出た。驚きすぎて目ん玉が飛び出るかと思った。俺様の転生前の名は「ラヴィ」だ。「ラディ」と「ラヴィ」……似ている。転生前の話なんてレレリスにしていないはずなのに。
「どこから『ラディ』がでてきたんだ?」
出所が気になって問いかける。
「食べている様子があまりにも生命力に溢れていましたので。『生命』を意味する『ラヴィ』とディブールさんの『ディ』を取って『ラディ』という名がいいのではと思ったんです」
「生命……?」
「お嫌ですか?」
転生前、父がつけてくれた名は『生命』を意味する言葉だったのか。転生前の名で呼ばれるのには少し抵抗があるが『ラディ』なら別に問題ない。
「別に良いとも思わないが、悪いとも思わない」
「良かった、そうですか。では、ラディさんと呼ばせて頂きますね」
レレリスは嬉しそうに目を細めた。ホッとしているみたいだが、アダ名で呼べるのがそんなに嬉しいのだろうか。たとえ転生前の名前に似ていたとしても俺様は構わない。流石に『クズ魔王』と呼ばれるのは避けたいが。
「そんなことより今日はどんな喰い物を持って来たのだ?」
俺様はレレリスの後ろ手を覗いた。カゴの中が良く見えない。微かに香るこの匂いは……。
「バゲット?」
「サンドイッチです!」
思いがけず声が連なった。
「そう! バゲットサンドイッチです! よく分かりましたね」
レレリスはニッコリ笑い、カゴを前に出した。掛けられていた布を取ると、肉や野菜がはみ出る程入ったバゲットのサンドイッチが3つも並んでいた。それぞれに挟んである具材が違うようだ。緑の野菜、ピンク色の肉。黄色いのはチーズだろうか。
(サンドイッチは生まれて初めてだ。魔界にもなかった。これを俺様が喰っていいのか?)
ゴクリ。見ただけでなのに涎が沸いてきた。
「どうぞ」
レレリスからカゴを渡された俺様はその場に腰を下ろし、緑の野菜入りのひとつを掴んで口に入れた。
「ザクッ」
一口目。しっかり焼かれたバゲットがいい音を奏でた。噛む度に小麦の旨味が鼻へと抜けていく。
「ザクッ」
二口目。バゲットに挟まれた瑞々しい野菜が美味い。これはレタスだろうか。新鮮なレタスはシャキシャキとして噛みごたえがある。初めての食感だ。
「ザクッ」
三口目。弾力のある歯ごたえを感じた。これは焼いた鶏肉だな。噛むたびに肉の旨味と油の旨味がジュワッ、ジュワッと口に広がっていく。美味い。転生前に鶏肉が喰えたのはたったの1度だけだった。あれは父が亡くなる直前。12歳の時だった。ああ、その時のローストチキンも死ぬほど美味かったけど、これも美味い。
「ザクッ」
四口目。鶏肉にソースがかかっていた。どんな調味料を使っているかなんてさっぱりわからない。でも、甘辛いタレが鶏肉に合っている。ソースも美味い。
「美味いっ! 美味いっ!」
ひと口ひと口に「美味い」と叫んでいたらあっという間にひとつを食べ終わった。すぐに次を手に取る。次はハムとチーズが入ったサンドイッチのようだ。
「ザクッ」
口に入れたら、とろりとチーズがトロけて舌にまとわりついた。なんて濃厚なチーズなんだ。こんなチーズは初めてだ。噛めば噛むほどハムの旨味もやってくる。香ばしいバゲットによく合うチーズとハムだ。無我夢中で口を動かしていたら、感想を言い忘れたことを思い出した。
「レレリス、これも……ゴホッ」
美味いと言おうとしたら思わずむせた。
「あっ、飲み物ありますよ」
レレリスはリュックから水筒を出し、慌ててコップに水を注いだ。俺様は胸を叩きながらそれを受け取り、ゴクゴク飲んだ。
「プハーッ」
口の中の物を喉の奥に流し込み、思いっきり空気を吸って吐いた。食べることに夢中になり過ぎて呼吸を忘れていたようだ。俺様のそんな様子を見て、レレリスはクスクス笑った。
「もっとゆっくり食べたほうがいいですよ、ラディさん」
笑うレレリスが妙に眩しい。眩しずぎて俺様は目を逸らし、食べることに集中した。
残りのサンドイッチはベーコンとアボカドのサンドイッチ、だったらしい。これまた初めての味と食感だった。あっという間に食べ切った俺様はなぜだか魔界へ帰るのを惜しく感じた。
(少し世間話でもしてみようか。前から気になっていたこともあるし……)
「レレリス」
「はい」
「貴様はなぜこんなに美味い飯が作れるのだ?」
自分の声を聞きながら、何だかお世辞のようなセリフだなと気付いた。
「あ、いや。もしかして料理人なのか?」
お世辞を言った自分が気持ち悪く思えて、慌てて質問を付け加えた。俺様の問いかけにレレリスはニコッと笑い、胸に輝く金のバッジを見せた。
「いいえ。私は錬金術師です」
「レ? レンキンジュツシ……?」
聞き慣れない言葉に俺様は首を傾げた。
「物質を合成して金や金属を精製したり、武器や防具、ポーションを作ったりしています。武器や防具の修理、強化や防護もやってますよ」
「ほ、ほう……?」
人間界にはそういう職業があるのか。魔界では、特にネビロウスなどが魔物同士を掛け合わせてキメラを作ったり、魔物の毒と植物の毒を掛け合わせて猛毒を作ったりしているのだが、それに似ているのかもしれない。
「ラディさんはフォゼルという名前を聞いたことはありませんか?」
全く知らない名前なので、俺様は首を横に振った。
「そうですか。フォゼルは私の父の名前です。錬金術師フォゼルという名は冒険者の間では知らない人はいないくらい有名なんですよ」
父親のことがよっぽど自慢なのか、レレリスは頬を染め、興奮した様子で語り始めた。
「父の技術は本当にスゴイんです。私が勇者様とお知り合いになれたのも、父のおかげなんですよ。勇者様が今使っている剣は父が作ったものなんです! 盾も防具もそうなんです! スゴイでしょう?」
「ああ……そうなのか。ふーん」
俺様が素っ気ない返事をしたせいか、レレリスは急に顔を曇らせた。
「私にはまだまだ父のような技術がありません。父だったら勇者様も快くパーティに入れてくださったのかもしれません。……でも、父は戦えないんです。だけど私は戦えます。私の錬金術での戦闘は勇者様のパーティに入っても引けを取らないと自負しています!」
曇っていたレレリスの顔は次第にキリリと勇ましくなった。
錬金術での戦闘とは、一体どういう戦い方なのだろう。レレリスからは戦えるような強さを微塵も感じ取れないが……。
俺様は改めてレレリスを上から下にジーッと見定めた。




