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39話

「俺様がなんとかする。ネビロウス」

 俺様はネビロウスに駆け寄った。

「人間が避難できたら、ここにいるみんなを遠くに避難させてくれないか」

「なっ……どうしてですか!?」

「お願いだ。頼む」

 頭を下げる俺様を見て、ネビロウスは頭を掻きむしった。

「何もそこまでされなくても……おい、コココ!」

 くるりと後ろを振り向き、コココを乱暴に揺さぶる。

「貴様は魔法使いだろ! どうにかできないのか。アレを小さくする魔法とか、粉々にする魔法とか」

「……いいえ……言い伝えでしか知らないのですが、アレにはどんな魔法も効かないのです」

 コココは苦しそうに顔を歪めた。

「本当か!? そうやって我々を陥れるつもりだろ!」

「いえ、そんな……」

「やるだけやってみれば良いだろうが!」

「でも……私にはもう魔力が……」

「貴様そう言って」

「やめないかネビロウス」

 俺様は声を荒げるネビロウスを止めた。


「コココを追及していても仕方がない。俺様にはわかるが、アレはもうどうしようもない。5分も経たずに爆発してしまうだろう」

「そんな……それならやっぱり魔界に帰りましょう」

 俺様の手を握りしめ、行こうとするネビロウス。微動だにしない俺様を振り返ると、覚悟を感じ取ったのか、やがて崩れるように砂の上に膝をついた。俺様はネビロウスの手をそっと握り返した。

「ネビロウスも知っての通り、俺様は魔界の食べ物がどうも苦手でな」

 顔を上げたネビロウスはこんな時に何の話だろうと怪訝な顔つきになった。

「……ええ、知ってますよ。それがどうしたのですか?」

「どうも魔界の食べ物は身体が受け付けてくれないんだ。だから……人間界の食べ物ならどうだろうと。俺様は2ヶ月前、ひとりで人間界へ来た。そこで出会ったのがレレリスだ」

 レレリスがこちらを見上げたので視線がぶつかる。

「レレリスの作る食事は俺様の体に染み入ってな。幸せになれた。この幸せを噛みしめるために魔王になったのかもしれないと思うほどに幸せだった。食べることの楽しさや幸福感が俺様の中で蘇ったのだ」

「……」

「レレリスに俺様は心から感謝している。だから人間のために動きたいのだ」

「……」

 ネビロウスが眼鏡をクイっと上げた。

「気づいてましたよ、私は」

 口元が少しだけ緩む。

「人間界で何をされていらっしゃるのだろうと思っていました。でもまさか、この女と逢い引きしていたとは……」

「あっ、逢い引きなどではないっ!! 食事をしていただけだ!!」

 思わず顔がカッと熱くなる。

「あのな、ネビロウス。お前は1度も来た事がないと思うが、人間界にはな。美味いモノや美しいモノ、楽しいモノが数多くあるのだ。俺様が出会ったモノだけでは無く、もっともっと無数にあるだろう。俺様はそれらを大切にしたい。壊したくないんだ」

 ネビロウスは俯いた。そして「分かりました」と呟いた。俺様はネビロウスをふわりと抱き寄せた。

「これからの魔界を頼む」

 そっと離れると、立ち尽くすコココと目を合わせた。

 そしてポロポロと泣き続けるレレリスの手を取った。

「ありがとうレレリス。感謝している」

 駄々をこねるように首を振り続けるレレリス。やっと触れられたその手はとても温かかった。

(この温もりを忘れないようにしよう)

 離さないようにと握ってくるレレリスの手を名残惜しくも丁寧に離し、勇者の元へと俺様は急いだ。


 俺様を引き留めようと追いかけてくるレレリスをネビロウスが止めている。そこへアテリナが戻ってきた。俺様の元へ来ようとするアテリナもネビロウスがとめる。

 コココやウメモモ、カブコスは困惑した顔でこちらを見つめている。

(避難はある程度完了したようだな……よし)


 俺様は勇者に近づくとその周りに半円球の結界を張った。

 1周では少ないだろう。2周、3周と結界を張った。

 結界が分厚くなるにつれ、心配そうに見守るみんながだんだんと見えなくなっていく。

(レレリス……そんなに泣かないでくれ)

 せっかくの可愛い顔が涙でぐちゃぐちゃになってしまっている。


 顔の近くへと浮かぶと、勇者はもう目が虚ろで何を考えているのかもわからない表情になっていた。意識もないようだ。ふと、その目が俺様を捉える。

「なんだあ? 誰だあー?」

「魔王だ。爆発させるぞ」

「え?」

「覚悟はいいか?」

「じゃあ魔王もしぬんだあー! やったあ! ボクは真の勇者になれるんだあー!!」

「ああ、そうだな」

 にっこり笑った勇者の顔面を俺様は真下へと重く、深く、差し込むようにして殴った。

 そうして、勇者と俺様は結界の中で爆発した。




 温かい風が吹く。

 目の前がやけに明るい気がする。

「……ラ……ラデ……ラディさ……」

 レレリスの声がする。

 死ぬ前に見る走馬灯なのだろうか。でも何も見えない。なぜ声だけで姿が見えないのだろう。

 胸に温かい重みを感じる。これはなんだろう。

 徐々に自分の身体の輪郭が感じ取れるようになってきた。俺様はどうやら寝ているようだ。ただ、ベッドの上ではなく、砂の上のようだ。サラサラとした感触が指に触れる。自分が目を開けられることに気づいて開けてみると。

 一面の澄んだ青空が広がっていた。

(なんていう綺麗な空だ……)

 ふと、俺様の視界にウメモモの顔がニョキッと現れた。

「あ、目覚ました!! ねえ、目が開いたよ!!」

 誰に言ったのか分からないが、笑顔がピョンピョンと飛び跳ねる。

 すぐに涙でぐちゃぐちゃになったレレリスが目の前に現れた。

「ああっ! ラディさん……」

 俺様の目を見つめ、頬に手を当てる。

「良かった……本当に良かった。ラディさん……」

「だから誰なのだ? それは」

 訝しげなネビロウスの声が頭上から聞こえてきた。そこに目を向けると、目を赤くしたネビロウスが「さっきから知らん名前を……」とブツブツ文句を言いながら鼻を擦っていた。

「……生きてるのか、俺様は」

「はい!!」

 レレリスが満面の笑顔で答えた。

「ギリギリ身体を保ってらっしゃったラディさんに、私がポーションを作って飲ませたんです」

「ほう……そうか」

 レレリスの温かい涙がポタポタと頬に落ちてくる。

「……じゃあ勇者は?」

「……」

 俺様の問いにレレリスは俯き、首を振る。ネビロウスが身体の砂を払いながら立ち上がった。

「影も形もありませんでしたよ。アイツは」

「……そうか」

 俺様は体を起こした。レレリスが優しく背中を支えてくれる。体のあちこちがズキズキと痛むが、どこにも損傷は無いようだ。

 周囲を見てみると、俺様を中心にして結界の割れた跡がくっきりと残っていた。砂がまるで蟻地獄のように丸く抉られている。

「被害は?」

「ベガズアの建物がいくつか壊れたらしいです。でも人間は全員無事です」

「そうか……それは良かった……」

 ふと周囲を見回して見る。レレリスは両手を広げたウメモモの胸に飛び込んで泣き、よしよしと頭を撫でられている。

 ネビロウスはキョトンと俺様を見返した。他の者がいない。アテリナやカブコス、コココの姿が無い。

「他の3人はどうした」

「ああ、アテリナとカブコスならあそこに」

 指さした先を見て見るとアテリナはつい先程までの俺様のように、砂の上に横たわっていた。その横でカブコスが肩を落として座っている。

「どうしたんだ? アテリナは」

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