38話
以前レレリスは「とっておきの矢がある」と言っていた。もしや、あの漆黒の矢がそれなのだろうか。
(そんな矢があるならどうしてすぐ、俺様に使わなかったのだろう)
巨体を見つめるレレリスの様子がいつもと違う。手や足がガクガクと震えている。その矢を放てば本当に全てが丸く収まるのだろうか。
嫌な予感がする。根拠はないが、あの矢だけは絶対に使わない方が良い気がする。
「待て、レレリス」
構えようとするレレリスに近づき俺様は声かかけた。
「その矢を射るとどうなるのだ? 刺さった瞬間に爆発するかもしれないぞ?」
振り返ったレレリスはまるで助けを待っているかのように、涙が瞳に滲んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「待て、レレリス」
声が聞こえた。ラディさんの声がする。そう思って声の方を向いたら魔王がいた。
「その矢を射るとどうなるのだ? 刺さった瞬間に爆発するかもしれないぞ?」
気遣うような優しい話し方。
(ああ……同じだ)
声自体はラディさんよりも深くて低いのだが、話し方が同じ。
紫色の澄んだ優しい目も同じ。ラディさんがそこにいる。ラディさんは魔王だったんだ。
名前を聞いた時「ディブールだ」って最初に言っていたのに、どうしてその時に気づかなかったんだろう。
瞬間移動ができる、膨大な魔力の持ち主。あの偉そうな話し方も、辛そうに戦う姿も。よく考えれば分かるはずなのに、こんな事態になるまで気づかなかった。
魔王はラディさんだったんだ。
この矢を使う寸前でこんな大事なことに気づくなんて。
ああ、でも。もう1度会いたいと思っていたラディさんにまた会えたんだ。それだけで充分だ。これで心置きなく兄の元へ逝ける。
私の憎むべき相手は魔王じゃなかった。勇者だった。あんなヤツをずっと尊敬し、『様』まで付けて敬ってきたことが馬鹿みたいに悔しい。
ずっと偉そうな言動にも、エロい目つきにもムカついていた。その上愛する兄の命までも奪っていた。長い間騙されて生きてきた。悔しくて悔しくて頭がおかしくなりそうだ。
「レレリス」
魔王は音もなく私の隣へやってきて首を左右に振った。
紫色の優しい瞳がその矢を撃つなと言っている。気づいているのだろうか。この矢を撃てば私が死ぬことを。
この漆黒の矢は、実家の錬金術で様々な矢を作って試行錯誤している時、偶然できた物だった。
「黒い魔石と矢を錬成したらどうなるんだろう?」
黒い魔石は希少なものだから沢山は作れないけど、試しにやってみようと思い立ち、私は練金釜に矢尻となる鉄の鉱石と黒い魔石を放り投げた。
その時、鋭利な黒い魔石で指を切った。ポタポタと血が黒い魔石の上に落ちたがこれも運命だと思い、そのまま錬成して黒い矢を作った。
早速庭の的に当ててみる。
ビュン!! と、勢いよく飛んだ矢は的に当たった瞬間、魔法のように的と共に消滅した。
「痛っ!!」
驚く間もなく左足に痛みと衝撃が走る。
何が起きたのかわからないままズキズキと痛む足から靴下を脱がしてみると……左足の親指の爪が消滅していた。
何がどうなってこうなったのか、どう連動しているかなんてわからない。ただ、血を入れれば入れるだけ、私の身体は何かを、毛や爪や歯、足の指などを失い、消滅させる的のサイズも大きくなった。
それから私は自分の血液を瓶に貯めた。日々どこかしらを切り、血を出して貯まった瓶に集める。数滴だった血液はいつの間にか瓶に溢れそうなほどになった。そうして私はとっておきの矢を1本だけ作った。
出来上がった矢はこの世のどんな黒い物よりも黒い、漆黒の矢だった。
この矢を放てば、的は跡形もなく消滅するだろう。同時に私自身も消滅する。
今や怪物と化した勇者……いや、あのクズを消すにはこの矢を使うしかない。
大勢の命か、自分の命か。どちらかを取れと言われたら間違いなく自分の命を犠牲にする。そう判断できる自分がいることにホッとする。
勿論、自分の命はものすごく惜しい。でも、元々この矢を使い、自分の命と引き換えに魔王を倒す目的で旅をしてきた。使うのは覚悟の上だ。ただし、ラディさんが魔王である以上私がこの矢で狙うのはもう魔王ではない。クズ勇者だ。
(ラディさんと食事をしたのは後にも先にもパエリアを食べたあの1回だけだったな……)
つい1ヶ月前のことなのに、懐かしくて涙が出てくる。
「大丈夫です。これを撃てば目標物は消滅します。皆さんに被害は出ません」
私は魔王を見上げニコリと笑った。
「対価は?」
魔王は心配そうに私を見つめた。
「……ありませんよ」
「ないわけがないだろう。だったら何故そんなに泣いている?」
そう聞いてきた魔王の目は、ウルウルと揺れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、絶対におかしいよ。だったらなんでもっと早く撃たなかったの?」
ウメモモが横へやってきてレレリスの顔を覗き込んだ。
「いいじゃないか。撃つだけ撃ってみればいい。矢を放つだけだ。簡単じゃないか」
ネビロウスがレレリスを煽った。
「待て。絶対にやめたほうがいい」
俺様はレレリスの目を見つめ、目で真剣にダメだと訴えた。
ポロポロと泣き始めるレレリス。
「あー、もうなんなんだ。面倒臭い! 帰りましょう、魔王様。後は人間に任せましょう。我々は関係ない」
ネビロウスは俺様の手首を掴んで引っ張った。
「爆発は魔界までは来ないでしょう。こうなったのはそもそも人間のせいだ。せいぜいお前ら女3人でこの事態を収拾すればいい」
ネビロウスは翼を広げ飛ぼうとしたが、俺様は動かなかった。カブコスもアテリナも動かない。
「「「キャー!!」」」
遠くから甲高い悲鳴が聞こえてきた。どうやらベガズアの人間にも勇者の巨体が目に入ったらしい。山のような生物が動いて話しかけるから、その危険性を感じ取ったようだ。
「ねえー、ボクといっしょにしのー?」
巨体は街に入ろうとしていた若い女たちに近づいて行く。
アテリナはフワッと翼を広げて飛び、その女たちを素早く拾い上げた。
同じ頃、ウメモモもベガズアまで走り、大声をあげた。
「ベガズアにいるみんなー!! 逃げてー! 早くこの街から逃げてー! 西に来ちゃダメ!! 東に逃げてー!!」
ウメモモの声を聞いた人や巨体を見た人々が慌てふためきながら東へと移動して行く。
カブコスは巨体が少しでも何かに触れないように、植物を引っこ抜き、建物を破壊し、これから進む先を隈なく平らにしていった。
レレリスが「ふう」と息を吐いて弓矢を構える。
俺様はそんなレレリスから漆黒の矢を取り上げ、バキッと2つに折った。
「ああっ!!」
折られた矢を見てレレリスはペタリとその場に座り込んだ。
「これを放てばレレリスは死ぬのだろう? 俺様には分かる」
見上げたレレリスは何かを言いたそうに口を動かしたが、言葉が出てこない。
「レレリスが死ぬ必要はない。それは俺様の役目だ」




