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37話

「僕は被害者なんだ! 死にかけたのにまた旅に出ろって言われたんだぞ!」

 勇者はくるりと俺様の方を向いた。

「この際だからついでに言うとね、大量のゴブリンやゴーレム、蛇女や狼男を殺したのも僕だよ?」

 妙に清々しい顔をしてニヤリと笑う。

「レオリスは『なるべく魔物は殺さないように』って言ってたんだ。魔王だけを捕まえて話し合いに持ち込みたいって」

 レレリスとは違い、からくりのない無骨な矢を次々に放っていた当時の弓使い。思い返して見ると急所を外すような攻撃ばかりだった。

「レオリスの野望は人間界にいる魔物の全てを魔界へと戻し、魔界から2度と出さないようにして欲しいっていう願いだったんだ」

 勇者の言葉に、少しだけレレリスが顔を上げる。

「でも僕はそんなことどうでも良かった。早く魔王を殺して真の勇者になって、チヤホヤされる日々を送りたかった。だから僕の前に立ち塞がった奴はもれなくバラバラにしてやったんだ!!」

 剣を持つ手にグッと力を入れ、勇者はアテリナに顔を近づける。抵抗して仰け反るアテリナの首に剣が当たる。すると真っ赤な血がタラリと垂れた。

「……そうか。メローナやウロンを殺したのも貴様だったのか……本当に救いようのないクズだな」

 ネビロウスが砂にペッと唾を吐き捨て剣を構える。

「ねえ、こんな奴に触られたくないっ!! 早く離しなさいよっ!!」

 アテリナが勇者の腕にガブッと噛み付く。

「離せっ!! 早く離せっ!!」

 カブコスが勇者に向かっていく。


 ブワッ。

 俺様の周りに黒いモヤが現れた。

(なんだ。どうしてもんなものが出るのだろう……)

 魔王になって1度もこんなものが現れたことなど無いのに。まるで自分が別物になってしまったようだ。

(許せない……許せない……許せない)

 あの勇者も許せないが、何より自分が許せない。殺すべきだった。10年前のあの時に。

 俺様がコイツを殺していれば、レレリスの兄は死ななかった。そうすればレレリスはこうして旅に出ることもなかった。家族で幸せに暮らしていたことだろう。メローナやウロンは死なずに済んだし、大量のゴブリンやゴーレムも死なずに済んだ。あの時の躊躇いが尊い多くの命を奪った……。

(許せない……許せない……許せない……)

 レレリス、その涙は俺様のせいだ。やはり俺様は恨まれて当然の魔王だ。

 どう償ったらいいのかわからない。でも仇である勇者を今から殺すから、少しは気分が晴れてくれ。


 黒いモヤで視界が歪む。

 コココ、レレリス、ネビロウス。勇者、アテリナ、カブコス、ウメモモ。

 全員が俺様を見て戦慄しているのがわかる。

(そうか、今わかった)

 人間界の食材で魔力が減ったのでは無い。ただ抑えられていただけなのだ。解放すればこんなにも魔力が溢れてくる。


 カブコスと勇者がせめぎ合っている剣を奪い取り、俺様はそれを空へと放り投げた。すぐに手の平から衝撃波を出し、木っ端微塵にする。

 俺様に降り注ぐ雨のような自分の剣を見て、勇者はあんぐりと口を開けた。

 そんな勇者の首根っこを掴んでそのまま空へと飛ばす。すぐ真横に飛び上がり、地面に叩き落とし、急降下して踏みつける。

「ぐはっ……」

 勇者は血を吐いて苦しそうに顔を歪めた。

(もっともっと苦しめてからコイツは殺さねば)

 勇者以外は後退りし、固唾を飲んで見守っている。

(ああ、そうだよな。レレリス、そしてネビロウス)

 2人も長年の恨みを晴らしたいだろう。コイツを苦しめたいだろう。でもその役は俺様が全て引き受ける。

 みんなの顔を見ながら勇者を蹴り続けていると、へしゃげた胸当てがガラッと外れた。勇者は砂の上を這いずって尚も逃げようとした。蹴っても蹴ってもズルズルと砂の上を這う。どこへ行こうというのか。

 ふと、勇者は腰のベルトから虹色に光る何かを取り出した。何をするのかと思ったら、それを口に入れゴグッと飲み込んだ。

 

「ぐ、ぐぐぐ……」

 自分の喉元を掴んで勇者は苦しみ始めた。顔が赤くなり、やがて紫色に変わっていく。顔中の血管がボコボコと浮き出ていく。

(なんだ? 何を飲んだ? 自害したのか?)

「ぎ……ギギャー!!!」

 勇者が化け物のような悲鳴をあげると、今度は手や足の色も紫に変わり、身体中の血管がボコボコと盛り上がって浮き出てきた。勇者は苦しそうに肩で息をしながら、俺様を振り返ってニヤリと笑った。

「飲むつもりは無かったけど、こうなったらしょうがないよね」

 もう勇者とは言えないその姿にいわれのない胸騒ぎが起きる。自分の黒いモヤはいつの間にか消えていた。

「魔王様、いったいどうしたのです?」

 ネビロウスが駆け寄ってきた。

「勇者が虹色の粒を飲んだんだ」

 俺様がそう言うと、背後でコココがハッと口に手を当てたのが分かった。


「なんだ。心当たりでもあるのか」

 振り返って聞くが、ガタガタと震えるばかりでコココは何も答えない。

 そのうちに勇者はブクブクと膨れ上がってきた。

 まるで身体に油を注入されているかのように、醜く歪んだ形状に膨らんでいく。はち切れんばかりになった衣服はビリビリに破れ、俺様よりもカブコスよりも大きな紫の巨体ができていく。

「そんな……そんなはずは……」

 コココがもう勇者ではなくなった巨体を見上げて青ざめる。

「心当たりがあるんだろう? コココ、あの粒は何だ?」

 俺様が側へ駆け寄ると、どこを見ているか分からない、焦点の合っていない目でコココは呟いた。

「虹色の粒……それはガルーゴラ国に伝わる劇薬です……」

「劇薬?」

 そこへウメモモが駆け寄ってきた。

「ねえ、すごく嫌な予感がする……怖い……なんでこんなことになっちゃったの!? なんでこんなに膨れるの!?」

 コココは厳しい表情を作り、唇を噛み締めた。でもやがて決心したように巨体を見上げて叫んだ。

「吐いてください! まだ間に合うかもしれません!! 大きくなるだけじゃなくて、いずれ自分ごと爆発するんです! その粒は!!」

 勇者だった巨体は、3メートルの俺様が首を真上にして見上げるほどの、でっぷりとした山のような大きさになってやっと膨張が止まった。やがてぐるりと首だけが振り返ると、我々を見下ろしてニヤリと不気味に笑った。

「自分ごと爆発ぅー? いいねー。僕の最期にお前らを巻き込んでやろぉ。自分だけが死んでたまるかあー」

 巨体はそう言いつつ、やがてボロボロと泣き始めた。

「この虹色の粒は旅に出る前日に国王から貰ったんだあー! 劇的に強くなる薬だってー、これで魔王を倒せってー! 真の勇者となりなさいって言われたんだー!!」


『僕は被害者』

 勇者が数分前に言っていた言葉が蘇る。コイツは国王におだてられ、捨て駒にされたというのか。

 隣に居たネビロウスが拳を握りしめた。

「勇者もろとも魔界を爆破させるつもりだったんでしょう。ガルーゴラの国王は……」


「ねえねえ、どうやったら爆発しないの?」

 カブコスがコココの肩に手をかけて聞いた。

「吐いてください!! お願いです!!」

 コココが巨体を見上げて叫ぶ。

「ヤダ、ヤダ、ヤダ、絶対ヤダ!! 誰がそんなことするかあー」

「お願いです! このままでは我々だけじゃなく、ベガズアの人たちにも被害が及びますよ!!」

「ふうん、ざまあみろー」

 ズルズルと、巨体はベガズアの方へと体を引きずって動き始めた。俺様たちだけでなく、ベガズアの人間にも巻き添えを喰らわせるつもりらしい。

 動く巨体を見てコココが頭を抱えた。

「コココ、俺様がヤツを抱えて空に飛ぶのはどうだろう? 持ち上がるかはわからんが」

「魔王様! それでは魔王様の命が」

 アテリナが俺様の腕にしがみ付き、首を大きく振った。

「いいんだ、アテリナ。上空なら被害は少なく済むだろう」

「ダメです、危険です。きっと触れるだけで爆発すると思います」

 コココは巨体を見つめたまま杖をギュッと握りしめた。

「何それ……触れずに攻撃なんて無理だよ……」

 ウメモモが砂の上にペタリと座り込んで呟いた。 


 誰も何も言えず、シンと静まり返る中、巨体が砂の上を動く音だけがジリジリと聞こてくえる。


「方法があります」

 レレリスの声がした。振り向くとレレリスが凛とした表情で1歩前へ進み出てきた。

「この矢を使えば……きっと大丈夫です」

 ブルブルと震える手が掴んでいるのは、漆黒の矢だ。

「皆さんは下がっていてください」

 そう言うと、レレリスはにっこりと愛想笑いを浮かべた。

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