36話
「そうだったんだ……」
コココの小さな呟きを聞き、勇者がぐるりと振り返った。
「コココ!!」
腹にズシンと響く怒号。声を発したのが、勇者だとは瞬間思えなかった。
「考えれば分かるだろう! 何もかもでっちあげだ! 魔物が言う事と僕が言う事どっちを信じるんだ!!」
「……」
俯いたコココはやがて真っ直ぐで鋭い視線を勇者に向けた。
「魔物を信じます」
「何? 貴様……なんだその目は」
「貴方の話すことすべてに、私はずっと疑問を持っていました」
コココは凛とした姿勢を貫き、ハキハキと話し始めた。
「私やウメモモのサポートが無ければロクに戦えない貴方が、なぜ勇者然としているのか。私たちの身体を度々いやらしい目で見ることが不快でしたし、偉そうな態度もずっと不快でした。まあでも、魔王討伐に1番近かった凄い方だから、国の英雄だからとすべてを我慢してこれまで付いて来ました。でも、まさか……10年前の敗因が貴方のせいだったなんて……」
何を言っているんだというように勇者は頭を振り、肩を竦めた。コココへの説得を諦めたのか、勇者はレレリスの方に向き直り、目を細めた。
「レレリス。お前だけだな。僕を信じてくれるのは」
「……」
レレリスは勇者に声をかけられても微動だにしなかった。肩を揺らされても「おい」と言われても放心状態で突っ立っている。頷くでも怒るでも泣くでもない。まるで何も聞こえていないかのような反応だ。
「レレリス?」
俺様が声を掛けたが、レレリスは砂を見つめるだけでこちらを向かない。混乱しているのだろう。無理もない。
「たっだいまー!!」
場にそぐわない明るくて呑気な声が遠くから聞こえてきた。見ると、カブコスがウメモモを肩に乗せてこちらへ走って来ていた。
2人とも身体中のあちこちがボコボコに腫れてアザだらけだ。歯が抜けていたり口や鼻から血が出ていたり。それでもなぜか2人とも爽やかな笑顔だ。
命に別状は無さそうだが、ここへ戻って来たということは決着はついたのだろうか。
「何やってるカブコス。人間の女など肩に乗せるんじゃない」
ネビロウスが丸眼鏡を上げてカブコスを睨む。
「ネビロウス、すっげえ楽しい闘いだったんだ! オイラ、ウメモモと友達になったんだ!! な?」
カブコスはキラキラした笑顔でそう言うと、ウメモモと目を合わせて笑い合った。
「うん!!」
「……どっちが勝ったんだ?」
どうしても気になったので俺様が問いかけると、2人はまた目を合わせ、同時に首を傾げた。
「「……さあ?」」
「どういうことだ? 勝敗はついていないのか?」
ウメモモは斜め上に視線を向け、首を捻った。
「えっとねー、2人同時に会心の1撃が当たってー」
ウメモモがカブコスの頬に拳をそっと当てると今度はカブコスがウメモモの頬に拳を優しく当てた。
「同時にパタッと気絶したの。目を開けたのも同時。すごくない? こんなに力が同じならもう友達じゃん! ってアタシが言ったら、カブコスが「だな」って笑ってくれて。だからうちらはもう勝つとか負けるとか関係なくて、友達なの!!」
ウメモモがカブコスの首にガバっと抱きつくと、カブコスは嬉しそうにエヘヘと照れ笑いを浮かべた。
「うん、そう友達!」
楽しそうに話す2人を見ていたら、ムクムクと不思議な気持ちが湧いてきた。何だろう。腹が立つような、情けないような、バカらしいような、それでいて羨ましいような。
こんな戦いの中で何を言ってるんだと叱るべきなのかもしれないが、元々、そして今後の魔界や人間界がこうであったらどんなに良いだろう。
俺様の目指す姿はまさにこの姿ではないだろうか。
「ふざけるな……許せない……私は人間を許さない……」
突然、ネビロウスが頭を抱えて唸った。
「メローナやウロンの恨みは消えたりしない……思い出せカブコス。メローナやウロンの姿を」
言われたカブコスは眉間にシワを寄せた。そしてその場にいるコココ、レレリス、勇者の姿をジーッと見つめ始めた。
「お前も恨んでいただろう。人間を」
「う……そうだけど……」
「カブコス、私がウメモモを殺すと言ったらお前はどうするんだ?」
「へ?」
「私と戦うつもりなのか?」
「え……それは……えっと……」
「キャアア!!」
突然、悲鳴が聞こえた。アテリナの声だ。
振り返ったらアテリナが勇者に羽交い締めにされていた。剣が今にも首に当たろうとしている。
「もう何もかもどうでもいい!! 僕はこのサキュバスと欲に溺れて死んでやるっ!!」
向けられた剣をアテリナは必死に抑え、抵抗した。
「誰がアンタなんかっ……」
「さっき僕がタイプだったって言ったじゃないか」
「それは10年前の話でしょう! 欲にドップリ浸かった今のアンタなんてもう興味ないのよっ!」
「ちょっ、アットン。何やってんの? どうしたの?」
ウメモモがカブコスの肩から降り、駆け寄ろうとする。
「来るな、ウメモモ!! 僕はもう死ぬんだ。全部レレリスのせいだ!!」
勇者は深くため息を吐いてからレレリスを睨んだ。
「レレリス、やっぱり貴様を仲間にするんじゃなかったよ……貴様が作った食事には絶対に、絶対に、絶対に毒が入ってると思ってた。僕を殺そうとしてるって思ったから」
「え……」
レレリスが顔を上げる。
「でも貴様がスカートを短くしてきた時に気づいたんだ。僕が10年前についた嘘をキミは未だに信じてるんだって。僕を心から敬い、仲間になりたいと心から願い、僕に取り入ろうと色仕掛けまでしてくる。ああ、レレリスはバカなんだって」
「……」
レレリスの瞳がゆらゆらと揺れる。
「あの、おっしゃる意味が……」
「まだわかんないの? このサキュバスが言った通りだよ。レオリスを殺したのは僕。その金バッチは死体から盗んだだけ。託されてなんかないよ」
「ちょっ、ちょっと何それ」
シンと静まり返る砂漠にウメモモの声が響く。
「ねえ、何の話してるの?」
その場に居る全員の顔色をウメモモは伺うが、答える者はいない。
「フンッ。やっぱり貴様が仲間殺しのクズだったのか。沼に落ちても生き延びてたんだな。しぶといクズだ」
ネビロウスが呆れたように鼻で笑った。
「はあ!? 僕がクズだって!? 僕はガルーゴラ国王直々に、2度も勇者に任命されたんだ。英雄だぞ!!」
勇者は真っ赤な顔で喚き始めた。
「レレリス、あれは仕方がなかったんだ!! あの時の僕は死にそうで、ちゃんとした判断が出来なかった!! 当時の僕はまだ19歳だったんだ。無理もないだろ!」
勇者の訴えにレレリスは俯いたまま何も応えない。
「何の人生経験もなく勇者だって言われて、親から引き離されて、辛くて苦しい訓練まみれの日々で。ようやく訓練が終わったと思ったら今度は男だらけで旅に出されて。挙句の果てにはリーダー気取りの弓使いがああしろ、こうしろって。うるさくって、うるさくって……だから殺したんだ!! 僕は悪くない!!」
勇者の喚きにレレリスが崩れるようにしゃがみ込む。慌ててレレリスの元へコココが駆け寄った。




