34話
俺様が両手に人間を抱えて戻ってくると、引きちぎった服で傷口を保護していたネビロウスは訝しげな顔をした。
丁度その時、アテリナが数メートル先にドサッと落ちてきた。
「アテリナ!」
勇者をその場に放り投げ、レレリスを砂の上に下ろし、アテリナに駆け寄る。
アテリナは髪も服も翼も。全身が焼けてボロボロになっていた。ただでさえ露出度の高いスリットワンピースは腹や太ももにも穴が開き、目のやり場に困る程露出度が高くなっている。
ネビロウスも俺様に続いて駆け付けた。
「あら、魔王様。ネビロウスも。心配してくださって嬉しいですわ」
焦げた顔をヘラっと崩してアテリナは笑った。
「そんなことを言ってる場合か。大丈夫か?」
アテリナを抱きかかえて起こす。
「大丈夫ですわ。ちょっと爆撃を食らっただけですもの」
そう言って見上げた視線の先には無表情のコココが宙に浮いていた。
「あの子、人形なんじゃないの? アテリナが精一杯サービスしてあげようとしたのに、顔色ひとつ変えなかったわ」
精一杯のサービスとは……。何をしようとしたのか、考えたいような考えたくないような……。
よく見ると、コココの頬や首には無数の赤いキスマークがある。その姿と無表情は全く釣り合ってない。
アテリナはサキュバスだから欲深い男と戦った方がやはりその能力を遺憾なく発揮できたのだろう。コココとの相性は最悪だったらしい。
勇者なら……。レレリスの太ももをジロジロ見たというアイツならアテリナが有利になったかもしれない。でも、ここまでボロボロになったアテリナをこれ以上戦わせたくはない。
傷を負うネビロウス。焼け焦げたアテリナを見てふと思う。カブコスは大丈夫だろうか。
「カブコスを見てくる」
俺様はそう言うと、ネビロウスとアテリナの周りに半球状の簡易的な結界を張り、カブコスの元へと飛んだ。
信じられない光景に開いた口が塞がらなかった。
カブコスとウメモモは弾ける笑顔でまるで子供が遊んでいるようにお互いを殴り合っていたのだ。
カブコスは左目と両肩がボコッと大きく腫れ、鼻血が出ている。ウメモモはアゴと腹と背中に赤黒いアザができている。
それでも両者とも目がランランと輝き、歯を見せて笑っている。戦っているのが心底楽しいと、見ている俺様に伝わってくる。
カブコスが素早い動きでウメモモに殴りかかると、ウメモモが素早い動きでそれを交わす。どちらが先に相手に致命傷を与えられるか、見ている俺様もワクワクする戦いだ。
「邪魔しないほうがよさそうだな。勝敗が着くまで思う存分戦えばいい」
聞こえない声で呟いた俺様は、また元の場所へと戻った。
元の場所では結界を破ろうと、勇者が躍起になって剣を振り回していた。コココにまた増強魔法をかけさせたらしく、全身から赤いオーラが出ている。そんな勇者を背後からサポートするように、コココは勇者に杖を向けていた。
結界の中ではアテリナがネビロウスに耳打ちをし、コソコソと何かを話し合っている。ふたりとも顔つきが険しい。何の話をしているのだろうか。
(そういえば、レレリスがいない……)
俺様は周囲を見回した。レレリスは遠く離れた場所で釜を出し、何かを作っていた。ポツンとしゃがんだ小さな背中。まだ戦意を失っていないらしい。
(ああ、このままレレリスだけを連れ去って、囲いに隠すことができたらどんなに良いだろう……)
ふと、そんなことを思い、頭を振る。
ピシッ! 結界がヒビ割れる音がした。慌てて俺様は勇者を後ろから羽交い締めにし、そのまま空へ上がった。
「なっ! 離せ! 下ろせ!」
勇者は剣を振り回して暴れた。剣が俺様の太ももにザクザク当たり、痛みが走る。
(コイツ……このまま首を絞めて殺そうか……)
パリンッ! 結界の割れる音が聞こえた。見ると、コココが結界を割ったようで、そのまま杖をアテリナとネビロウスに突きつけていた。
慌てて瞬間移動し、コココに掌を向ける。掌から出した光線はコココの顔に当たり、コココを徐々に灰色に染めていった。
固まった灰色の手からポロリと杖が落ちる。すんでのところで魔法を止めることができたようだ。コココは硬く無機質な石になった。
「コココ!」
叫ぶ勇者がまた剣を振り回そうとしたので、勇者の顔にも同じように掌を向け、勇者を石化させた。振りかぶった体勢のまま勇者は石になって固まった。
背後でレレリスがハッと息を飲んだのが分かる。
俺様は石となった勇者からそっと離れた。駆け寄ろうとするネビロウスとアテリナを手で静止する。
2人をこのまま殴って粉砕してしまえば、2度と彼らは人間に戻れない。すぐに砂漠の砂に紛れて跡形も無くなく消えるだろう。そうなれば人間はレレリスとウメモモだけになる。
(よし、殴れ)
自分に言い聞かせるが、何故か手が出ない。ネビロウスやアテリナを傷つけた憎き相手だ。ムカつく奴らだ。こいつらを殺さないとこの戦いは終わらない。石を殴るだけだ。殴れ。
「……」
見守るネビロウスとアテリナの視線が突き刺さる。
俺様が生かしたいのはレレリスだけだ。勇者には前から腹が立っていたじゃないか。勇者だけでも殺してしまえ。
「……」
「魔王様!」
ネビロウスが痺れを切らしたように叫んだ。
(殴れ、殴れ、殴れ……っ)
俺様が手を出せずに突っ立っていると、レレリスが2つの瓶を勇者とコココの背中めがけてそれぞれに投げた。
パリンッ!! 割れた瓶から液体が流れていく。
何を投げたんだろう。この短時間に作れるものなどあるのだろうか。
「いい加減にしてくださいっ! 魔王様っ!!!」
ネビロウスが俺様をドンッと突き飛ばして怒鳴った。
「これでは10年前と全く同じじゃないですかっ!!!」
押された俺様は何も言えず、唇を噛み締めた。
「10年前もあなたは人間にトドメを刺さなかった……また今回も……」
「……」
「もういい。私が殺します。あいつらを」
まだ石化の解けていない勇者とコココを睨み、ネビロウスは剣を構えた。
剣を構えるネビロウスにレレリスが黄色い矢を次々に放った。眩しい閃光が辺りを包み、目を開けていられなくなる。
「くそっ!」
ヒュンヒュンと剣の振るう音が聞こえる。ネビロウスが闇雲に剣を振り回しているようだ。
「くそっ! くそっ!」
手応えがないのか、苛立つ声が聞こえてくる。
「やっぱりあなたなんだわ! 10年前に兄を殺したのは! 魔王がトドメを刺さなかったから、そうやってあなたが兄を殺したんでしょう!!」
レレリスの怒鳴り声がすぐ近くから聞こえてきた。
「違うと言ってるだろ! 小娘は黙ってろ!」
ようやく目が開けられると、勇者とコココはレレリスが居る場所まで後退していた。砂にはズルズルと引きずった跡が残っている。我々の目がやられていた間にレレリスが彼らを運んだのだろう。
「私の兄はーー」
「黙れっ! 貴様を先に殺してやる」
ネビロウスがギロリとレレリスを睨み、剣を構えた。ゾッと悪寒が走る。それだけはやめてくれ。ネビロウスがレレリスに攻撃するなら、俺様はネビロウスと対峙しなければならない。




