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31話

 矢筒に手を掛けたレレリスは、今度は紫色の矢を取り出し、俺様に向かって放った。紫の矢は俺様が避けても瞬間移動してもずっと後をつけて追ってきた。よく見ると真っ黒な液体が矢の先端にべっとりと付いている。

 毒だろうか。以前レレリスが毒ヘビを捕まえ、これで毒の矢を作ると言っていたことを思い出した。『ラディさんに向けては絶対に打ちませんから!」とレレリスは笑っていたが、現実になってしまった。

 毒ヘビの毒など俺様にとって大したダメージにはならないが、わざと刺さってやるつもりは無い。


 俺様は瞬間移動してお団子頭の前に立つと、当たる寸前ですぐ後ろへ瞬間移動した。毒矢をお団子頭に当ててしまおうと思ったのだ。きっと致命傷にはならない。レレリスが毒消しを持っているだろう。

「あっ!! ウメモモさんっ!」

 レレリスが頭を抱えて青ざめる。

 ウメモモと呼ばれたお団子頭は自分の顔の前に来た毒矢を素手でガッ、と掴むと、後ろにいる俺様の太ももに突き刺そうと振りかぶった。刺されるもんかとウメモモの顔を蹴り上げて遠くへ飛ばす。あの一瞬でよく俺様が後ろに立つことを予測し、攻撃に変えたもんだと感心しながら見つめる。ウメモモはまだ手に持ったままだった毒矢を俺様めがけてぶん投げた。


 俺様は飛んでくる毒矢に右掌を向け、そこから炎を出した。毒矢は一瞬で灰になり、砂の上にサラサラと落ちた。 

「瞬間移動するし、飛ぶし、炎出せるしー!」

 受け身をとって砂の上に降りたウメモモは苛立つように頭を掻きながらレレリスに近づいた。

「さすがは魔王って感じ」

 肩を竦めるウメモモにレレリスは蒼白だった顔を緩ませて駆け寄った。

「途中から目で追えませんでしたが、毒消しは要りませんか?」

「大丈夫。大丈夫」


 一方、防護魔法で守られた勇者をいくら斬り付けても埒が明かないと思ったのか、ネビロウスはふわりと浮かび、呪文を唱え始めた。

 この呪文はネビロウスが得意とする召喚魔法だ。訝しがる勇者やコココの真下に、やがて禍々しい魔法陣が表れ、ゴブリンゾンビがワラワラと現れ始めた。


「チッ!!」

 派手に舌打ちをした勇者はゴブリンゾンビを次々となぎ払った。切っても切っても沸いてくる。コココは火炎魔法を繰り出し、ゴブリンゾンビを燃やしていく。

「おい! お前らもやれ!!」

 勇者の掛け声にレレリスやウメモモも動く。殴って倒していくウメモモ。遠くから矢の雨を打つレレリス。

 流石はレッドドラゴンや氷オオカミを倒しただけはあるパーティだ。ネビロウスが何千という数を召喚したのに、ゴブリンゾンビはどんどん倒されて消えていく。

 

 俺様は瞬間移動してネビロウスの背後に立った。

 レレリスが命を落としてしまわぬように、自分の手加減でこのパーティーを瀕死に追い込み、早いうちに戦意をくじこうと思ったのだ。

「ネビロウス。今のうちに俺様が奴らに重圧をかけて内臓を潰そう。お前は離れていろ」

 囁きを聞くなりネビロウスは笑顔になった。

「ええ、お願いします」

 そう言って浮上して行く。小さな点になったことを確認すると、俺様は高く掲げた両手を素早く振り下ろした。


 ズンッ。

 地響きとともに、下にかかる重圧が俺様を中心に円を描いてかかった。瞬間、数匹残っていたゴブリンゾンビは粉々に砕けて砂に同化した。

 矢を放とうとしていたレレリスは手に持っていた弓と矢を地面に落とし、前屈みになった。やがてガクガクと身体を震わせながら膝を着く。

 杖を向けていたコココは杖が地面に埋まってしまうのを必死に反対の腕で支えた。重圧に抵抗して腕を上げ、俺様に魔法を繰り出そうと抵抗するが、レレリスと同じようにやがてガクガクと体全体を震わせながら膝を着いた。

 勇者を覆っていた防護魔法はパリンと割れ、勇者は重そうな剣をザクッと砂に刺した。屈んでしまいそうになる頭や足腰を、剣を支えにして堪えている。

(もうひとりは……どこへ行った?)

「……何!?」

 ウメモモは歩いていた。何も支えになどせずに踏ん張りながら真っ直ぐに。ゆっくりとではあるが1歩ずつ、俺様を見据えたままこちらへ近づいてくる。

(おかしい。歩けるはずがない。この重圧に耐えられるわけがない。ウメモモの身体はどうなってるんだ……?)


 信じられなくて重圧の出力を上げてみた。

 レレリスやコココ、勇者はかかる重圧で押しつぶされるように地面に伏した。苦しそうに顔を歪めるレレリス。口から血が流れ、砂に垂れていく。

(ごめん、レレリス……。命までは取らないから耐えてくれ……)

 胸が痛すぎて目を反らすとウメモモはまだ拳を地面に突き立て、足を震わせながらも立っていた。

 おかしい。倒れないウメモモもおかしいが、俺様の魔力がおかしい。漲る魔力が腹の底から湧き上がってこない……。力を解放した時にも同じような違和感があったが。まさか……。

 俺様は重圧をかけるのをやめ、自分の掌を見つめた。10年前はこんなものではなかった。今より10倍以上の力が出せたし、魔王城にいる全ての魔物と人間の動きを封じることができた。まさか……。


 重圧が解かれたウメモモはすぐに俺様に向かって走ってきた。 

 くるんと1回転して飛び上がると、拳を握りしめる。俺様の左膝に強い衝撃が走った。膝が割れたのかと思うほどの衝撃だ。グッと唇を噛み締めて痛みに耐える。右膝にも追撃を喰らわせようとするウメモモ。俺様はその拳をガッと掴み、ウメモモに衝撃波を当てて見えなくなるほど遠くへと飛ばした。

「魔王様」

 ネビロウスが俺様の隣へ降りてきた。

「どうして攻撃をおやめになったのですか? まだお身体の具合でも悪いのですか?」

 心配そうに見つめる目。その目を俺様はスッと逸らした。魔力が減ったかもしれないなどと、ネビロウスに言えるわけがない。

「……何でもない。だたの気まぐれだ」

 苦笑いし、もう1度自分の掌を見つめる。まさか……。

(まさか食事のせいだろうか……)

 人間界の食材をこれまで何度も食べた。それが俺様の魔力を減らしてしまったのか……?




 伏していたレレリスは、やがて血を吐きながらズルズルと這いつくばって自分のリュックに手を伸ばした。その中に入っていた瓶を取り出して無理やり口に含む。するとたちまちに青ざめていた顔が明るくなった。

(回復した? なんなのだ……あの瓶は)

 すぐさま起き上がり、勇者やコココにも瓶を渡しに行くレレリスを見て、ホッとすると同時に俺様は焦った。

 心を鬼にしてダメージを与えたのに、これではふりだしに戻ったのと同じだ。

 瓶を逆さに振り、1滴残らず飲み干した勇者は首をコキコキと鳴らして言った。

「コココ、僕に増強魔法をかけろ」

「あ、でも……杖が……」

 小さな声で呟くと、コココは両手で砂の中を漁り始めた。杖が砂に埋まり、見失ったらしい。レレリスも慌てて探す。

「スペアは無いのか?」

 勇者の苛立つ声を聞いても探る手を止めず、首を左右に振るコココ。

「チッ」

 大きな舌打ちをして「まあいいか」と言いながら勇者はゆっくり剣を構え、唐突にこちらへ駆けてきた。

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