30話
ずっと仇を討ちたかった相手が目の前にやってきたというのに、なぜか現実味が感じられない。
(意外と大きい角なんだ……魔王も服を着るんだ……ヒラヒラしてるけど何の生地なんだろう……)
足元がフワフワして立っているだけでやっとなのに、なぜかそんなことばかり考えてしまう。
「アレって魔王だよね?」
跳ねた声が聞こえ左を向くと、ウメモモさんが瞳を輝かせてこちらを見ていた。明らかに強いとわかる相手にワクワクしている顔だ。
ウメモモさんの向こうにいる勇者様は青ざめた顔で空を見上げ、「なんでアイツらがこっちに来るんだよっ!」と歯を食いしばって悔しがっている。
反対を向くとコココさんはいつも通りの無表情で空を見上げていた。でも、よく見ると杖を持つ手がブルブルと震えている。
空が暗い雲で覆われ始めると、すぐに魔王の元へスーツを着た丸眼鏡の魔物が飛んできた。とんがった耳、灰色の肌。ダークエルフという種族の魔物だ。眼鏡なんて魔物も目が悪くなるのかと冷静な自分が疑問を持つ。
「こんなところに現れるなんて想定外だけど。やるしかないよね?」
ウメモモさんが言った。私は頷いてポケットから金属のスティックを取り出し、弓矢を開いた。
ダークエルフは魔王と数回言葉を交わした後、勇者様の元に真っ直ぐに向かってきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺様はネビロウスと共にそれらしき冒険者をベガズアの上空から探した。
ベガズアは南側が青い海に面した砂浜があり、北側は低い山に面した巨大な街だ。建物は白い石で作られたものが多く、人通りも多い。まだ明るいのに1軒だけド派手でカラフルな建物がある。あれがカジノだろうか。
隣で浮くネビロウスは街を行き交う冒険者を「あれも違う、これも違う」と言って精査し始めた。
「おかしいですね。この街に滞在しているはずなのに……」
見当たらないと判断したのか、ダンジョンの出入り口を見下ろす。
「もう潜っているのかもしれませんね。まあ、街を破壊していたら現れますよね?」
「いや、ちょっと待て」
行こうとしたネビロウスの肩を俺様は手で止めた。実は魔王城を出る時、居場所カードを確認していたのだ。レレリスはまだベガズアには着いていないようで、ここから西にある砂漠をゆっくりと進んでいるようだった。
「ネビロウス、人間は魔物よりも移動速度が遅い。奴らはまだベガズアには来ていないと思う」
俺様の言葉にネビロウスはポカンと目を丸くし、鼻で笑った。
「ああ、人間はもれなく空を飛べないんでしたね」
「ああ、そうだ。あの赤い砂漠を探さないか?」
俺様の提案にネビロウスは頷いた。
「仕方ありませんが、そうしましょう。手分けしたほうが早いでしょう。見つけたら合図を飛ばしてください」
言うなりネビロウスは北西へと飛んでいった。
俺様は西に向かって飛んだ。見つけたいような。見つけたくないような。
でも、他の4人組をレレリスたちだと偽って襲うような姑息な真似はしたくない。
街の外れから赤い砂漠へと俺様は進んだ。
「!!」
すぐにぞろぞろと歩く4人組の姿が見えた。
こんなうだるような暑さの中、ひとりだけベロアのポンチョを羽織った女がいる。ゆるふわの金髪が汗でペッタリとしぼんでいる。前よりもリュックが大きいようだ。荷物が増えたのだろうか。
「レレリス……」
元気な姿が見られたことに少しだけホッとした。
レレリスの前には例のお団子頭がいる。後ろには黒いローブ姿の背の高い女。1番前にはムカつく勇者がダルそうに歩いていた。
このままレレリスを見ていたいが、もう覚悟は決まっている。
(やるか。命までは取らないように)
力を解放するのが奴らを見つけた合図になる。
俺様は深く長く息を吐き、抑えていた魔力を解放した。
俺様が魔力を解放したら空に灰色の雲が現れ始めた。雲はどんどん広がっていき、辺りが薄暗くなっていく。
お団子頭がすぐ顔を上げ、俺様に気づいた。真ん丸いリュックを砂の上に下ろす。勇者、黒い女、そしてレレリスと次々に俺様を見上げ、荷物を降ろした。
レレリスは少し痩せただろうか。敵意を剥き出しにされると思っていたのに、俺様と目が合っても顔つきはさほど変わらなかった。
「魔王様」
ネビロウスが飛んできた。俺様の目線を見ていたのか、すぐに下を向く。
「男ひとりと女3人。書類にあった特徴と一致しますね。奴らでしょう」
「ああ。きっとあのお団子頭がこの中で1番強いだろう。俺様が行く。ネビロウスは勇者を頼む」
そう言ったら、ネビロウスは「かしこまりました」と言うなり、勇者めがけて急降下した。
ネビロウスは降りながらベルトに差していた黒い剣を抜き、勇者に斬りかかった。
流石にそのひと振りでやられてしまうような雑魚ではないようで、勇者も腰から大剣を出し、ネビロウスの攻撃を迎え撃った。
ガキンッ!! という衝突音が上空まで聞こえてくる。ネビロウスと勇者が睨みあうなり、お団子頭がネビロウスに殴りかかろうとしたので、俺様は瞬間移動してお団子頭とレレリスを小脇に抱え、上空へと飛んだ。
勇者と黒い女はネビロウスに任せよう。
空中にいることに気づいたレレリスは体を縮めて硬直した。
「ひっ、ひえっ……」
レレリスが風で消え入りそうな悲鳴をあげる。俺様は心の中でレレリスに「ごめんね」と謝った。
反対にお団子頭は暴れてギャーギャー喚きだした。
「離せー! ぃやっぱ、離さないで!!」
お団子頭のキンキン声がうるさい。それに拳がガンガン腹に当たって痛い。
やがてベガズアの街並みや海岸線が見えてきた。ここで腕を広げて手を離したら、2人とも気絶して戦意を喪失させるだろう。地面に着く寸前で2人を浮かせれば死にはしない。
俺様が手を離すと2人は青ざめた顔で空をかいた。
そろそろ地面が近い。浮かせようか、と思ったら。上空3メートルの所で2人はフワッと跳ねるように1回転し、ゆっくり地面に降り立った。どうやら黒い女が魔法を使ったらしい。
「最低!! 最悪!! 卑劣!!」
お団子頭が俺様を見上げて叫んだ。レレリスは地面によつん這いになり、胸を抑え、息を整えていた。
「コココ! そっちはいい! 僕を守れ!」
勇者がネビロウスと剣を交えながら叫んだ。
「ちょっと! そっちはいいってどういう事よ!!」
お団子頭がむくれた顔で地団駄を踏む。コココと呼ばれた黒い女は勇者の方へと向き直り、杖を向けた。
すると。勇者の脇腹に当たったはずのネビロウスの剣が不自然な金属音と共に弾かれた。よく見ると勇者の周りに薄い膜が張られているのがわかった。膜で防護する魔法をかけたのだろう。
(あの女……コココは魔法使いか)
コココを観察していると、青い閃光が俺様の真上に登って弾け、無数の青い矢が雨のように降ってきた。
肩や背中にザクザクとその矢が数本刺さる。
さほど痛くもないが邪魔なのでムンッと腹の底に力を入れて刺さった矢を体外へと飛ばす。見下ろすとレレリスが弓を構えて俺様を睨んでいた。
少しは戦意を喪失させたかと思ったのに、こんなに早く立ち上がるとは。
俺様を睨むレレリスの目は敵意などという言葉では生ぬるいほど、覚悟の据わった鋭い目だった。




