29話
「もう本当に、ある日突然。なんの前触れもなくだよ」
勇者様はふと顔を上げ、遠い目をした。
「ガルーゴラ国王が僕んちに来たんだ」
「「ええっ!?」」
「そして僕の肩に手を置いてこう言ったんだ『キミ、勇者にならないか』って」
ウメモモさんの肩に手を置き、当時の国王様の真似をする勇者様。お酒に酔った赤い顔はとても得意気だ。
「すっごーい!!」
「国王様直々に……」
私とウメモモさんは同時に口に手を当て、目を合わせた。
「父が元々力持ちで有名な人だったんだよ。そのせいもあって僕も生まれつき力が強くてね。街で噂になってたらしい。国王が来た時、僕は家業のお手伝いしててね。直径1メートル、長さ3メートルの丸太を担いでた」
「それって何キロ?」
「さあ?」
そんなことはどうでもいいと言うように、勇者様は肩を竦めた。
「それを見て国王様が言ったの。『キミ、勇者にならないか』って。両親は泣いて喜んでたよ。流石は我々の息子だって」
「すごいなー、12歳で勇者に選ばれてたんだ」
「あれ? ウメモモさんも知らなかったんですね」
うん、と頷くウメモモさん。今までお互いの過去話はしてこなかったようだ。
「それからは親元を離れて修行の毎日。剣なんて使ったことなかったから、来る日も来る日も訓練だったな……」
勇者様はソファーに身を預け、天井を見上げた。
「まあ、そうやって旅立った1度目の冒険はみんなも知っての通りだよ。僕は運良く生き延びたけど、仲間は……」
勇者様は悲痛な顔になると手で目元を覆った。そのまま鼻を啜る音が鳴る。やはり辛いことを思い出させてしまったらしい。勇者様の辛そうな様子に私の目頭も熱くなってきた。
共に戦った仲間の最期を勇者様は見ている。私もこうして今一緒にいる仲間が同じ目に遭うと思ったら、辛すぎて居た堪れない。
「もう話さなくていいですよ」
震える声で私は勇者様の思い出話を止めた。兄が旅した道のりを私は今辿っている。それだけで充分だ。もう2度と聞き出そうなんてしない。
10年前、国に戻って来た勇者様のことは今でもはっきり覚えている。肋骨が浮き出るほどにやせ細った身体は怪我や痣だらけで髪も服もボロボロだった。今にも倒れそうになりながら、私にこの金バッジを手渡してくれた。
「レオリスがこれをレレリスにって。大きくなったレレリスに会いたかったって言ってたよ」
瀕死の状態にも関わらず、勇者様は兄の最期の言葉を涙ながらに伝えてくれた。
胸が苦しくなって私は金バッジにそっと手を伸ばした。感謝と謝罪の気持ちが込められているこのバッジ。
「大変な戦いをした経験がおありなのにまた旅をしているなんて本当に凄いです」
潤む目を拭いながら言うと、勇者様は「ハハハ」と苦笑いした。
「まあ、また国王にお願いされてしまったからね。仕方なくだよ」
勇者様の肩をポンポンと叩くウメモモさん。その背後のドアにぬっと黒い影が現れた。
ドキッとしてウメモモさんに寄り添うと、寝癖頭のコココさんがドアを開けた。
「……」
眠気まなこの視線が鍋に注がれる。3人で夜食を摂っていたことに気づいたらしい。少し頬が膨らんでから私とウメモモさんの間に割って座った。
「……ずるい」
むくれたコココさんが可愛らしくて3人ともアハハッ、と笑った。
翌々日。雪の村を出た我々は大都市ベガズアを目指して歩き始めた。
雪に足を取られて歩きずらかった道はいつしか砂漠になり、今度は砂に足を取られて歩きづらくなった。冬物の衣類は全てリュックに仕舞った。日差しが全身を焼くようで痛い。
私はふと周囲を見回した。ラディさんの気配がしたと思ったのだ。でもここは砂漠のド真ん中で、我々以外に人の姿は全く無かった。
私は毎日こうやって1日に何百回も周囲を確認している。ラディさんが現れるのではと1ヶ月経った今も期待は消えない。
居場所カードを作りたいと言う気持ちは日に日に募る一方で、明日会えなかったら作ろう。いや、明日こそは……そう思って日々が過ぎていた。
「もう少し行ったらベガズアだ。ベガズアは大きいぞ。なんでも売ってるぞ」
勇者様は前を向いたまま、まるで自分に言い聞かせるようにみんなを鼓舞した。
「僕は胸当てと盾が欲しいんだ! 絶対それを買ってやる!」
勇者様は叫んだ。
「アタシはグローブが欲しい! 相手が硬くても骨折しないやつ!」
ウメモモさんが叫んだ。
「……魔道書」
コココさんが後ろからポツリと呟いた。みんなそれぞれにお目当の物があるらしい。
「レレリスっちはー?」
ウメモモさんが私を振り返った。
「私……私は……」
何が欲しいんだろう。日差しのせいで頭が働かない。いや、ラディさんが来なくなってからずっと頭が働いていない。欲しいものなんてあったっけ。そもそもなんで私はここにいるんだろう。なんで魔王討伐したいんだっけ。
(そうだ、こう言う時こそ……)
私は胸ポケットの賢者の石……の欠片に意識を向けた。
正直、これがあるから私はまだ歩けていると思う。胸の中がどんよりと曇り、もう全てを捨ててラディさんに会いに行こうと思うと、欠片が本来の目的を思い出させてくれる。
『大丈夫。また絶対会える。事情があるんだよ』という前向きな気持ちになれる。
誰にも内緒と言われたから取り出して使うことはない。でもただ肌身離さず持っているだけで違う。
欠片がもたらした変化は精神面だけではなく、錬金術にも表れている。
まずは早く錬成できるようになったこと。
カマドや錬金釜、炭や火など、たくさんの道具を必要とする錬金術が錬金釜に入れて唱えるだけでもできるようになったのだ。
代表的な金属や矢じりならいつでもどこでも錬成できる。
続いて、ポーションの質が良くなったこと。
水や薬草、時には魔石などを入れてポーションを作るのだが、以前はどう頑張っても中級くらいしか作れなかったのが、上級近くにまで向上した。
怪我や骨折などはたちまちに治る。重くなければ病気でも治せるポーションだ。リュックにはそうやって作った瓶が既に5本入っている。ベガズアに行ったらこれを打ってお金にするつもりだ。
皆さんそれぞれに欲しい物があるようだし、ベガズアにはカジノもある。減りつつある旅の資金の足しになったらいい。
この欠片は、欠片といえど人並み外れた聖なる力があると思う。ジンさんには感謝してもしきれない。元気でいらっしゃるだろうか。
「……私はスタミナが欲しいです」
もう聞いてないかもと思ったが、私は答えた。
「それは買えないな」
ポツリと勇者様が返事した。
見渡す限りの青い空と赤い砂。見飽きた2色だった世界にいきなり鮮やかな緑がポンと表れた。その更に奥には四角くて白い建物がポツポツと見える。
うなだれて歩いている皆さんはまだ気づいていない。
「ま、街が……」
私がそう叫んだ瞬間。
ゾワリ。
ふと、全身に悪寒が走った。日差しの照りつける砂漠のド真ん中だというのに、どうして鳥肌が立つんだろう。
程なく日差しに雲がかかったのか、周囲が一気に暗くなった。
目の前のウメモモさんが足を止めていたので私も足を止める。ウメモモさんは空を見上げて目を見開いた。
(ん? 何を見ているんだろう?)
私も見上げると……。
上空に何かがいる。大きな人型のシルエット。黒いマントがヒラヒラと舞い、立ったまま浮いている影。水牛のような角が生えている……。
(……魔王だ)
魔王が空中から我々を見下ろしていた。




