26話
「おほほほほ。微笑ましいですな」
ジンさんが腿上げするウメモモさんと子供たちを見て目を細める。そして私に少し近づき「つかぬことをお聞きしますが」と言った。
「何でしょう?」
「レレリスさんはレオリス殿と同郷ですかな?」
「ほぇ!?」
驚きすぎて思わず変な声が出た。どうして兄の名前を。
「その金のバッチに見覚えがあるものですから」
「あ、兄を知ってるんですか!?」
「!! なんと! 妹君でしたか」
ジンさんのシワだらけの目が大きく見開く。
「どうして兄を知ってるんですか!?」
「漁場で会ったのですよ。10年前に。ラージクラーケンを倒して頂きました」
「そ……うだったんですね……」
ラージクラーケン。そんな巨大生物を兄が。捕まえた時はきっと誇らしげに笑っていたんだろうなとその姿が目に浮かぶ。
「その時、他のパーティーの方々は?」
「おひとりでしたよ。確か……『朝のジョギング中です』とおっしゃってました」
ジンさんは懐かしそうに微笑んだ。
「朝のジョギング……フフッ、兄らしいです」
私は目の前に広がる風景に走る兄の姿を重ねた。兄は小さい頃から毎朝10キロのジョギングを欠かさなかった。思いかけず兄の昔話が聞けて、私は胸に熱いものがこみ上げてきた。
「レレリスさん、あなたにこれを授けましょう」
ジンさんは首から下げていたペンダントを外し、蓋を開けて小さな何かを取り出した。私が手を出すと、ジンさんは手の平に小さな石の欠片を置いた。ただの石ころに見えるがずっしりと重たい。
「これは……」
「賢者の石……の欠片です」
「! け、け、んじゃの……!?」
口に出してはいけないような気がして、思わず持ってない方の手で口を抑える。
「その金バッチは錬金術師の証しでもあると聞きました。ワシが持っていてもどうすることもできませんので」
ジンさんは穏やかに目を細め、私の手を石を握るように包んだ。
「い、いえ、あの。きっと欠片だとしても。これが本物ならば少なからず不老不死の力もあるはずです。ジンさんの寿命に影響が出かねません」
私は首を横に振り、ジンさんに石を返そうとした。
「ワシはもう150年生きました。もう思い残すことはありません。子供たちは立派に育っています。皆さんのマネをして強くなろうとする子も出るでしょう」
ジンさんは石を取らず、細めた目で子供たちを見た。子供たちは太陽の光を浴びてキラキラと笑いながら、ウメモモさんと走り回っている。
「いや、でも……」
「いつかレレリスさんの役に立つと思います。持っていてください。欠片で申し訳ないが」
「……でも……」
「我々はあなた方ご兄妹から命を救われました。これも何かの縁です。貰ってください」
またきゅっと手を包まれて返された。温かい手のぬくもりから気持ちが伝わってくる。
「……ありがとうございます」
両手で欠片を持つと、靄がかかっていた体内がスッキリ晴れていくような、不思議なエネルギーが流れ込んできた。これはとんでもない事になった。
「くれぐれも持っていることを人に話しては駄目ですよ。命を狙われかねませんから」
口に人差し指を当て、茶目っ気たっぷりにウインクすると、ジンさんはゆっくりと家の中へ入っていった。
目覚めてすぐ、私は快晴の空を眺めた。今日はやっとラディさんに会える日だ。
ジンさんに貰った石の欠片はシャツの胸のポケットに隠し入れている。約束通り仲間の皆さんにも誰にも話していない。
前日から準備していたパエリアを炊き、カゴに入れた。居候させてもらっている家からこっそり抜け出し、私は川岸へと向かった。
中央に鍋、向かい合わせに皿を置き、コップを置き。スプーンとフォークとナイフ……いや、ナイフは使わないから置かないとして、こんな配置でいいだろうか。狭い敷物の上であーでもない、こーでもないと行ったり来たりした。
半ば諦めのような気持ちで腰を下ろしたら、丁度ラディさんがやって来た。
「やあ、レレリス」
「あ! ラディさん!」
1週間ぶりのラディさんは相変わらず可愛い。
私が座るように勧めると、ラディさんはドカッと川岸の方に腰を下ろした。
「……」
横並びにすれば良かっただろうか。面と向かったら急に恥ずかしくなってきた。スカートが短いのも気になるし、真正面から食べている顔を見られてしまうのも恥ずかしい。
(今更位置を変えましょうなんて言ったら迷惑かしら……)
俯いていた顔を上げると、彼は空を見上げていた。ラディさんはこの空間を楽しんでくれているようだ。
「今日は……こちらです! ジャーン!」
私が蓋を開けると、毎度のようにラディさんは目を丸くした。予想通りパエリアも知らないようだ。でも、きっと知っていたとしてもこの味には驚くだろう。魚介のダシをこれでもかと吸った感動的な味わいなのだから。
取り分けて目の前に置いたら、スプーンも取らずにラディさんは頭を掻いた。
(食べ方が分からないのかしら。ここは私がお手本を見せなければ)
私はスプーンで米を掬い、口に入れた。
「うん! 美味しい。大丈夫だと思います。試作した時と同じ味です」
私が笑うとラディさんはスプーンを手に取った。そして豪快に掬って口に入れた。
「んん!」
目が大きく開いたと思ったらゆっくり閉じていった。そしてそのままずーっと目を瞑ったままで動かなくなった。口だけがモグモグモグモグ動いている。
(あれ……? 反応が薄い……?)
お気に召さなかったのだろうか。不安になって「どうでしょう?」と聞いてみたらラディさんはゆっくりと目を開け、大真面目な顔でひと言呟いた。
「ものすごく美味い」
シリアスな顔には似合わない言葉で、私は思わず笑ってしまった。
ラディさんはムール貝もエビも知らないらしい。殻のまま口に入れようとしたので慌てて止めて中身を出した。
「美味いな」
「美味しいですね」
同じ食べ物が同時に身体に入っていく。それだけなのに、ただ見ている時とは違う、心が通じ合ったような感覚がした。
好きな人と2人で食事すると、こんなにも胸がいっぱいになってしまうんだろうか。
もしこの先魔王と対峙してこの命が尽きることになっても、この時を忘れないようにしよう。そう思ったら目が潤んできた。
「こんなに立派な料理など作らなくていい。ただこうして一緒に食べられることが俺様は幸せだ」
夢のような言葉が降りて来て私は耳を疑った。
(一緒に食べられることが俺様は幸せ……?)
ラディさんも私と同じ気持ちでいてくれているのだろうか。
「レレリス、次回はもっと簡単に作れるものでいいぞ」
「はい」と返事をしたら、思わず涙がこぼれそうになった。
今回は正直言って疲れていた。隠れてパエリアを作るのも、この場所を選ぶのも。これからは気楽にやって行こう。少しでも長くこうして一緒に食事ができるように。
(ああ、もう少しで食べ終わってしまう……寂しいな)
そう思っていたら突然ラディさんが険しい顔つきで立ち上がった。何事だろう。魔物でも出たのだろうか。
「レレリス、悪い。用事を思い出した」
ラディさんはそう言うとすぐに消えてしまった。突然のことすぎて理解するのに時間がかかった。
(別れの挨拶もできなかったな……)
そう思っていると背後からカサッと音が聞こえてきた。ビクッと体を丸めると、そこからウメモモさんがやってきた。
「あれ? レレリスひとり? 魔物がいると思って来たんだけどな」
ウメモモさんは私と目を合わせると、キョロキョロと辺りを見回した。
「ええ!? 魔物ですか? 出てないと思いますよ」
ラディさんとの時間に夢中で気づかなかった。
魔物らしい音はしなかったけど、川に潜む魔物かもしれないし、気配を消せる魔物かもしれない。
「あっれー? おっかしいな……勘違いかな?」
それからしばらくウメモモさんと捜索してみたが、魔物の姿はどこにもなかった。
翌日。集落の人々に別れを告げ、我々は次の目的地へ向かうことにした。
「また来てね! ありがとー!」
大人も子供たちもジンさんも、見えなくなるまでずっと手を振り続けてくれた。




