24話
ラディさんは具が落ちないようにゆっくり丁寧に持ち上げると、端をバクッとかじった。その辺は味が無いだろうに……。というか、そのまま横に食べ進めたら、ずっと端の生地だけを食べることになってしまう。
(やっぱり切った方がいいのでは……)
しかし、私の心配に反してラディさんは縦に食べ進めた。おかげで2口目にしてソースの部分に到達できている。そして、口を離したラディさんの両頬には赤いトマトソースがたっぷりと付いていた。
(ああ……可愛い……)
ラディさんの口は意外にも大きい。その後バクッ、バクッ、バクッと食べ進めただけであっという間にピザは残り半分になった。
そこで、「あっ……」と思わず言いかけた。お腹が鳴ってしまいそうだったのだ。
今日のランチはラディさんと一緒に食べられると思ったから、極力少なめにしていた。直径40センチのピザをワンカットだけ食べた。
(このままひとりで食べ切っちゃいそうだな……)
私も食べたいって言おうかと思ったが、ニコニコと頬張る顔がこの上なく可愛いので、あきらめた。
(もういいや、この顔を見られただけでいい。食べ切れるなら満腹になるまで食べて欲しい)
そう思って微笑んだら、突然ラディさんが青ざめた顔で立ち上がった。
「またひとりで喰ってしまった……」
ラディさんはまるで事件でも起きたような険しい顔つきで言った。
「すまん、レレリス……これを喰うか?」
ラディさんは食べかけのピザを私に差し出した。瞬間、顔が真っ赤になったのが自分で分かる。
気持ち悪いかもしれないけど、食べたいと思う自分がいる。ラディさんがかじったところを私がかじる。想像しただけで、恥ずかしくてのたうち回ってしまいそうだ。でも、冷静な自分がそんな私をたしなめた。
(口が裂けても食べたいだなんて言っちゃダメよ!)
内心を見抜かれないように、声色を一定に保って、あくまでも本気で思っているように、「大丈夫です」と私は答えた。
「私はお腹が空いてませんので。次こそは一緒に食べましょう」
私の返事にラディさんは眉を下げ、残念そうな顔をした。
受け取った方が良かったかな。拒否したように見えたかな。いや、でも優しいラディさんのことだ。これまで何度も気にかけてくれたように、独り占めしたことを反省しているんだろう。約束を思い出してくれた。それだけで私の心は充分満腹になのだ。
「本当に気にしないでください」
私が念を押したら、ラディさんは「いいな……貴様の仲間は。こんなに美味いものが毎日喰えるのだから」と呟いた。
ラディさんはそう思ってくれるかもしれないけど、仲間の皆さんは絶対にそんなことは思っていない。
『食』に対する優先順位が、仲間の皆さんはかなり下にあると思う。
勇者様にとっての『食』は体づくりのための手段。ウメモモさんは何でも喜んでくれるけど、失敗しても気づかない程の味音痴。コココさんはお腹を満たせられたら何でも良いと言う反応だ。
それらを否定する気は全く無い。そういう人がいるのは当然だ。価値観は人ぞれぞれなのだから。でも作る側にとってはやはり少しでも楽しんでもらいたいし、喜んでもらいたいし、美味しいと思ってもらいたい。
期待していた反応を得られないことに、私はだんだん慣れてきたし、作る気力を失っていた。
(どうして私だけがずっと料理係なのだろう。1番弱いから? 1番若いから?)
調理係への不満は日に日に増えていった。
「料理を作ってもらうということがどれだけ愛されている証拠かわからない奴らなのだな。手間もかかるし頭も使うし、体力もいることなのに……」
ラディさんがポツリと呟いた言葉に私は固まった。ラディさんは作る人の気持ちを分かってくれている。やはりとっても素敵な人だ。
『ピーッ!!』
突然、勇者様の指笛が聞こえてきた。集まりの合図だ。
私が立ち上がるとラディさんも立ち上がった。そして詠唱もせずにパチンと指を鳴らしただけでラディさんは消えてしまった。
「えっ……」
あまりに一瞬の出来事ですぐには事態を把握できなかった。しばらく周囲を見回して見たが、ラディさんの姿はもうどこにも無い。
(何者なのだろう、ラディさんは……それにしても)
指笛がなければもっと長く一緒にいられたのに。
「あーあ、寂しいなー。また会えなくなっちゃった……」
荷物をまとめていたら、あまりに束の間の出来事過ぎてラディさんとの時間が夢だったんじゃないかと思えてきた。
「もっと話したかったなー」
もう全てを忘れてしまおうかな。旅とか、戦闘訓練とか、錬金術とか、魔王討伐とか。ラディさんとふたりで生きられたら、それで充分なんじゃないだろうか。
それから我々は3つ目の山を越えた。
すると川の向こうに小さな集落を発見した。中心に農作物が植わった畑があり、その周りを似た造りの家々がぐるりと囲んでいる。
ここに来るまでの間で食料は底をつきかけていた。街に出るまではまだ数日歩かなければならない。
「この集落で食料を分けてもらえないでしょうか」
「そうだな。もしくは川で漁をさせてもらえないか聞いてみよう」
どんな人々が暮らしているのだろう。警戒心が強い人々なら、突然攻撃してくることも考えられる。
恐る恐る近づいて行くと、気づいた子供が駆け寄ってきた。
「あれえ? 冒険者ー?」
子供の大きな声にどんどん人が集まってきた。「本当かい?」「本当だ、旅の方だ!」そう言ってまるで帰り道を塞ぐように取り囲んだ。
「なに、なに?」
ウメモモさんが珍しく後ずさってコココさんの後ろに隠れた。
なぜ囲んだのだろう。冒険者が珍しいのだろうか。我々を見つめる目が真剣なのはどうしてだろう。
遅れて膝まである白髭を揺らしてお爺さんが前へ進み出てきた。
「私はこの集落の長老ジンです。旅の冒険者様でいらっしゃいますか?」
一体何歳なんだろうと思わされる貫禄のある佇まいだ。
「ええ。どうされました?」
勇者様が一歩前に進み出て応えると、ジンさんは持っていた木の杖で林の真ん中を指し示した。
「あの林の向こうに大きな肉食植物が生えておるのです。お願いします。どうか我々を助けてください」
深々と頭を下げたジンさんに次いで周囲の人々も一斉に頭を下げた。
「肉食植物……?」
勇者様は林を振り返り、眉をしかめた。
「はい。我々は元々漁師。あの林の向こうには海があるのです。ですが、道に肉食植物が生えたせいで漁ができなくなってしまいました……刈り取ろうとした勇敢な者が3名いたんですが……全員その花に食われてしまい……」
ジンさんの後ろでは涙ぐむご婦人や鼻をすする子供がいる。なんて痛ましい話なのだろう。
「そう言うことなら!」
ウメモモさんがジンさんの前へと進み出て、ドンと胸を叩いた。
「うちらに任せてください!」
「おい、待てウメモモ。どんな植物か見てからモノを言え」
「大丈夫だよん。あくまでも植物でしょう? コココの火炎魔法で燃やせばいいんじゃない?」
ウメモモさんは早く戦いたいというように、その場で屈伸を始めた。
「そんなに簡単に行くとは思えんぞ」
「私が引きちぎってもいいし、レレリスが毒矢を打ってもいいし、アットンの剣もあるし。どうとでもなるでしょ?」
「なんと! これはこれは頼もしい……!」
ジンさんは周囲の人々と笑顔で目を合わせると、我々に握手を求めてきた。
「ありがとう。お願いします!!」




