21話
翌朝。
あまり眠れずボーッとした頭で起き上がった俺様は気づくと体重計に乗っていた。以前は毎日のように乗っていたから、その習慣が体に染み付いていたんだろう。
針が指した体重は330キロだった。2ヶ月前より増えている。
(あの頃は威厳のある魔王になろうと必死だったな……)
トレーニングは今でも欠かさず続けている。でもそれはもはや見た目のためではない。ただ楽しくてやっているだけだ。
転生前、俺様は痩せ細った自分が大嫌いだった。ふっくらしている人を見ては「ああなりたい」と羨み、肉付きが良くなることへの憧れは死ぬまであった。
魔王へ転生して最高の気分だったのに、また日に日に痩せていく。それは恐怖でしかなかった。
いつから体重のことなどどうでもよくなったのだろう。今では心が満たされていたら見た目など関係ないと思えている。
その日の昼前、月1回の魔界会議が開かれた。
城も、畑も、森も、空も。特に問題はない、との報告だった。
ネビロウスは青い魔石が奪われたことを魔物達には伝えなかった。俺様の顔をチラリと見てから「私から言うことは特にありません」と無表情に言った。無駄に心配をかけたくないのだろう。
「魔王様っ! 良かったら今からここにいる全員でランチでもしませんか?」
会議が終わる直前、突然オーク長が手を上げて言った。
(ランチ?)
思ってもみない提案に、会議室内がシーンと静まり返った。
「カブコスさんに聞いたんです。食事中の魔王様はとっても面白い顔をなさるって」
「バカッ! お前……」
カブコスは顔を赤くして勢いよく立ち上がった。
「オラ、それが見たくって……あれ?」
「……」
「おい、カブコス」
俺様が返事をするより先にネビロウスの鋭い声が響いた。
「貴様、そんなこと言いふらしてるのか」
カブコスの青くなった顔が俺様を気まずそうに見た。
「すみませんっ! 魔王様!! つい口が滑っちまったんです……」
シーンと静まり返る室内。ピンと張りつめた空気が流れている。
「ふん、別にその通りだ。構わん。しかし、今から全員分のランチは流石に無理だぞ」
俺様がオーク長に視線を移すと、ススーが勢いよく立ち上がった。
「いえ! できますよっ、魔王様!! 最近の魔界は食材が豊富にあります故、すぐにご用意できまするっ!」
引き止める間も無く、言いながら出て言ったススーはものの30分足らずで会議室内に次々と食事を運んできた。
マンドレイクの漬物に始まり、テンタクルスのサラダ。ドラゴンの肝スープ。毒グモの唐揚げ。フェニックスのオムレツ、などなど。
広い室内に禍々しい香りが充満していく。みんなはテーブルに広げられたそれを眺め、嬉々とした表情だが、俺様の顔はどんどん引きつっていた。
あまり見られたくなかったが、もう見せてしまってもいいのかもしれんな。食事というのは『味』も大切だが、それよりも『誰と』『どこで』『どんな風に』食べるか、ということも重要だから。
これは俺様が味わっている様子を魔物達に見せるいい機会だ。
俺様はみんなに注目されながらまずサラダを口に入れた。
「うっ……」
(ネバネバしてて青臭い……。硬くてゴリゴリとイヤな音がする……)
ふと顔を上げると、様々な表情が見て取れた。
心配そうに見守るアテリナもいれば、半笑いのオーク長もいる。驚いた顔のドライアド、不安そうな顔のゴーレム。俺の顔真似をするゴブリンもいる。受け止め方は様々なようだ。
「お口に合いませんか。魔王様」
ネビロウスが不敵に笑って聞いた。
「ああ、まあな」
「では次にマンドレイクのお漬物を食べてみてはいかがですか?」
「……」
「さあ、みなさん。魔王様の1番面白い顔が見られますよ」
立ち上がって両手を広げ、ネビロウスはみんなを煽った。
俺様は漬物をひとつ摘み、口に入れた。
(ぐう……今日のやつはいつもより桁外れに酸っぱい……)
「クスッ」
「ワッハッハッハッハッ……」
「なんてお顔でしょう!」
魔物達は一斉にゲラゲラ笑った。
「次はスープも飲んでみてください!」
「唐揚げも!!」
「おいおい、貴様ら、俺様で遊ぶなっ!」
「ガッハハハハッ……」
笑われているのかもしれんが、悪い気はしない。皆一様に楽しそうだ。こんなに楽しい食事会ができるとは、以前の俺様は絶対に思わなかっただろう。
(こうやって食べてたら良かったんだな……)
誰と、どこで、どんな風に食べるか。
そのことの大切さに気づかせてくれたのは紛れもなくレレリスだ。
やはり絶対にレレリスを死なせる訳にはいかない。
夜。ベッドに寝転んだ俺様の頭にフッとレレリスの顔が浮かんだ。パエリアを食べ、「美味しいですね」と言って笑った時の顔だった。
(ああ……可愛いなあ……)
レレリスにはずっとあんな風に笑っていてほしい。そのために俺様ができることは……。
俺様はガバッと起き上がり、人間界へ向かうことを決意した。
魔界の魔物を守るため。そしてレレリスのことも守るために。
人間界で勇者パーティに会ったら、圧倒的な力の差を見せつけ、奴らを全員、瀕死の状態まで追い込もう。
そうして打ちのめされた奴らに約束をさせるのだ。
『こちらはもう2度と人間界へ侵攻しない。だから貴様ら人間も魔界へは2度と侵攻してくるな』と。
この約束を結んだ時がレレリスとの最後だ。でも、レレリスが末長く幸せに暮らしていくにはこうするしかない。
俺様はひとりでテラスに佇んでいたネビロウスに声をかけた。
「明日、ふたりで人間界へ向かおう」
振り返ったネビロウスは静かに「はい」と頷いた。
翌朝。
ガウンを羽織りながら、俺様は深く深く深く息を吸い込んだ。いよいよだ。心の奥底でレレリスに会えることを喜んでいる自分がいる。命を取り合う戦いになるかもしれないのに、自分のそんな気持ちにイラっとした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カラン、と音がした。ラディさんがお玉を置いた音だ。満足そうに椅子にもたれかかるラディさん。ビーフシチューを完食してくれたようだ。
急に眩しく感じたので窓の外を向くと、いつの間にか雨が上がっていた。雲の隙間から目も開けられないほどの日が射してくる。
「止みましたね、雨」
「ああ、そのようだな」
ラディさんは外を見てからゆっくり立ち上がった。
「じゃあ、俺様はそろそろ帰る」
居場所カードをズボンのポケットに入れ、ラディさんは休憩所を出て行った。片手を上げて通り過ぎて行く。私は窓から手を振って見送った。
(まだ雨が降っていたらもう少し一緒にいられたかな……)
去って行く背中を見つめながら、ラディさんが座っていた椅子に視線を移すと、白いタオルが背もたれに掛けられていることに気づいた。
瞬間、悪い考えが頭に浮かぶ。
(あのタオルにラディさんの髪の毛が付いていないだろうか……)
雨に濡れた髪をガシガシと拭いていた。1本くらい絡まっていてもおかしくない。
もし絡まっていたらそれで居場所カードが作れる。そうしたら、ラディさんの行き先がわかるかもしれない……。




