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20話

 レレリスがいる村の上空は凍えそうなほど寒く、目の前が真っ白で何も見えないくらいに吹雪いていた。


「こんな寒さで外にいる訳ないだろう。いや、でも……」

 灯りがポツポツと見える程度なので、もう少し近づいてみようと俺様は透明化したまま降下した。

 建物が見えてきた。背の低い一軒家や高い建造物、カラフルなお店など、様々な建物が放射線状に並んでいる。

 その中でひときわ明るい、カーテンが開け放たれた部屋が目に入った。宿屋の最上階のようだ。

 ふと、その窓から女が顔を出した。いつものベレー帽は被っていない、ピンクのネグリジェ姿。開けた窓からキョロキョロと街を見下ろしている。

(……レレリスだ)

 姿を見たら鼓動が早くなった。誰かを探しているような動き。まさか俺様をまだ待ってくれているのだろうか。人間化して声をかけようか……いや、しかし……。

 ほんの数秒ためらっている間に窓は閉められ、別人が部屋に入っていた。レレリスが話しているのはお団子頭の女だ。

 レレリスはこれまで何度も見てきた銅鍋を女に手渡した。笑顔で受け取った女が部屋から嬉しそうに出て行くと、レレリスはまた窓を開けて街を見下ろした。でもすぐに目を伏せて溜息をつく。レレリスは灯りを消して部屋から出て行った。


(ああ……あれは俺様と喰う料理だったのかもしれない……)

 一緒に食べたかったな。何が入っていたのだろう。食べる人がいて良かった。捨てることにならなくて良かった。レレリスが元気そうで良かった。

 良かったと思えば思うほど、俺様の心はどんどん沈んでいった。

 俺様が来なくなってもレレリスはもう困らないのだろう。仲間がいるのだから。

 もう本当にこれが最後だ。2度と人間界へは来ない。

「さようなら……レレリス」




 人間界へ行かなくなって1ヶ月が経った。

 ふとした時に居場所カードを見ると、レレリスは北の村を離れ、今度は西の方角へと移動していることがわかった。その先にある国は非常に発展していると聞く。どうやらカジノもあるらしい。カジノってなんだろう。楽しそうだな。

 動かずにジッと留まっていたら心配だが、移動しているということは元気なんだろう。きっと俺様のことは次第に忘れていくんだろう。


 コンコン。

「魔王様」

 またカードを見ていたので急いで懐に仕舞うと、ネビロウスがドアを開けて入ってきた。全員そうなのだが、返事してから開けて欲しい。

「何だ? 何かあったか」

 涼しい顔を作って俺様は窓際からソファへと移動した。

「その……気がかりがあったので、ご報告に」

 ネビロウスの手には複数枚の書類がある。

「なんだ? 座っていいぞ」

 向かいのソファをネビロウスに勧め、俺様は腰を下ろした。

「有難うございます……それが、いよいよ対策を打たねばいけないと危機感を感じまして」

 神妙な面持ちでネビロウスは声を抑えながら座った。

「どうした」

「どうやらレッドドラゴンを倒したパーティーが氷オオカミのボスも倒したようなのです」

「……赤に続き青か」

「ええ。赤、青、そして金。この3色の魔石が人間の手に渡ったら最悪です」

 ネビロウスは顔を左右に振り、大きな溜息を吐いた。

「結界か」

「はい。魔石を持つ人間の魔力が増大して結界に亀裂が生じます」

「……だが、金の魔石には相当手こずるだろう? あれを保有しているのは金獅子だ。そんなに焦らずともーー」

「確かに、あれは私が作った最高傑作のキメラです。しかし……万が一倒されたら私はもう立ち直れません。理性が吹っ飛びかねません。その上魔石まで奪われ、魔界に人間が入ってきたとしたら……」

 ネビロウスの顔や握り締められた拳の血管がボコボコと浮き上がった。

「そうなってからでは遅いんですよ!! 魔王様!!!」

 ガンッ!!と勢いのまま石のテーブルと殴ると、テーブルは粉々に砕け散った。


「ハア……ハア……すみません」

 我を忘れたネビロウスはふう、と息を吐いてから座り直した。

「魔王様、お怪我はありませんか」

「……大丈夫だ」

 ネビロウスは姿勢を正して微笑んだ。

「魔王様……今のうちに奴らの討伐に向かいませんか」

「!? 今のうちに……なんだと?」

 思ってもみない提案に、言葉の意味がすぐに理解できなかった。

「金獅子がいるベガズアには世界でも珍しい武器や防具、飛び道具が揃っているんです。それらを奴らが手に入れる前に倒すのです」

「……ちょっと待て」

 俺様は両手を出してネビロウスを制止した。

(今のうちに……奴らの討伐?)

 ネビロウスが倒そうとしているパーティーはレレリスがいるパーティーではないだろうか。レッドドラゴンがいるダンジョンを攻略していたし、氷オオカミがいる地域にも滞在していた。

(レレリスを倒しに行く……?)

 今まで考えないようにしてきたことが現実味を帯びてきて頭がクラクラしてきた。俺様は僅かな期待に望みを託し、平常心を保って問いかけた。


「それで、そのパーティーはどんな奴らなんだ?」

「パーティは全部で4人です。1人は男。3人が女。勇者アットン、格闘家ウメモモ、魔法使いコココ、弓使いレレリス」

「!!」

 やはりか……。欠けた望みが失われ、ズンと心は重くなり、視界から光りが消え失せた。

「城で迎え撃つと他の魔物たちが犠牲になってしまいます。ゴブリンやゴーレムは最近やっと数が増えたばかりです。何も魔界を戦場にする必要はありません。人間界を、しかも大都市を、戦場に変えようではありませんか」

 活き活きと両手を広げて語るネビロウス。

 考えなければいけないのに頭が働いてくれない。魔王としてはネビロウスの言うことに賛同すべきなのだろう。でも、どう返事していいかわからない。


「魔王様?」

 乗り気にならないことをもどかしく感じたのか、ネビロウスが諭すような声を出した。

「魔王様だって今でも許せないはずです。魔王軍は本来5幹部。ずっと2席を空いたままにしているのはメローナやウロンのためでしょう?」

「……」

「私はお茶会の度に悲しくてなりません。メローナやウロンはあんな風に惨殺されるほど酷い事を人間にしたのでしょうか? ウロンは当時の私が作った傑作でした。まだまだ成長の余地があったのに、子どもだったのに……。私は人間が憎くて憎くてしょうがありません。本当は今でも皆殺しにしてやりたいくらいなんです!」

「……」


 死んでしまったメローナやウロンの姿は確かに酷いものだった。

 蛇女のメローナは体を複数回輪切りにされていたし、狼男のウロンは体をバラバラにされていた。人間はなんて酷い殺し方をするのだろうと当時は俺様もかなり憤っていた。

 戦い後のネビロウスは「人間界を侵攻しないと気が済まない」と大暴れで、「もう罪人は倒したのだから」と言って聞かせ、抑えるのにはかなり苦労した。

 ネビロウスはあの時の恨みを胸に抱えたまま10年間耐えていた訳か……。


「もう幹部を失いたくはありません。アテリナやカブコスはいい奴らです。私の大切な友達です」

「……!? ちょっと待て、ネビロウス。それでは俺様とお前2人で奴らを倒そうというのか?」

「ええ。そうです」

「……申し訳ない、ネビロウス。少し考えさせてくれ」


 ネビロウスが出て行った部屋の中、俺様は頭を抱えた。

 レレリスを倒すなんて考えられない。そんなことは絶対にしたくない。しかし。10年前のような侵攻を許したら俺様の大切な魔物たちに危険が及んでしまう。


 戦いを避ける方法が見つからず、俺様は部屋の中をウロウロと歩き回った。

(レレリスに会って正体を明かすか? 説得して魔界への侵攻をやめさせる?)

 ……そんなことが果たして通じるだろうか。

 レレリスにはレレリスの事情がある。魔王である俺様を恨む、それなりの理由があるんだろう。レレリスだけじゃない。他の冒険者にも魔界へ侵攻する事情があるはずだ。話し合いで解決する問題ではない。

(一体どうしたらいいんだ……)

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