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19話

 しばらくしたら、半泣き状態のアテリナが自室のドアを開けた。

「魔王様っ! ああ、良かった……いらっしゃったんですね、心配しておりましたわっ」

 駆けてきた勢いのままソファに座る俺様に縋りつく。

「アテリナ、迷いの森まで行ってくれ。ネビロウスを連れ戻してほしい」

「迷いの森ですか? ……承知致しました」

 アテリナは唇を尖らせてゆっくり立ち上がった。

「仕方ないですわね……魔王様の頼みですから。ああん、本当はもっとくっついていたいのですが……」

 名残惜しそうに離れると、アテリナはコウモリのような翼を伸ばし、ベランダから空へと飛んで行った。


(さて。戻って来たネビロウスにどう説明しようか……)

 素直に人間界へ行っていたと言ってしまおうか。いやしかし。ネビロウスはあの戦い以降、異様なまでの人間嫌いだからな……。





 あれは10年前。4人の冒険者が魔王城へ攻め入って来た時だった。


『オレは魔物に親を傷つけられた』

『我輩は魔物によって愛する人を失った』

『俺は村ごと潰された』

『僕は人生を潰された』

 冒険者はそれぞれの恨み言を言いながら、立ちはだかる魔物を次々と倒し、城の中へ入って来た。

 転生後初めての侵攻に俺様はどうすればよいか分からなかった。ただ倒されていく魔物たちの姿を見て居られず「俺様は魔界の王だ」と自分を奮い立たせ、冒険者の前に立ちはだかった。

 弓を使う者。槍を使う者。杖を使う者。剣を使う者。冒険者は4人とも若い男だった。

 ひとりひとりが強かった。中でも弓使いの強さは凄まじく、たくさんの魔物が倒された。自分も足や胸などを刺され、深い傷を負わされた。

 魔王城はやっとできた俺様の居場所だ。喰い物はマズいが、それ以外にはなんの不満もない。言えば固いベッドもフカフカにしてもらえたし、大きな露天風呂も作ってもらえた。

 過去の魔王や魔物が人間にどんなことをしたかなんてその時は何も知らなかった。でも、俺様は自分に出来得る限りの力で冒険者から城や仲間を守った。そして勝利した。

 だが、この戦いをきっかけにネビロウスは人間に強い嫌悪感を持つようになった。


 だから俺様が人間の喰い物を喰っていると知ったらショックを受けるんだろう。俺様に対しても嫌悪感を持つかもしれない。

(やはり正直に話すのはよそう……)




 バンッとドアが開き、ネビロウスがアテリナを連れて入って来た。

「魔王様!! どこへ行ってらしたんですか!? 探しましたよ!!」

 いつものビシッと決めたネビロウスではない。オールバックの髪は乱れ、シャツも乱れ、丸眼鏡も曇っている、余程心配してくれたことがわかる姿だ。

 俺様はできるだけ平静を装って微笑んだ。

「迷いの森だよ。下痢によく効く薬草があるだろう? それを採りに行ってたんだ。前に下した時もあれがよく効いたからな」

「私もそう思って森へ行ってたんですよ」

 ネビロウスの手はシナシナになった灰色の薬草を握りしめていた。

「そうか、すまんな。入れ違いになったのかもしれんな。あの森は広いから」

「ええ広いです……でも……」

 言い足りなさそうにしているネビロウス。何か引っかかることでもあるのだろうか。

「おかげですっかり良くなった。見ろ」

 俺様はくるりと回転し、回復したことを過剰にアピールした。

「お元気なのですね……それなら安心しました」

 心の底からは納得していない様子だが、ネビロウスはそれ以上の口を慎んだ。

「ネビロウス、心配してくれるのは有難いんだがな、2度と俺様の便所を開けるなよ。恥ずかしいからな」

 ポリポリと頬を掻いてそう告げると、ネビロウスは片膝をついて頭を下げた。

「はっ、申し訳ありません」


 ネビロウスとアテリナが出て行った後、俺様は自室の真っ黒な天井を見上げた。

(もう人間界へ行くのはやめよう)

 ネビロウスが心配しないためにも。お団子頭に遭遇しないためにも。




 1週間が経った。魔界の喰い物で腹を満たすしかないと心に決めたが、相変わらず出てきた喰い物はやはりどれもがマズかった。

 カブコスが話していたマンドレイクの漬物などは、あまりに酸っぱすぎて口や鼻、目や耳までも顔の部位のすべてが真ん中に凝縮してしまうかと思った。

(どうしてこんなにマズいんだ……15年もの間、我慢して喰ってきたのに。なぜまだ慣れないんだろう……)

 行かないと決めたから絶対に人間界へは行かない。しかし、万が一行ったら何が喰えたのだろう。それが気になって仕方がなかった。レレリスは何を作ってくれたのだろう。

 この1週間、カードを見るとレレリスに会いたくなってしまうから、カードは見ないようにしていた。

(でも、見るだけなら……)

 俺様はそうっと本棚の引き出しを開け、カードを手に取った。

 表示された地図を見ると、北国の小さな農村にいるようだった。

(ああ、この辺りなら雪グマや氷オオカミが生息する地域だな……)

 今度は青い魔石でも集めているのだろうか。いよいよ真剣に今後のことを考えなければならないようだ。


「ん、いかん。また部屋に籠ってしまった」

 今日はどうやってずっと城にいることをアピールしようか……。

(よし、お茶会に出てみるか)


 笑い声が聞こえるテラスに顔を出してみたら、目が合った瞬間にアテリナがすっ飛んできた。

「魔王様! お茶会へようこそ。初めてではないですか!? アテリナは嬉しいです!!」

 俺様の腕に絡みつき、胸を肘に押し当てながら椅子をすすめてきた。

「アテリナの椅子に座ってくださいっ! アテリナは床で構いませんから!」

「それは良くない。ゴブリンに椅子を持ってこさせよう」

 俺様はパンパンと手を叩いてゴブリンを呼んだ。

「まあ、なんてお優しいのでしょう」

 アテリナは垂れた目をトロンと細めた。

「どういう風の吹き回しですか? 魔王様」

 カップを持ったネビロウスは隣に座る俺様を見て、眉をピクリと上げた。

「ドラゴンの血はお嫌いだったはずでは?」

 何か魂胆があるとでも思っているのだろうか。俺様は何喰わぬ顔でマントを払った。

「たまにはお前たちと世間話でもしようかと思ってな」

 ムシャムシャとひたすら口を動かしていたカブコスが、突然テーブルに置かれたカゴを抱え込んだ。

「魔王様! 今日のおやつ、うんまいですよ!! 毒キノコのチップスです! おひとつどうぞ!!」

 いつもなら全部独り占めしたがるカブコスが、俺様におやつを差し出した。

(珍しいこともあるもんだな……)

 恐る恐る俺様はチップスを受け取った。

「オイラ、魔王様とこうしてお茶してみたかったんだ!」

 カブコスは二カーッと笑った。そしてカゴに入ったチップスをむんずと掴み、一気に口の中に入れた。パリパリとした美味そうな音が響く。

「そんなことを思ってくれているとは思わなかったな」

 くすぐったいような気持ちでチップスを口に入れると……。

「かっ……ら!!」

 あまりの辛さに俺様は立ち上がってジタバタした。そんな姿を見て3幹部はクスクス笑った。3人の笑う顔が久しぶりで俺様もつられて笑ってしまった。




 お茶会を終え、魔界の各所へ視察しに行き、慌ただしくしているうちに夜になった。

 俺様は眠りにつこうとベッドへ入った。だが、レレリスのことが頭に浮かんで離れない。

(来ると思って俺様用の料理を作っていたかもしれんな……)

 目を瞑ると、レレリスがキッチンで料理している姿が瞼に浮かんだ。健気で可愛らしいエプロン姿……。

「いや、でも。もう行かないと決心したんだ。また俺様がいないと言ってネビロウスが探し回るかもしれないし」

 俺様は寝返りをうちながら呟いた。

(……いや、でも。レレリスが今いる場所は気温が低い。そんな中で俺様を待っているとしたらどうだろう……。この前のネビロウスのように安否を心配して探し回っていたとしたら……)


「少しだけだ。少しだけ。レレリスが無事かどうか確かめられたら……」

 俺様はカードを懐に入れ、人間界へと飛んだ。

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