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17話

「どうされました?」

 先週約束したのに。俺様の手の中にあるピザは具もチーズもない、周りの生地とソースだけになっている。

「またひとりで喰ってしまった……すまん、レレリス……これを喰うか?」

 一緒に食べるという約束を果たすため、苦し紛れに残りを差し出すと、レレリスは首を大きく横に振った。

「い、いえ!! 大丈夫ですよ。私はお腹が空いてませんので」

 拒否か。当たり前だよな。こんな食いかけを渡されても困るだけだ。全身の力が抜け、ストンと腰を下ろした。

「ラディさん、次こそは一緒に食べましょう。私もランチを食べずに待っていますから」

「ああ。そうしよう……」

「美味しそうに食べてもらえることが私は1番嬉しいので。本当に気にしないでください」


 そんなに落ち込んでいたように見えたのだろうか。レレリスは俯く俺様を覗き込んで励ました。

「いいな。貴様の仲間は。こんなに美味いものが毎日喰えるのだから」

「え……そうなんでしょうか」

「そう思うぞ。羨ましい」

 心から出た言葉だったが、レレリスは顔を曇らせて俯いた。

「どうした?」

「いえ、仲間の皆さんはそう思ってないと思いますよ」

「何!? そうなのか?」

「はい」

「料理を作ってもらうということがどれだけ愛されている証かわからない奴らなのだな。手間もかかるし頭も使う。体力だっていることなのに」

 ピーッ!!

 突然、指笛のような音が北の方角から聞こえてきた。音と共に鳥がバタバタと飛んで行く。

「集まりの合図だ。行かなくちゃ」

 レレリスが慌てて立ち上がった。俺様も残りのピザを口の中に詰め込みながら立ち上がった。

「でふぁ、ふぁえるな」

「え?」

「帰る。またな」

 俺様は指をパチンと鳴らし、数メートル先の木の影へと移動した。


「ええっ!?」

 レレリスは俺様が消えたことに目を丸くし、辺りをキョロキョロ見回した。もう行かねばならないはずなのに、ウロウロと歩き回って俺様を探す。

「ほんとに居ないわ……」

 このままでは見つかってしまうと俺様は透明化した。ほんの数センチ、手の届く距離まで近づいてきた。俺様は気づかれないように息を殺した。しばらくしたら、レレリスは頬を膨らませ荷物の方へと戻った。

「あーあ、寂しいなー。また会えなくなっちゃった……」

 リュックを背負いながらひとり言を言う。

「もっと話したかったなー」

 その言葉に胸が締め付けられる。心が波打つとその波動で消していた気配が伝わってしまう。気づかれないよう、俺様は空へと飛びたった。




 魔王城へ戻ってきた。たった1時間足らずの出来事だった。それでも身体や心が温かくなった。行って良かった。

 ホクホクした気持ちで懐にしまっていた居場所カードを取り出した。

 レレリスの星マークが移動していく。自分の顔がフニャッと緩んだことに自分で気づいた。

 頬をパンッと叩いて真剣な顔に戻す。ふと見ると、1時間前に置いた本がそのまま机の上にあった。


「感想を聞きにくるかもしれんしな……」

 表紙を1枚めくってみた。

「魔物のリラックス方法とは……ふむふむ」


 それからどれくらい経っただろう。夢中で本を読みふけっていた俺様の肘に生温かい風が当たっているとふと気付く。見ると、アテリナが鼻息荒く、俺様の腕に自身の腕を絡ませていた。

「うおっ!」

「真剣な魔王様も素敵ですわね♡」

 垂れ目がいつもよりトロンと下がっている。俺様の二の腕はアテリナの谷間に埋もれている。集中している間に何をされていたのだろう。

「いつから居たんだアテリナ」

「ついさっきですわ」

「本当か?」

「ウフフ……お気に入りのリラックス方法はございましたか?」

 アテリナは少しだけ本に視線を外して言った。

「んー、風呂はよく入っているし、空を飛ぶのもやっている。散歩はかれこれ何年もしてないからやってみたいな」

「他にはありませんか?」

「んー、棺に入って寝るっていうのは面白そうだと思った」

「他には?」

「いや、覚えていない! それにまだ読み終わってないからな」

「最後のリラックス法はまだ読まれてないのですね?」

「ああ」

 腕に絡まっていたアテリナはゆっくりと下がっていき、俺様の膝に顔を乗せた。

「最後のリラックス法、アテリナが実践して差し上げましょうか?」

 指がくるくると太腿に円を描く。一体どういうリラックス法なのだろう。まあ、だいたいの予想はつく。

「いらん、いらん」

 俺様はアテリナを押しのけて自室を出た。




「数が増えたことで今まで行き届かなかった場所の掃除にも手がつけられるようになりました。以前よりは綺麗になったかと思います。報告は以上です」

 ススーがペコッと頭を下げて椅子に座った。


 今日は月に1度の魔界会議の日だ。だだっ広い会議室に多種多様な魔物の長が一堂に会している。

 今は魔王城やゴブリン達の近況をススーが報告してくれたところだ。

 ゴブリンは年を追うごとにつがいが増え、その数が大幅に増えたらしい。


「では次にカブコスからの報告を頼む」

 進行役のネビロウスが言うと、ガタンと大きな音と共にカブコスが立ち上がった。

「庭や畑に問題はねえっす。ああ、ゴーレムもゴブリンと同じくらい数が増えてるぞ。あと、マンドレイクが今年は豊作だ。漬物にでもしないと食べきれないくらいだ」

「ほう!」

 魔物達が嬉しそうに顔を綻ばせ、目を合わせた。自分で言っておいて涎が出てしまったのか、カブコスは手で口元を拭った。

 マンドレイクの漬物……。俺様が苦手とする最たるものだ。あんなに酸っぱいものが皆は楽しみなんだな。

「では次に空の様子を。アテリナ」

「はい」

 カブコスが座り、アテリナが立ち上がると、末席にいたオーク長が口笛を吹いた。

「お空も特に変化はございません。魔王様に張っていただいた結界も例年通り亀裂も破損もありません。魔界をまあるく2重に覆っていますから、皆様ご安心を♡」

 バチンとウインクしたら、まともに見たのかオーク長はバタンとその場に倒れた。

 彼に冷ややかな視線を送るネビロウスはコホンと咳払いし、何事もなかったように続けた。


「最後に私からの報告になりますが……レッドドラゴンが討伐されました」

「ええっ!」

 室内にどよめきが起こった。自分の耳が信じられないのか、隣の魔物に確認を取る者もいる。

「フォーリオの最下層にいたレッドドラゴンです。詳細は追ってお知らせしますが、ダンジョンのレッドドラゴンが討伐されるのは10年ぶりです。あの忌まわしい大戦が再び起きぬよう、皆さん徹底した管理を頼みます」

「はいっ!」

 一同が揃って返事した。

「魔王様。最後にひと言お願いします」

 ネビロウスが一礼してから席に着くと、魔物達の視線が俺様に集中した。


「えー、皆よくやってくれている。いつもご苦労様。俺様から言えることは特に何もない。ただ、この魔界をもっと楽しい場所にしたいと俺様は常々思っている。そのために叶えてほしいこと、何でもどんどん言ってくれ。以上だ」

「はいっ!」


 魔界会議が終わった。会議室を出ながら俺様は自分で言っておきながら、自分から発信できるようなアイディアがなかった事に苦笑いした。




 ピザを喰った日から1週間が経った。今度はどんな言い訳をして人間界へ向かおうか。俺様がベランダで考えていると。

 ゴン、ゴン。

 ドアを乱暴にノックしてカブコスが入って来た。

「魔王様、昼食の時間っす」

 ベランダから部屋に戻り、掲げたトレーを見下ろしたら、鍋の中に真っ黒に茹でられた大サソリがウジャウジャと入っていた。

(うわあ……マズそう……)

 俺様とは正反対に、カブコスは食べたそうにゴクリと喉を鳴らして大サソリを眺めている。


 俺様は腹を抑えると、オーバー気味に身体をくの字に曲げた。

「イタタタた……どうしたのだろう、腹が痛いな。カブコス、俺様はしばらく便所にこもるかもしれん。大サソリは喰えそうにない。貴様が喰うといい」

 顔を上げ、二カーッと笑ったカブコスは「ありがてえっ!」と言いながら大サソリを掴んだ。そのまま口に持って行きそうになったので慌てて止める。

「ここで喰うな! 食堂に行けっ!」

「へいっ!」

 一礼したカブコスは「お大事に」と言って扉を閉めた。

「……」

 罪悪感が胸に広がる。

 でも今日は初めてレレリスと一緒にメシが喰える日だ。俺様は深く深く深呼吸した。

「よし……行くか」

 パチンと指を鳴らし、俺様は身体を透明化させた。

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