16話
人間界の上空で俺様は懐から居場所カードを取り出した。
星マークは真下を示している。目を凝らすと山の中にレレリスを発見した。どうやら仲間とお茶しているようだ。
このまま透明化を解除して人間になり、レレリスに声をかけるのは簡単だ。だが、今はやめておこう。仲間に『どなたですか? 自己紹介をお願いします』などと言われたら厄介だからだ。
輪になって座っている4人。レレリスの両隣には女が座っている。向かいには男。
「あれが勇者か……」
茶髪に青い戦闘服。腰には大きな剣。一見するとレレリスと同じ歳くらいの少年に見えるが、実際はそれほど若くないだろう。どこかで見覚えがあるように感じるが、他人の空似だろうか。気のせいかもしれない。
女に囲まれ、ヘラヘラと呑気に笑ってやがる。その顔を見ていたら、今すぐにでもぶっ潰してやりたい衝動に駆られた。
(あれがレレリスの太腿をジロジロ見たという男か。何度も食事を作らせ、その割りには食べてもやらなかったという男だな……)
ギリリと歯を食い縛ると、突然全員が血相を変えて辺りを見回し始めた。
(いかんいかん。無意識に殺気立ってしまった。我慢だ、我慢……今日はレレリスに会える貴重な機会なのだ……)
すぐに気配を消し、じっと様子を伺う。すると、4人は一斉に立ち上がり、散りじりに分かれていった。そして洞窟やら茂みやら、各々の場所で爆発音や金属音を出し始めた。どうやら各々で個人活動を始めたようだ。
(よしよし……レレリスがひとりになったぞ)
レレリスは湖畔で立ち止まった。俺様はその近くの茂みに降り立ち、人間化した。
声をかけようか。
でも湖を見つめるレレリスは、いつもの穏やかな雰囲気とはまるで違う。眉間にシワを寄せ、厳しい顔をしている。
カシャン。
「!!」
突然手に持っていた金色のスティックが大きな弓になった。レレリスの背丈ほどに大きく、日を浴びてキラキラ輝いている弓だ。
パシュン。
「!?」
次に腰に下げた丸いポシェットに手をかけると、細長い筒がその姿を現した。革でできている筒のようだ。どういう仕組みであんなに大きくなったのだろう。魔法を使った素振りは無かったのに。
レレリスが筒から取り出したのは黄色い矢だった。凛々しい姿勢で構えられた弓矢は、すぐさま眩しいほどの閃光と共に湖畔を駆け抜けた。
(戦闘できるとは、こういうことだったのか……)
俺様が魔王に転生してから1度だけ、人間が魔王城まで攻め入って来たことがあった。あの時、ひとりだけとんでもなく強い弓使いがいた。
どうしてだろう。レレリスがその時の弓使いと重なって見える。
放った矢はどうやら蛇に命中していたようで、レレリスはリュックから麻袋を取り出すと、それに蛇をポイポイと投げ入れた。
(あれをどうするのだろう……まさか料理に使うのだろうか……)
訝しげに見ていたら、ふとレレリスと目が合った。
まるで凍ったように固まったレレリスはやがて溶けるように顔を緩め、こちらへ駆けてきた。
「ラディさん!!」
小鳥がバタバタと飛んでしまうくらいの大声だ。
「来てくれたんですね!!」
他の仲間がやってこないか、内心ヒヤヒヤしながら俺様はレレリスに近づいた。魔力探知で気配を探るが、その心配はなさそうだ。
「レレリス、弓矢を使うんだな」
「え、あれ? 言ってなかったかしら……」
目の前に立ったレレリスは麻袋を開き、中の収穫物を見せてくれた。
「今、これを捕まえていたんです。これの毒で毒矢を作ろうと思って」
ニコッと微笑むレレリス。麻袋の中は緑と紫の斑模様の毒ヘビが10匹程ウヨウヨ犇めき合っていた。
「おお……それは恐ろしいな」
思わず顔が引きつってしまう。そんな俺様を見てレレリスはクスクスと笑った。
「いえいえ、恐ろしいだなんて! ラディさんに向けては絶対に打ちませんから!」
実に楽しそうに笑っているが、心の底から俺様は笑えない。レレリスが討伐したいのは俺様なんだぞ。
「あ! お料理ならありますよ!」
レレリスはパンッと手を叩き、地面にリュックを下ろした。
「ランチ用のお料理なんですが、多めに作ったんです。今日はラディさんがいらっしゃるから。もしいらっしゃらなかったら、私の夜食にしようと思っていました。でもいらっしゃって本当に良かったです」
「そうか、来てよかった。ありがとう」
自分から出た言葉に、俺様は耳を疑った。『ありがとう』なんて言葉、人間に言う日が来るとは思わなかった。
湖畔の平らな草の上に、レレリスがポトフの時と同じ赤いチェック柄の布を敷いてくれた。その上に2人で座る。2回目のピクニックだ。
「ジャーン!!」
レレリスはカゴの中から丸皿を取り出した。その上に乗っているのは……なんだろう。見たこともない食べ物だ。
「なんなんだ? これは」
皿よりひと回り小さい、まん丸くて平たい食べ物が乗っている。赤いソースの上に白くて丸いものや緑色の葉っぱが散りばめられている。鮮やかで綺麗な彩りだ。
「ピザですよ。ご存知ないんですか?」
レレリスはキョトンと目を丸くした。知ってて当然の食べ物なのだろうか。
「ピザ? ああ、ピザか」
気づいたフリをし、無理やり笑顔を作った。レレリスに無知だと思われたくない。
赤いソースは辛そうだが、スパイシーな香りはしてこない。チーズの濃厚な香り。パンのような香ばしい香りもしてくる。
「全部で4枚焼いたんですよ。3枚は仲間の皆さんと食べました。でもこの1枚はラディさん用にと思って隠していたんです」
レレリスはペロッと小さく舌を出した。
「俺様用か……く、喰うぞ」
「ええ、どうぞ」
俺様が掴んで持ち上げようとしたら、レレリスが「あ、ちょっと待ってください」と言ってナイフで切ろうとした。
「待て。切らなくていい。この丸いままが良い」
「え? はい……」
レレリスがナイフを引っ込めたので、俺様は両手でピザを持ち上げた。皿くらい固いかと思ったが、意外と柔らかい。上の具材が落ちそうだ。
バクッ。ひと口目。端にかじりついた。
裏側はしっかりと焼かれ、薄くてカリカリした生地だ。反対に表側はふかふかで柔らかい。パンにも似ているが、パンのような甘みはない。塩味があって美味い。
バクッ。2口目。この赤いソースはトマトだろうか。酸味と甘みが丁度良い。生地によく合うソースだ。
バクッ。3口目。白いのはどうやらチーズだったようだ。モチモチとしてよく伸びる。コクがあって濃厚だ。これまた生地に合っている。
「うまいっ! うまいっ!」
俺様は叫んだ。
人間界へ行くのはもうやめようと何度も何度も思った。でもやはり喰いに来て良かった。まだまだ知らない料理がたくさんある。世の中には美味い喰い物がまだまだたくさんあるんだと思ったらワクワクしてきた。
「ふぉんな森の中で、よくほぉんな美味いものが作れたな」
不思議に思い、口いっぱいに頬張りながら聞くと、レレリスは目を細めた。
「ここから少し下ったところに優しい農家さんがいらっしゃるんです。その方が野菜を分けてくださったんです」
「ほぉうか」
ピザが残りもう後少しになったところで、俺様は重要なことを思い出して立ち上がった。
「どうしました?」
余程険しい顔をしていたのか、レレリスの不安そうな目が俺様を見上げた。




