15話
休憩所は雨が降ったせいかガランとしていて誰もいなかった。2人っきりだ。
席に着いた私はとりあえずタオルをラディさんに手渡した。わずかに抵抗を見せたラディさんだったが、どうしても使って欲しくて出し続けると、しぶしぶ受け取ってくれた。
顔や髪を拭くラディさんを見守ると、私はこぼさないように、ゆっくりとカゴから銅鍋を取り出した。ラディさんのためだけに一生懸命作ったビーフシチューだ。倒して台無しにしたくない。
私が蓋を開けると、ラディさんは鍋の中を覗いて大声をあげた。
「おおおおおおっ!」
今までで1番の反応だ。まん丸の目。ポカンと開いた口。ピンクに染まる頬。握りしめた手。
濡れた髪や湯気の効果もあいまって全てが可愛い。
今日はお皿も新調してきた。銀で作ったお皿だ。注ごうとしたら「鍋ごと喰っても良いか?」と聞かれた。
(鍋ごと喰う?)
思ってもみない発言に、頭に『?』が浮かんだ。意味が分からない。鍋も一緒に食べるのだろうか。だがそんなわけはなく、ラディさんは鍋を抱え込み、お玉を持ち上げ、そこに入っていた肉に喰らいついた。
噛みしめる幸せそうな顔。身体は左右に揺れ、美味しいと感じているのが全身から伝わってくる。
食べづらいだろうに手は止まらない。ソースで口元は汚れ、フガフガと呼吸する姿はもう獣、そのもの。お行儀がとても悪いのだが、周りに人もいないし、思う存分食べればいい。私は思う存分眺めさせてもらう。
しばらく眺めていたら、急にラディさんは辺りをキョロキョロ見回しはじめた。そして。
「レレリスは喰わなくて良いのか?」
恥ずかしそうに頬を赤らめてラディさんは聞いた。過去4回ラディさんにお料理を振る舞ってきたが、こんなことを言われたのは初めてだ。
「味見の時にたくさん食べちゃったので、大丈夫ですよ」
私のことは気にしないで欲しい。ラディさんの食べている姿を見られればそれでいい。それが私の幸せなのだから。そう思っていると。
「では……次回は一緒に喰うか?」
「!!」
頬を掻く仕草はラディさんが照れている証拠だ。
(次回は一緒に食べる……?)
誘われて嬉しいのに悲しい。次回なんてもう無いのだ。私は明日には遠い山へ行く。本格的に魔王討伐の旅に出る。ラディさんとこうして会えるのは今日で最後だ。
「私は仲間として認めて頂けたので、これから勇者様に付いていきます。だから明日には次の街へと出発するのです」
震える声でそう告げると、ラディさんはあっさりと「ふむ、そうか」と言った。驚く様子もなく、悲しむ素振りもない。
「だからもう……ラディさんとはこうして会えないのです!」
堪えていたのに目から涙が溢れてきた。
「明日から私は北に向かいます。山を越えるんです。すっごい遠くへ行くんです。だから会えないんです!」
気持ちをわかって欲しくて、会えなくなることを寂しいと思って欲しくて私は叫んだ。
(ああ、なんてみっともないのだろう……笑顔で別れたかったのに……)
別れ際に居場所カードを手渡して「また会いましょう。近くにいた時は声をかけてくださいね」と言って笑うつもりだった。
ラディさんが立ったり座ったりしている。相当困っているのがわかる。止めようと思えば思うほど、涙はどんどん出てきた。
「レレリス、俺様は何の問題もなく貴様に会いに行けるぞ」
突然、ラディさんが励ますように明るい声で言った。
「え!?」
(何の問題もなく? ……どう言う意味だろう……)
「俺様はその……ま……ま……」
「ま?」
「魔法使いなんだ。瞬間移動というものができる。だからレレリスがどこに居ようと会いに行けるのだ」
「魔法使い!? そうなんですかっ!?」
私は思わず立ち上がった。
(前からそうじゃないかと思ってた。やはり魔法使いだったんだ!)
体から溢れている魔力は勘違いじゃなかった。私も少しだけ魔法が使えるからわかるが、瞬間移動というのはかなり高度な魔法だ。魔力をかなり消耗するから魔法使いの中でも片手で数えるほどの人しかできないという。
(ああ、良かった! また会えるんだ。ラディさんも私に会いたいと思ってくれているんだ!)
現金にも涙はピタリと止まった。嬉しくてつい顔がにやけてしまう。
すっかり安心した私はポケットに入れていた居場所カードを渡した。私からラディさんの元へ行くことはできない。だからラディさんが私のところへ来てくれますように……という願いを込めて渡した。
ラディさんはカードを手にして、まるでオモチャを貰った子どものように喜んでくれた。すごいと言って褒めてくれた。
「見ろ、レレリス」
カードを見せて笑うラディさんの顔は眩しいくらいにキラキラと輝いている。
この笑顔を胸に刻んでおこう。そうしたら、この先の旅を絶対に頑張れるから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まだ山にいるようだな」
この1週間、貰った居場所カードを見た回数は1000回を超えた。
他の魔物に見られたら、特にネビロウスなどに見られたら「一体何をお持ちなんですか?」と説明を求められるだろう。だから居場所カードを見るのは決まって誰もいない時にした。
会いに行かない方がいいことはわかっている。
ネビロウスは確実に俺様の動向を怪しんでいるし、これ以上レレリスに感情を動かされない方が立場としても良い。
でも、どうしてもまたレレリスが作った料理を食べたい。
魔王に転生して15年。食事が苦手になった俺様が、また食べる喜びを味わえた。それはレレリスのおかげだ。あの喜びをまた味わえるのなら、少しくらいの危険に飛び込んだって構わないだろう。
コン、コン、コン。
ドアをノックしてアテリナが入ってきた。俺様は居場所カードをサッと懐に仕舞い、椅子に腰掛けた。
「魔王様、昼食にします? それともアテリナにします?」
俺様の上に乗っかってきたアテリナは艶めかしく人差し指を唇に当てた。
「どっちもいらん」
首を横に振りアテリナを下ろすと、「んもうっ」と言いながらウインクを撃たれた。サキュバスのウインクはまともに見ないほうがいい。俺様にとってはそうでもないが、人間なら大きなダメージを喰らう。時には死に至るケースもある。
チクリと痛む目頭を押さえ、俺様は本棚に近づいた。そして1冊の本を引き抜いた。
「悪いアテリナ。今はこの本に夢中でな。これを集中して読みたい。しばらく放っておいてくれ」
アテリナは俺様に近づいて本の表紙を凝視した。
「ああ、確かに面白い本ですわね」
「そういうことでしたら」と言ってアテリナはまたウインクをして部屋を出て行った。
(たまたま引き抜いただけだったが、本当に面白い本だったのか?)
表紙を見ると、ゴーレムが日向ぼっこする可愛らしいイラストと『魔物のリラックス方法』というタイトルが見えた。
(……ちょっと気になるな)
俺様は本を机に置き、透明化して空へと飛び立った。




