14話
耳を傾けると、勇者様のパーティーがダンジョンを攻略したという話題だった。あちらこちらで「やっぱり勇者様はすげーな」と盛り上がっている。
私は結局、10階層のグリフォンに捕まってしまい、リタイアした。もしあのまま4メートルの高さから落とされていたら、身を守る術がなく命を落としていたと思う。その時の身体が浮く感覚を思い出し、思わずゾワッと寒気が走った。
「レレリス」
声を掛けられ振り向くと、建物の影に隠れるように勇者様が立っていて、私を手招きした。
髪が少しだけ短くなっている。後ろ髪が焦げていたので散髪したんだろう。今日は機嫌が良いのか、ニコニコ笑っている。
「勇者様、おはようございます」
「おはよう、レレリス。スカート、どうしたの?」
勇者様は顔を横に倒し、ジロジロと私の太腿を見つめた。
「え?」
「丈が短くなったよね? 印象が違う」
「あ……はい。動きやすいかと思って……」
咄嗟に適当な理由を作った。気づかれないと思っていたのに、真っ先に気づかれてちょっとだけ引く。
「ふうん。そっか……」
勇者様は繁々と私の太腿を見ると、自分の唇を触り、考えるような仕草をした。
「あの、もしかしてお腹が空いていらっしゃいますか? 今週の分のお料理でしたら、もう完成していますよ。宿に取りに戻りますね」
私が行こうとすると「いや、待って。いいよ」と言って勇者様は私の肩を掴んだ。
「レレリス。合格だよ。キミを仲間として認めよう」
「え?」
「キミの根性には恐れ入ったよ。何度も何度も理不尽に断られたのに折れない心。キミの精神力の強さは兄貴並み。いやそれ以上だね」
パチパチパチパチ……。
勇者様は周りの人が振り返るくらいの盛大な拍手を私へ送った。
「は、はあ……」
褒められているのだろうか。なんだか兄妹共にけなされているような気がする。素直に喜べない。
拍手のせいか勇者様がいることに気づいた周囲の人々が近くへ寄ってきた。英雄を讃えるキラキラした眼差し。きっと勇者様に声をかけたいのだろう。
ここから離れたほうが良さそうだと思った私は後退りした。
「あの、やっぱり作ってきたお料理を取ってきます」
「待って、レレリス。ありがとう。自分で食べな。君が立派に調理できることはよーくわかった。これからは食事係を頼むね」
「あ、あの、本当に合格なんですか?」
「うん。合格だよ。明日の朝にはこの街を出発するからさ。それまでに旅の支度を整えててね」
勇者様は歯を見せて笑った。どうしてだろう、嬉しくない。この日を待ちわびていたのに。
(どうして喜べないの?……明日にはこの街を出発できるのに……ん!? 出発!?)
重大なことに気づいた私は勇者様に頭を下げた。
「ありがとうございます! それでは!」
目を丸くする勇者様には目もくれず、私は走った。
明日にはこの街を出てしまう。それはつまり、ラディさんに会えるのは今日で最後、ということだ。
嫌だ。もう二度と会えなくなるなんて。
走りながら、これからも会える方法を考えた。錬金術でどうにかできないだろうか。お互いの居場所を教えられる物を作れないだろうか。
そうしてルトワさんの工房へ向かった。
しばらく走り続けると、ルトワさんの工房が見えてきた。ルトワさんは庭で斧を振り、薪を割っていた。私の駆けてくる足音でも聞こえたのか、ふとこちらを振り返り片手を上げる。
「どうした? レレリス嬢。忘れ物か?」
「いえっ、あの、合格したんです。勇者様に認めてもらえて……」
「ええ!? 本当か!」
「はい」
庭へと迎え入れてくれたルトワさんは何とも言えない複雑な顔で笑った。
「それはおめでとう。まあ……100パーセント喜べるわけじゃないけどな」
落ち着かずに足踏みする私の肩をルトワさんは優しくさすった。
「あの、それで……明日にはこのフォーリオを出るんです。だから……」
「そっか。お別れを言いにきてくれたのか」
「いいえ」
「へ?」
驚きすぎたのか、美しいルトワさんの大きな目が大きく開かれる。
「あ、いえ。それもありますけど、それが……これから会う約束をしている方がいるんです。その方とこれからも連絡が取れる方法を知りたくて」
「連絡が取れる方法?」
「ええ。ここでお別れしたくないんです。どうしてもまた会えるようにしておきたくて。錬金術でどうにかできないか、ルトワさんに聞きに来たんです」
「ふうん……」
ルトワさんはニヤニヤして私の肩を肩で小突いた。
「もしかして、ソイツに気があるのか?」
「え? あ……はい……」
小さく頷くと、くすぐられているみたいに恥ずかしくなった。
「連絡が取れる方法はわからないけど……自分の居場所を示す方法ならあるよ」
ルトワさんはそう言って不敵に微笑むと、工房の戸を開け、手招きした。
ルトワさんは工房の中に入り、山積みになった鉱石をひとつひとつ確認し始めた。
「髪の毛でも血でも皮膚片でもいい。自分の一部を金属に定着させるんだよ」
ルトワさんは赤褐色の銅の鉱石を錬金釜に入れ、呆気にとられる私の髪の毛をプチっと1本抜いて入れた。
「金属に自分の一部を定着……?」
「ああ。定着させると自分の位置を金属が把握してくれるんだ」
「位置を把握……本当ですか?」
「ああ」
錬金釜に蓋をし、ルトワさんは両手をかざした。赤く光った釜は、しばらくすると元の黒さに戻った。蓋を開けると、中には薄くて丸い銅板が出来ていた。
「こうして出来た銅板に、地図魔法をかけるんだ。レレリス嬢は地図魔法ができるっけ?」
「ええ、出来ます」
「じゃあ、かけてみて」
私は銅板に指で魔方陣を描いた。
「地図よ、出でよ」
パアッと明るく光った銅板は、光が消えると同時に工房の地図を表示させた。
「でっ、出てます。出てます。ここの地図」
私が興奮して地図を見せると、ルトワさんはニカッと笑った。
「この星マークがレレリス嬢の居場所ね。これを切り分ければ完成だよ。これを持っている人はいつでもどこでもレレリス嬢の居場所がわかる、ってわけ」
「へえ、すごい! ありがとうございます!」
ルトワさんはやっぱりすごい人だ。こんなものを作れるなんて。沈んでいた心が少しだけ軽くなった。
(あれ? でも、気になることがある)
「あの、これ、相手の居場所はどうしたらわかるんですか?」
「ん? わかんないよ。相手の髪の毛とか皮膚片とか持ってないの?」
「いやあ、持ってませんよ。そんなの……」
「そっか。それは残念。まあ、相手がレレリス嬢に会いたいと思って来てくれることを願うのみだな」
「そんなあ……」
自分の居場所カードを持ち、私は宿へ戻った。ラディさんとの待ち合わせはもうすぐだ。慌ててビーフシチューが入った銅鍋をカゴに入れ、宿を出ると雨が降っていた。
こういう時のために折り畳める傘を常備している。私はリュックから傘を出し、草原へと向かった。
しばらく待っているとラディさんはびしょ濡れの状態で現れた。
「ラディさん、傘をお持ちじゃないんですか?」
慌てて駆け寄り傘の中に入れると、いつもより距離が近いせいか、自分の体がボッと熱くなった。
ラディさんは不思議にも雨が久しぶりだと言った。雨なんて4日前に降ったばかりなのに。あの日は今日よりも大雨だった。
(あの日、ラディさんはこの街にいなかった……?)
ふと見ると、ラディさんは少しだけ震えていた。雨に濡れて寒いのだろう。早く室内へ行かなければ。
傘に入れて街の広場まで歩き始めたら、ラディさんはスッと傘から出てしまった。
風邪を引かないように、慌てて傘に入れるのだが、すぐまた出てしまう。
(私の隣を歩くのがそんなに嫌なのだろうか……傷つく……)
これはもう完全なる片思いだ。辛い。これがきっと最後の食事になるだろう。そう覚悟して私は休憩所へ入った。




