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13話

 私はポトフを白い皿に盛った。

 渡された皿を顔の前まで持ち上げたラディさんはクンクンと香りを嗅ぎ、ズズッとすすった。すぐに目が細くなり、口角がぐいんと上がる。

(ああ……可愛い顔……)

 次にフォークを持ってウインナーを刺した。噛むとポクッと音がする。お気に召したようで、それからはすごい勢いでウインナーを食べ進めた。

(手作りして良かった。苦労した甲斐があったわ……)


 勇者様もタダで健康的な料理が食べられるチャンスだったのに。ざまあみろという気持ちが沸いてきた。

(ご機嫌を損ねてるからって態度が悪すぎるのよ。そもそも、後ろ髪が燃えるだなんて背中を向けて逃げようとした証拠じゃない)

 一度蓋を開けた黒い気持ちは、どんどん沸き上がってきた。

(いけない、いけない。ラディさんの前だ)

 慌てて笑顔を作る。

「おかわり」

 ラディさんに言われ、2杯目を盛る。今は何も考えない。ラディさんの可愛い顔が見られる貴重な時間なんだから。

(ああ、可愛い食べっぷり……)


 最後の1杯を手渡すと、ラディさんは「ふぉんな美味いものふぉ、勇者はふぁたふぉ合格にしたのか?」と、食べ物を口に含んだまま言った。

「勇者は何が気に入らないって?」と不合格が信じられない様子で問いかける。

 言われたままのセリフを伝えると、ラディさんは「ただ断りたいだけなのかもな……」という意味深な発言をした。

(断りたいだけ!? 料理が悪いのではなく!?)

 迷惑がられているような雰囲気は薄々勘付いていた。料理が悪くないならば、どうしたら合格できるのだろう。ラディさんなら改善策を見つけてくれるかもしれない。


「それではどうしたら合格できるのでしょう!?」

 私が助言を求めると、言いにくそうに、ラディさんは眉間にシワを寄せた。思い当たる節があるようだ。

「何でしょう!」

「脚を出してみてはどうだろう」

「……」

 ガーン! という音が頭の中に鳴り響く。

「脚!? 脚を出す!? 私が?」

 勇者様からは隙が多いと言われている。脚なんて出したら、そこも隙になってしまうのではないだろうか。

(まさか……色仕掛けのつもり?)

 言われてみればウメモモさんもコココさんも脚が出ている。何ならお2人とも両腕や胸元まで出ている。

(ショックだなぁ……)

 私がショックなのは脚を出すのが嫌だからではない。それを提案してきたのがラディさんがだからだ。気になる相手に対して「色仕掛けせよ」なんて言わないだろう。

 「脚を出したら?」と言われたのは、「あなたに全く気がありませんよ」と言われたのと同意だ。

(はあ……脈なしなんだ……)

 心の中で呟いたら、ズンと心が重くなった。




 帰っていくラディさんの背中を切なく見つめた。

(いつもどこへ行くのだろう……)

 この街の住人だと思っているのだが、1週間の内1度たりとも街中で遭遇したことがない。服装は農民のようだから農地の方へ向かうと思ったが、そうではないみたいだ。

 恋人はいるんだろうか。

 結婚しているんだろうか。

 何歳なんだろうか。

 出身はどこ?

 兄弟は?

 聞きたいことは山ほどあるけど、なぜかラディさんは何も教えてくれない気がする。

 態度は偉そうなのに貧しそうな身なりで。可愛いのに大人びた雰囲気で。魔法なんて少しも使えない顔をしているのに体からは魔力が溢れていて。

(一体何者なんだろう……)

 気になった私は無意識に後を追っていた。


 しばらく草原を真っ直ぐに歩いていたラディさんは突然スッと素早く大きな木の影に移動し、姿が見えなくなった。

「あれ?」

 しばらく遠くから様子を見守ったが、そのままずっと姿が見えないままだ。

(まだそこに立っているのだろうか……もしや木を背にしてお昼寝中?)

 お腹いっぱいになって眠くなったのかも。スヤスヤと眠るお顔もきっと可愛いに違いない。見たいという衝動に負け、私はゆっくりと木に近づき、回り込んでみた。

「え!?」

 そこには誰も居なかった。




「魔法でも使ったのかしら……」


 宿に帰った私はお気に入りのスカートの裾を30センチ、ハサミでザクザクと切りながら独り言を呟いた。

 ラディさんの身なりはどう見ても農民だ。でも身体からは隠しきれないほどの魔力が出ている。

「本当は魔法使いなのかも。魔法使いがみんなとんがり帽子に黒いローブとは限らないし」


 でもラディさんは魔法を使ったことがない。使う素振りも全く見せない。それに冒険者でもなさそうだ。武器も防具もないし、錬金術も知らないようだった。

 私が魔王に対する憎しみをあらわにしても、賛同するどころか驚いている、もしくは落ち込んでいる様子だった。

 遠い国からやってきた魔法使い……。もしくは自分に魔力があることに気づいていない農民。そんなところだろうか。


 次は針と糸を取り出して裾を縫い始めた。

「脚を出したぐらいで合格するわけないと思うけど……」

 イライラをぶつけるように粗く縫った。本当はこんなことやりたくない。

 これでもダメだったら、次はシャツの胸元でも切ってやろう。肌を見せることに抵抗がないわけではない。それでも魔王討伐に近づくならやってやる。

(絶対に、絶対に、私が魔王の息の根を止めてやるんだからっ!)

「よっしゃ! できたっ!」

 完成したスカートを履いて、姿見の前に立ってみた。

「う……」

 思ったよりも太腿が太い……。内腿にもっと隙間があったのに。今はほんの数ミリの隙間しかない。

「味見のしすぎかな……ダイエットしなきゃ……。あ、そうだ!」

 私はひとりでまたダンジョンへ潜ってみることにした。

 勇者様のパーティーは最下層のレッドドラゴンのところまで行けた。睡眠不足では無い、万全の自分ならどこまで行けるのか、試してみたい。




 せっかく作った銅鍋を活かそうと、私は次の料理『ビーフシチュー』に決めた。

 大きな塊の牛肉を入れて、満足感があるように。また熱いから食べたくないと言われるかもしれない。でもいいや。とにかく肉肉しい料理を作ればいい。

 作っている間中、ずっとラディさんのことを考えていた。

(蓋を開けた時、ラディさんはどんな顔をしてくれるだろう……)

 香草を入れて、赤ワインも入れて、グツ、グツ、グツ、グツ、丁寧に煮込む。焦げないように、何度も、何度も、かき回す。

 合格できますように、ではない。ラディさんに美味しく食べてもらえますように、という願いを込めた。

 翌朝、ビーフシチューが出来上がった。勇者様との待ち合わせは正午だ。それまでダイエットも兼ねてお散歩でもしよう。清々しい気持ちで宿を出ると、妙に街中が騒がしかった。

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