12話
街の外れにある女性専用の公衆浴場は、多くの人で賑わっていた。真っ白な石造りの施設で、天井が高く、解放感がある。
実家にあったお風呂は父が自分で作ったもので、人がひとり入ると身動きも取れない狭さだ。ここまで大きな浴槽に入るのは初めてでワクワクする。
説明された通り頭や体を先に洗い、私は湯船に浸かった。熱くもぬるくもない、ほど良い温度だ。
(気持ちいい……)
私は目を閉じてダンジョン内の勇者様たちを想像した。
「ダンジョンにはこういうお風呂無いもんなー」
のんびりしていることに、少しだけ罪悪感が沸く。
「寝具が最低限だから寝にくいし、食事は携帯食だろうしなあー……」
携帯食はジャーキーやビスケットとかだろう。保存できるように固く作られているし、冷たくて味気ない。
(温かい料理はどうかな……温かさをキープできる鍋を作ってそこにお肉やお野菜、スープを入れる……)
「ポトフだ!」
ザバッと浴槽から出て、バスタオルを巻いたまま棚の中のリュックを開けた。
「持ってたはず……銅の鉱石……銅の鉱石……あった!」
赤褐色のゴツゴツした鉱石が手の中に3つある。
「よし! これで作れる!」
翌朝。私は知り合いの錬金術師さんがいる工房へ向かった。
「こんにちはー」
工房の戸を開けると、そのルトワさんが「よっ!」と手を上げた。
「来たな。レレリス嬢」
ルトワさんは父の1番弟子だ。出会い頭に言い寄ってくる男性がいるほど見目麗しい方なのだが、33歳の今でも独身を貫いている。いつでもタンクトップと短パン姿だ。豊かでハツラツとした健康体はいつ見ても眩しい。
ルトワさんは赤髪のポニーテールを揺らしながら、端の竃の前に丸太でできた椅子を置いた。ここなら使っていいよというサインだ。
「またダメだったのか? あんのクズ勇者め」
「そっ、そんな呼び方をしてはダメですよっ!」
「だってまた料理を作らにゃならんのだろう?」
「ええ」
「料理を作る大変さを知らないんだよ。そもそも料理でテストするって言う発想自体が間違ってる」
「まあ……ですよね……」
「ほうら、やっぱりレレリス嬢も不満があるんだ」
「え? いいえっ! ありません」
私は目を反らし、口笛を吹いて誤魔化した。するとルトワさんは「ガハハッ」と笑った。
「絶対あるじゃねーか、ガハハッ!」
私は苦笑いすると置いてもらった丸太に腰掛けた。リュックをおろし中を確認する。
「竃と錬金釜を使わせていただきます」
「ああ。何を作るんだ?」
「鍋です。長く保温できる鍋を作りたくて」
「ふうん、じゃあ銅鍋だ」
錬金釜へと視線を戻して言うルトワさんの横で、私は銅の鉱石3つと赤い魔石1つをカランと錬金釜に放り込んだ。
蓋をして、両手をかざし、言い慣れた呪文を唱る。
「火の神よ。太古の土より出でし鉱石に力を与え賜え」
しばらくそうしていたら、錬金釜は赤く光り始めた。釜の熱で両手や顔まで熱くなってくる。額にじんわりと汗が滲んできた。
「うん、これでよしっと……ルトワさん、キッチンも使っていいですか?」
「いいよ。今日は何を作るんだ?」
「とりあえずウインナーを作ります。銅鍋ができたら、それでポトフを作ろうかと思って」
「ウインナーは売ってるものでもいいだろ」
「でも……売ってるものを入れたら、手作りしてないって言われそうで……」
「ああ。あの勇者なら言いかねんな」
「ですよね」
ルトワさんと私は目を合わせて苦い顔を作った。こういう勇者様への愚痴っぽい気持ちもルトワさんになら言えてしまう。15歳の年の差はあるけれど、昔から気が合うのだ。
(本当なら私のお姉さんになっていたんだよな……)
汗だくで美しいルトワさんの横顔を見ていたら、兄と一緒にいた頃を思い出した。
2人がまだ10代だった頃、一緒に錬金釜を覗き込んで笑い合っていた姿。お似合いだった。理想の恋人同士だった。私にもいつかこんな風に笑い合える相手ができるのかな、そう思っていた。
ふと、なぜだかラディさんの顔が浮かんだ。はにかむように笑う顔。美味しそうに頬張る顔。可愛らしい食べっぷり……。
「……リス? おい、レレリス?」
「え? あ、はい」
肉ダネを捏ねていたら、いつの間にか別世界へ意識が飛んでいたらしい。ルトワさんに肩を掴まれ、思わずハッとした。
「どうした? 大丈夫か? 銅鍋出来てるぞ」
「え、あ、ありがとうございます」
慌てて竃へと移動していると、自分の顔が熱くなっていることに気づいた。
(どうして今、ラディさんの顔が浮かんだんだろう……)
街の休憩所で待っていると、勇者様はムスッとした顔で現れた。
冒険者たちの噂によると、最下層のレッドドラゴンから炎を浴び、勇者パーティーは泣く泣く地上へ戻ってきたそうだ。もう少しのところでレッドドラゴンの討伐を諦めたとのこと。たったの1週間で最下層まで行けたのは歴代最速の記録だとか。だからこそ、目的の魔石をゲットできずに戻ったことが悔しいのか、勇者様はムスッとした顔のままずっと後ろ髪を触っている。
「今日は何を作って来たんだ?」
片方の指でテーブルをコンコンと小突きながら勇者様は聞いた。
「前回はサンドイッチだったそうだね。まさか、またパンだったりして」
パンがお嫌いなのかしら……と思いながら私はカゴの中から銅鍋を出した。
「いえ、今日はポトフです」
想定通り、まだ温かいままだ。蓋をとるとフワッと湯気と香りが立ち上った。
勇者様はチラリと鍋の中を覗いた。そして中を確認すると「ハア……」と溜息を吐き、唇をを尖らせた。
「だいぶ熱そうだな……」
「あ、温かい料理が良いかと……思ったんです……が……」
「疲れているから熱いものは食べたくない。今日は肉肉しいものが食べたかったな……」
「えっ、そうでしたか……。あの、それでしたらウインナーもお肉です。手作りしたんです。良かったらひと口だけでも……」
私が皿に注ごうしたら、勇者様は首を横に振り、席を立った。
「ウインナーは肉と言えるのか? また来週な」
(ええ……そんなぁ……)
がっくりと肩を落としたら、予算の話をまだしていないことを思い出した。
(パーティーに入ったら料理の予算は出るんでしょうか?)
心の中で問いかける。聞きたいけど聞けない。声をかけよう、肩を叩こう、と後をつけて歩いたら、勇者様の後ろ髪がチリチリに焦げていることに気づいた。
(ああ、だから機嫌が悪いのか)
妙に納得した。ずっと後ろ髪を触っていたのはそのせいだったようだ。
勇者様は常に身だしなみに気を使っている方だ。
以前ウメモモさんから「有名人だからいつ誰に見られても恥ずかしくないように配慮しているんだよ」と聞いたことがある。立派な心がけだと思う。
だからこそ、髪を燃やされたことが気に食わなかったのだろう。
今回はタイミングが悪かったんだ。だから食べてくださらなかった。予算のこともまた来週でいいや。
「次回は肉だ。肉肉しい肉料理に決定だ!」
そそくさと鍋をカゴに仕舞った。行く所がある。食べてくれる人がいる。
休憩所を出て、いつもの草原へ向かった。
ラディさんはこのポトフを見たらどんな顔をするだろう。食べたら何て言うだろう。ああ、楽しみだな。早く見たい。
私はいつもの草原に立ち、鼻歌を歌った。すると私の鼻歌を真似するように、小鳥が2羽、耳元でピチチ……と鳴いて空へ舞った。
「ああ、今日もいい天気」
こんなに気持ちの良い日はピクニックがしたくなる。小さい頃はよく家族4人でピクニックをしたっけ。
先週のラディさんは草の上にそのまま腰を下ろしてサンドイッチを食べていた。あれではお尻も汚れるし、ゆっくりできなかっただろう。
私はカゴを下ろしリュックの中を覗いた。
「えーっと……あ、あった!」
赤いチェック柄のお気に入りの敷布。草の上でバサッとそれを広げると、私はその上に座った。
(勇者様から不合格と言われたのに、どうしてこんなに心が穏やかなんだろう)
空を見上げてそんなことを考えていたら。
「レレリス」
ラディさんの声がした。私は慌てて立ち上がり、敷物に座るように勧めた。
ラディさんはほのかに赤くなった頬を指で掻いた。
(あ! これは照れているサインだ! 可愛い!)
勇者様がバクバク食べたらどうしようと思っていたけど、ひと口も召し上らなかったおかげで丸々ラディさんに食べてもらえる。
並々と入ったポトフを見て、ラディさんは「わぁっ……」と小さい声を上げた。




