10話
「本当に出たんだな」
「ああ。本当に出た」
「思ったより大したことなかったよな?」
「ああ。オレは怖いとも思わなかったな」
清々しい顔で話す冒険者の人々。その数ザッと20人ほど。本当に何があったんだろう。
「お前ら感謝しろよ、我々に。我々が魔王からこの街を救ったんだぞ!」
(え! 魔王!?)
私は慌てて声の方を振り向いた。
声の主は噴水前にいる若い冒険者の2人だった。彼らは腕にできた擦り傷を高く掲げ、その場にいる人々に見せびらかした。
「そうだぞ、この怪我は魔王を追い払った証拠だぞ!」
「ちょっ、ちょっと、待ってください! 今なんと仰いました?」
私は慌てて彼らに駆け寄った。
「ああ。キミは見ていないんだな、魔王を」
「出たんだよ、魔王が。今まさにこの場所に」
冒険者の男性は広場の石畳をダンダンと踏んだ。
「ここに魔王が……?」
私はその場を見下ろしながら、魔王がここへ降り立つ姿を想像した。
「……魔物の間違いではありませんか?」
「いいや、あれは魔王そのものさ。語り継がれてきた特徴そのままだった。黒いマント、紫色の肌、水牛のような角。そして3メートルの巨体……まあ、でも巨体と言うほど大きくなかったよな?」
「ああ。あんな奴が魔界の王かと思うと拍子抜けだよ」
ガハハと笑いながら、彼らは手にしていた赤ワインを呑んだ。
あちこちで話している人たちも皆、魔王の話題で持ちきりだ。
「ワシは精神的にダメージを負った。もう冒険者は引退する!」と叫んでいるお爺さんもいる。
(本当に魔王が出たんだ……)
私はギリギリと歯を食いしばり、腰のポシェットを握りしめた。この中にはとっておきの矢が1本だけある。
(これを使えば勇者パーティーに入らずとも魔王を討伐できたのに……)
私の兄、レオリスの夢は冒険者になることだった。
私がまだ母のお腹にいる頃、目の前で母が魔物に襲われている場面に遭遇し、兄は果敢に立ち向かったそうだ。魔物は尻尾を巻いて森へ帰った。そのことが兄にとってかなりの自信になったという。
「全人類が安全に暮らせる世界。それをオレが作るんだ!」
それが兄の口癖だった。
ずっと反対してきた父は、兄が18歳になっても夢を諦めないので、とうとう折れた。
「絶対に魔王を討伐するまで帰ってくるんじゃねえぞ」
厳しい父はいつもよりもっと厳しい顔をして、兄の見送りに顔を出した。
「わかってるよ。父さん」
兄の返事を聞くと、父はまたすぐ工房へ戻ってしまった。
「んもう、お父さんったら。あれでもすごく心配しているのよ」
「うん。わかってるよ、母さん」
母は兄にお手製のサンドイッチを手渡した。
「レオリス……体に気をつけてね」
「ああ。ごめんね、母さん」
「え? どうして謝るの?」
「家のこと。もう手伝えないから」
「全然いいわよ。大丈夫。レレリスがいるんだから。ね?」
母は腰にずっとくっついて拗ねていた私を見下ろした。
「……」
「レレリス、行ってくるな」
兄は優しく微笑むと、私の頭をグリグリ撫でた。
「お兄ちゃん、いつ帰ってくるの?」
「んー、しばらくは帰れないな……」
「そうなんだ……」
「でも、必ず帰ってくる! だからそれまで待っててくれ」
私は兄に高く抱き上げられた。
「次に会えた時はレレリスをこうして抱き上げられるかな」
見つめ合う兄と私を見て、母は涙を流した。
「兄ちゃんは大きくなったレレリスに会えるのが楽しみだよ」
「……うん。わかった。大きくなるね」
別れ際の兄は、私の頬を優しくつついてから歩いて行った。
まだ幼かった頃の思い出。私の記憶に残っている兄は、いつも優しい顔だった。
それから3年後……。
兄は思いも寄らぬ姿で帰って来た。
村人によって運ばれくる、姿をワラで隠された状態の兄。
「レ……レオリス……? レオリス!! うわぁああ……」
この時の父や母の声、姿は今思い出しても身動きが取れなくなる。許せない。兄を、父を、母を。こんな姿にした魔王を。
その日は悔しくて悔しくて兄が帰ってきた日のことが繰り返し何度も頭の中で蘇った。
宿のベッドで横になってもロクに眠ることができない。夜が明けても落ち着かないので、ひとりでダンジョンへ潜る事にした。ひとりで潜るには緊急脱出の魔石を持って潜らなければならない。
ひとりでどこまで行けるのか試してみたい。魔王への恨みを原動力に1日で5階層まで行った。
翌朝。フラフラの状態で6階層のケルベロスと戦った。
「ダメだ……照準が合わない……」
身の危険を感じた私はそこで地上へと戻ることを決め、魔石を握りしめた。
最下層まで残り10階層もある。もっと下までいけたなら、勇者様にアピールできたのに……。
宿に帰り、ぐっすり眠った私はやっと料理へと思考を切り替えることができた。
レースのネグリジェからいつもの服へと着替えながら、先週の反省を考える。
「あの時の勇者様はカゴの中を見るなりゲンナリしていた……あれはきっとシンプルなパンだったからじゃないかな……」
失敗せずに作れる物を、と思ってロールパンを選んだが、体に良い料理というリクエストだった。食べてくれる人へ向けた選択ではない、自分中心の選択だった。もっとしっかり考えるべきだった。次はきちんとお腹が満たされ、栄養も摂れる料理を作らなければ。
(でも、それってなんだろう……)
悩んだ私は地下の市場へ向かった。
市場にはトマトやパプリカ、ズッキーニ。色とりどりの野菜がズラリと並んでいた。どれも新鮮そうだ。野菜は栄養価が高い。
(野菜を使えないかな……あ!)
「サンドイッチだ!」
思わず声が出た。サンドイッチなら野菜やお肉も摂れるから、栄養的にも良いはずだ。
よく晴れた正午。私は地下2階のダンジョン入り口で勇者様を待っていた。
勇者パーティーは洞窟での採取を終え、今度はダンジョンへ潜るそうだ。最下層のレッドドラゴンが持つ、赤い魔石が欲しいらしい。
しばらく人の流れを見ながら待っていると、黒いとんがり帽子がゆっくりとこちらへ近づいてくるのが分かった。あの帽子は勇者パーティの魔法使い、コココさんだ。
180センチのコココさんがあのとんがり帽子を被ると、遠くからでもすぐに居場所が分かる。
私はこれまでコココさんとは一度も話したことがない。勇者様が父の工房で武器や防具を揃えていた時も、近くの森へ出かけ、薬草やら毒草やらを集め、ひとり黙々と研究されていた。ウメモモさん曰く、コココさんは人と話すのが苦手らしい。
どうしてコココさんが来たんだろう。勇者様は来ないのだろうか。
私の前でコココさんは足を止めた。真っ白な素足に黒いハイヒール姿。紫色のワンピースはまるで誰かに切り取られたかのように前だけが短い。寒くないのだろうか。
「どうも、コココさん」
私が頭を下げると、コココさんもペコッと頭を下げた。
「勇者様は……」
私が周りを見回して問いかけると、コココさんは首を左右に振った。
「あの、それでしたらこのバゲッドサンド、ダンジョンで召し上がってください。結果は後日伺いますので」
カゴの上の布を取り、ズイッと差し出したら、またコココさんは首を左右に振った。
「え?」
受け取ってもらえずにキョトンとしていると、コココさんはペコリと頭を下げ、来た道を帰って行った。
「そんな、あのっ……」
呼び止めたのに振り返らない。その後すぐにコココさんは魔法でも使ったのか姿を消した。
しばらくショックでその場から動けなかった。憤りが胸に込み上げてきてしょうがない。
「何なんだろう……本当に……」
どうして勇者様はこの場に来てもくれないのだろう。話し下手なコココさんからはダメだった理由さえ聞けなかった。
むなしい気持ちを消したくて地上へと戻って来たら、良い事を思い出し、すぐに気分が晴れやかになった。
「そうだ! あの方に食べていただけるんだっ!」
生命力溢れるお方。偉いのか庶民なのか、よくわからないお方。
あの方の食べっぷりが見られると思うと、沈んでいた心がふわっと軽くなった。




