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1話

「マズい……(メシ)がマズい……」


 昨晩もマズイ飯を喰ったのに、今朝もマズイ飯を喰わねばならん。これはいったいどんな拷問なんだろう。

 今朝の献立は『闇コウモリの丸焼き』だ。丸々と太った闇コウモリを炭火でこんがりと焼いた1品。真っ黒になったそれをひと口齧ったら、素直なセリフが思わず口から漏れた。

「うっ……」

(酸っぱい……苦い……それに硬い……)

 それでも食べなければ痩せてしまう。俺様は口の中に異物としか思えない喰い物を詰め込んだ。


 ここは魔王城の食堂。蝋燭の明かりが静かに灯る、暗くてだだっ広い部屋だ。共に朝食を摂っているのは魔王軍の三幹部。

 奥からオーガのカブコス、サキュバスのアテリナ、ダークエルフのネビロウス。

 彼らも俺様と同様の物を喰っているのだが、なぜあんなに平然とした顔で喰えるのだろう。生まれながらの魔物と転生者である俺様とは身体の仕組みが違うのではないかとつい思ってしまう。

「あーあ、もう無くなっちまった……」

 カブコスのしょんぼりした声が響いた。俺様の皿にはまだ山盛りの闇コウモリが残っている。それを見て、羨ましそうな目をした。

 出会った当時、ポッチャリくらいだったカブコスはこのままでは球体になってしまいそうなほど横にデカい。日に日にデカくなるせいか、服はいつだって着ておらず、常に毛皮のパンツだけを履いている。

「俺様のも喰え。今日は食欲が無い」

 俺様が席を立ち扉に向かうと、パシッとアテリナに手を取られた。

「お待ちくださいませ、魔王様。闇コウモリは精力がつきますよ♡」

 艶かしい目つきで俺様の下半身をチラリと見る。サキュバスのアテリナは何かと言うとすぐアッチの方向に思考が働く。いつだって露出度が高く、今日も胸元の空いた黒いドレス姿だが、今更何にも思わない。見慣れ過ぎてしまった。

「精力などいらん」

 手を振り払い扉へと向かう俺様に、ネビロウスがボソッと一言呟いた。

「今日()、ではなく。今日()、ですよね」

 嫌味かと思い振り返ったが、ネビロウスはこちらを見ることもなく黙々と食事を続けた。相変わらず喰えない男だ。有能なので魔王としての仕事は半分ネビロウスに支えてもらっている。そのせいか、口うるさく意見することが最近増えてきた。常にスーツを着ているせいもあり、ネビロウスを俺様の秘書だと思っている魔物も多い。


「しばらく自室にこもる。誰も来るなよ」

 そう言い残し、俺様は食堂を後にした。


 魔王に転生したのは15年前。

 田舎の小作人だった俺様は畑で倒れ、気づいたら魔王になっていた。

 惚れ惚れするほどのたくましい身体。

 底抜けに溢れ出る魔力。

 魔界の王という優越感。

 上の者がいない快適さ。

 毎日最高の気分だった。

 でも、たったひとつだけ、耐えられないことがあった。

 喰い物が"マズイ"ということだ。

 栄養失調で倒れないように、日々頑張って喰ってはいるのだが、未だに慣れていない。


「はあ……飯さえ美味ければ最高なのに……」

 呟いた俺様は自室の大鏡の前でガウンを脱いだ。日課にしている体格の確認、それと体重測定をするためだ。

(ああ……今日もくびれているな……)

 転生時、脂肪と筋肉がたっぷり詰まっていた恰幅の良い腹は、今では肋骨がうっすら浮き出るほどにしぼんでしまった。

 3メートルの身長、水牛のような角、紫色の肌。その特徴だけがまだ俺様を魔王であると証明してくれている。

 さて体重は何キロだろう……。針は昔のように動いてはくれない。

「何!? また1キロも痩せたのか!?」

 昨日300キロを指していた針は、今日は299キロを指した。転生時より101キロも減ったことになる。見た目の威厳は日に日に損なわれている。


「ああ、美味い飯が喰いたい……」

 ソファに裸体を預け呟いた。俺様の口に合うものが魔界には無い。

 調理係が悪いのかと思い、担当を何度も変えたが結果は変わらなかった。「塩だけで焼いてくれ」「そのまま素揚げしてくれ」などと調理に口を出してみても結果は変わらなかった。魔界にある食材そのものが俺様に合わないのだと思う。

 こうなったら最終手段に出るしかない。ずっと前から考えていたことを今日こそ決行しよう。

 漆黒のジャケットとズボンそれにブーツとマントという正装に着替え、俺様はベランダへ出た。

「あそこに行けばきっとうまい飯にありつける」

 希望を込めた言葉を呟き、俺様は人間界へと飛び立った。




 しばらく飛んでいたら雲の切れ間に目的地らしき街を発見した。このフォーリオという街は山に海が面していて食材が豊富にあるという。ネビロウスが大まかな人間界の地図を書きながら、以前呟いていた。

(さて、何を食べようか)


 そう思いながら広場に舞い降りた。すると、

「ギャー!! 魔王だーー!!」

 俺様の脚が石畳に亀裂を作るや否や、冒険者らしき人間が尻餅をついて叫んだ。

「なんでこんな中盤の街に出るんだ!?」

 そいつの大声を聞きつけ、ウジャウジャとギルドから冒険者が出てきた。俺様の顔を見るなり腰を抜かす者や、後退りしながら剣に手を回す者もいる。広場にいた老人や女、子供は泣き喚きながら建物の中へと逃げて行った。

(危害を加えられるとでも思っているのだろうか。ただ喰い物が欲しいだけなのだがな)


 近くに市場やレストランがないか見渡してみる。

 シーンと静まり返った広場の中、ボソッと問いかける若い男の声が聞こえた。

「なあ、思ってたよりも弱そうじゃないか?」

 見ると、2人の冒険者がヒソヒソ声で話し合っていた。

「確かに。そんなにデカくないな?」 

「しかもたったひとりだぞ。これならオレ達でも倒せるんじゃないか?」

 ムカつくことに奴らの声を聞き、冒険者が続々と戦闘モードに入った。

「みんながやるならボクもやるよ」

「私も戦ってみようかしら……」

「フンッ。正気か? 見くびられたものだな」

 情けなさに嘲笑うと、1人の歯抜けたジジイがブルブル震える剣を向けながら俺様に突進してきた。

「ワシがやっつけて名を馳せてやる!」

 続けて他の冒険者も「ワー!」と叫びながら一気に襲いかかってきた。剣や槍、弓矢、杖。色々な武器を持った人間が俺様めがけて飛んでくる。

「うるさいっ!! 雑魚共がっ!!」

 邪魔臭くて右手をひと振りしたら、20人程の冒険者たちは一斉に後ろへ吹っ飛んで行き、全員が失神した。最初に向かってきたジジイは壁に激突し、泡を吹いて倒れた。

「フンッ。口ほどにもない奴らめ……」

 冒険者は戦意を喪失したらしい。立ち上がろうとする者は1人もいない。だが、今度は地下から噂を聞きつけたらしい冒険者や野次馬がワラワラと上がってきた。

(ああ……ここは地下にダンジョンがあるんだったな……)

 俺様を目にした冒険者は震え上がりながらも、最終的には戦闘の構えをとった。

(はあ……流石にこの数を相手にする気になれんな……)


 面倒に思った俺様はパチンと指を鳴らしてひと気の無い建物の裏に瞬間移動した。そしてもう一度パチンと指を鳴らして人間の姿に化けた。

 魔王が姿を消したと騒いでいる連中をよそに、俺様は何食わぬ顔で広場に躍り出た。誰ひとりとして俺様が魔王であることを見抜かない。「何処へ行ったんだ魔王」「逃げたんだろう」などとムカつくことをほざいて散り散りになった。


(フンッ、人間の目線は低いな……見通しが悪くて叶わん)

 ふと、目の前の窓ガラスに自分が写っていると気づき、俺様は足を止めた。人間化したのは初めてだ。どんな風になっているか気になったのだ。

「……チッ」

(なんてムカつく顔なんだ……)

 白肌にソバカス顔。素朴で平凡な若い男がそこにいた。まるで転生前の自分がそこに立っているかのようだ。黄ばんだシャツにベージュのズボン。貧しい身なりまで似ている。魔王の方が何万倍もカッコ良い。こんな服など俺様には似合わない。目を合わせていると転生前の記憶が蘇ってきそうだ。

(くそッ……人間化などするんじゃなかった。こんな服など破り捨ててしまえ……)

 衝動のままにシャツの襟を掴んだら、闇コウモリのマズさが口に込み上げ、ぐっと堪えて手を離した。

 うまいものが喰えたらすぐに魔界へ帰ろう。喰い物さえマズくなければ、魔界は最高の場所なのだ。

 ーーしかし。


「なんなんだ!? この街は。飯屋がひとつも無い!」

 ウロウロと街の中を彷徨っているうちに、ひと気の無い草原まで来てしまった。見渡す限りの草。照りつける日差し。

「ハァ……ハァ……腹が……減った……」

 遂に俺様は動けなくなった。人間化しているせいだろうか。目の前が真っ白になってバタンと道端に倒れた。


(まさか餓死するのだろうか……魔王なのに……)

 起き上がろうとしても体に力が入らない。意識が朦朧としていく。

 そんな俺様の側に、フワッと懐かしい香りが漂ってきた。

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