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第5話:リアノ姫との再会

 三つのクリスタルを揃えた俺たちは、再び宗教都市へと引き返した。


 道中、誰も多くは語らなかった。


 風。炎。そして水。


 長い旅路の果てに掴んだ光が、今ようやく一点へと集束する。


 神殿に入ると、そこは静寂に満ちていた。


 信徒も司祭も姿を見せず、まるで世界が呼吸を止めて、俺たちの覚悟だけを見つめているかのようだった。


 カルテシアが、音もなくヴァイオリンを手に取る。


 結界構築の儀式で用いた、あの神具――

 彼女の指先が弓を滑らせた瞬間、澄んだ音色が、静かに空間を震わせ始めた。


 風のクリスタルが、淡く光を帯びる。

 炎のクリスタルが、内側から脈動を始める。

 水のクリスタルが、音に応えるように、揺らめいた。


 三つの光が交差し、祭壇を包むように弧を描く。


 やがて、その光は俺たち四人を静かに飲み込んだ。


 感覚が、ふっと消える。


 浮遊感でも、落下でもない。

 ただ――世界が、柔らかく反転するような感触。


 次に目を開けたとき、

 そこには、石造りの大扉が聳えていた。


 ――光の神殿。


 空間は白く霞み、時間すらも止まっているようだった。


 それでも、この扉の奥に、確かに姫がいる。

 そう思うだけで、胸の奥が張り詰めた。


 旅のすべては、ここに至るためにあった。


 深く、呼吸を整える。


 心臓の音が、やけに大きく響いていた。



 扉が、重々しく開いた。


 静けさが、世界を包んでいた。


 中には、白く輝く空間が広がっていた。

 天も地も、すべてが光でできているような、現実から隔絶された神域。


 その中心――


 空中に浮かぶ一つの結晶があった。


 光のクリスタル。


 その透明な殻の中で、静かに眠る――リアノ姫の姿。


 彼女の長い金の髪は、宙をゆるやかに漂い、まるで時が止まっているかのようだった。

 瞳は閉じられ、唇は微かに笑みを湛えている。


 変わらない姿だった。

 それでも、確かに――そこにいた。


「……姫様……」


 セレナが、小さく声を漏らした。


 俺たちがそっと歩み寄ると、

 三つのクリスタル――風・炎・水が、同時に脈動しはじめた。


 それに呼応するように、光のクリスタルが淡く共鳴し始める。


 やがて――


 光の結晶が、静かに砕けた。


 音もなく、まるで霧が晴れるように、その身を包んでいた殻が解けていく。


 リアノ姫の身体が、ふわりと空中に浮かぶ。


 俺は慌てて一歩前に出た。


 そして、そのまま――


 姫を、この腕に受け止めた。


 その身体は温かく、しっかりとした重みがあった。


 確かに――生きていた。


 光の神殿の静けさの中、

 俺は、彼女の顔をそっと見下ろした。


 変わらない気高さと、美しさ。


 それでも、眠りから目覚めることを、確かに予感させるような――穏やかな呼吸が、彼女の胸を静かに上下させていた。


 俺は、姫様をしっかりと腕に抱いたまま、そっと顔を寄せた。

 その呼吸は穏やかで、鼓動も確かに伝わってくる。


 ――だけど、まだ目は閉じたまま。


 俺は、そっとその名を呼んだ。


「……リアノ」


 その声は、自然と震えていた。

 張りつめていた何かが、少しずつ溶けていくように。


「目を……覚ましてください。もう、大丈夫です。もう……」


 言葉の途中で、声が詰まった。


 そのときだった。


 姫のまぶたが、わずかに揺れた。

 そして、長い睫毛の奥で、蒼の瞳が静かに開かれた。


 ――意識が戻ったのだ。


 彼女は、視線を彷徨わせるように辺りを見回し、やがて――


 俺の顔を、正面から見つめた。


 その目に、確かな光が宿っていた。

 まるで、時間の彼方から帰ってきたような――穏やかで、温かい光。


「……あなた、なのですね」


 その小さな声を聞いた瞬間、

 俺の頬を、涙が伝った。


 止めようとしても、止められなかった。

 感情があふれ出すように、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。


「……よかった。ほんとうに、よかった……」


 言葉にならない想いを、ただ一つの行動に託すように――


 俺は姫を、強く、抱きしめた。


 この腕の中に、確かにある命。

 遠く離れていた存在が、今、ここに戻ってきた。


 そのぬくもりに触れながら、俺はただ、静かに祈っていた。

 どうかこの奇跡が、永遠に続いてくれますように――と。


 姫を抱きしめたまま、俺はその鼓動の確かさに、深く安堵していた。


 静けさの中に、ただ温もりだけがあった。


 ――そのときだった。


「くくく……はーっはっはっはっはっは!!!」


 空間を裂くような、不気味な笑い声が響いた。


 温かな静寂が、一瞬で凍りつく。


 声の主を探し、俺たちは本能的に辺りを見渡す。


 すると、光の神殿の空間の天井――

 その“虚空の一点”が、ぐにゃりと歪んだ。


 闇が滲み、そこからグランギデオンの姿が、ゆっくりと顕現していく。


 腕を組み、余裕たっぷりの尊大な姿勢。


「いやはや、じつに感動的であったな。勇者が姫を抱きしめて涙を流すなど……ふふふ、まるで絵画じゃ」


 その瞳には、悪意と侮蔑が混ざり合っていた。


「だがのう――“その結末”を、わしが許すとでも思ったか?」


 雷鳴のように、神域に響き渡るその声は――

 まるで審判の鐘のようだった。


「グランギデオン。どうして……あなたが、ここに?」


 カルテシアの声は静かだった。だがその瞳は、光の神殿に相応しい鋭さを帯びていた。


 すると、虚空に浮かぶ魔人が、まるで講壇に立つ語り手のように胸を張って答えた。


「ふむ。聞くまでもあるまい?わしは、貴様らの旅の行く末を“見守って”いたのじゃよ」


 その言葉に、場の空気が凍る。


「三つのクリスタル……それを揃えるには、数々の試練を越えねばならん。

 ならば、手駒を動かせばよいだけのことよ。そう……お主らのことじゃ、勇者よ」


「そんな……」

 セレナが小さく呻く。顔を強ばらせ、声が震えていた。


「わたしたちを……利用していたのですか……?そんな、そんなの……ひどいです……」


 ラルフは視線を逸らさずに、ぼそりと呟いた。


「悪趣味なおじさんだね……まったく」


 グランギデオンは、その反応をまるで芸術鑑賞のように微笑んで受け止めた。


「ふふ……その顔、その絶望……わしの期待以上じゃよ。

 お主らは、わしの計画に実によく応えてくれた。あとは、贄を捧げるだけじゃ――」


 ゆっくりと、両手を広げる。


「さあ、勇者よ。そしてその仲間たちよ。

 お主らの“希望”である姫を、渡してもらおうか――」


 その声と同時に、空間が軋むような異音を発した。


 グランギデオンの背後に、闇のうねりが生じる。

 禍々しい波動が溢れ、光の神殿の純白を黒く侵食しはじめた。


「ッ……!」


 俺は反射的に、リアノ姫を背後に庇った。


 ――戦いが始まる。


 だがそれは、ただの戦闘ではない。

 希望を守る者と、希望を奪わんとする者。

 世界の行く末を分かつ、決定的な対峙だった。



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