第2話:神の代行者、聖女カルテシア
街に入った瞬間、空気が変わった気がした。
王都では見かけなかった装飾や祈りの風景。建物の壁には聖句や天使の像が刻まれ、白い尖塔が空へと並んで立ち上がっていた。まるで、街全体が祈るための器であるかのようだった。
「……同じ国とは思えませんね」
俺がそう呟くと、隣のリアノ姫が小さく頷いた。
「ここは、神政庁が直接管理する聖域ですわ。法も文化も、王都とは別の理に従っていますの」
言葉は冷静だったが、声の奥に慎重さが混じっていた。
都市の中央へと続く大通りでは、人々が足を止め、手を組み、頭を垂れていた。誰に強制されたわけでもなく、それがこの街の日常として染み込んでいる。俺たちは旅の者として、静かにそれを受け入れ、門をくぐった。
目的はひとつ――聖女カルテシアに会うことだ。
⸻
都市の中心に建てられた大聖堂は、言葉では言い表しにくい空間だった。
外壁は白石で統一され、内部は静かに冷えていた。天井が高く、柱が遠く、音が吸い込まれていくような感覚。床にはモノクロのモザイク模様が続き、光と影の中に身を置いているようだった。
やがて、奥の扉が開く。
誰の足音かも分からないほど静かに、ひとりの少女が現れた。
真っ白な礼服。身を飾るものはなく、ただ胸元にひとつ、金糸の紋章が刺繍されている。それが、女神の加護を示す印なのだとすぐに分かった。
「……あなたが、予言の勇者様ですね」
透き通った声が、堂内に静かに響く。
彼女の名は、カルテシア。
この地で女神の代行者と呼ばれ、人々の信仰の象徴として立つ存在だという。
「ようこそ、セラフィエルへ。わたくしは、あなたを待っておりました」
その眼差しは優しく、けれど一切の迷いがなかった。
まるで、使命そのものが人の形を取ったような――そんな印象を与える少女だった。
聖女カルテシアは、まっすぐに俺を見ていた。
その眼差しには、温度がなかった。だが、決して冷たいわけでもない。感情というものが、どこか遠いところに置き去りにされているだけのような、澄んだ無垢さがあった。
身にまとうのは、式服としての礼装。
白を基調とした布地は軽く、肩と胸元、腹部にかけては布の面積が少ない。露出度は確かに高めだ。それでも不思議と不浄な印象はなかった。
本人はそれをまるで意識していない。
むしろ、それが“見られるもの”であることすら理解していないようにすら思える。
――この人は、本当に“神の代行者”として育ったのだ。
隣で、リアノ姫が口を開く。
「聖女様。わたくしたちは、辺境の遺跡に向かう前に、教義的な観点から助言を仰ぎたく、参りました」
王族としての格式を保った言い回しだった。旅の理由を告げるときも、常に外交の意図を忘れない。
しかし――
「構いません」
カルテシアの返答は短く、淡々としていた。
その目は、リアノ姫には向かず、ずっと俺のほうを見ている。
「ですが、わたくしにはひとつの疑問があります」
言葉を選ぶ様子もなく、彼女は静かに言った。
「――あなたが、予言の勇者であるという話に、疑いを持っています」
その場の空気が、少しだけ張り詰めた。
リアノ姫はわずかに目を伏せたが、俺は目を逸らさなかった。
疑われるのは慣れている。俺自身ですら、まだ実感が薄いのだから。
「どうすれば、勇者だと認めていただけますか?」
問い返した俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。
威圧でも反発でもなく、ただ、正面から問う。それが俺のやり方だ。
「試練を受けてください」
即答だった。そこに感情も躊躇もなかった。
「この地に伝わる祈りの儀式を、定められた方法で成し遂げたとき。わたくしはあなたを、勇者として認めましょう」
その言葉には、強制の色はなかった。
名目上は“任意”の扱い。試練を拒否しても、誰かに責められることはないのだろう。
けれど俺は、答えを知っていた。
この人に「そうだ」と言ってもらえなければ、きっと俺は、どこまで行っても“仮の存在”のままだ。
予言の勇者――それが、本物であると。
「……分かりました。受けます」
言い終えた瞬間、カルテシアの瞳が、ほんのわずかだけ細められた。
それが安堵だったのか、評価だったのかは、分からなかった。
「三日以内に、わたくしを倒してください」
大理石の演壇に立ったまま、カルテシアは静かに告げた。
「挑戦権は一日一度限り。あなた自身の手で、わたくしに剣を届かせてください」
頭が追いつく前に、口が動いていた。
「――聖女様って、戦えるんですか……?」
思わず問い返すと、カルテシアは瞬きもせずにこちらを見た。
驚きも、怒りも、微笑みすらも浮かべない。
ただ、そこに“真実として”存在しているだけだった。
「わたくしは、女神の代行者です。
神託に疑問を抱く者と対話するには、相応の手段が必要です」
それは祈りではなく、宣告だった。
⸻
円形の石舞台。その中心に、カルテシアはただ立っていた。
何の構えも取らず、祈りのように両手を胸の前で組んでいる。
まるでこの空間全体が聖域であり、彼女の延長であるかのように錯覚させられる。
ゆっくりと、彼女が歩み出す。
その手に現れたのは、一見すると細身の長剣だった。だが、次の瞬間――
刀身が、裂けた。
いや、分解した。
鎖のように節で繋がれた金属が、蛇のように滑らかにうねり、空中で螺旋を描いて伸びていく。
――蛇腹剣。柔軟でありながら、刃を持つ、制御困難な異形の武器。
それをカルテシアは、一分の隙もなく制御していた。
⸻
剣を抜いた時点で、俺は守勢だった。
王都で習った構え、間合い、足運び――すべてが通じなかった。
彼女の攻撃には“動き”がなかった。必要最小限の所作と、刃の自由な軌道だけで、あらゆる反撃が封じられる。
一歩前に出れば、伸びた刃が足元を薙ぎ、
回り込めば、巻きつくように胴を狙ってくる。
こちらが仕掛ければ、その瞬間に“射程”が変わっている。
あれは武器ではない。
――あれは、意思を持った“教義”だ。
⸻
「……ッく……!」
最後の一閃を避けきれず、剣が手から弾かれた。
舞台の縁に倒れ込み、仰いだ天井が白く霞んで見えた。
カルテシアは、剣を収めると同時にこちらへ歩いてきた。
その足取りは、慈悲にも冷酷にも寄らない、ただの“儀式の歩み”。
「あなたには、動きの芯があります」
そこで、彼女はようやく微かに表情を動かした。ほんの少し、目を細めたように見えた。
「芯があるなら、あとは鍛えれば届くはずです」
それは慰めではない。明確な評価だった。
「明日も、同じ時刻にお待ちしています。――どうか、来てください」
それだけを告げると、カルテシアは踵を返して舞台を去った。
その背に、俺は何も返せなかった。ただ、胸の内に、静かに火が灯っていた。
敗北の痛みが、遅れてじわじわと染みてきた。
肉体の傷ではない。あれは明らかに“格の違い”だったという事実が、胸の奥に静かに沈んでいく。
だが、不思議と打ちひしがれる感覚はなかった。
リアノ姫が、俺の肩に布を掛けてくれたとき――その穏やかな表情を見て、何かが救われた気がしたのだ。
「今日のこと、私はむしろ良かったと思いますの」
そう言って、姫は微笑んだ。
「あなたは、恐れずに立ち向かった。それだけで、わたくしは誇らしいと思いますわ」
……悔しさがないわけではない。
けれど、それ以上に“応えたい”という思いが強かった。
姫様が信じてくれるなら、俺自身も信じよう。自分の歩みを。
⸻
夜、誰もいなくなった石舞台に、俺は一人で戻った。
装束のまま、剣を握り直す。明日の挑戦に向けて、何かひとつでも掴みたい。
自分の動きを思い出しながら、踏み込んで、振る。
音が、鈍い。
重心が甘いのか、それとも間合いを測り損ねているのか――何度も繰り返しながら、ふと、足元に目を落とした。
……足跡?
舞台は白石でできている。通常なら、足跡など残らない。
だがそこには、微かに黒ずんだ跡が点在していた。
先程の戦いの名残だとすぐに分かった。
カルテシアのものだ。
⸻
不意に、全身が緊張する。
彼女は、ほとんど動かなかったはずだ。少なくとも、視界の中では。
けれど、舞台には明確な踏み込みの跡があった。
一歩ごとに、まるで刻むように大地に触れていたのだ。
――制御している。
蛇腹状の剣、それを正確に扱うには、支点となる地面が必要だ。
軽やかに見えた動きは、実際には深く、確かな“踏み”によって支えられていた。
よく見ると、足跡の位置と角度に法則がある。
わずかに開いた爪先、重心のかかる向き……それは、俺も王都で一度だけ見たことがある。
高等歩法。
上級剣術の中でも、一部の騎士しか習得しないとされる、姿勢と踏破の術式融合技術。
足の運びそのものが戦術の一部となる、精密な技。
あの人は――“止まっていた”のではなく、“止まっているように見えるほど、完璧に制御されていた”のだ。
息を呑む。
明日、自分はそれを見切れるだろうか。
だが、見切らなければ、あの剣に届くことはない。
静かな夜の舞台で、俺はもう一度構えを取った。
足元を見つめ、地面を感じながら、初めて踏み込む感覚を確かめていく。
明日、俺はまたここに立つ。
試練・二日目
姿を見た瞬間、息を呑んだ。
昨日と何も変わらない――はずなのに、その佇まいは、より美しく見えた。
光を受けて浮かぶ輪郭。重みを感じさせない白い装束。
地に着いた足元、背筋、そして微動だにしない視線。そのどれもが、まるで完璧に彫られた彫像のようだった。
だが、それは“美人だから”ではない。
昨日、俺は敗れた。圧倒的な力の前に、為す術もなく打ち伏せられた。
その事実が、彼女の姿に意味を与えたのだ。力を知ってなお、美しい。
それは“信仰”にも似た感情だった。
⸻
戦闘が始まると、カルテシアは一切の迷いなく蛇腹剣を構えた。
その動きは、昨日とまったく同じだった。
一歩目の足の角度、刃の跳ね上がり、薙ぎ払いから巻き込みへの連携――
俺は、その一つ一つを予測し、対処することができた。
わずかに攻撃を外し、間合いに踏み込み、軌道をずらす。昨日のように一方的に追い詰められることはない。
(……同じだ。動きが、昨日と寸分も変わっていない)
当然のように思えて、実際には恐るべきことだった。
人は無意識のうちに動きを変える。だが彼女は、すでに完成された型としてそれを繰り返している。
もし変わっていたら、今の俺では通用しなかった。
同じであってくれて――正直、助かった。
⸻
機を見た。
回避、崩し、踏み込み。
光の剣を構えて、刃の届く間合いに身を投げ出す。
(届く――!)
刃が煌めいた。だが、ほんのわずかに軌道が外れた。
否――届かなかった。
直前で、まるで剣そのものが空気に押し返されたような感覚。
動作としては正確だった。重心も読みも間違っていない。
けれど、肝心の“剣の力”が、届いていなかったのだ。
その一瞬の躊躇に、刃が割り込む。
弾かれるように、剣が跳ね上げられた。
光の軌跡が空に散り、俺はそのまま舞台に膝をついた。
⸻
カルテシアは、足音も立てずにこちらへ歩いてきた。
その表情は、やはり微動だにしない。けれど、言葉には確かな温度があった。
「昨日より、はるかに良い動きでした。技術的には、完成の域です」
まっすぐにそう言い切る。無遠慮で、真っ直ぐで、けれど不快ではなかった。
「ただ――」
一瞬だけ視線を落とし、それから言葉を継いだ。
「光の剣の出力が、足りていません。
その剣の本質が発揮されなければ、わたくしには届かないでしょう」
それは断定ではなく、事実の提示だった。
情を挟まぬその言葉が、逆に救いでもあった。
「明日、あなたが来てくださるのを、またお待ちしております」
カルテシアはそう告げ、再び舞台を後にした。
敗北の痛みはあった。だが、それ以上に胸を占めていたのは、
“力を出し切れていない”という悔しさだった。
訓練を終えた夜、俺は剣を抱えたまま、姫様のもとを訪ねた。
部屋の灯はすでに落ちていたが、彼女は窓辺に座り、静かに夜の空を見ていた。
その背に声をかけると、姫様はそっとこちらを振り向いた。
「勇者様、どうなさいましたの?」
言葉を選ぶ必要があるかとも思ったが、今の俺にできるのは、率直に訊ねることだけだった。
「――姫様。光の剣の“真価”って、何なんでしょうか」
しばらく沈黙があった。
けれど、それは戸惑いではなかった。
まるで“この質問を待っていた”かのように、姫様は微笑んだ。
「その言葉を、あなたの口から聞けて……少し、安心いたしましたわ」
振り返った彼女は、夜の風に金の髪を揺らしながら、ゆっくりと語り始めた。
⸻
「光の剣は、理や技術では動かせない剣です。
それは、使い手の“感情”によって真の力を解放する、古い時代の遺物――いえ、希望の象徴ですわ」
俺は黙って頷いた。
確かに、王都で教わったどの戦技も、剣術理論も、この剣には通じていなかった。
「では、その“感情”とは……?」
俺が重ねて問うと、姫様はわずかに視線を上げた。
「それは、勇者様によって異なります。
怒りで剣を燃やした者もいれば、悲しみで刃を伸ばした者もいると聞きます。
けれど、何よりも――“誰かを想う心”が、この剣を最も強くするのだそうです」
“誰かを想う心”。
その言葉が胸に落ちたとき、自分の中にあった何かが、静かに揺れた。
⸻
部屋に戻り、俺はしばらく床に座ったまま、剣を膝に置いて考えていた。
――俺にとっての、感情の“媒体”とは何だろう。
怒りではない。
悲しみでもない。
ただ、あの戦いの中で、何かが足りないと感じた。届かない剣、揺れない感情。そこに鍵があるはずだった。
何も浮かばないまま、黙って時間が過ぎていく。
……そのときだった。
「勇者様」
声のほうを振り向くと、姫様が扉の陰からこちらを見ていた。
優しい声だった。けれど、心にまっすぐ届いてきた。
「そんなに一生懸命、考えてくださるなんて。……とても素敵ですわ」
笑っていた。
あの、王族としての品を保ちつつ、時折だけ見せてくれる、ほんの少し無防備な、あたたかい笑顔だった。
その瞬間――気づいた。
(俺が、ずっと守ろうとしていたものは)
――この人だ。
冷たい石の床に座り込んだまま、胸が熱くなっていた。
感情は、確かにそこにあった。
俺の剣を動かす感情。それは、誰かを守りたいという、まっすぐな想いだった。
その夜、俺は初めて、“光の剣が少しだけ重くなった”気がした。
試練・三日目
三日目の朝、光の剣は、最初からわずかに光を帯びていた。
刃の輪郭が、空気の揺らぎのように淡く脈打っている。
触れた瞬間、確かにわかった――今日は、何かが違う。
舞台の中心に立つカルテシアも、昨日と変わらぬ姿でそこにいた。
けれど、俺が剣を抜いた瞬間、彼女の眼差しがほんのわずかに細められたのを、俺は見逃さなかった。
⸻
踏み込み、斬る。
感情を込める。**「姫様を守りたい」**という、その想いを。
――刃と想いが重なる瞬間、カルテシアの蛇腹剣が弾かれた。
空を滑る金属音。
防がれることを当然としていた動作が、初めて崩された。
「……」
カルテシアは、一瞬だけ沈黙し――そして、構えを変えた。
これまで一貫していた無構え。祈りの姿勢を崩さなかった彼女が、初めて剣を両手に構え、わずかに重心を落とす。
流れるような所作の中で、その唇が言葉を紡いだ。
「――では、ここからは本気で。アナタを“倒しましょう”、勇者様」
その言い方には、皮肉でも敵意でもなかった。
明らかに、認める者にだけ向けられる“試しの言葉”だった。
⸻
次の瞬間、彼女は言った。
「心を揃えよ」
問いかけのようでいて、導くような響きだった。
それが意味するものは、戦いの中でしか理解できない。
そして、刹那――彼女の剣が、光に包まれた。
蛇腹状の刃が解放され、空を裂く。
それはもはや武器というより、信仰そのものの形だった。
放たれた一閃は、祈りと罰とを兼ね備えた、まさしく“神の一撃”。
⸻
俺は押された。
足元の石が軋む。光の剣が震える。
重さが違う。速さが違う。
けれど、それでも――剣を握る手は、離れなかった。
守りたいものがある。
それだけが、俺の中心にあった。
姫様を守るために、この剣を握った。
そして――
「……頼む。光の剣」
剣に語りかける。想いを、心を、揃える。
刹那、光が弾けた。
剣と俺の心が、ひとつになった。
高鳴る感情が、剣に脈打つ。
――これが、俺の“真価”。
振るう。まっすぐに。真正面から、彼女の一撃に、全身で応える。
⸻
金属音が天に届く。
衝突の衝撃で、空気が爆ぜる。
だが、俺の剣は砕けず――進んでいた。
わずかに軌道が変わる。カルテシアの剣が揺れる。
そして、俺の一撃が、彼女の胸元のローブを裂いた。
止まった。
カルテシアの剣が、力を失い、地に落ちた。
その瞳が、はじめて感情を宿す。
驚きではない。納得に近い、静かな認識だった。
「……素晴らしい」
そう呟き、彼女はゆっくりと膝をついた。
「わたくしは、あなたを勇者として認めましょう。光と、心を、揃えた方として」
⸻
戦いは、終わった。
静けさの中、剣だけがなお微かに光を放っていた。
それはもう、ただの刃ではなかった。
**想いを帯びた“本当の剣”**だった。
特別な儀式があったわけではない。
何か称号を与えられたわけでもない。
それでも、俺が試練を越えたことは、この都市にとって確かな“出来事”だった。
神殿を出るとき、神官たちは今までと変わらぬ丁寧な礼をもって俺たちを見送った。
言葉も作法も、格式に従ったそれに過ぎない。
けれど――そこに込められた眼差しが、明らかに違っていた。
深く、静かな敬意。
予言の勇者としての“役目”ではなく、一人の人間としての“行為”を見た者の目だった。
⸻
出立の朝、カルテシアは一人で門前に現れた。
いつもと変わらぬ白の礼装。けれどその表情には、これまでにない穏やかさがあった。
「旅のご加護を」
短くそう告げたあと、彼女はほんの一瞬だけ、目を細めて――微笑んだ。
その微笑には、恋情といった色はなかった。
けれど、間違いなく“人間の表情”だった。
信仰と義務に縛られた聖女が、その枠を一歩だけ越えて見せた、確かな美しさだった。
⸻
俺が言葉に詰まっていると、隣でリアノ姫が一歩前に出た。
「試練に際し、誠実な導きをありがとうございました。勇者様の歩みは、きっと女神の光に届くことでしょう」
静かで気品ある礼の言葉。けれどそこには、見せかけではない尊敬が滲んでいた。
姫様は、微笑むカルテシアを見て、何も言わなかった。
嫉妬の色も、揺れも見せない。ただ、素直に彼女の力を認めていた。
――その姿を見て、改めて思った。
この人は本当に、心から“強い”人だと。
⸻
宗教都市セラフィエルを背に、馬車は静かに動き出す。
振り返れば、高く聳える聖塔がまだ見えていた。
だが俺は、それ以上は見なかった。ただ、前だけを見ていた。
光の剣は静かに鞘に収まっている。
けれど、あのとき感じた光は、まだ胸の奥で脈打っていた。