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罰紋のクライ  作者: 向井木 真幸
始まり
1/9

×の紋章

深く暗い場所に、ソレはいた。


『憎い』

『憎い』

『憎い』


何故憎い?───分からない。

ただただ、壊したい、消し去りたい、殺したい。


『ニンゲンを殺したい』


それだけが、確かだった。





古びた本が読みっぱなしのまま雑に放置され、ホコリが舞っている、日当たりの悪い狭い部屋。

その部屋の隅にある薄汚れたボロボロのベッドに、黒髪の青年が足をほっぽり出し、腹を出しながら眠っている。


寝返りを打とうとした足が、雑に積まれた本に当たり崩れた。


「うぇ...!?」


その音に驚き、飛び起きる青年。

音の原因を目で確認すると、眉をひそめ呟いた。


「んだよ...」


頭を掻きながら時計を見ると、短針が六時を指していた。


「ってもうこんな時間かよ!」


すると青年は慌てたようにベッドから降りて、ベッドの足側にあるクローゼットを開いた。中には茶色の作業着と、無地のシャツが無造作に置かれていた。


茶色の作業着をすぐに手に取り、着替え始める青年。


ズボンを履き、チャックをあげた所で、ドンドンと扉を叩く音が鳴った。


「おーい、クライー!行くぞー!」


扉の向かうから快活な声が聞こえた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


上着を着てすぐに玄関に向かい扉を開けた。そこに立っていたのは燃えるような赤髪を逆立てた、元気そうな青年だった。


「よっ!クライ、遅せぇよお前!」


「ようヒロ、わりぃわりぃ」


ヒロがクライの肩を叩き、それにクライは笑いながら返す。


「まっ、別にいいけどよ!」


ヒロもクライと同じような作業着に身を包んでいる。

二人は錆びている階段を下って仕(・)事(・)場(・)に向かう。


周りをぐるっと鉄の壁で囲まれた、通称『帝国』。


そしてここは、その帝国の中でも、下流階層の人間が住んでいる集合住宅、通称『ゴミ溜め』。

ゴミ溜めのように、歪な形に建てられた巨大建造物は帝国の至る所にあった。

大抵どこも大差なく、近くには多くの物乞いや、犯罪者、生ゴミを狙った鳥が多くいた。


「はぁ〜、今日も仕事かよ〜、だるいよ〜」


ヒロが肩を落としながら言う。


「元気出せって、今日乗り越えたら明日は久々の休みだ。存分に休めるぞ」


クライは励ますようにヒロの肩をぼんぽんと叩く。


「しっかしよぉ、まじで下らねぇよな。こんな紋章ひとつで人生が決まっちまうなんて」


ヒロはそう言いながら、上着をめくって腹の横に刻まれたものを見る。

そこには、✕が刻まれていた。


クライは、左手の甲を見た。

ヒロと同じような×が刻まれている。


「まぁ、しゃあねぇ。俺たち×紋は、他の紋章と違ってアーティファクトを使えないからな」


「俺はよ、思うわけよ。アーティファクトが全てじゃない!って」


「それは間違ってないと思うぞ。

でも実際、日常生活でアーティファクトを使えないってだけでも、かなり不利だ。

仕事で使うとこもあるって聞くぞ。

俺たち×紋にゃ、まともな就職先なんて無いんだよ」


「はぁあ....クライ、お前さ、生まれ変わったら、なんの紋章がいい?」


ヒロは大きなため息を吐き、クライに尋ねた。


「生まれ変わりは信じてねぇって何回も言ってんだろ」


「そうじゃなくてよぉ....もしも!もしもの話だから」


「あぁ....?....もし、か....」


「そうそう!何がいい?」


「うーん....そうだな、翼紋だな。覚醒型は強いのが多い気がするからな」


「まじ!?俺は星紋!かっけぇやつ装備してみてぇから!」


会話をしながら歩き、ようやく階段が終わる時、クライとヒロは同じ場所を見た。

それは、帝国の都市『ホープ』に建てられた巨大ビルの、大型ビジョンが、放送を開始したからだった。


遠くにいても、あまりに巨大な大型ビジョンは、視界に入ってしまう。

クライはよく目を凝らし、ヒロは目の上に手で傘を作りながら見た。


そこには、

ニュースアナウンサーの下に、

帝衛3番隊が新たなアーティファクトの入手に成功!

と書かれていた。


「帝衛隊かぁ....すげぇよな。俺も入ってみてぇよ」


「×紋じゃ無理だろ」


「知ってるわ!....はぁ」


クライの取り付く島もない言葉に、またもやヒロは大きくため息を吐いた。


階段を降りると、すぐ右には道路があり、その横では、やせ細り、死んでいるのか眠っているのか分からないような人や、拾ったであろう缶で、物乞いをしているボロい服を着た子供などがいた。


二人は、暗い顔になりながら、それを横目に進んでいく。


「....まじで、いつ変わるんだろうな」


ヒロが呟く。


「変わんねぇだろ」


クライが返す。


そのまま、無言の時間が続き、二人の仕事場へとついた。


トタンで作られた壁で囲われた中に、二人と同じような格好をした、様々な年代の人達が、皆一様に暗い顔をしながら立っている。


上から見て中心には、広い穴が掘られている。


白い台が、穴から離れた場所に置かれ、その周りには、黒いスーツを着た、ガタイのいい男達が、背筋を伸ばして立っていた。


白い台の上に、やけに豪華な服をきた、小太りの男が立ち、メガホンを口の前に持ってきた。

禿げた頭のてっぺんには、星のような紋章が刻まれている。


『あ、あ、あ

聞こえますかー。はい、聞こえますね

皆さんおはようございまーす!』


男が挨拶をすると、作業着を着たもの達が、元気なく挨拶を返した。ヒロは大きく言い、クライは他のものと同じ程度の声だった。

男は、耳に手をあてる。


『んんー?

聞こえないなぁ。

おはようございまーす!』


作業着を着たもの達が、さっきよりも大きく挨拶をした。ヒロはもはやほぼ叫び声で、クライは他のものと同じような声量で言った。


『はい、ありがとうございます。

最初からやってくださいね。では!今日の作業説明をしまーす。

昨日と同じ。

以上!

作業開始してくださーい』


男が言い終わり、作業着を着たもの達が、一箇所に集まる。そこには、作業に必要なツルハシ、軍手があった。


一人、見慣れない顔の男が、何をすればいいのか分からないと言った様子でオドオドしていた。

新人なのだろう。


男は、この場で一番偉そうな、朝礼が終わり、台から降りた男に近づいた。


「あ、あの、すみません....何をすればいいんでしょうか」


「....?」


小太りの男が振り向く。


「あ、え、えっと、新人の、チュウと言います、へへ」


チュウは、放置した髭に、黄ばんだすきっ歯の、あまりにみすぼらしい男だった。

豪華な服を着た小太りの男は、不快そうな顔を隠そうともせず、無視してまた歩き出した。


「あ、あの!」


ぽん、と、チュウの肩に手が置かれた。振り返ると、クライが首を横に振っていた。


「やめとけ、おっさん」


「え....」


「そうやって、クビにされたやつがいるんだ」


ヒロが隣に立ち、腕を頭の後ろで組みながら言う。


「何やればいいかは教えてやるから、あいつに話しかけるのは辞めとけ」


クライの言葉に、ヒロはうんうんと頷いた。


「あ、ありがとう」


チュウは、自分が仕事を失うところだった事を自覚し、背筋が冷えた。


作業とは、簡単に言えばこの穴を更に深く掘り下げる事だ。

そうチュウに説明し、自分の作業を進めるクライとヒロ。

そうして数時間が経った時、大きく鐘の音が鳴り響く。


「よし....休憩だ。おっさん」


クライの言葉に、チュウはツルハシを手放しつつ前に手をつく。


「はぁ、はぁ、んぐっ、はぁ」


大量の汗をかき、息が荒いチュウ。

対してクライとヒロは、多少の汗はかいているが、特に疲労した様子は無い。


チュウを見て、ヒロは笑った。


「ハハ!懐かしいな、俺達も最初はそうだったよ。

ずっと休憩無しでこんなもん振り回してんだから、それが普通だけどな」


そう言いながらツルハシを見るヒロ。


「こ、これ....はぁ、なんの意味があるんだ....!?....はぁ」


チュウは地面を見ながら、息を荒くして言う。


「さぁな、あのデブがなにを考えて俺たちに穴を掘らせてんのか。誰も知らねぇ」


クライは周りを見ながら言った。

トタンの壁に張り付くように、黒いスーツの男達が間隔を置いて立っている。

監視だということは、作業をしているもの達の目には明らかだった。


三人は、穴から這い上がり、支給されたボサボサのパンと、コップ一杯の水を手に、トタン壁の隅へと座った。


「いやぁ....ほんとにありがとうよ。あんたらが助けてくんなきゃ、俺は今頃クビになってたんだろうな。

×紋の俺を助けてくれるなんて」


呼吸を取り戻したチュウ。

腕をまくり、細い二の腕に刻まれた×の紋章を見せると、パンに勢いよくかじりつき、水を流し込む。


「いいよ別に。ここにいる奴らはみんな×紋だ。

....それとあんた、もうちょっと考えた方がいいぞ」


クライも、パンをちぎって口に放り込んだ。


「はは....そうか、みんな×紋か....。

いやすまねぇ....俺は昔から、頭が悪くってよ....」


「俺もよくクライに馬鹿って言われんぜ、おっさん」


ヒロはもうパンを食べ終わり、コップの中に残った僅かな水滴を眺めていた。


「馬鹿だからな」


「んだと!?」


「はっはっは!

....お前ら面白いな。ヒロと、クライだったか。

これからよろしくな」


チュウは、二人に片手ずつ差し出し、二人はそれに応じた。


「おう....しっかし、この穴は、まじでなんで掘ってんだろうな」


握手がおわり、チュウが穴を見ながら言う。


何の変哲もない、ただの穴だ。

地面は、ツルハシで掘っていたので、凹凸があった。


「クライとヒロは、この仕事いつからやってんだ?」


「一か月前くらいだな」


クライが答える。


「最初はスコップだったけど、穴がある程度進んだらすぐツルハシが支給された」


「....そういえば俺この前、やべぇこと聞いたかもしんねぇ」


ヒロが小声になり、辺りを警戒しつつ、ちょいちょいと、耳を貸すようにジェスチャーをする。


「デブが言ってたのがちょっとだけ聞こえたんだよ。

『アーティファクト』がどうのこうのって」


その言葉に、クライとチュウは驚いて、目を見開いた。


「おい....それまじか?

てことは、アーティファクトを探してんのか....?」


クライが顎に手を当て、考え込む。


「でもよ....アーティファクトっつっても、こんだけの人数使って探す必要あんのかよ?」


チュウが、眉を寄せながら言う。


「そんだけの価値があるって事だろ。

少なくともデブはそう思ってる」


クライが確信めいたように言い、更に深く考え込んだ。


「うーん....でもなんか、危険な匂いがすんな」


「そうか?俺は金の匂いがするぜ」


眉を顰めながら言うクライに対し、ヒロは得意気に鼻を鳴らして言う。


「だってよ、デブが探してるアーティファクトを、俺達が見つけて、それを持ってどっかに売りつければ、俺達にどかっと金が入ってくるだろ?」


「でも、デブが探してんのが危険なアーティファクトだったら、帝犯(反帝法所持犯罪者)になる可能性だってあるぞ。

それに金になるとは限んないだろ」


「なんないとも限んないだろ?

もしも危険だったら、大人しく、知りませんでしたつって帝衛隊に渡せばいいだろ」


ヒロの楽観的な意見に、クライは大きくため息を吐いた。


「はぁ....まあ、たらればの話をしても意味無いな。

もう休憩も終わるし、そろそろ戻るぞ」


立ち上がり、三人は小走りで穴掘りへと戻って行った。




黒塗りの車の後部座席に、散々クライとヒロにデブと言われていた男が乗っていた。


「どう?あそう、うん、あぁ、わかったわかった」


男は、耳に黒く分厚い機械を当て、誰かと話している。


「マーク様、見つかりましたか?」


「んいや、まだだね」


機械の横についているボタンを押して、運転手からの問いに答えた。


「本当に見つかるんですかね?『死鬼』は」


「うーん、僕の『宝探しくん』が、あそこにあるって言ってるからねぇ。この子は信用できるよ。

それと、あまり外でその名前は出さないでね」


「あぁ、申し訳ありません。

....しかし、やはり使えないですね。×紋は」


「んー、人件費渋って、×紋でも採用しまーすとか、やんない方が良かったのかなぁ。

結局×紋のゴミしか来ないし」


「ですが、その分人数を稼げましたからね....」


「まあ別にー、アーティファクト使って採掘させる訳じゃないしー、変わんないか。

最後はこの、『トレジャーハンターマーク』が手に入れるしねー」


そういうと、マークは、座席に浅く座り、背もたれに首で寄りかかると、ただでさえ二重顎だったのが、更に三重になった。


「んじゃあ、ついたら教えてねー」


目をつぶり、マークはいびきをかき始めた。




作業を再開して数時間、日が赤くなった頃、またもやチュウは大量の汗をかき、かなり息が上がっていた。


昼よりも、それは酷く見えた。


「おい、大丈夫か?」


ヒロが見かねて、話しかける。


ツルハシを支えに、何とか立っているといった様子だ。

目は虚ろで、もはやどこを見つめているか分からない。


「はぁ、はぁ、あぁ、んっ、はぁ、だい、だいじょう」


突如、白目を向いてチュウは倒れた。


「おい!おっさん!」


「ヒロ!戻れ!」


クライがツルハシを地面に叩きつつ叫んだ。


「でもおっさんが....」


ヒロは、クライとチュウを交互に見た。


「いいから早く作業をしろ!」


今度は、それを見ていた黒服の男が怒鳴るように言った。

黒服の男が何人か来て、チュウの力が抜けた身体を引きずって、穴の外に出した。


「おっさん....」


「ヒロ....気にするな。

いちいち他人を気にかけてたら、次はお前だぞ」


ヒロは下を向いて、下唇を、血が滲むほど強く噛んだ。

それに気づいていたクライは、あえて何も言わずに、目の前の作業に集中した。


日が沈みきって、明かりはもはや、上から降り注ぐ電気の光のみになった。


「作業やめ!」


黒服の男が言う。

作業をしていたもの達は、すぐに座り込んだり、寝っ転がったり様々だが、ヒロとクライは、すぐに、穴の横に放置されていたチュウの元へと駆け寄った。


チュウは、唇がかさかさになり、もはや汗も出ないようだった。か細い呼吸を続けている。


「おい、水だ。飲め」


クライが、持っていた水袋からチュウの口へと注ぎ込む。


「あぁ....ありがとう....」


「あんま喋んなって」


掠れた声で感謝を述べるチュウに、ヒロは心配そうに言う。


特段気にした様子も無く、黒服達は揃って出ていく。


「くそっ....」


それをヒロは睨んだ。


「なんなんだよ....あいつら....人を道具みたいに....

何様のつもりだよ....」


「大丈夫か?ヒロ」


肩をわなわなと震わせるヒロに、クライは声をかける。


「なぁクライ、俺許せねぇよ....×紋は生きてちゃいけねぇのかよ」


「....ヒロ、落ち着け。俺達が生きてちゃいけないなんて事はないんだ」


「じゃあ、なんなんだよ....これは、これは!!!

ふざけんなよっ!!!クソッ!クソッ!クソッッ!!!!」


「落ち着け!ヒロ!」


「クソッタレ!!!」


クライの言葉も届かないほどに興奮したヒロは、すぐ近くにあったツルハシを掴んで、穴に向かって力いっぱい投げた。


綺麗に放物線を描き、ちょうど穴の中心に、ツルハシの尖った部分が突き刺さった。

そして、ゆっくりとツルハシが倒れると共に、刺さった部分の土が盛り上がっていく。

すると、そこから、紫色の光が発された。


「....?」


「はぁ、はぁ、あ....?」


クライと、ヒロが同時に目にしたその光は、やけに妖しく、そして綺麗だった。


「お、おい、ヒロ」


「....あ、もしかして」


「「アーティファクト!?」」


二人の声が重なった。その言葉に、チュウも驚いて、ゆっくり身を起こす。

紫色の光を目にし、一瞬、呼吸も忘れ、見とれてしまった。


「お、おい二人とも。

早く、アーティファクトを見てきてくれよ。俺はまだ動けないんだ」


「あ、ああ」


クライの後に続き、ヒロも穴へと降りる。

光の元につき、手で土を掘った。


すると、四角の透明な箱の中に、心臓が入っているような物が出てきた。

クライは手に持ち、二人の顔の間に持ってくる。


「これが....アーティファクト....」


「す、すげぇ」


ヒロが言い終わると同時に、アーティファクトの光が段々と小さくなっていき、中心の心臓へと吸い込まれた。


「こんなのが、他の奴らは自由に使えんのか」


アーティファクトを回し見しながら、クライは言う。


「羨ましっ、なんか急に羨ましくなってきた」


アーティファクトに釘付けになった二人は、しばらく見つめていた。


「これおっさんに見せてやろうぜ」


ヒロはそう言うと、クライの持っていたアーティファクトをチュウのところに持ってきて、顔の前に出す。


「おおっ」


感嘆の声を漏らすチュウ。


「でもなんか....気持ち悪いな」


チュウは心臓の部分を見ながら眉を顰め言った。


「そんなこと言うなって、これ一つで一攫千金だぜ」


ヒロが笑顔で言う。さらに自分と、クライ、チュウを順番に指さした。


「俺達三人で、山分けだ」


その言葉に、チュウは不思議そうな顔をする。


「....?何言ってんだ?

それはヒロのもんだろ」


当然のように言い放つチュウに、ヒロは目を見開きながらクライを見た。

クライも深く頷いている。


「お前が投げたツルハシが、ちょうどアーティファクトを掘り起こした。紛れもなくお前のもんだよ、ヒロ」


その言葉に、ヒロは思わず涙が出てきて、腕で目を覆った。


「あ、ありがとう....お前ら、ほんと良い奴だよ....」


「....!

ヒロ、すぐに隠すぞ」


足音が聞こえ、すぐにヒロに指示を出すクライ。


懐中電灯を持った黒服の男が、三人の前に現れた。


「....何をしている?作業はもう終わってるぞ」


「あんたこそ、もう誰も居ないはずの場所になんで戻ってきてんだ」


クライが、ヒロの前に出て言った。


「私は見回りだ。お前達は何をしていた」


「俺達は、このおっさんが回復するまで見てたんだよ」


クライの言葉を吟味する男。


「....そうか、見る限りもう大丈夫だろう。

さっさと帰れ」


「そのつもりだったんだよ。ほら、立てるかおっさん」


クライはチュウに肩を貸す。チュウは震えながらも立ち、クライに肩を回した。


「....?後ろのやつ、なにか隠してるのか?」


ヒロの事だ。ヒロは、足をピンと真っ直ぐにして、上着の裾を掴んで前に持ってきていた。

ヒロは、目が泳いだ。


「!こっちに来い!」


言われるがまま、黒服の前に来た。


「回れ」


後ろを向くと、不自然に、上着の下側が盛り上がっていた。


「裾を離せ」


パッと、ヒロは裾を離した。

すると、上着から落ちてきたのは───


「土....?」


大量の土だった。


「何故土を....?」


「い、いやぁ、趣味で野菜を育ててて、ここの土は結構良い土で、持ち帰っちゃおうかなって思って....あはは」


苦笑しながら、ヒロは言う。


「....そうか、土は勝手に持ち帰るといい」


「あ、ほんとですか?やったぁ」


棒読みで、土をかき集めて、両手で持つヒロ。


「もういいだろ。行くぞ、ヒロ」


クライは、黒服の横を通る瞬間、背中側に入れていたアーティファクトを、肩を組んでいるチュウとの間から、器用に前に持ってきた。



トタン張りの壁から離れて、何とか窮地を脱し、一行は緊張の糸が切れたように、一斉に息を吐き出した。


「っぶねぇ....」


「クライ、やっぱお前天才だよ!」


「いや、ギリギリだった」


晴れない顔で、クライは言う。


「いや、俺もすごいと思う。よくあの一瞬であの作戦を....」


チュウもヒロの意見に賛同した。


「うーん....」


「どうした?」


クライは、何かが引っかかる様子で唸った。


「....なんか引っかかんだよ。

もしも俺があのデブだったら、わざわざ大事なアーティファクトを奪われるような甘い監視はしない。

なのに、黒服の奴らの監視は、仕事の間しかない。

普通に考えたら、ずっと監視しとくべきじゃないか?」


「え....もしかして、バレてたって事か!?」


「いや....少なくともあの黒服にはバレてる感じはしなかった」


「ん?なら、大丈夫じゃないのか?」


「わかんねぇ....今日はもう疲れちまった。早く帰ろう。

ヒロ、それは出来るだけ見つかんない場所に隠しとけ」


ヒロの持っているアーティファクトを指さす。ヒロは、ビシッと敬礼をした。


「はい!これは、俺が責任を持って!見つからない場所に隠しておきます!」


ヒロの声は、立ち並ぶ建造物に反射して、こだましていった。


「馬鹿っ!声でけぇよ!」


二人のやり取りを見て、チュウが思わず吹き出した。


肩を貸したまま、チュウを家まで送り届け、クライはほとんど真っ暗な帰り道を歩きながら、一人考えていた。


「あいつ、大丈夫だよな....」


もしも、アーティファクトが危険なものだとしたら、帝衛隊が黙っていない。

さらに、監視の目が何故薄かったのか、それも気がかりだ。


ふと、電撃のような閃きがクライの頭を揺らした。


「待てよ....わざわざ、監視する必要が無いのか?」


クライは足を止めた。


「いや、そもそも、何故あそこを掘らせてた?よく考えたらそうだ、そういう事か!クソッ!」




豪華な噴水が庭を彩り、刈り込まれた庭木は、小太りの男の石像を飾るように置かれていた。


ここはマーク邸。


そしてマークは、無駄に広い風呂に入りながら、腕に巻いている薄い緑の布のようなものを見つめていた。


「『トレジャー・ハント』」


マークが腕の布に顔を寄せながら言うと、マークの目の前に、マーク邸を中心にしたマップが出てきた。


「『死鬼』」


もう一度マークが言うと、マップが移動し、一箇所赤い点が浮かび上がってきた。


それを見て、マークは風呂から思わず立ち上がった。


「おーい!!すぐに『狩人』を呼べぇ!!!」




クライは、走っていた。自分の最悪な予想が外れることを祈りながら。


(クソッ!クソッ!クソクソクソッ!馬鹿だ俺は!ちゃんと考えればすぐに分かった!あのデブは、アーティファクトを探すアーティファクトを持ってんだ!だから監視が薄かった!だからピンポイントであそこを掘らせた!)


似たようなオンボロ家屋が続く道。

クライは、そのうちの一軒の前で立ち止まった。そこは、扉の変わりに布で隔てられており、布一枚を隔てた先には、ヒロの寝床がある。


クライは、恐る恐る布をくぐった。


目に飛び込んできたのは、真っ二つに折れたベッドと、ほとんど壊されている家具だった。

これは、ここで何かが起きたと言うことを示していた。


「そん、な」


クライは、膝から崩れ落ち、項垂れた。


「ん....?」


項垂れたクライの目に、紫色の四角い箱が目に入った。

その箱は、折れたベッドの下に入り込んでいた。


「な、なんで」


心臓のようなものが中に入っている。紛れもなくアーティファクトだった。


「たまたま、ヒロを攫ったヤツにバレなかったってのか....?」


たまたま、にしては、あまりに奇跡のような話だ。クライはそう思ったが、すぐに首を横に振った。


「もう、これしかない」


クライは、苦々しい顔をしながらアーティファクトを握って、ヒロの家から飛び出した。

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