4話
早めの昼食をとった致と辻村は、それぞれ聞き込みをするために集落内を歩き回ることにした。早急に情報収集を済ませたい致だったが、この集落の中で盗難事件を知る者は限られている。
(安易に聞き込みをすることはできない、か)
これでは思うように探すことはできないだろう。
「とりあえず、百々瀬家の人は知ってるんでしょう? ってことは、とりあえず九十九家と百々瀬家に聞き込みをするしかないんじゃないすかねぇ」
「そうだな。二人で回っても意味ないし、手分けして聞き込みに出たいんだがいいか」
「いいっすよ。んじゃアタシ九十九家行きますわ」
「なんでだよ」
「適当ですね。特に意味はないです。ついでに集落も見て回りますけど」
来る前に買ったらしい地図を指して辻村は提案する。相変わらず演出だけはとことん拘るヤツだな、と致は内心で毒づいた。
「じゃあ……俺は百々瀬家か。一応盗難の被害者でもあるんだな」
「っすねぇ。関係がない訳がないですが……今のところ一番怪しいですよねえ。九十九家とはどういう関係なのか、アタシらは知りませんけど」
「なにかしらの確執があって、渡をスケープゴートにするために連れてきた、ってんなら辻褄は合うな」
「そっちの方が都合がよさそうですもんね」
「正直掛け軸の行方とかどうでもいいんじゃないか?」
「その可能性ありそうっすね。アタシも仮に権力争いだとしたら、そうしたくなるでしょうし」
「……お前の意見は聞いてねぇよ」
「別に意見じゃないですー、感想ですー」
そういった具合に、二人は集落を二分して各々調査に出向いた。昼時だからだろうか、外に出ている人は少ない。辻村は致と別れてすぐに九十九家の母屋へ向かう。九十九家では昼飯がちょうど終わった時刻だったらしい。庭先へ顔を出した辻村は洗濯物を運んでいるソメと目が合った。
「すみません、少しいいですか? 掛け軸について色々訊きたいんですが」
「構いません、私でよければ」
少しは渋い顔をされるだろうと思っていたが、ソメはあっさりと申し出を了承した。訳を聞けば、九十九仙蔵から「全面的に協力するように」と言いつけられていたらしい。
「えっと、まず九十九家には誰がいるのか、知りたいんですけど」
「この家には……私たち使用人が三人、旦那さま、奥さまである栄さま、ご子息の蔵介さまでございます」
「結構広い屋敷だと思うんですけど、九十九家は三人家族なんですか」
「いえ、市内にお嬢さまが二人いらっしゃいます。末の結さまはほとんど帰ってきませんが……小梅さまは時折お顔を見せてくださいます」
「ここ数日は帰ってきてるんですか?」
「いえ」
淡々とソメは答える。特に思うことはないらしい。辻村の目から見ても、嘘をついているようには思えなかった。広い屋敷を三人で管理するのは大変ではないか、と訊けば、これまた首を横に振ってソメは答えた。現状に不満を抱いてはいないが、満足もしていない──そんな風に見えた。
使用人はどうやら三姉妹らしく、長女クリ、次女コウ、三女がソメという構成だった。彼女たちの家は代々九十九家の使用人をしていたそうで、昔は梅の栽培の指導をする仕事も担っていたという。今現在は梅の生産規模が縮小し、栽培指導の仕事はしばらく行っていないそうだ。
「じゃあ……一昨日の夜はなにをしていました?」
「二十時に渡さまのところへ食器を下げに行き、その後は洗濯などの仕事をし、零時には就寝いたしました。翌朝は五時前に起床し、朝食の準備を。七時ごろに、渡さまご本人から掛け軸の紛失を知りました」
「なるほど、零時以降は誰かと一緒に寝てました?」
「はい。私たち三姉妹はいつも同じ部屋で寝ています。その日は誰も朝まで起きませんでした」
「分かりました、ありがとうございます」
それから少し世間話をし、辻村はソメと別れる。ふらふらと十五時ごろまで屋敷内を歩き回ってみたが、まともに話を聞けたのは使用人姉妹だけだった。そもそも長男はどこにいるのかが分からない上に、九十九栄と九十九仙蔵は外出中だったのだ。後者は祭のために神社へ出ているらしい。さすがに向こうで話しかけたところで、詳細な情報は得られないだろう。辻村は仕方なく九十九家屋敷を出て集落内を歩き回ることにした。
旧翆嶺村は実際に歩くとその広さを思い知らされる。南北に流れる青田川を中心に田んぼ、民家が連なっている。集落の南側に行くにつれてその数も減るらしい。
集落の南側には噂のダム湖がある。こちらは特に目立った噂などはなく、景観も言ってしまえば「どこにでもあるような」ダム湖らしい。下調べの際に写真などを漁ってみたが、廃墟や特殊な景観など辻村の胸を掴むような要素はなかった。
広がる梅畑と田んぼを交互に見やって、数枚写真を撮る。祭の準備のためだろうか。田畑へ出ている人は少ないが、忙し気に神社周辺で作業をしている人々はチラホラ見かけることができる。向こうも辻村のことが気になるのだろう。向けられる視線に気づいた彼女はそっとスマホを鞄にしまった。適当にあぜ道を歩き、青田川の河原に降りていく。
(ジジババばっかだと思ったけど……違うんか)
遠くでは散歩をしているのであろう妊婦たちや、農具を持ったまま道端で話をしている老人が数名いる。彼らもまた、辻村のことが気になっているらしい。時折感じる視線を誤魔化すように、彼女はあくびをして、天を仰いだ。